『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の謎に迫る
2022年1月7日(金) から日本で公開された映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、世界中で大ヒットを記録。MCU「スパイダーマン」三部作を締めくくる作品となっている上、過去の「スパイダーマン」シリーズからのヴィラン登場と合わせて大きな話題を呼んでいる。
今回は、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の予告編でも見られた、ピーター・パーカーがドクター・ストレンジによって霊体になるシーンの謎について考察したい。あの場面にはMCUの過去作品との関連もあり、考察すべき要素は多い。以下の内容は、『ノー・ウェイ・ホーム』本編のネタバレを含むため、必ず劇場で鑑賞した後に読むようにしていただきたい。
以下の内容は、映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の内容に関するネタバレを含みます。
“アストラル体”になったピーター
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の序盤、ドクター・ストレンジとピーター・パーカーは、サム・ライミ監督版とウェブ・マーク監督版「スパイダーマン」のユニバースからヴィラン達を召喚してしまう。一度は5人のヴィランを地下牢に閉じ込めた二人だったが、ピーターはヴィラン達を「死」という運命が待つ元のユニバースに送り返すことに反対し、ドクター・ストレンジが作ったヴィランを送り返す装置(箱)を奪う。
ドクター・ストレンジは魔術を駆使してスパイダーマンを追うと、ニューヨークの街頭でスパイダーマンの胸を押してスパイダーマンの身体とピーターの霊体を分離させてしまう。後で詳しく説明するが、この時のピーターは“アストラル体”と呼ばれる状態になっている。
アストラル体になったピーターだったが、なぜかなおも自分の身体(本体)を器用に遠隔操作することができ、ドクター・ストレンジの箱を渡さずに済んでいる。この時、ピーターの頭の上には透明だがウェーブが生まれており、アニメ『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019) でマイルス・モラレスがスパイダーセンスを発動した時の様子を想起させた。
問題は、なぜピーターがスパイダーセンスでドクター・ストレンジの魔法の力を超越できたのか、ということだ。スパイダーマンにそれほどの力があるとして、その力はどこから来たのだろうか。これを考察するために、まずはMCUで過去にも登場している“アストラル体”についておさらいしていこう。
過去にも登場した“アストラル体”
過去にはドクター・ストレンジ自身もアストラル体になっている。映画『ドクター・ストレンジ』(2016) で傲慢だったスティーブン・ストレンジに自分は無知だと理解させるために、エンシェント・ワンがストレンジをアストラル体にしている。焦るストレンジに対し、エンシェント・ワンは「アストラル体です」と説明し、ストレンジは一瞬の間「肉体を離れた魂が存在する場所」であるアストラル界に行っていたと話している。なお、「astral」には「霊体」という意味がある。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019) では、タイム・ストーンを手に入れるために2012年のエンシェント・ワンに会いに行ったハルクことブルース・バナーがアストラル体になった。力づくでタイムス・トーンを奪おうとしたハルクがエンシェント・ワンに胸を押されると、ブルース・バナーのアストラル体が出現。
このシーンは、ハルクの姿になっていてもアストラル体はブルースになるという事実が新鮮だった。今回の『ノー・ウェイ・ホーム』でも、ピーターの本体はスパイダーマンのコスチュームを着ているが、アストラル体になったピーターは私服に戻っている。アストラル体の姿は内側の人間の意識に依るということだと考えられる。
『エンドゲーム』の時のエンシェント・ワンは、物理的な衝突を防ぐための技として本体とアストラル体の分離を行なったのだろう。その後、ブルースはアストラル体のままエンシェント・ワンと対話を重ねる。ドクター・ストレンジに考えがあることを悟ったエンシェント・ワンは、本体の方を魔術で移動させてアストラル体に重ね合わせ、復帰させている。
この通り、かつてのドクター・ストレンジとハルクは、フィジカルな身体を遠隔操作するどころか、自力でアストラル体から復帰することもできていない。『ノー・ウェイ・ホーム』のピーターは宙を泳ぐようにして本体に復帰しており、やはりピーターが特別な力を持っていることを表している。
その力はどこから?
『ノー・ウェイ・ホーム』のこの場面は、ドクター・ストレンジが今ではエンシェント・ワンと同じ力を身につけたということを示すシーンでもある。だが、なぜピーター・パーカーがアストラル体になったまま自分の身体(本体)をコントロールできたのかということには説明がなかった。ピーター自身も驚いているし、ドクター・ストレンジも過去の自分が苦戦した技が通じないということに驚きを隠せないでいる。
頭の上のウェーブの描写が見られたことから、ピーターがMCU内では「ピーター・ティングル(ムズムズ)」と呼ばれるスパイダーセンスを発動したことは確かだ。だが、クモに噛まれたというだけで魔法を凌駕するほどの力を得ることができるのだろうか。例えば、トビー・マグワイア演じるピーターやアンドリュー・ガーフィールド演じるピーターも同じようにアストラル体になっても本体を遠隔操作することができるのだろうか。
注目したいのは、過去作のスパイダーマンと違い、MCUではピーター・パーカーがスパイダーマンとしての力を手に入れた時のオリジンがまだ描かれていないということだ。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、ピーターとMJがビデオ通話をするシーンで「クモに噛まれて以来」というセリフがあり、初めてこの世界のピーターも“クモに噛まれて”力を手に入れたことが明らかになっている。重要なのは、そのクモがどのようなクモだったのかということである。
サム・ライミ監督版「スパイダーマン」もウェブ・マーク監督版「アメイジング・スパイダーマン」も、共にオズコープ社が遺伝子組み換えを行ったクモに噛まれてスパイダーマンの力を得ている。だが、サム・ライミ監督の「スパイダーマン」世界から登場したグリーン・ゴブリンことノーマン・オズボーンは、『ノー・ウェイ・ホーム』で「自分の家も違う人が住んでいるし、オズコープ社もない」と、自身が社長を務めているはずの会社がこの世界には存在しないと嘆いていた。
つまり、MCUのメインユニバースには、遺伝子操作したクモを生み出すオズコープ社は存在しないということである。であれば、ピーターが噛まれたクモはどこからやってきたのだろうか。
クモはどこから?
ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021) 第2話では、サム・ウィルソンがこの世界における驚異となる三大勢力を「機械人間(アンドロイド)・異星人(エイリアン)・魔法使い」と分類している。これは言い換えれば「科学・宇宙・魔法」にパワーが宿っているということである。
オズボーン社が遺伝子操作を行ったクモから力を得た過去作のスパイダーマン達は、科学の力を得たということになる。例えば、超人血清を打ったキャプテン・アメリカやガンマ線を浴びたハルクも科学の力でスーパーパワーを手に入れている。
MCUスパイダーマンのユニバースにはオズボーン社が存在しないということなので、他の企業や個人がスーパーパワーを与えるクモを作り出したのだろうか。そうでなければ、MCUの“クモ”は魔法か宇宙の力を持つクモだった可能性もある。
魔法のクモ?
MCUフェーズ4では、ワンダやドクター・ストレンジを中心に、魔法の力が一層強調されている。『ワンダヴィジョン』(2021) では魔女のアガサや、ワンダの強大なカオス・マジックの力、魔術書であるダークホールドにスポットライトが当てられた。マルチバースを開くのもやはりドクター・ストレンジの力だった。
ピーターが魔法の力を持つクモに噛まれてスーパーパワーを得たのであれば、ドクター・ストレンジの魔法を超越できることにも説明がつく。アストラル体になったピーターは「気分が良い(This feels amazing.)」とまで言っており、魔法との相性の良さを示唆している。フェーズ3まではスターク社のテクノロジー(科学)に支えられていたピーターが、フェーズ4からは一転して魔法との親和性の高さを示したことは、MCU自体がサイエンス中心の作風から転換することを示していると考えることもできる。
なお、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』では、アンドリュー・ガーフィールドのピーターが「この世界にも魔法が? (Magic is real here too?)」と尋ねるシーンがある。「アメイジング・スパイダーマン」シリーズこそ、ザ・サイエンス・フィクションという感じで魔法は一切登場しなかったが、「アメイジング・スパイダーマン」世界にも魔法が存在していることが示唆されたのだ。アンドリュー・ガーフィールドはスパイダーマンを再演することを希望しており、『アメイジング・スパイダーマン3』で魔法が登場する布石が打たれたのかもしれない。
宇宙のクモ?
話をMCUピーターの“クモ”に戻そう。もう一つの可能性は、三大勢力の一つであるエイリアン=宇宙の力だ。『エターナルズ』(2021) では宇宙的存在(コズミック・ビーイング)のセレスティアルズが大々的に登場。クロエ・ジャオ監督からは、今後、“宇宙からの脅威”の代名詞でもあるサノスの物語に再び触れられるという証言も飛び出した。
アニメ『ホワット・イフ…?』(2021-) では、コズミック・ビーイングであるウォッチャーが語り部になった。そして『ノー・ウェイ・ホーム』でも、三人のスパイダーマンの中ではトム・ホランドのピーター・パーカーが唯一宇宙に行ったスパイダーマンであることにも触れられている。
また、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021) に登場した10本の腕輪=テン・リングスは、明確な出自は明かされなかったが、原作コミックでは宇宙からやってきたリングということになっている。ミッドクレジットシーンでは、シャン・チーが持ち帰ったリングがシグナルを放ってメッセージを送っていることをウォンが発見している。宇宙のどこかにまだ見ぬ力が存在している可能性は大いにあるだろう。
いずれにせよこの件が重要なのは、ピーターが噛まれたクモの出所が“次のスパイダーマン”の誕生にも関わってくるからだ。MCU「スパイダーマン」の次の三部作では、黒人少年のマイルス・モラレスがスパイダーマンになり、ピーター・パーカーがメンターになるのではないかという考察はこちらの記事で紹介した。新たなスパイダーマンが生まれるのであれば、またスーパーパワーを与えるクモが登場することになるだろう。そのクモは科学のクモか、魔法のクモか、それとも宇宙のクモか……。
なお、Disney+ではMCUスパイダーマンのオリジンを描くアニメシリーズ『スパイダーマン:フレッシュマン・イヤー(原題)』を配信することが発表されている。配信時期は未定だが、MCUスパイダーマンのクモについては、ここで答え合わせが行われることになるだろう。その時、“アストラル体で本体を操作できたピーターの力”が解明されることにも期待しよう。追記:『スパイダーマン:フレッシュマン・イヤー』は別ユニバースのピーター・パーカーが主人公になることが明かされた。
映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は2022年1月7日(金) より、日本全国の劇場で公開中。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のサウンドトラックはAmazonで配信中。
SFメディア バゴプラが運営するSFオンライン誌 Kaguya Planet では、ジェンダーSF特集を開催中。高山羽根子さんの小説をはじめ、「魔女」「おばあちゃん」「ケア」をテーマにしたSFを配信中です。詳しくはこちらから。
『ノー・ウェイ・ホーム』エンディングからミッドクレジット、ポストクレジットの解説はこちらの記事で。
『ノー・ウェイ・ホーム』の終わり方を受けたスパイダーマン達とその他のキャラクターの今後については、こちらの記事で考察している。
トム・ホランドとゼンデイヤが語ったトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドとの共演エピソードはこちらから。
脚本家が語ったヴェノム登場の理由はこちらの記事で。
脚本家が語った執筆当初の設定と、それが変更された理由についてはこちらから。
本作に登場したデア・デビルについてはこちらの記事で解説している。
海外でネッドの祖母が人気を集めている理由はこちらの記事で。