ネタバレ解説『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』継承していきたい特撮と創作への想い 考察&感想 | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』継承していきたい特撮と創作への想い 考察&感想

ⓒ2024 映画「カミノフデ」製作委員会

特撮界のレジェンドが半世紀あたためてきた作品が映画化

「ゴジラ」シリーズに「ガメラ」シリーズ、「大魔神」シリーズ、『仮面ライダー』(1971-1973)、『ウルトラマンA』(1972-1973)などで造形を手掛けてきた特撮界のレジェンドこと村瀬継蔵。彼が総監督を務める『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』が2024年7月26日(金)にTOHOシネマズ日比谷ほかにて順次全国公開された。そこでは長年培われてきた特撮技術を通して、村瀬継蔵総監督が半世紀もの間あたためてきた作品が映画化される。

本記事では特撮技術の継承といつの時代の子供たちでも楽しんでもらえる作品づくりを意識したと語る『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』について、解説と考察、感想を述べていこう。なお、以下の内容には『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』のラストのネタバレを含むため、必ず劇場で本編視聴後に読んでいただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』の内容に関するネタバレを含みます。

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』ネタバレ解説

『神の筆』の世界

『復讐の巨大原人』や『怪魔神』、『大怪獣バラノ』など数々の特撮の名作映画を手掛けた造形作家の時宮健三が亡くなった。その孫娘である朱莉は時宮健三に複雑な想いを抱いていた。朱莉にとって時宮健三は仕事を優先し、家族を疎かにしただけではなく、自分の娘である母親の腕に大きな傷を残したという思い出しかない。

そのような複雑な感情の朱莉は、時宮健三のお別れの会で若い頃の時宮健三にそっくりな穂積という青年と出会う。自分は時宮健三の古い知り合いだと名乗る穂積は『復讐の巨大原人』の後に制作する予定だった香港映画『神の筆』に登場する魔法の筆とそのプロットを渡すと、「筆を見つけてください」と言い、世界の消滅を防ぐように頼む。

『神の筆』の世界に飛ばされてしまう朱莉と、クラスメイトで特撮オタクの城戸卓也。2人は世界の消滅を防ぐということは、『神の筆』の主人公スーザンが旅をしたプロット通りに進めることだと考察する。しかし、プロット通りに進めていくはずが『神の筆』には登場しないはずの時宮健三の作品のムグムグルスが現われるなど、プロットから少しずつ外れていく。

プロットから外れていく物語

プロットには無かったはずの北海道の池田ワイン城があることに戸惑う卓也。朱莉は昔、時宮健三の実家を訪れた際に池田ワイン城を見たことがあると語る。北海道池田町は村瀬継蔵の故郷であり、映画のメッセージの1つである「都会で夢を追いかける前に、故郷を大切にすることに気付いてほしい」を象徴した建物だと考察できる。

池田ワイン城の奥には飲んだくれた盗賊たちがいた。逃げようとした矢先、瓶を蹴る音で盗賊に気付かれてしまう朱莉だったが、盗賊たちは朱莉を『神の筆』の主人公スーザンだと勘違いしているようだ。そのとき、巨大な地響きを伴ってプロットには登場しないはずのヤマタノオロチが出現する。

ヤマタノオロチは『神の筆』の世界を破壊しはじめ、破壊されたものは消滅していく。ヤマタノオロチは『神の筆』のプロットにも登場した怪獣ゴランザなどとは異なり、『神の筆』という世界そのものを破壊していく。朱莉はヤマタノオロチによって崩れた瓦礫に飲み込まれて意識を失ってしまう。瓦礫に飲み込まれたとき、朱莉は怪獣を造形していた時宮健三に、怪獣の着ぐるみを触ったことで突き飛ばされたことを思い出していた。

穂積との再会

目を覚ました朱莉は映画館におり、『大群獣ネズラ』(1964)らしき映画を観賞している。その横にいるのは穂積で、穂積は『大群獣ネズラ』が完成しなかったこと、そして最初の『大群獣ネズラ』には時宮健三も関わっていたことを語る。

『大群獣ネズラ』は実際に大映によって制作されたが、大量のネズミによる衛生上の問題などでお蔵入りになってしまった映画だ。その後、『ネズラ1964』(2020)というノンフィクション映画が制作され、その当時の舞台裏が再現されて公開された。

卓也の心配をする朱莉だったが、穂積は気にしていない。それどころか完成せず、観客のいない映画はやがて誰の心からも消えていくことを心配していた。穂積曰く、『神の筆』は時宮健三が娘から筆をプレゼントされたことをきっかけにした企画であり、深い思い入れのある映画だったという。その映画も制作されずに忘れ去られていき、更にはヤマタノオロチによって破壊されていく。

ヤシオリ作戦

再び目を覚ました朱莉は池田ワイン城でヤマタノオロチに襲われていた。『神の筆』に登場する悪役の盗賊2人の銃撃に救われた朱莉と卓也は、日本神話の須佐之男命の八岐大蛇退治伝説に着想を受け、ワインを八塩折之酒代わりにして眠らせることを提案する。

池田ワイン城のワイン蔵に走る朱莉と卓也だったが、そこでヤマタノオロチの瓦礫に飲み込まれそうになる。そのとき、朱莉が母親のことを強く念じると母親との会話で話題にしていたご当地キャラクターのマンホールが現われて盾となった。

そしてワイン樽からこぼれたワインに引き寄せられたヤマタノオロチはワインを飲み干して轟音を立てながら倒れ、深い眠りにつく。一人で過ごすことの多い学校よりも生き生きとした朱莉と、頼りになる卓也。お互いに認め合い、一件落着かと思いきや、プロットの通りに盗賊の2人はスーザンが持っているとされる幻の薬草の地図を要求して銃を突きつけてくる。

空想の力

朱莉をスーザンだと思っている盗賊たちは幻の薬草の地図を要求するが、当然、朱莉は幻の薬草の地図など持っていない。地図が無いと知った盗賊たちは卓也を人質に取り、代わりに幻の薬草を要求する。自分がスーザンだったらどうするか。そう考えた朱莉は先ほど想像力によってマンホールが実体化したことを思い出し、想像力で偽の薬草を生み出して人質交換することを思いつく。

偽の薬草での人質交換が成功したと思った矢先、卓也がムグムグルスのことを話してしまったことで盗賊たちはムグムグルスも要求してくる。その瞬間、眠っていたヤマタノオロチが目を覚まして盗賊たちを丸飲みにする。ヤマタノオロチは再び暴れまわるが、朱莉は先ほどのように想像力で願いを実現化させるのだった。

想像力の力で現実に帰ってきた朱莉と卓也だったが、その世界はどうも様子がおかしい。誰もいないだけではなく、時宮健三のお別れの会も開かれていない。卓也が持っていた雑誌『宇宙船』の表紙も時宮健三特集からネズラ特集に変わり、マンモスネズラになっていた。プロットはページが消えるどころか、そのものが消滅している。この世界は穂積が恐れていた皆の記憶から時宮健三の作品が忘れ去られてしまった世界だと考察できる。

ヤマタノオロチの正体

空に稲妻が走り、巨大な穴が開くと、そこからヤマタノオロチが出現する。現実と思わしき世界で猛威を振るうヤマタノオロチに、自衛隊も戦車を出動させて応戦する。それに違和感を覚える2人。卓也は『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)をはじめとする俗に言う『平成三部作』において、自衛隊出動には複雑な法律の壁があることが解説されていたことを思い出す。よく見ると出動している戦車も、退役しているはずのシャーマンことM4中戦車だ。

ヤマタノオロチが暴れまわり、倒壊したビルの瓦礫が飛んできたことで卓也は怪我をしてしまう。朱莉は手当てをしようとするが、先ほど『神の筆』の世界で想像力によって生み出された薬草で卓也の傷が治る。それによって2人は、ここは現実の世界ではなく、まだ『神の筆』と地続きの世界であることを確信する。卓也の目にスーザンと朱莉の姿が重なる。

朱莉はヤマタノオロチに立ち向かう覚悟を決めるが、ヤマタノオロチの火炎放射によって焼かれそうになる。そのとき、ムグムグルスが盾となって朱莉を守ってくれた。何とムグムグルスは朱莉のために時宮健三がつくった造形物だった。朱莉こそ『神の筆』におけるスーザンであり、ムグムグルスが魔法の筆であったのだ。

卓也は朱莉にヤマタノオロチを倒せる存在を思い浮かべろと叫ぶ。その瞬間、時宮健三が造形を務めた怪魔神が現われ、ヤマタノオロチが引き起こした地割れから2人を救う。地底世界では怪魔神や怪獣ゴランザなど、時宮健三が生み出してきた造形物たちがヤマタノオロチを迎え撃つ。

ヤマタノオロチの正体とは、時宮健三の造形作家としての失敗や苦悩が実体化したものだったのだ。時宮健三が築き上げた物語を破壊していくのは、プロットのまま制作されなかった『神の筆』への想いが根源にあった。時宮健三の生み出してきた世界を朱莉が守り続けると誓うとヤマタノオロチは消え去り、怪魔神の手で2人は現実世界に引き戻される。

「時宮健三の記憶」の世界

現実世界に戻ると、朱莉の手の中には魔法の筆があり、穂積とスーザンが目の前に現われた。穂積はあの世界は消えることはないと告げる。そもそも、あの世界は『神の筆』の世界ではなく、造形作家「時宮健三の記憶」の世界だったのだ。

昔、時宮健三に朱莉が突き飛ばされたのも仕事を優先したからではなく、むき出しになった刃物に朱莉が触れそうになったのを防ごうとしたからであった。朱莉の母親の腕の傷はかつてむき出しになった刃物に触れてしまった事故によるものであり、時宮健三はそれを後悔して強く出てしまったのだ。朱莉は自分が時宮健三を好きだったことを穂積とスーザンに告げ、時宮健三と別れの挨拶を果たす。

造形作家「時宮健三の記憶」の世界でスーザンの役割を果たしたことで、ずっと進路に迷っていた朱莉は役者の道を志す。そして、特撮監督の道を志していた卓也と共に、いつか本当に『神の筆』を制作しようと誓い合うのだった。

片づけをしていた朱莉の母親は自分が渡した筆を時宮健三が持ち続けていたことを知り、涙を浮かべる。母親の不安なときに耳たぶを引っ張る癖をスーザンの癖として『神の筆』に盛り込むなど、時宮健三が家族を愛していたことを再認識した朱莉は、処分しようと思っていた時宮健三の作って来た物を残せないかどうか母親に頼み、母親は同じことを考えていたと返すのだった。

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』ネタバレ考察&感想

溢れる特撮への愛

「ゴジラ」シリーズに「ガメラ」シリーズ、「大魔神」シリーズ、『仮面ライダー』、『ウルトラマンA』などの特殊造形を担ってきた村瀬継蔵総監督。特撮界のレジェンドと呼ばれた村瀬継蔵総監督が1976年に『蛇王子』、1977年に『北京原人の逆襲』といったショウ・ブラザーズと香港映画を制作した際、当時香港で社会問題になっていた船上生活者の子供を見て書いたのが『神の筆』のプロットだ。それを半世紀かけて映画化するにあたり、その内容は村瀬継蔵総監督の半自伝的なものになっている。

特撮の歴史を語る上で外せないレジェンドの半自伝的な映画ということで、その内容は特撮への愛に満ちたものとなっている。『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』では様々な特撮作品のパロディやオマージュが登場している。『怪魔神』は「大魔神」シリーズ、『大怪獣バラノ』は『大怪獣バラン』(1958)、『復讐の巨大原人』は『北京原人の逆襲』がモデルになっている。

その他にもプロット『神の筆』には本来登場しない怪獣たちも村瀬継蔵総監督の作品をオマージュしている。蝶の羽のような色彩の耳で空を飛ぶ兎に似たムグムグルスは『モスラ』(1961)から来ており、『神の筆』の世界を破壊するヤマタノオロチは『日本誕生』(1959)の八岐大蛇、『三大怪獣 地球最大の決戦』(1964)のキングギドラ、『ゴジラVSキングギドラ』(1991)のキングギドラをオマージュしている。また、現実世界にヤマタノオロチが現われる場面は『ウルトラマンA』の超獣を想起させる。

それだけではなく、現代の特撮のオマージュも含まれている。特撮作品に携わる俳優が多い『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』だが、釈由美子の演じる母親に関する場面でマンホールが登場することが多い。これは『仮面ライダージオウ』(2018-2019)で釈由美子がアナザーキバを演じた際、マンホールを盾代わりにしたことでのイースター・エッグだと考察できる。

特撮技術の継承

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』には、特撮技術の継承という側面があると考察できる。古参の特撮ファンが楽しむだけではなく、現代の子供たちが楽しむことができるのが『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』の魅力だと言える。

CG技術にはCG技術の良さがあるのは事実だ。しかし、それは特撮も同じで、長年培われてきた特撮技術には、その特撮技術ならではの良さがあると考えられる。例えば、ヤマタノオロチの火炎放射の場面はCGではない。実際にヤマタノオロチの造形物を使って火炎放射を行なっているのだ。

このような特撮技術を子供たちが観て、『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』の城戸卓也のような特撮に携わる人間になってほしい。映像業界に足を踏み入れる一歩になればという思いを感じることができる作品だった。

創作者としての苦悩

プロットは完成しているのにもかかわらず、作品が創作できない苦悩。そして、その作品が忘れ去られていく悲しみ。そのようなものが入り混じった存在がヤマタノオロチだと考察できる。ヤマタノオロチは『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』に登場するオリジナルの怪獣であり、もとのプロット『神の筆』には登場しない怪獣だ。

半世紀かけて映像化するにあたり、これまで温め続けた想いと映像化できなかった年月の想いが組み合わさり、ヤマタノオロチを生んだと考察できる。これはすべての創作者が抱える苦悩であり、創作物を生み出すにあたって繰り返される失敗なども積み重なってヤマタノオロチを世界の破壊者にしたのだと考察できる。

そのため、『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』は特撮ファンだけではなく、創作に携わる人間すべてに刺さる内容になっていると考えられる。『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』をもう一回見直すと、最初の時宮健三がヤマタノオロチに立ち向かう場面が違って見えてくることだろう。『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』は特撮技術の面や、時宮健三の創作者としての苦悩などを踏まえて2周目を観ることをお勧めしたい映画だ。

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』は2024年7月26日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて順次全国公開。

『カミノフデ~怪獣たちのいる島~』公式サイト

主題歌のDREAMS COME TRUE「Kaiju」は現在配信中。

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2024年9月12日(木)20:30より脚本家の中沢健さんをお招きして『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』のトークショーを開催します。詳しくはこちらから。

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』の村瀬継蔵総監督と佐藤大介特撮監督のインタビューはこちらから。

『カミノフデ ~怪獣たちのいる島~』の予告編はこちらから。

村瀬継蔵総監督と佐藤大介特撮監督のインタビューが掲載されたKaguya Booksマガジン第2号はこちらから。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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