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『流転の地球』世界デビューに、影の功労者
中国SFを全世界に発信
中国史上最大規模のSF映画として話題を呼んだ『流転の地球』。7億ドルを超える興行成績は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』『キャプテン・マーベル』に次ぐ年間第3位の位置につけており、ハリウッドでなくとも大作SF映画を成功に導くことができるということを、全世界に証明した。
その『流転の地球』は、2019年4月30日(火)より、190以上の国と地域での配信が始まった。待ちに待った配信開始にSNS上は賑わっているが、英語圏での配信に際して重要な仕事が存在していたことを忘れてはいけない。それは、英語への吹き替えだ。北米では既に『流転の地球』が劇場公開されている地域もあったが、かねてから「字幕が早すぎる」という声があがっていたのだ。字幕を読みながら映画を観る文化が他の言語圏よりも弱い英語圏では、外国作品の輸入には吹き替え版の存在は欠かすことができない。
吹き替え版のクオリティがすごい
VG+では前回、『流転の地球』の英語吹き替え版のクオリティの高さを紹介した。吹き替えを手がけたアンコール・ボイス (Encore Voices) は、徹底して中国系俳優を起用するというスタンスを採用。アジア人俳優にはアジア系の声優をあてるという本来であれば当たり前だったはずの起用法を敢行し、吹き替えを成功させたのだ。
では、『流転の地球』の吹き替えを手がけたスタジオは、どのようにしてこの挑戦を成功させたのだろうか。今回は、今後の吹き替え制作のあり方を変えうる挑戦に取り組んだEncore Voicesのプロデューサー、Fannie Brett-Rabault がVG+の取材に応えた。
「アメリカに英語吹き替えを持ち込んだ」
Encore Voicesは、ハリウッドにほど近いカリフォルニア州バーバンクに拠点を置く英語吹き替えの制作会社だ。優秀な翻訳家、声優、監督、プロデューサー、レコーディングスタッフを抱えるEncore Voicesは、あらゆる言語の作品を英語に吹き替えており、今年で創設10年目になる。CEOのCharles Fathyはこの道のプロで、自身も300本以上のフランス映画で英語吹き替えに携わってきた。『流転の地球』の英語吹き替えを担当したBrett-Rabaultはこう話す。
Charles Fathyはこの道においては天才的な人物です。彼はフランス系アメリカ人で、素晴らしい役者であり、監督であり、プロデューサーでもあります。
かつては『タイタニック』にも出演
Charles Fathyに「吹き替えに関する全てを教わった」と話すBrett-Rabaultは、28年間以上に渡り、役者、歌手、作家、プロデューサーなど様々な形で、エンターテイメントの世界で活躍してきた。映画『タイタニック』(1997) にも出演しており、『青春シンドローム』(1994) ではセドリック・クラピッシュ監督と、『タイタニック』ではジェームズ・キャメロン監督と、『ディスタント・ビジョン』(2015) ではフランシス・フォード・コッポラ監督と共演している。
過去には、パリ8区でポップス、ロック、オルタナティブのアルバムとミュージックビデオを手がけるCEO’z Prod Labelの共同オーナーでもあったBrett-Rabaultだが、Charles Fathyとは制作について共鳴するビジョンがあり、今から約一年前にEncore Voicesに加わったという。
吹き替え作業の意外な秘密
プロデューサーのFannie Brett-Rabaultは、『流転の地球』の英語吹き替えのクオリティの高さ、高いレベルのシンクロ率の秘密についてこう明かす。
——『流転の地球』の英語吹き替えは素晴らしかったですね。かなりのシンクロ具合でした。Encore Voicesと声優陣はどのようにしてこれを実現したのですか。
この精緻な吹き替えの秘密は、Voice Qというソフトウェアにあります。声優のためのカラオケのようなものですね。正確な吹き替えを実現したければ、Voice Qを利用するべきです。声優たちはブースに入り、(Voice Qの) スクリーンを見ながらセリフを読み上げるんですよ。
意外な事実である。『流転の地球』は最新鋭のVFXが話題になったが、吹き替えにおいても最新技術を駆使したレコーディングが行われていたのだ。
中国系コミュニティのサポートも
もちろん、『流転の地球』の吹き替えの秘密はソフトウェアだけではない。Brett-Rabault は続ける。
Charles Fathyの希望は、中国の文化を継承する声優を起用することでした。ですので、中国系の俳優のコミュニティに連絡をとるところからキャスティングを開始しました。中国系の俳優の皆さんが非常に協力的に動いてくれている様子を見ていて、とても幸せな気持ちでした。
中国の作品の吹き替えは中国系の俳優で——当然の発想のようにも思えるが、これを実行し、実現できるスタジオは多くないだろう。そして、中国系俳優のコミュニティが『流転の地球』の“世界デビュー”を後押しするべく協力し、今回の挑戦は成就したのだ。
また、Brett-Rabault は起用された声優陣については以下のように話している。
キャスティングの二日間で、宝石のような人材を見つけ出すことができました。Ewan Chung (リウ・チー役) とShavvon Li (ハン・ドゥオドゥオ役) の二人は、特別な存在でした。とても才能があり、常に他の中国系俳優を手助けする準備ができていました。
吹き替え監督はルチアーノ・パレルミ
Voice Qという優れたソフトウェアを持つEncore Voicesだが、もちろん声優陣にはディレクション通りの演技ができるようにトレーニングを積むことを要請している。そしてその声優陣を指揮したのは、吹き替え監督を務めた Luciano Palermi だ。パレルミは優れたオペラシンガー、俳優でもあり、ベテランの吹き替え監督でもある。Brett-Rabaul は彼についてこう話す。
Lucianoは簡潔で的確な指示を出すんです。とてもリラックスしている人で、いつでもジョークを言うんです。彼と仕事をするのは楽しいですよ。
「とても誇りに思う」
Fannie Brett-Rabaultは自身がプロデューサーを務めた『流転の地球』での吹き替えについて、こうまとめている。
『流転の地球』で果たせた仕事を、とても誇りに思っています。全てのレコーディングを5日間で終える必要がありましたし、多くの声を録る必要がありました。かなりの挑戦でしたよ。この結果に満足しています。
中国史上最大規模の大作映画の吹き替えを、たった5日間録り終える必要があったというのだ。大仕事をやってのけたEncore Voicesの今後について、ブレット=ラバウトは、同スタジオが急速に成長していることに「とてもエキサイトしている」と語る。
私の望みは、Encore Voicesを成長させ、質の高いシリーズや作品を通して実力のある声優に吹き替えを楽しんでもらう機会を提供することです。
“声”を届けるEncore Voices
Charles Fathy、 Fannie Brett-Rabault、Luciano Palermi、そして中国系俳優のコミュニティ——-様々な人間が携わり (そして最新のソフトウェアの力を借り) 、『流転の地球』のクオリティの高い英語吹き替えを実現していたことが分かった。『流転の地球』では、VFXをドイツのピクソモンドが手がけ、コスチュームをニュージーランドのウェタ・ワークショップが手がけていたが、アメリカにもこの物語を世界に届けようと尽力した人々がいたのだ。ハリウッドの“外”からの“声”を伝え続けるEncore Voicesの今後にも注目しよう。