『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』大ヒット
2022年1月7日(金)より日本でも劇場公開が始まった『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、全米の興行収入が歴代第4位にランクイン。全世界興収でも公開から約1ヶ月で歴代8位にランクインする大ヒットを記録している。
世界中で多くの人が目にした「スパイダーマン」シリーズ最新作。今回は、海外で話題になっている本作のある場面について解説しよう。
以下の内容は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の重大なネタバレを含むため、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームル』の内容に関する重大なネタバレを含みます。
喝采が起きたあるシーン
海外で高い評価を受けている『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のシーンとは、アンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアが演じる二人のピーター・パーカーが登場するシーンだ。当然だと思われるかもしれないが、注目を集めているのは二人のスパイダーマンだけではない。人々が言及しているのは、ネッドの祖母の存在だ。
トム・ホランド演じるピーターがメイを亡くした後、MJとネッドはネッドの自宅でドクター・ストレンジの箱と共に待機している。ヴィラン達の大暴れとメイの犠牲が報じられ、ピーターとも連絡がつかない状態で、MJとネッドはドクター・ストレンジのスリング・リングを使ってピーターを呼び出すことを思いつく。
そして二人の“お客さん”が呼び出されることになるのだが、スパイダーマンと共に戦ってきたMJやネッドと違い、ネッドの祖母はこの状況に驚きを隠せない。家のものをアンドリュー・ガーフィールドのピーターに投げつける姿も見られるが、その後は天井に張られているクモの巣を取るよう要求するなど、ユーモアにあふれる立ち回りを見せてくれた。
その後、二人のスパイディーはウェブを飛ばし合い、家を糸だらけにしてしまう。これを見たネッドの祖母は後片付けをするように告げ、ベッドへ向かう。シリアスな場面の後に続くドタバタの展開に緩和をもたらしている。
タガログ語に歓声
この時、ネッドの祖母が使っている言葉はフィリピンの公用語であるタガログ語だ。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』という大作中の大作でタガログが使用されたことで、フィリピンはもちろんアメリカ国内のフィリピン系の人々の間でも大きな注目を集めた。日本公開の翌日である1月8日に本作が劇場公開されたフィリピンでは、ネッドの祖母がタガログ語で話す場面で歓声が上がったという。
確かに、Google検索でも「ned」と入力すると、サジェスチョンには「Ned grandma」「Ned’s lola」というキーワードが登場する。「lola」とはタガログ語で「おばあちゃん」を意味する言葉で、Twitter内でも「Ned’s lola」でツイートしているファンが多数見られる。
When Ned’s Lola spoke Tagalog in #SpiderMan pic.twitter.com/ERfWVBzHu3
— claire. (@clairenavarrete) December 17, 2021
filipinos when Ned’s lola started speaking pic.twitter.com/ZfVR1vHsEj
— Aaron Laker Depression (@ShangChiTheGOAT) January 17, 2022
フィリピン系のアメリカのアニメーターであるベン・デグズマンは、『The Future Adventures of Ned’s Lola』と題して、ネッドの祖母を主人公に据えたコミックカバー風のイラストをSNSに投稿し、人気を集めている。
また、フィリピンの英語メディアであるPhilstar.comは、「大ヒット映画の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、フィリピン系コミュニティを非常によく表現している」とこのシーンを称賛している。
ネッド・リーズを演じた俳優のジェイコブ・バタロンは、両親がフィリピン人。本人はハワイ生まれハワイ育ちで、フィリピン系アメリカ人俳優の一人として活躍している。原作コミックでは、ネッド・リーズはフィリピン系という設定ではないが、演じたジェイコブ・バタロンのルーツに合わせて映画オリジナルの設定が付け加えられたのだ。
タガログが注目を集めた理由
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の劇中でタガログ語が使用されたことでフィリピンの人々が喜ぶのは当然だろう。一方でこのシーンは、アメリカにおけるフィリピン系の人々にとっても大きな意味を持っている。
2021年4月に米センサス局が発表した国勢調査では、2019年時点でアメリカにおけるフィリピン系の人口は420万人にのぼり、アジア系では中国系の520万人、インド系の460万人に次ぐ第3位の数字となっている。フィリピンはかつて宗主国だったスペインにアメリカが勝利したことでアメリカの植民地になったこともあって、アメリカへの移民が多い。フィリピン系の人々はアメリカのもっとも古いアジア系移民として知られる。
筆者は2017年までカリフォルニアで4年間生活していたが、アメリカにおけるフィリピン系コミュニティの存在感は、日系のそれよりも遥かに大きい。にもかかわらず、ヒーロー系の大作映画においてはフィリピン系のコミュニティが『ノー・ウェイ・ホーム』ほどクローズアップして描かれることはなかった。アメリカに住むフィリピン系の人々は、劇中に自分たちの姿を見つけられたことに喜んでいるのだ。
そして、『ノー・ウェイ・ホーム』におけるネッドの祖母とネッドの描き方は、フィリピン系の家庭を知る人なら思わず笑顔になってしまう作りになっている。1946年のフィリピンの独立後に移民してきた移民一世と思われるネッドの祖母は、ほとんどタガログ語しか喋ることができない。アメリカ生まれアメリカ育ちの三世と思われるネッドは祖母のタガログ語を通訳してあげるが、重要なところを要約してピーター達に伝える。
ここには、移民三世としてずっと家族の通訳係を担ってきたネッドの“慣れ”が垣間見える。筆者は留学関係の仕事をしていた時期に、ホストファミリーとして留学生を受け入れるフィリピン系の家庭にはお世話になったのだが、『ノー・ウェイ・ホーム』のあの場面は、実際にもよく見られる光景だった。
なぜレペゼンが重要か
実際にアメリカで暮らすフィリピン系の家庭を見てきただけに、そうした現実がハリウッド映画で描かれることが少ないことは気になっていた。留学生の中には「せっかくアメリカに来たのに」と、ホームステイ先が白人家庭ではないことに不満を漏らす人もいた。そして、ネッドの祖母のような“タガログ語しか話せない移民一世”は、想定外の存在という視線を浴びていた。それは、人々がハリウッドのエンタメを通して見てきた「アメリカ」の中に、フィリピン系の家庭がほとんど存在していなかったからだろう。
だが、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は、アンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアのスパイダーマンがシリーズを超えて登場するという映画史の中でも歴史に残るシーンで、タガログ語を登場させ、フィリピン系のコミュニティの存在を描いた。これで世界中の人々がアメリカにおけるフィリピン系コミュニティの存在を再認識したはずだ。
多様性とはありのままの現実を映し出すこと——これは、MCU初のアジア系主人公を据えた『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021) 以降、耳の聞こえないマッカリをメインキャラクターに据えた『エターナルズ』(2021) などで、MCUの製作陣やキャストが繰り返し口にしているフレーズだ。
当事者が自分の姿をスクリーンの中に見出し、マイノリティが当たり前に存在することに気付いていなかった人々がその存在に気が付く。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のあの場面には、確かにマイノリティの姿を“消さずに”映し出すリプレゼンテーションがあったのだ。
映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は2022年1月7日(金) より、日本全国の劇場で公開中。
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』のサウンドトラックはAmazonで配信中。
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『ノー・ウェイ・ホーム』エンディングからミッドクレジット、ポストクレジットの解説はこちらの記事で。
『ノー・ウェイ・ホーム』の終わり方を受けたスパイダーマン達とその他のキャラクターの今後については、こちらの記事で考察している。
トム・ホランドとゼンデイヤが語ったトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドとの共演エピソードはこちらから。
脚本家が語ったヴェノム登場の理由はこちらの記事で。
脚本家が語った執筆当初の設定と、それが変更された理由についてはこちらから。
本作に登場したあの弁護士/デア・デビルについてはこちらの記事で解説している。
ピーターがドクター・ストレンジの魔法を超越できた理由、ピーターを噛んだクモについての考察はこちらの記事で。