白組のCGで描かれる『陰陽師0』の世界
夢枕獏原作「陰陽師」シリーズの前日譚を描く『陰陽師0』が2024年4月19日(金)より全国公開された。『ゴジラ-1.0』(2023)でも活躍した白組による美麗なCGを用いた『陰陽師0』は変わることない不変の事実と、人々の主観によって形成される無数の真実が入り乱れた世界での安倍晴明の活躍を描く。安倍晴明はそこで呪(しゅ)を用いて、何をなしたのだろうか。
本記事では『陰陽師0』のラストについて解説と考察、感想を述べていこう。なお、本記事は『陰陽師0』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『陰陽師0』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『陰陽師0』で描かれる平安時代の政財界
虚構を操る陰陽師
時は948年、永観2年の頃。平安時代と呼ばれる時代は陰陽師たちが活躍していた時代だった。陰陽師たちは陰陽寮という省庁に属して働き、政治の中心にいた。陰陽寮は陰陽師たちの学校も兼ねており、そこでは学生(がくしょう)たちが切磋琢磨していた。貴族ではないものにとって官僚になることは、平安時代唯一の出世の方法であり、学生の中には40代を過ぎる者もいると解説されている。
そのような皆が必死に出世を目指す中、狐の子と噂される安倍晴明は陰陽師に興味がなかった。安倍晴明は陰陽師の本質が催眠術や暗示であり、自然現象に理由をつけてお祓いの真似事をしていると考えていたのだ。陰陽寮にいるのも幼少期に両親が殺害されたとき、自分を育ててくれた陰陽博士の賀茂忠行の顔を立てるためである。『陰陽師0』の世界では、佐藤嗣麻子監督が例に挙げていたように、陰謀論やフェイクニュースの中心に陰陽師がいたとも考察できる。
陰陽師の本質を知るが故に、陰陽術を使いこなして蟇蛙を破裂させるというトリックを見せた安倍晴明に源博雅は興味を示す。蟇蛙は実際に破裂したのではなく、安倍晴明の足音で逃げただけであり、そこに幻覚作用のある香と催眠術、血しぶきに見せた水しぶきが合わさったものだと解説している。
そこで唱えた呪術も五行思想では土の生き物とされる蟇蛙を水の生き物とし、殺すのではなく役割を終えるように命じるものになっている。あくまでも蟇蛙にその場を去るように命じる呪文なのが、知識のあるものならば陰陽師の本質に気が付き、陰陽師には頼らないという安倍晴明の思想があるとも考察できる。
後の親友からの依頼
源博雅は徽子女王の琴の弦が切れ、金の龍が見えたという依頼を安倍晴明に持ってくる。琴は横たわった龍になぞらえられることもあり、それが金の龍を見せたのではないかと考察できる。安倍晴明は床下に潜んでいた金の龍らしきものを瓶に封じてみせ、源博雅と徽子女王、そして村上天皇からの信頼を獲得する。
学生の安倍晴明が村上天皇の信頼を獲得するという異例の事態が起きていた頃、学生の上に立つ特業生の橘泰家が呪殺されるという更なる異例の事態が起きる。安倍晴明は穢れとされた死体の検分を行ない、現場に残された足跡から橘泰家は毒を盛られ、水を欲したところを井戸に突き落とされたという呪殺ではない殺人だと考察し、推理を進める。
特業生殺人事件と徽子女王誘拐事件
しかし、陰陽頭の藤原義輔が橘泰家を呪殺した犯人を見つけたものを次の特業生にするという発布を出したことで、事態は混迷を極める。安倍晴明は平民出身で後がない平群貞文によって犯人にされてしまう。捕えられえた安倍晴明は奇妙な違和感を覚えるが、そこに徽子女王が金の龍に攫われたという報せを持ってきた源博雅が現われ、安倍晴明は逃亡して徽子女王を探しに行く。
徽子女王がいなくなったのには訳があった。徽子女王は10歳で伊勢斎宮という神に仕える仕事に奉仕されられた上、それが原因で親の死に目に会えなかった。それでも歳の離れた従兄弟にあたる源博雅を想い、何とか寂しさをこらえていたが、その源博雅が村上天皇からの恋文を持ってきてしまった。それを読んだことで村上天皇からの申し出を断ることができなくなった徽子女王は、自分の人生には自由が無いと言って金の龍と共に消えてしまったのだ。
無意識の世界へ
嫉妬の火龍
その頃、安倍晴明を追っていた平群貞文ら3人は手柄を巡り、殺し合う。その体は赤々と燃え、斬り合う3人は巨大な炎の塊となり、嫉妬の火龍となった。この3人が何かを巡って殺し合い、それによって一つの怪物になるというのは妖怪の舞首を連想させる。
舞首は神奈川県真鶴町に伝わる怨霊で、3人の武士が斬り合いの末に首だけになっても食い合って一つの妖怪となるというものだ。舞首は火炎を吐く妖怪であるため、嫉妬の火龍のモデルになった可能性も考察できる。
このように嫉妬や怒りが炎となってその身を焦がすなど、この世界の異常性が見えてくる。安倍晴明も両親の仇に執着してしまうが、源博雅の龍笛と言葉で正気を取り戻す。嫉妬の火龍や金の龍、琴、龍笛など、『陰陽師0』では龍が印象的に利用されている。『陰陽師0』の龍は善悪のない自然エネルギーの象徴であり、強い念が龍の姿となって現れたと考察できる。
解説される徽子女王の深層心理
安倍晴明は源博雅の話を聞く中で、この世界が現実ではなく深層心理だと考察する。安倍晴明はユング心理学の集合的無意識がこの世界を形作っていると考察し、徽子女王が愛した源博雅ならば徽子女王の深層心理にもたどり着けると推理した。
龍笛を吹き、徽子女王の深層心理へと源博雅は潜っていく。そこは現実の華やかな徽子女王の暮らしとは異なり、寒々とした冬景色だった。徽子女王は自分には自由がなく、源博雅は自分を嫌っていると語る。それに対して、源博雅は村上天皇にも良いところはあると告げ、日々の暮らしの中で幸福を探すことも良いと続けた。そして自分は決して徽子女王を嫌ってはおらず、むしろ好いていると心情を吐露した。
好きだからこそ、音楽と血筋しか取り柄がない自分では徽子女王を幸せにできないのではないかと源博雅は考えていたのだ。それ故に源博雅は徽子女王とどこか距離を取ってしまっていたと語る。しかし、たとえ離れていても龍笛の音色で繋がれたように深層心理では繋がっていると話し、2人はキスをした。そうすると徽子女王の深層心理は春のように華やかなものとなり、徽子女王は花弁となって消えてしまったのであった。
水剋火
源博雅が安倍晴明のもとに戻った瞬間、森から爆炎が上がり、黒々とした煙の中から嫉妬の火龍が天に昇り、安倍晴明たちを襲いに来る。逃げる2人のもとにすべてを焼き払いながら火龍が迫ってくる。源博雅が安倍晴明に深層心理ならば催眠術や暗示で操作できるのではと提案すると、安倍晴明は咄嗟に空を切り、陰陽寮へと入っていった。
陰陽寮に逃げ込み結界を張る2人だったが、嫉妬の火龍によって源博雅の手が焼かれてしまう。音楽だけが取り柄だと思っている源博雅は音楽の道が絶たれたことでパニックに陥り、精神世界で衰弱していく。安倍晴明は何とかして源博雅を救おうとするが、源博雅はとうとう気を失ってしまった。
それに激昂した安倍晴明は陰陽寮の漏刻部屋から繋がる京都盆地地下の巨大な湖を利用して水龍を呼び起こし、それを嫉妬の火龍にぶつける。五行思想では水剋火と言い、相手を打ち滅ぼして行く陰の関係にあるため、火龍を打ち消して天へと昇って行った。そして水龍は現実世界にまで行き、呪の根源であった天文博士の惟宗是邦を撃ち滅ぼした。
呪の根源であったの惟宗是邦が倒れたことで、現実世界へと帰還する安倍晴明たち。源博雅は村上天皇のもとに向かう徽子女王と別れを告げ、離れていても深層心理では繋がっていると約束する。その頃、目覚めた安倍晴明はすべての黒幕のもとに決着をつけるべく向かっていった。
本当の陰陽師
この呪の騒動のすべての黒幕は陰陽頭の藤原義輔だった。その理由は天皇直属の陰陽師になるという出世のためだけのものであり、安倍晴明が犯人扱いされた理由も村上天皇が興味を示したからという単純なものだ。
更に藤原義輔は毒虫を共食いさせ、それによって生まれる最も強力な毒を採取する呪の蠱毒のように学生同士を争わせ、自分よりも優秀な学生を潰してもいた。安倍晴明の両親を殺したのも、父親である安部保名が優秀だったというものだった。
安倍晴明を刺し殺そうとする藤原義輔だったが、逆に安倍晴明の呪にかけられてしまう。安倍晴明は精神世界のものを物質化するなど、暗示や催眠術ではなく本当に呪を使える人物だったのだ。現実世界に水龍を呼び出せたのも、それが理由だった。そして平安時代最大の怨霊である菅原道真の霊を呼び出し、飛梅で藤原義輔を拘束すると雷で止めを刺した。
そして「陰陽師」シリーズへ
すべてが解決した後、天文博士と陰陽頭の喪失という異例の事態に、天皇直属の陰陽師を立てて対処しようという話が持ち上がる。そこで候補に賀茂忠行が上がるが、賀茂忠行はまだ学生の身分の安倍晴明を推すのだった。
その頃、安倍晴明と源博雅は酒を飲みながら語らう。安倍晴明は龍の正体を源博雅に説明し、金の龍は徽子女王の想いが具現化したものだと解説した。金と水は金生水と言い、順送りに相手を生み出して行く陽の関係にあるため、徽子女王の想いが源博雅を救ったとも考察できる。また、金の龍を封じた呪文も実は清らかなものを優しく導く呪文である。源博雅が龍笛を奏で、ラストを迎えた。
安倍晴明と源博雅の友情の始まりだけではなく、安倍晴明が学生から陰陽師になるまでを描き、夢枕獏原作「陰陽師」シリーズへと繋がる物語となった『陰陽師0』。「陰陽師」シリーズは人気かつ多くのエピソードがあるため、興行収入次第では続編の可能性も期待できる。本編終了後も『陰陽師0』に注目していきたいところだ。
『陰陽師0』は2024年4月19日(金)より全国公開。
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