『陰陽師0』で描かれる呪術の世界
2024年4月19日（金）に陰陽師という名を歴史に深く残した安倍晴明の若かりし頃を描く『陰陽師0』が全国公開された。夢枕獏の「陰陽師」シリーズの前日譚にあたる『陰陽師0』は、呪術監修に原作者である夢枕獏お墨付きの加門七海を起用し、より実際の呪術に近い呪文や呪術が存在する世界観を描き出している。
本記事では『陰陽師0』に登場する主要な呪術から、その世界観と呪術の持つ力について解説と考察、感想を述べていこう。なお、本記事は『陰陽師0』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『陰陽師0』の内容に関するネタバレを含みます。
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『陰陽師0』の時代には禁止されていた蠱毒（こどく）
『陰陽師0』における蠱毒
陰陽寮で最初に教えられる最も強力な呪（しゅ）として紹介されたのが、蠱毒（こどく）だ。蠱毒とはヘビ、カエル、ムカデ、サソリ、クモいった毒虫を1つの壷に入れ、共食いさせるものである。そうして最後に生き残った毒虫の毒は最も強力な毒とされ、それを用いるのである。蠱道（こどう）、蠱術（こじゅつ）、巫蠱（ふこ）とも呼ばれる蠱毒は、紀元前17世紀頃の殷や紀元前1046年頃の周などの頃から甲骨文字に記録が残されている。
このように中国から伝わってきた蠱毒は、平安時代に危険性から禁止されたと言われているが、その後は民間に流布したとされる。その蠱毒の派生形が犬神だ。妖怪としても有名な犬神は、蠱毒と同じように生き物を生贄にして、その怨念を用いる呪である。
辻道と犬神
犬神の生み出し方はいくつか存在している。1つ目が辻道を利用したものだ。十字路は東西問わず、呪術的な意味合いを持つものとされている。近代ポップカルチャーにもそれは登場しており、悪魔と取引してギターの才能を得たと言われるロバート・ジョンソンが有名だろう。ロバート・ジョンソンはミシシッピ州にあるルート61とルート49が交わる十字路で悪魔と取引をしたと言われている。これをテーマにした「四辻ブルーズ」は名曲だ。
話を犬神に戻そう。辻道を用いた犬神を生む方法は飢餓状態の犬の首を打ち落とし、更にその犬の首を辻道に埋め、人々が頭上を往来することで怨念を増大させるものである。他にも犬を頭部だけ曝して生き埋めにする、または柱に繋ぎ、目の前に魚を置いて飢餓状態で魚を食べようとしたところで犬の首を刎ね、その骨を用いるものもある。また、蠱毒のように犬同士を殺し合わせて最後の犬の首を使うものもある。
『陰陽師0』では陰陽頭の藤原義輔が学生（がくしょう）を用いて蠱毒を実践していた。蠱毒は平安時代には危険過ぎる呪として禁止されていることを考えると、教え子である学生たちで蠱毒を行ない、優秀な学生を先に潰しておくという藤原義輔の邪悪さが浮かび上がってくる。
五行思想に基づく龍の力
五行思想から見る金の龍
後の親友となる安倍晴明と源博雅が知り合うきっかけになったのが、徽子女王の身の回りに起きた怪異である。その怪異とは琴の弦が勝手に切れるというもので、その際に金の龍を見たと徽子女王が解説している。
徽子女王は幽霊などを見ることができる見鬼（けんき）という能力を持つとされており、安倍晴明は『陰陽師0』のラストで源博雅に琴の弦が切れたのは徽子女王の想いが原因と解説している。そのため、徽子女王も安倍晴明と同様に特殊な力を持つ人間の可能性があると考察できる。
ここで琴が夜になると勝手に鳴ると解説されているが、琴は横たわった龍として部位が説明される。そのため、徽子女王が琴から金の龍を見たという理由は、琴が原因だと考察できる。また、金は五行思想では女性的なものとされる。そのため、安倍晴明は金の龍の正体を女性である徽子女王の想いだと考察したと考えられる。
徽子女王が金の龍に連れ去られる場面も、一見すると村上天皇の強い想いに徽子女王が巻き込まれていったと取れる描写だ。実際には徽子女王本人の気持ちが、自由がない今の状況から抜け出すために金の龍の姿を取って、徽子女王を連れ去ったと考察できる演出になっている。
安倍晴明を襲う嫉妬の火の龍
天文博士の惟宗是邦による反閇（へんぱい）と禹歩（うほ）という地鎮の舞を逆再生した呪の舞により、安倍晴明たちと彼らを追う特業生（とくごうしょう）の座を狙う学生は集合的無意識の世界に閉じ込められてしまう。特に45歳で後がない農民出身の平群貞文と2人の学生は安倍晴明という手柄を奪い合い、殺し合う。
殺し合う中で3人は炎の塊になり、そうして嫉妬の火の龍となるのだった。これは妖怪の舞首の伝承をモデルにしたと考察できる。舞首は神奈川県真鶴町に伝わる怨霊で、江戸時代の奇談集『絵本百物語』で詳しく語られている。
元々は小三太と又重、悪五郎という3人の武士で、伊豆の真鶴の祭の日に酒の勢いから口論になり、斬り合いになることから舞首の伝承は始まる。3人は斬り合いの末に互いの首を刎ね飛ばし、それでも争いを辞めずに噛みつき合い、1つの怨霊になってしまったという。他にも博打が舞首になったと言う伝承も残されている。
火は五行思想では男性的なものとされ、平群貞文ら男性たちの嫉妬の念から生まれたということが考察できるものとなっている。『陰陽師0』は五行思想の設定が強く反映されているので、何が根源でその呪が生まれたのか読み取れるようになっていると考察できる。また、『陰陽師0』での龍は善悪を持たない自然エネルギーの象徴のため、嫉妬の火の龍もよく見ると口の中に平群貞文たち本来の姿が見て取れるようになっている。
五行思想に基づく金生水と水剋火
嫉妬の火の龍により、源博雅が楽（がく）を嗜むものの命とも言える両手を焼かれてしまい、死の淵に立たされてしまう。それに激昂した安倍晴明が呼び出すのが京都盆地地下湖の水を利用して生み出した水龍だ。陰陽寮の漏刻部屋から飛び出した水龍は嫉妬の火の龍を打ち消し、集合的無意識の世界に自分たちを閉じ込めた惟宗是邦のもとへ飛び、怒りのままに彼を押しつぶす。
京都盆地地下湖の水で生み出されたことが明らかになっている水龍だが、五行思想に基づけば見鬼の力を持つ徽子女王の想いによってより強大な水龍が生まれたとも考察できる。五行思想には陽の関係として相生（そうじょう）というものが存在する。
相生は順送りに相手を生み出して行く力のことで、そこでは金属の表面には凝結により水が生じることから金生水と言い、金は水の力を高めるとされている。また、水は五行思想では女性的なものともされているため、この直前に和解を果たし、源博雅の身を案じる徽子女王の金の龍の力が水龍の力を高めたとも考察できる。
そして五行思想には陰の関係として相手を打ち滅ぼして行く相剋（そうこく）が存在している。そこでは水は火を消すため水剋火と呼ばれ、火よりも水が勝っているとされる。映画冒頭で水はすべての終わりであり、始まりでもあると解説されているように命の始まりである水の龍が、人の命を奪おうという邪悪な火の龍を打ち払ったと考察できる。
『陰陽師0』の今後の呪にも期待
前述の通り『陰陽師0』は加門七海によって呪術監修が行なわれており、考察の余地があるものとなっている。安倍晴明の指の動きから唱える呪文まで、すべてに理由があるものとなっている。その反面、幻覚作用の香を用い、催眠術や暗示などのトリックを駆使するなどある種のSF的な要素もある。また、集合的無意識の世界での推理など、『陰陽師0』は多面的な要素を持つ映画だと言える。
安倍晴明と源博雅の名コンビの誕生だけではなく、雲中菩薩や口から視認できる呪文など原作小説である夢枕獏「陰陽師」シリーズの世界観を忠実に描き出した『陰陽師0』。前日譚である『陰陽師0』から本編である「陰陽師」シリーズに繋げるのか、それとも更に遡って安倍晴明が本当の呪の力を得た場面を描くのか。考察だけではなく様々な続編の余地も残しているため、今後の『陰陽師0』の呪にも期待だ。
『陰陽師0』は2024年4月19日（金）より全国公開。
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