レビュー『シャン・チー/テン・リングスの伝説』単純化と家父長制を越えて【ネタバレ】 | VG+ (バゴプラ)

レビュー『シャン・チー/テン・リングスの伝説』単純化と家父長制を越えて【ネタバレ】

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レビュー:『シャン・チー/テン・リングスの伝説』

マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)の第25作目、2021年7月に公開された映画『ブラック・ウィドウ』に続くフェーズ4の映画第2弾として公開された『シャン・チー/テン・リングスの伝説』。公開直後の初週末は世界中で興行収入ランキング第1位にランクインする大人気ぶりを証明。MCUで初めて誕生したアジア系主人公は、SNS上ではデマも流布されるなどの妨害に遭いながらも堂々のデビューを果たした。

今回は、今後のMCUを背負って立つスーパーヒーローを生み出した映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』を、特にそのメッセージやテーマと共に読み解いていこう。以下の内容にはネタバレを含むので、作品を鑑賞してからチェックしていただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『シャン・チー/テン・リングスの伝説』の内容に関するネタバレを含みます。

MCU映画の復権

まず、映画『シャン・チー』はMCU史に残る傑作だったと言っていいだろう。『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) 以来2年ぶりのMCU映画となった『ブラック・ウィドウ』(2021) の時には、映画というフォーマットの“短さ”が今後の課題になる懸念が生まれた。『ワンダヴィジョン』(2021) から始まったMCUドラマは「6〜9時間の映画」と言っても良いクオリティの高さであり、ファンに新たなMCUの楽しみ方を提供した。

その“長さ”に慣れてしまったファンにとっては、2時間で完結する『ブラック・ウィドウ』のストーリーは少々物足りないものに感じられたかもしれない。詳細な理由は『ブラック・ウィドウ』のレビューに書いた通りだ。この時、筆者は「今後のMCU映画は、MCUファンの“ドラマ体験”を踏まえたものになっている」と予想したが、『シャン・チー』はそのハードルを超えてくる作品に仕上がっていた。

ウェンウーの伝説が語られた後、現代のサンフランシスコを舞台にして始まる『シャン・チー』は、そこから現代的なマカオの風景に、中国の伝統的な屋敷として設計されたテン・リングスのアジト、そしてファンタジックなター・ローの村へと舞台が移り変わってゆく。

市中でのド派手なカーアクションに摩天楼を舞台にしたカンフーバトル、アジアに根強く残る家父長制の姿を(批判的に)見せ、現行のMCUのキーポイントであるマルチバース要素を入れつつも、西洋神話に偏りがちだったMCUに東洋神話の世界を取り込んでいく——マーベル・スタジオとデスティン・ダニエル・クレットン監督がやりたかったことが、これでもかと詰め込まれたジェットコースターのような作品だった。

伝統的な香港映画やスタジオジブリ作品、「ドラゴンボール」といったアジア作品へのオマージュはもちろん、中国神話の生き物達をアニメシリーズ『ホワット・イフ…?』で紹介されたクトゥルフ神話的な“魔物”に対峙させるという展開など、作中の様々なコンセプトに“ルーツ”を見出せる作りもその特徴の一つと言っていいだろう。そう、『シャン・チー』は“ルーツ”の物語なのだ。

ルーツの物語

作中で語られたように、過去の自分と向き合うこと、光も闇も受け入れること、その上で前に進んでいくことが、『シャン・チー』という作品のテーマであった。テン・リングスの腕輪を手に入れたウェンウーは数世紀にわたって生き続け、悪の組織テン・リングスを率いて裏社会から世界を支配していた。ター・ローの村出身のリーと恋に落ちて家族との暮らしを始めたことで、ウェンウーはようやく裏稼業から足を洗うが、その生活を破壊したのはウェンウーが数世紀にわたって築いてきた自身のルーツだった。

一家が幸せな生活を送っていたある日、ウェンウーの不在時にテン・リングスに恨みを持っている男達が現れ、リーは息子のシャン・チーと娘のシャーリンが見ている前で殺されてしまう。ウェンウーは封印していたテン・リングスを再び腕につけ、組織としてのテン・リングスも復活させる。そして、リーを殺した黒幕への復讐を果たすために息子のシャン・チーへ厳しい訓練を与えるのだった。

『シャン・チー』のプロットが巧みだったのは、“厳しい父”というウェンウーの当初のイメージに理由(ルーツ)を与えていく点だ。私たちが生きる実社会においても、人を差別したり、ハラスメントを加えたりする人たちは分かりやすい悪人ばかりではない。古典的な物語のようにヒーローとヴィランが分かれていればいいが、優しく接してくれていた隣人がレイシストだったり、結婚した途端にパートナーが豹変したりなんてことも頻繁に起こるのが実社会だ。

一方では力に溺れていたウェンウーに対してリーが魅力を感じて愛したように、人間は多面的な存在であり、弱さを持った脆い存在でもある。だが『シャン・チー』は、こうした同情できる背景を見せた上で「しょうがないよね」と観客に訴えかけるのではない。それぞれにルーツを持たせ、世の中は単純な世界ではないということを示した上で、それでも乗り越えていくべきだと主張するのが『シャン・チー』の“強さ”である。

前に進むこと

シャン・チーもまた、父の言う通りに復讐を果たした過去を背負う。ウェンウーは過去に取り憑かれたまま過去を取り戻そうとするが、シャン・チーは血のついた過去は過去として受け入れ、それでも今この瞬間からは正しいと思う方向に向かって進んでいく。「ルーツはこうだった」という説明の後に、「だから」でも「それでも」でもなく、「分かった。その上で、これからはこう進む」と続けて歩を進めるのだ。それはおそらく他でもないウェンウーが望んでいた生き方でもあっただろう。

ルーツを十把一絡げにまとめるのではなく、複雑なものを複雑なものとして受け入れる。別の観点では、『シャン・チー』にはアジア的なものを否定する場面もあれば、アジア的な要素をふんだんに取り入れた場面も登場する。初のアジア系ヒーローだからアジア的でなければならないということも、アジア的であってはならないということもない。”アジアン・ヒーロー”として描かれた原作コミックの要素も入れるし、現代におけるグローバルポップカルチャーの象徴であるMCUのオリジナルの要素も入れる。

「人それぞれ」という言葉にがんじがらめになり議論が無限に後退していく現代において、複雑さを受け入れた上で前に進んでいく姿勢は、難しい言葉を使えば“相対主義批判”ということになるだろう。『シャン・チー』、そしてMCUではそれを大エンターテインメントとして、現代に生きる私たちへのヒントとして提示してくれているのだ。

なお、フェーズ4最初のニューヒーローを紹介した『シャン・チー』に悪の組織テン・リングスが登場するのは、MCU自体のルーツである『アイアンマン』(2008) への回帰でもある。詳しくはこちらの記事をチェックしていただきたい。

家父長制を越えて

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のもう一つのテーマはやはり家父長制だ。ウェンウーは息子であるシャン・チーだけに訓練を与え、テン・リングスのメンバーも男性だけで固めている。息子を後継ぎにすることも考えているようだ。一方で、娘のシャーリンに対しては訓練を与えないどころか、「リーを思い出す」という理由で避けてすらいる。ある種のネグレクトと捉えることもできるだろう。

その中でシャーリン、は父や兄に囚われず自分の道を生きることを選択する。シャーリンが見せた生き様については、こちらの記事で詳しく解説している。

父たる男性を頂点に置き、“次の父”になる男性たる息子(長男)を後継者とする男性優位の家父長制社会をまざまざと描いた『シャン・チー』。これは、シャン・チーというキャラクターやデスティン・ダニエル・クレットン監督のルーツである東アジアに、今でも厳しいジェンダー不平等が根付いていることを反映しているのだろう。世界経済フォーラムが発表した2021年版のジェンダーギャップ指数ランキングでは、韓国は102位、中国は107位、日本は120位となっている(フィリピンや台湾など、ジェンダー平等において高い評価を得ているアジアの国も存在する)。

主人公たるシャン・チーは数世紀にわたる歴史を持つ父の教えではなく、ター・ローの村で学んだ母の教えを取り入れて前に進んでいく。ター・ローの村では『もののけ姫』(1997) の“たたら場”のように女性がコミュニティの主導権を握り、また性別に関係なく平等に訓練が与えられている。村を仕切り、シャン・チーに訓練を与えるのはリーの姉妹であるイン・ナンだ。

過去に囚われたウェンウーが自滅し、シャン・チーが世界を救うことよりも妹の側にいることを選んだ時、状況が変わる。シャン・チーが父の元を去ってから歩んできたもう一つのルーツ=親友のケイティに救われるのだ。

組織としてのテン・リングスの後処理は中国に残るシャーリンに任せ、シャン・チーはアメリカでの日常に戻ろうとする。あの大冒険を隠すべき過去として扱うのではなく、普通に友人に話している様子も、これまでのヒーローとは異なる姿だ。

シャーリンはシャン・チーを出し抜き、ター・ローの掟を取り入れることで家父長制を廃止したて新たな帝国を築く。男性支配の割りを食ってきたシャーリンが権力の座に就く痛快なポストクレジットが用意されている。このシーンについては、こちらの記事で詳しく解説している。

アジアをルーツに置きながらも、アジアで根強い家父長制を否定する映画『シャン・チー』は、「肯定か、否定か」の二択ではないというルーツとの向き合い方を提示してくれている。

「シャン・チー」とMCUの今後

ルーツと向き合い、東アジアに根強く残る家父長制度を否定した『シャン・チー』は、これ以上ないデビューを飾ったと言えるだろう。既に続編製作の話も浮上しているが、今後はどのような物語を見せてくれるのだろうか。

『シャン・チー』には中国神話が取り入れられていたが、北欧神話をベースにした「マイティ・ソー」シリーズは第3作目の『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017) ではSF要素が強い作風になった。『ブラックパンサー』では、舞台となったワカンダを近未来的な街として描きながら、ルーツであるアフリカの色や音楽といったカルチャーも取り入れられていた。「シャン・チー」がシリーズとしてファンタジー路線で進むのか、現代アメリカを舞台としたSF作品として発展していくのかという点にも注目したい。

なお、ウェンウーが力に魅せられて長寿になる設定は、『ドクター・ストレンジ』(2016) でエンシェント・ワンが闇の魔術を用いて得る力と似たものになっている。アニメ『ホワット・イフ…?』では、闇堕ちしたドクター・ストレンジが西洋の魔物の力を得て数世紀にわたって生き続ける展開も。『シャン・チー』が『ホワット・イフ…?』と共に提示した、別ユニバースに西洋の魔物が存在しているという設定も、今後のMCUの伏線になるだろう。

MCU作品としては、フェーズ4の映画第1弾として公開された『ブラック・ウィドウ』でも、“家族の和解”が描かれた。「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズも含め、MCUには家族神話が根強く残る。アメリカ文化における「Family comes first.(家族最優先)」という標語を乗り越えられずにいる印象が強く、どこかで家族の物語を乗り越える物語も見てみたい(それはアメリカ以外の地域から出てくる作品に求めればよいのだが)。

MCUにおけるアジア系のキャラクターとしては、2022年米公開の『ザ・マーベルズ』への出演が確実視されているパク・ソジュンが演じるキャラクターにも注目したい。

いずれにせよ、「インフィニティ・サーガ終了後、フェーズ4最初のニューヒーロー」という難しい役割を見事に果たした『シャン・チー/テン・リングスの伝説』は、ここまで述べてきた通り現代エンターテインメント作品として申し分のない傑作だ。華々しいデビューを果たしたシャン・チーの活躍を引き続き見守っていこう。

映画『シャン・チー テン・リングスの伝説』は2021年9月3日(金)より全国で公開中。

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』公式サイト

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『シャン・チー』のポストクレジットシーンの解説&考察はこちらから。

映画『ブラック・ウィドウ』のネタバレレビューはこちらから。

ドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』のネタバレレビューはこちらから。

ウェンウーと『ワンダヴィジョン』でのワンダの繋がりについての考察はこちらから。

『シャン・チー』にあったジブリオマージュはこちらから。

シャーリンを演じたメンガー・チャンが語るシャーリンの撮影秘話はこちらから。

製作陣が語るモーリスの誕生秘話はこちらから。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。
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