映画『ザ・バットマン』ラストの意味は?
2022年3月11日(金)より日本全国で映画『THE BATMAN -ザ・バットマン-』が劇場公開された。クリストファー・ノーラン監督の《ダークナイト》トリロジー以来10年ぶりの「バットマン」単独映画となる本作は、「クローバーフィールド」シリーズや「猿の惑星」新三部作で名を馳せたマット・リーヴス監督が指揮をとる。
あえて「ワンダーウーマン」や「アクアマン」、「スーサイド・スクワッド」といった人気シリーズが属するDCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)に属さないという道を選んだ『ザ・バットマン』。今回は、また新たなバットマン世界を形成することに成功した本作のエンディングについてネタバレ有りで解説していこう。
以下の内容は『ザ・バットマン』の結末についての重大なネタバレを含むため、必ず劇場で映画を鑑賞してから読むようにしていただきたい。
以下の内容は、映画『ザ・バットマン -ザ・バットマン-』の結末に関する重大なネタバレを含みます。
Contents
『ザ・バットマン』エンディング解説&考察
若干難解な展開に
映画『THE BATMAN -ザ・バットマン-』は、重厚なバットマンの物語を再び創りあげることに成功した。一方で、メインヴィラン(悪役)を“なぞなぞキャラ”のリドラーに設定したことで、若干難解なミステリ映画にもなっている。
マローニやファルコーネといった「バットマン」シリーズではお馴染みのキャラクター達の設定を踏襲することで余計な説明を省いている節もある。例えば冒頭からニュースで逮捕されたことだけが報じられていた“マローニ”は、「バットマン」シリーズでは伝統的にファルコーネのライバルであるマフィアのボスで、映画『ダークナイト』(2008) やドラマ『GOTHAM/ゴッサム』(2014-2019) でもサルバトーレ・マローニとして登場している。
三部作の第一作目からゴッサムの様々な人物の思惑が入り組む複雑な展開を見せた『ザ・バットマン』。今回の事件はどのようにして収束していったのか、一つずつ終盤の展開を解説していこう。
ウェイン家の闇とは
ゴッサムの街の汚職の中心にいる人物を次々と殺していきながら、それらの人物の闇に葬られた“真実”を暴いていくリドラー。その中で、ブルース・ウェインの母でトーマス・ウェインの妻であるマーサの両親が無理心中し、マーサがアーカム精神病院(アーカム・アサイラム)に入っていたこと、トーマスがファルコーネを頼ってそれを暴こうとした記者が殺害されたことをメディアにリークする。
しかし、市長になる目前だったトーマスが弱みを握られてファルコーネの操り人形になることを嫌がったマローニがトーマスとマーサを殺したと、ファルコーネはブルースに吹き込む。一方でブルースの身代わりになりリドラーに攻撃を受けたアルフレッドは一命を取り止め、父トーマスは殺しを依頼したわけではなくファルコーネがトーマスの弱みを握るために記者を殺したこと、トーマスは自首しようとしていたことをブルースに告げ、トーマスとマーサに自首されては困るファルコーネが二人を殺した首謀者である可能性を示唆する。
ブルース・ウェイン=バットマンの両親を殺したのは誰か、という問いは各シリーズで重要になるが、マット・リーヴス版『ザ・バットマン』では、今のところはファルコーネが犯人として有力だが真実は闇の中という設定になっている。この後、ファルコーネが殺されることで両親殺しの真実は闇に葬られる。これにより、ウェイン産業も顧みずに復讐のために生きてきたブルースが「復讐は無意味」と悟り、違う生き方をするよう背中を押されるという展開へと繋がっていく。
ネズミの正体は
そして、リドラーは捕まる前にファルコーネを射殺する。汚職の“ハブ”になっていたネズミの正体はファルコーネだった。「翼のあるネズミ」とはファルコーネ=ファルコン(ハヤブサ)を意味していたのだ。
地方検事のギル・コルソンが命を賭して守った人物もこのファルコーネ。ファルコーネは、ある秘密を握っていたことで、あらゆる権力から守られていた。その秘密とは、トーマス・ウェインが市長選出馬時に10億ドル(約1,000億円)を投じて立ち上げた再開発のための基金にまつわるものだった。
トーマスは巨額の資金を投じて「Gotham Orphanage(ゴッサム孤児院)」を作り直そうとしていたが、市長選の1週間前に凶弾に倒れた。トーマスは市長になってもならなくても基金に10億ドルを投じると発表しており、主不在となり、監視する者もおらず、足がつかないこの基金に街の実力者たちが群がった。政治家や公務員が基金に群がっているという情報を握っているファルコーネは、検察と警察に麻薬取引の情報を流してライバルであるマローニを逮捕させた。それが冒頭のニュースで流れていたマローニの逮捕だ。政治家や警察はそれによって出世するというズブズブの腐敗の中心に、ファルコーネがいるのだった。
だが重要なのはゴッサムの表裏の有力者の権力争いではなく、トーマス・ウェインが遺した10億ドルが孤児のためには使われず、腐敗した金持ちの間で分配されていたという目を覆いたくなる出来事である。それがリドラーを生んだのだ。
リドラーの正体
リドラーは、トーマスが再開発しようとしていた古い孤児院で育った孤児だった。孤児院の孤児たちは、一部屋に30人が押し込まれ、12歳でドロップ(麻薬)中毒になる劣悪な環境で生きるとされている。だからリドラーは基金を食いものにしてきた権力者たちを殺し、真実を暴いていく。ファルコーネを頼らなければ基金が食いものにされることはなかったかもしれないのだから、トーマス・ウェインにも矛先を向ける。その息子で、同じ孤児でありながら裕福な暮らしをしてきたブルース・ウェインにも。
リドラーの最終的な目的は、街を囲む防波堤を爆破して洪水を起こし、ベラ・リアル新市長誕生を祝う集会場に集まった市民を虐殺することだった。更にリドラーは500人のフォロワーが集まる鍵アカウントで意見やアイデアを募っていた(字幕は出ていないが、タイムラインのやり取りではライフルの種類などを提案するフォロワーのメッセージも表示されている)。ここに集まり、リドラーがバットマンと面会するためにわざと捕まった後の作戦遂行を引き受けた若者たちも、リドラーと同じようにゴッサムの格差社会に割りを食ってきたのだろう。
なお、リドラーはSNSを駆使し、サロンのような形でコミュニティを形成している。『ザ・バットマン』の時代設定は明示されていないが、この辺りの展開は現代的だ。ギル・コルソン検事が毎月定額100万円で指定された被告を不起訴にしていたのも、サブスク的な裏ビジネスと捉えることもできる。
話を戻そう。バットマン=ブルース・ウェインにとって誤算だったのは、リドラーがバットマンを仲間だと思っていたことだった。リドラーにとって、ゴッサムの腐敗と戦うバットマンはまさに同志。更にバットマンはリドラーのなぞなぞを解いていくことでリドラーの目的を達成する手助けをしてしまっていた。毎回手紙を置いておけば暗号を解いてくれるなんて良い友達だ。リドラーもブルース・ウェインを狙いはしたが、バットマンを標的にしたことは一度もなかった。
そして、ラストシーンの手前、集会場に現れたリドラーの仲間をバットマンが倒した後に、リドラーがバットマンを仲間だと思っていた決定的な理由が明らかになる。ジム・ゴードンに「何者だ」と聞かれたリドラーの仲間は「俺は復讐だ (I’m vengeance)」と答える。これは冒頭でバットマンが悪党に対して恐怖を植え付けるために吐いたセリフと全く同じである。
バットマンは路上で両親を殺され、その復讐のためにバットマンとして悪党に恐怖を与える活動に取り組んでいた。格差社会と政治の腐敗に割りを食って社会を憎むリドラーは、同じ“復讐”という動機で腐敗と戦うバットマンを同志だと思い込んでいたのだ。ジョーカーがバットマンに「俺とお前は同じだ」と“気づかせようとする”のとは違い、客観的にバットマンを見てそう感じとったのである。
バットマンの変化
だが、このリドラーの勘違いがバットマンの、ブルース・ウェインの生き方を変えた。「俺は復讐だ」と言い放ち、それを動機に動く人間を客観的に見たときに、今の自分ではゴッサムの街をよくすることはできないということに気づくのだ。
だから、バットマンは恐怖を与えるのではなく、自己犠牲を払って感電の恐れがある照明を自らの手で落とし、怯える人々に手を差し伸べた。闇から恐怖で人々を支配するのではなく、発炎筒を持って辺りを照らし人々の前を歩き始めた。自分の心と同じく傷ついた街に寄り添うことで、ゴッサムをよくしようと決意したのだ。
なお、バットマンの語りのバックで流れている曲はニルヴァーナの「Something in the Way」(1991)。この曲のサビは「something in the way」と繰り返されるのだが、このフレーズには「何かが邪魔をする」という意味がある。それは劇中ではヴィランの登場を指しているようにも聞こえるが、最後には復讐と暴力に生きるようとすることに「邪魔が入る」と歌っているように聞こえてくる。
復讐から希望へ——このエンディングは見事だった。バットマンが“光(ホワイトナイト)”を求めた時には、ハービー・デント=トゥーフェイスが新たなヴィランとして登場した前例がある(『ダークナイト』)。それでも、バットマンになってから2年という若き日のブルース・ウェインに、恐怖では人々は救えないと早い段階で気づかせたことは、マット・リーヴス監督が主演のロバート・パティンソンと共に新たなバットマン像を創り出そうとしている意気込みも伝わってくる。自ら人々の希望の光になろうと先頭に立つバットマンの姿を見られるのは嬉しい。
ジョーカー登場?
そして続編を示唆する重要なシーンが続いて登場する。アーカム・アサイラムに収容されているリドラーはバットマンが人々を救ったというニュースを見てひどく悔しがっている。その様子を見てリドラーに声をかけたのは隣の房の人物だ。「水をさして、ひどいな」とリドラーに優しい声をかけるこの人物は、「頂点に立ったかと思えば、ピエロになる」と、ジョーカーを想起させる言葉を続ける。そして、「ゴッサムはカムバックの物語が好きなんだ (Gotham loves a comeback story.)」と次回作の展開を示唆する。
リドラーの「君は誰だ?」という問いかけに謎の人物が「少なければ少ないほど価値があるものは?」というなぞなぞで返すと、リドラーは「友達」と答え、二人は高笑いするのだった。その人物の顔ははっきりとは見えないが、腫れぼったい唇と逆立った髪型は確認できる。明らかにジョーカーだろう。
実はこの人物を演じているのは俳優のバリー・コーガン。MCU映画『エターナルズ』(2021) でドルイグを演じたことで知られる。クレジット表記は「Unseen Arkham Prisoner(見えないアーカムの囚人)」となっているが、若き日のバットマンと対になる若き日のジョーカーを演じるにはなかなか良い人選に思える。
三部作の製作が予定されている『ザ・バットマン』は《ダークナイト》トリロジーと同じく二作目でジョーカー登場ということになるのだろうか。バリー・コーガンが演じるこの囚人は、この時点で既にジョーカーなのだろうか。それとも映画『ジョーカー』(2019) のように徐々にジョーカーになっていくのだろうか。そもそもこの囚人はバットマンに捕まったのか、などなど疑問は多い。『ザ・バットマン』のジョーカーについては、別記事でも考察していきたい。
キャットウーマンとバットマンの選択
そして、キャットウーマンことセリーナ・カイルは街を出る。キャットウーマンが向かう北の街“ブルードヘイヴン”とは、コミックではバットマンの相棒の一人であるナイトウィングが活動拠点にする街だ。キャットウーマンは「この街は変わらない」とバットマンを誘うが、実は原作ではブルードヘイヴンもそれなりに治安が悪い。場所を変えてもユートピアは存在しないと気付いたキャットウーマンが、続編以降でゴッサムにカムバックすることも考えられるし、キャットウーマンがナイトウィングと合流する線も考えられる。
キャットウーマンの言う通り、ファルコーネなき今もゴッサムはペンギンが台頭しており、首が挿げ替えられたに過ぎない。それでも、バッドマンはゴッサムに残るとキャットウーマンに告げる。それは、ブルースが復讐のために生きるのではなく、リドラーたちのように街を壊すのではなく、この街に対して責任を持つということを決めたからだろう。それはほかでもないリドラーら見捨てられた人々の存在を考えず、人々に恐怖を植え付けることで両親殺しの復讐を果たそうと生きてきたブルースにとっては大きな変化だ。
そして、バットマンは去りゆくキャットウーマンに「Take care of yourself.」と告げる。直訳すると「気をつけて」だが、これまでキャットウーマンは「自分の身は自分で守れる (I can take care of myself.)」と繰り返し発言している。当初は「俺が守る」という態度だったバットマンが、傲慢さを捨て、ようやくセリーナの生き方に従う形で「自分の身は自分で守って」と声をかけたのだ。
ポストクレジットシーンの意味は?
そしてこのエンディング後にクレジットが流れた後、非常に短いポストクレジットシーンが登場する。劇中、リドラーがバットマンに用意したウェブサイトと同じ表記の仕方で緑色の文字の「GOOD BYE <?>」が表示された後、サブリミナル的に一瞬だけURLが映し出される。これは劇中に登場した以下のURLだ。
実はこのサイトでは週毎になぞなぞがアップされており、これを解いていくとリドラーの暗号表が埋まっていく仕組みになっている。英語圏ではファンの間で解読が進んでおり、暗号表も完成している。しかし、同時に示された暗号が26のアルファベットの内25個にしか対応していないことも明らかになっている。
だが、これで暗号表が“完成”だと言えるのは、その欠落しているアルファベットが「J」だからである。そう、これは物語から「ミスターJ」ことジョーカーが欠落していること、この穴を埋めに「J」がやってくることを示唆していると捉えることができるのだ。
#thebatman #rataalada after the latest (and possibly last) update, i think we’re only missing one letter? which works if he’s operating on the standard of I/J having the same symbol, like in a lot of ciphers, but it’s also gonna bother me forever if we never get a J pic.twitter.com/80anoF12M7
— garbage central (@airshipshitty) March 3, 2022
映画『ザ・バットマン』のポストクレジットシーンでわずかに示された隠しサイト。そして、そこにあるリドラーのなぞなぞ。そこで最後に残る答えはジョーカーを示唆する「J」の文字。復讐から希望へと歩を進めるバットマンに対して示唆された宿敵の登場には、再び主題歌の「something in the way=何かが邪魔をする」というフレーズがピッタリ当てはまる。
追記:日本時間の3月12日(土)を迎え、リドラーの隠しページの最後と思われる更新が行われ、以下の文章が現れている。
ここまできましたね。もっと知りたいなら見てみよう。君がまだ明かされていないことを暴いている間、私は安全なところにいます。新しい友達と一緒にね。またすぐに会いましょう。
「安全なところ」に「新しい友達と一緒にいる」というのは、明らかにアーカム・アサイラムにジョーカーと共にいることを指している。そして「SEE YOU SOON.」と、二人のカムバックを宣言している。なお、このメッセージの後にある「CLICK FOR REWARD」をクリックすると、作中に登場した写真がダウンロードできる。フォルダ名は「know_what_i_know(私が知っていること)」となっている。
追記②:削除されたジョーカーとバットマンの対話シーンが公式から公開された。5分超のこのシーンの解説はこちらから。
『ザ・バットマン』の続編、スピンオフ、そしてドラマシリーズではどのような物語が描かれるのか。公開時点で明かされている情報はこちらの記事にまとめている。ロビン、ジョーカー、ミスター・フリーズの登場に至るまで、様々な可能性を探っている。
また、リドラーが基金の不正に気づいた理由とその背景についてはこちらの記事で解説している。
マット・リーヴス監督は、ラストの展開の狙いについて「観る人に疑問を抱いてもらうこと」と語っている。詳細はこちらから。
映画『THE BATMAN -ザ・バットマン-』は2022年3月11日(金)より日本全国で劇場公開。
『ザ・バットマン』がDCEUに属さない理由はこちらの記事で。
10人目のキャットウーマン役、ゾーイ・クラヴィッツが語った思いはこちらの記事で。
本作でのバットモービルへのこだわりはこちらから。
全曲無料公開されている『ザ・バットマン』のサントラはこちらから。
『ジャスティス・リーグ: ザック・スナイダーカット』で描かれたジョーカーについての解説はこちらから。
DCEUドラマ『ピースメイカー』は4月15日(金)より日本での配信を開始する。詳しくはこちらから。