エゼキエルとは何者だったのか
MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)とは違う世界観でマーベル作品を映像化していくSSU(ソニーズ・スパイダーマン・ユニバース)の最新作『マダム・ウェブ』が2024年2月23日(金・祝)に劇場公開された。『マダム・ウェブ』はこれまでのSSU作品とは異なり、明確に蜘蛛のパワーを持ったヒーローたちが活躍する作品だ。
また、『マダム・ウェブ』はヴィラン側の映画化ではなく、ヒーロー側の映画化という特徴もある。そのような『マダム・ウェブ』でヴィランとして登場するのがエゼキエル・シムズだ。エゼキエルは何のためにマダム・ウェブたちスパイダーウーマンと敵対するのだろうか。本記事では、エゼキエルの動機について解説と考察をしていこう。なお、本記事には『マダム・ウェブ』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『マダム・ウェブ』の内容に関するネタバレを含みます。
2000年代初頭の社会問題を反映したヴィラン
エゼキエル・シムズの背景
エゼキエル・シムズは『Amazing Spider-Man Vol.2 #30』(2001)で初登場したキャラクターで、ピーター・パーカーにスパイダーマンになるのには放射性の蜘蛛に噛まれるだけではなく、蜘蛛のトーテムの力も関わってくると教えたキャラクターだ。エゼキエル自身も蜘蛛のトーテムでパワーを得たキャラクターでもある。
『マダム・ウェブ』ではエゼキエルはヴィランとして登場するが、エゼキエルを演じるアルジェリア系フランス人のタヒール・ラヒムはエゼキエルが蜘蛛の超人ラス・アラニャスを生み出す蜘蛛に執着する理由として、パンフレットのインタビューにて以下のようなことを述べた。
貧しく育ち、家族全員が餓死するのを見てきた男です。このトラウマが彼をサバイバーに変えます。彼は生き残るためなら何でもするでしょう。それは強迫観念にも近い本能なんです。(『マダム・ウェブ』パンフレットより引用、主水訳)
エゼキエルは『マダム・ウェブ』本編でもダコタ・ジョンソン演じるカサンドラ・“キャシー”・ウェブの母親であるコンスタンス・ウェブに対して、蜘蛛の研究に資金を投じるのに対して自分の家族が飢えているのには何の援助もなかった旨の発言をしている。エゼキエルは私利私欲のために動くヴィランと思われがちだが、このことを踏まえると別の姿が見えてくる。
バーミヤン渓谷での大仏の破壊
エゼキエルがラス・アラニャスを生み出す蜘蛛に対して執着する理由を考察するのに鍵になってくるのは、現実で発生したバーミヤン渓谷の文化的景観と古代遺跡群、それらのターリバーンによる破壊だ。バーミヤン渓谷には石窟仏教寺院、高さ55mの西大仏と38mの東大仏の2体の大仏が存在していた。しかし、イスラム過激派のターリバーンにより2001年3月2日に大仏の破壊が開始され、爆破された。
ターリバーンは大仏の破壊に対して、理由はイスラムの偶像崇拝の禁止という規定に反していることが理由だと宣言していた。いかなる理由であれ、貴重な文化遺産の破壊は許されない行為である。しかし、ターリバーンの大仏の破壊にはもう一つの意味があると考察されている。それは国際社会のアフガニスタンへの無関心だ。
アフガニスタンは内戦によって約100万人の餓死者を出したとされている。『タイム』誌が選ぶ「ベスト映画100本」の1本である『カンダハール』(2001)を撮影したイランの映画監督のモフセン・マフマルバフは、約100万人の餓死者よりも1つの仏像の破壊に国際社会が注目したことへ苛立ちを表明している。それを発表したのが2001年の書籍『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』だ。その内容は以下の通りだ。
私は、ヘラートの町の外れで、2万人もの男女や子供が、飢えで死んでいくのを目の当たりにした。彼らはもはや歩く気力もなく、皆が地面に倒れて、ただ死を待つだけだった。この大量死の原因は、アフガニスタンの最近の旱魃である。同じ日に、国連の難民高等弁務官である日本人女性(緒方貞子)もこの2万人のもとを訪れ、世界は彼らの為に手を尽くすと約束した。3ヵ月後、この女性がアフガニスタンで餓死に直面している人々の数は、100万人だと言うのを私は聞いた。
ついに私は、仏像は、誰が破壊したのでもないという結論に達した。仏像は、恥辱の為に崩れ落ちたのだ。アフガニスタンの虐げられた人々に対し、世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けたのだ。(『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』より引用、 武井みゆき, 渡部良子訳)
白人と非白人の間の不平等
エゼキエルは家族が餓死していくのを目の当たりにしながら何もできなかった。その悲惨な現状を生き延びて、大人になったエゼキエルはコンスタンス・ウェブの護衛任務に就くことになる。そのとき、エゼキエルが知ったのは世界が抱える不平等だったと考察できる。
コンスタンス・ウェブがラス・アラニャスを生み出す蜘蛛を必要としていた理由はキャシーの神経に関する病気の治療のためだ。調査団と護衛を率いて娘のためにラス・アラニャスを生み出す蜘蛛を探すのは、エゼキエルの置かれた状況とは正反対だ。飢えていくのにも関わらず救われなかったアルジェリア系の家族と、たった1人の娘のために潤沢な資金で治療を施そうとする白人という関係性はエゼキエルの怒りを生んだと考察できる。
MCUとSSUという違いはあるが、同じマーベル作品である『ザ・マーベルズ』(2023)でも似た展開が描かれた。『ザ・マーベルズ』では白人のヒーローであるキャロル・ダンバース/キャプテン・マーベルが良かれと思ってクリー人の母星ハラを1000年間支配してきたAIのスプリーム・インテリジェンスを破壊したが、それによって惑星ハラは内戦に見舞われてしまった。
惑星ハラは内戦により土地は痩せ細り、水源は枯れ、太陽は弱り切っている。ダー・ベンやその勢力はその内戦のきっかけであるキャロル・ダンバース/キャプテン・マーベルのことを殺戮者と呼んでいた。この白人の介入によって非白人の社会が混乱することに関してはこちらの記事が詳しい。
エゼキエルは白人の介入によって直接的に自分の所属する社会が混乱させられたわけではない。しかし、まだ生まれてもいないキャシーのために調査隊を派遣できるほど蜘蛛の研究に資金を投入する白人の存在は、飢えから救われなかった非白人の社会に属していたエゼキエルにとって相当な衝撃だったと考察できる。それが、エゼキエルがラス・アラニャスを生み出す蜘蛛に執着している理由だとも考察できる。
スパイダーウーマンとの境遇の差
シドニー・スウィーニー演じるジュリア・コーンウォールとセレステ・オコナー演じるマティ・フランクリン、イザベラ・メルセド演じるアーニャ・コラソンの3人のスパイダーウーマンによってエゼキエルは自分が殺害される未来を幻視する。そして、エゼキエルは自分の命を守るためにジュリアたち3人がスパイダーウーマンになる前に殺害しようとする。
エゼキエルとスパイダーウーマンたちとは境遇の差が描かれている。ジュリアは父親の再婚問題という事情を抱えているものの、一般的な白人家庭だ。マティの父親はプラスチック産業で利益を上げ、母親も芸術作品を買い漁るほど裕福な家庭だ。おそらくエゼキエルに一番境遇が近いのがアーニャだろう。
アーニャは父親が強制送還された不法移民の少女だ。アメリカへの不法入国時に18歳以下だった子供、通称「ドリーマー」と呼ばれる子供たちの永住権は長年議論されており、アーニャは永住権を獲得するために18歳まで何とかアメリカに在住しないといけないと話していた。エゼキエルを殺害しに来る約10年後には、アーニャはアメリカの永住権を獲得している可能性が考察できる。もしかすればエゼキエルとアーニャは理解し合えたかもしれない。
エゼキエルはこれまでの悲惨な人生を生き抜き、そこから脱出して一財を築くためにラス・アラニャスを生み出す蜘蛛とその蜘蛛が与えてくれるパワーに依存してきた。エゼキエルにとって約10年後に殺しに来る3人のスパイダーウーマンには、エゼキエルを貧困から脱却させたラス・アラニャスを生み出す蜘蛛を奪いに来るアメリカ人という共通点が存在している。
そのため、スパイダーウーマンたちはエゼキエルにとってコンスタンス・ウェブと同じ潤沢な資金を持ったアメリカの象徴だったと考察できる。飢えに苦しみ、家族を失ったのにも関わらず誰も助けてくれなかったエゼキエルの目線からすれば、スパイダーウーマンとはアメリカ人は救ってくれるが自分たちのような存在は助けてくれないヒーローにも見えたのかもしれない。
エゼキエルを突き動かすもの
エゼキエルは『マダム・ウェブ』では自分の命を守るためにジュリアたちを殺害しようとする私利私欲のために動くキャラクターに思える。しかし、実際は凄惨な社会を生き抜いてきたサバイバーであり、それが余計にラス・アラニャスを生み出す蜘蛛への執着を生んでいることが考察できる。そして、スパイダーウーマンたちを殺そうとする理由には社会への怒りがあったとも考察できる。
社会の不平等が生んだヴィランとも言えるエゼキエル。『マダム・ウェブ』の舞台が2003年であるため、エゼキエルは2001年のターリバーンのバーミヤンでの大仏爆破のような2000年代初頭で問題視されていた非白人社会への国際社会の無関心を象徴するキャラクターとして、SSUでは生み出されたのかもしれない。
『マダム・ウェブ』は2024年2月23日(金・祝)より劇場公開。
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