ドクター・ストレンジの思想とワンダの苦難 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を理解するために | VG+ (バゴプラ)

ドクター・ストレンジの思想とワンダの苦難 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を理解するために

© 2022 Marvel

『ドクター・ストレンジ MoM』公開

映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が2022年5月4日(水・祝)に公開。MCU映画の第28作目となる本作は、単なる「ドクター・ストレンジ」の単独作品に留まらない重要な作品になる。

その中心にいるのは、映画『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021) でマルチバースの扉を開いてしまったドクター・ストレンジ、そしてドラマ『ワンダヴィジョン』(2021) で一般市民を巻き込んだ“ワンダ事変”を起こしたワンダ・マキシモフだ。

今回は、映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』をより深く理解するために、これまでのMCUにおけるドクター・ストレンジの思想(行動原理)と、ワンダが耐え忍んできた苦難について振り返る。

なお、筆者は本記事の執筆時点で『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を視聴していないので、『マルチバース・オブ・マッドネス』のネタバレを心配している方も安心して読んでいただきたい。『マルチバース・オブ・マッドネス』の解説記事は映画公開日の夕方頃に公開する予定だ。なお、ドラマシリーズを含むこれまでのMCU作品についてのネタバレは含むので注意していただきたい。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『ドクター・ストレンジ』(2016)、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ/エンドゲーム』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』、ドラマ『ワンダヴィジョン』『ホークアイ』の内容に関するネタバレを含みます。

ドクター・ストレンジの思想とは

ドクター・ストレンジの行動原理をご存知だろうか。それは、より大きな目的のためなら一人を犠牲にする、というものだ。こう書くと冷たく感じるかもしれないが、このドクター・ストレンジの思想なくしては、今のMCU世界は存在しない。

まず、ドクター・ストレンジは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018) で1,400万605通りの未来を見て、その未来を実現するためにタイム・ストーンをサノスに渡した。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019) では、アイアンマンことトニー・スタークが自己犠牲を払ってサノスを倒すことを“黙認”している。

『インフィニティ・ウォー』の時点で、ドクター・ストレンジだけはトニーの死とサノスの打倒がセットであることを知っており、トニーにその道を進ませることを選んだ。指パッチンで消えゆく前にストレンジは「他に道はなかった (There is no other way.)」とトニーに告げているが、『マルチバース・オブ・マッドネス』の予告編でも「他に道はなかった (It was the only way.)」というストレンジのセリフが登場する。

故に『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』におけるドクター・ストレンジの行動は意外だった。師であるトニーを失い、ティーネイジャーとしての普通の人生を失ったピーター・パーカーたった一人のために、世界中の人間の記憶を消すという行動に出たのだ。

だがそれは『ノー・ウェイ・ホーム』の序盤でのこと。この呪文に失敗したドクター・ストレンジは他のユニバースからやってきたヴィランたちを、その先に死が待っているとしても、より大きな善のためにすぐさま送り返そうとする。

そして、グリーン・ゴブリンのパンプキンボムによって箱が爆破されると、マルチバースの扉を閉じるために世界中の人から自分の存在を忘れさせればいいというピーターの提案をあっさり飲んでしまう。切羽詰まっていたというのもあるだろうが、その影響を説明し、ピーターの意志を確認した後、ドクター・ストレンジは呪文の上書きを実行した。

大きな目的のためならば犠牲は厭わないという思想は、サノスや『エターナルズ』(2021) のセレスティアルズが持っている思想でもある。「小さな犠牲で大勢を救った」とは、『インフィニティ・ウォー』でガモーラに責められたサノスが放った言葉だ。

トニー・スタークの死や、「スパイダーマン」ヴィラン達の死、ピーターの喪失が世界を救うために必要だったと言うのであれば、規模の大小ややり方は違えど、その延長線上には大ヴィラン達の思想があると言っても過言ではない。

ドクター・ストレンジの思想のルーツ

ここまでの振り返りで、ドクター・ストレンジを非難したかったわけではない。「それしか道はない」という状況に陥った時に、迷わず判断をくだしてきたのがドクター・ストレンジという人物なのだ。

ではその思想はどこから来たのだろうか。シリーズ第1作目の『ドクター・ストレンジ』(2016) では、外科医時代のドクター・ストレンジはER(緊急救命室)でたった一人の命を救うことに否定的な態度を見せる。中枢神経系を扱う天才神経外科医だったストレンジは「この先何千人を救う」と、ERで働くクリスティーン・パーマーに嫌味な態度を取っている。

この時からドクター・ストレンジには自分の力を活用してより多くの人を救いたいという意志があったことは確かだ。更に事故で手が思うように動かせなくなり、エンシェント・ワンを頼った時も、スピリチュアル系の話をするワンに対して「宇宙じゃあんたも束の間の存在に過ぎない」と言い放つ。

このように、小さなものより大きなものを志向するのは、ストレンジの元々の性格だったと言える。そして、この考えに共鳴するのが、『ドクター・ストレンジ』のヴィランであるカエシリウスなのだ。自分が殺した人々について問われたカエシリウスは、「無慈悲な宇宙では束の間の存在」とドクター・ストレンジに言い放つ。

この時のストレンジは自分がワンに言い放った言葉を思い出したのか、目が泳いでいる。カエシリウスは暗黒次元を支配するドルマムゥというより大きな存在による統合を求め、小さな存在を軽んじる態度を見せた。この後、カエシリウスはエンシェント・ワンを倒すために自分の仲間を刺し貫いてワンに致命傷を与えている。仲間ですらも束の間の存在というわけだ。

そんなドクター・ストレンジの考え方に(歯止めをかけるのではなく)ある種の方向性を与えたのはエンシェント・ワンの言葉だった。死にゆくワンはストレンジが持つ“可能性”を信じ、「最も大切な教え」として、「人のためにあれ」という言葉を与える。

そして、元の生活に未練を持つストレンジに「世の中には痛手」と言い、自分も「より大きな善のために教えに背いた」と話し、元の生活に戻るか、大義を尽くすかの選択を迫るのだ。ドクター・ストレンジは「険しい道だ」としながら、クリスティーンのもとを離れて魔術師の道を歩むことを選ぶ。この瞬間からストレンジは“元の生活”を諦め、大義のために生きていくことになった。

『ドクター・ストレンジ』の序盤でワンがストレンジに「宇宙じゃあんたも束の間の存在に過ぎない」と言われるシーンでは、ワンは「このマルチバースにあなたが存在する意義とは?」とストレンジに語りかけている。ワンとの出会いと別れを経て、大義のために尽くすことにしたドクター・ストレンジは、ピーターとの出会いと別れを経て、『マルチバース・オブ・マッドネス』ではどんな道を歩むのだろうか。

そのワンの思想を許さなかったのが、『マルチバース・オブ・マッドネス』にも中心人物として登場するモルド。ワンには「魂が硬い」と言われたモルドだが、モルドにはモルドの正義がある。また、別れを選んだクリスティーンの再登場がストレンジに与える影響にも注目だ。

ワンダの苦難

一方、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』のもう一人の主人公とも言えるワンダは、ドクター・ストレンジが諦めた“普通の生活”を追い求め続けた人物だ。ドラマ『ワンダヴィジョン』では、幼い頃に家族で見ていたアメリカのシット・コムが好きだったこと、現実から逃避するためにシット・コムの世界を作り出していたことが明らかになった。

ワンダはヒドラの人体実験に志願し、マインド・ストーンによって力を得たと思われていた。しかし、『ワンダヴィジョン』で新たに登場した魔女のアガサによって、ワンダは元々カオス・マジックと呼ばれる力を持っており、マインド・ストーンによってその力が増幅しただけだったことも明かされた。カオス・マジックの強大な力で“ヘックス”と呼ばれるエネルギー・フィールドを出現させ、ヴィジョンとの理想の暮らしを築いていた。

このワンダの行動は、同じ魔法の使い手でも、ドクター・ストレンジが選んだ道とは大きく異なる。ワンダは世界よりも自らが愛した人を優先し、ヘックスを解除した後も諦めずに双子の子どもであるビリーとトミーを取り戻そうとしていた。

ワンダにそうさせたのは、『インフィニティ・ウォー』での経験ではないだろうか。トニーを犠牲にしてサノスを破ったドクター・ストレンジに対し、ワンダはヴィジョンとマインド・ストーンを切り離す方法を模索し、諦めようとはしなかった。

現れたサノスを前に、遂に道がなくなり自らの手でヴィジョンのマインド・ストーンを破壊するが、無慈悲にもサノスはストレンジが渡したタイム・ストーンを使ってヴィジョンを復活させる。ワンダの決意を踏みにじるかのように、サノスはヴィジョンに二度目の死を与え、全ての石を揃えるというあまりに酷い展開だった。ワンダは、一度は大きな善のために大切な人を犠牲にしたが、それはより深い哀しみとトラウマを生むことになった。

女性キャラクター達の苦難

ワンダはスターク・インダストリーズの兵器によって両親を失い、ウルトロンとの戦いで兄を失い、サノスとの戦いでヴィジョンを失い、ウエストビューで双子の子ども達と共にもう一度ヴィジョンを失った。「人のためにあれ」なんて口が裂けても言えないほどに、あまりにも多くの悲劇がワンダの身に降りかかっているのだ。

MCUフェーズ4までの女性キャラクター達の扱いが酷だという点は、MCUが非難されてきた点でもある。ガモーラは人知れずサノスの犠牲となり、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019) の冒頭では“哀悼”の中にヴィジョンはいたがガモーラが含まれることはなかった。また、トニー・スタークと同じく世界のために命を捧げたブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフには葬式は開かれなかった。

ドラマ『ホークアイ』(2021) の最終話第6話では、それを埋め合わせるかのように妹のエレーナ・ベロワとホークアイことクリント・バートンによる“追悼”が行われた。だが、フェーズ4に入ってもその物語が悪化の一途を辿っているのがワンダだ。

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の特報映像では、ワンダが「あなたはルールを破ることでヒーローに、だけど私は悪役に」と言うシーンが挿入されている。これは、女性キャラクター達が犠牲になっていく一方で、アイアンマンことトニー・スタークや、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースの死が英雄的な扱いを受けてきたことを想起させる。

『エンドゲーム』以降、ワンダはただ家族と幸せな時間を過ごしたいという一心で自分の力を使ってきた。「大義のために」と生きようとするドクター・ストレンジとは違う道だ。しかし、「これしか道はない/なかった」と考えるドクター・ストレンジは、「他に道はある」と考えるピーター・パーカーとの出会いから何かを得たのではないだろうか。

また、ストレンジは魔術師の道を選んだ後もクリスティーンからもらった時計を大事に持っており、『マルチバース・オブ・マッドネス』の予告編ではこの時計が重要なアイテムになることが示唆されている。小さなもの、大切にしたい人に心を寄せるワンダが報われる展開に期待したい。

ドクター・ストレンジの思想と、ワンダの苦難は、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』で一つの答えに辿り着くのか。固唾を飲んで見守ろう。

映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、2022年5月4日(祝・水)より劇場公開。

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』公式サイト

【!ネタバレ注意!】『マルチバース・オブ・マッドネス』でのドクター・ストレンジの変化についての解説はこちらから。

【!ネタバレ注意!】『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の最後とポストクレジットシーンの解説はこちらから。

エリザベス・オルセンが語った“ワンダの強さ”についてはこちらから。

アニメ『ホワット・イフ…?』(2021-) 第4話では、クリスティーンを失ったストレンジがクリスティーンを取り戻すために禁忌を犯し、世界を混乱に陥れていく姿も描かれた。詳しくはこちらの記事で。

『マルチバース・オブ・マッドネス』で新登場のアメリカ・チャベスが重要になる理由はこちらの記事で。

ワンダが持つカオス・マジックについての解説はこちらから。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ラストの徹底解説はこちらの記事で。

『マルチバース・オブ・マッドネス』に登場するイルミナティについての解説はこちらから。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。
お問い合わせ

関連記事

  1. 『ドクター・スリープ』特別試写開催! 有村昆「傑作で満場一致」、柳沢慎吾は“一人シャイニング”披露

  2. 【ネタバレ解説】『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』でドクの名言が教えてくれたこと

  3. 中国SF『流転の地球』スーツ制作の裏側を公開

  4. き、きれい! 『バック・トゥ・ザ・フューチャー』冒頭シーンが4K版で公開【35周年記念】