【ネタバレ解説】『アクアマン』が切り開いた“ポスト・ダークナイト”後の時代——DC映画はどう変わるのか | VG+ (バゴプラ)

【ネタバレ解説】『アクアマン』が切り開いた“ポスト・ダークナイト”後の時代——DC映画はどう変わるのか

via: 『アクアマン』公式サイト ©2019 Warner Bros. All Rights Reserved.

『アクアマン』が切り開く新時代

DC映画史上最高記録を達成

映画『アクアマン』は2018年から2019年にかけて世界中で公開され、興行収入の面では大きな記録を達成した。2019年1月末に興行収入10億9,000万ドルを突破し、クリストファー・ノーラン監督による名作『ダークナイト』(2008) の10億300万ドル、『ダークナイト ライジング』(2012)の10億8,490万ドルを超えてDC映画史上最高記録を樹立すると、最終的には約11億4,800万ドルの興行収入を記録した。

流れを変える歴史的な一作に

何かと興行収入記録に注目が集まりがちな『アクアマン』だが、同作が塗り替えたのは数字だけではない。クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』以降、長らくDC映画を縛り続けてきた重苦しい流れを変える一作になったことは間違いないだろう。鮮やかな色彩表現と明瞭なメッセージ、“混血”として生まれた主人公・アクアマンことアーサーの豪快でありながらも温和なキャラクターによって、ジェームズ・ワン監督は『アクアマン』という作品を、“多様性の時代”を表現しながらも、家族で楽しめる映画作品に作り上げたのだ。

“ポスト・ダークナイト”の時代

『ダークナイト』が生み出した“時代”

映画『ダークナイト』以降、DCのスーパーヒーロー映画は、新たな基軸を打ち出せないまま“ポスト・ダークナイト”の時代を歩み続けた。クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』は、それまでのヒーロー映画の常識を覆し、バットマンという“ヒーロー”が抱える矛盾を徹底的に (そして残酷なまでに) 描き出した。
「バットマンこそが狂人ではないか」という疑念は、個人的な復讐という“小さな正義”に立脚するバットマンというキャラクターを通してこそ、丹念に描くことが可能であった。クリストファー・ノーラン監督は、スーパーヒーロー映画を重苦しい空気が立ち込める“大人の作品”に昇華させたのだ。

スーパーヒーロー達の憂鬱

『ダークナイト』後、スーパーヒーロー達は執拗に悩み続けた。かつてスーパーヒーロー映画は、子ども達が嬉々として鑑賞に訪れるコンテンツだった。だが、“ポスト・ダークナイト”の時代において、アメコミ映画の主人公達は人類を救う理由を見失い、自らが拠り所としていた“正義”を疑うようになった。アメリカ国民がその正当性を疑い始めたイラク戦争以降の流れを汲んだ“ポスト911映画”が急増したのだ。

(『ダークナイト』が映画界にもたらしたポジティブな影響については、こちらの記事をご覧いただきたい。)

“ポスト・ダークナイト”が縛ったもの

だが、“イラク戦争以降のアメリカ”を象徴していたはずの“ポスト・ダークナイト”の時代は、次第に物語に登場するスーパーヒーロー達だけでなく、ほかでもないDC映画自体を規定する鎖となっていった。その理由は明白だ。『アクアマン』が登場するまで、興行収入10億ドルを突破したDC映画は、「ダークナイト」の名を冠した二作品のみだったからだ。DCEUは『ダークナイト』の影を追い求め、“ポスト・ダークナイト”に相応しい、ダークな作品を世に送り出していく。それはマーベルのMCUが独自の路線で商業的な成功を収めたのとは対照的だった。

DCヒーロー達の試練

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016)では、スーパーマンは民間人を巻き込む自らの力を畏れるようになる。“女性監督による女性スーパーヒーロー映画”という初の試みとなった『ワンダーウーマン』(2017) においても、ワンダーウーマンは“人間を救う理由”について問いただされなければならなかった。スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンというDCを代表するキャラクター達は次々と裁判にかけられ、長年掲げ続けてきた“無垢な正義感”の根拠を問われた。

『アクアマン』が切り開く新たな時代

アメコミ映画を“万人向け”に

ジェームズ・ワン監督の『アクアマン』は、こうした基軸を軽々と塗り替えてしまった。ワン監督は「現代の子ども達が共感できるように」と、主人公・アーサーが“混血”と呼ばれることを物語の主軸に置き、『アクアマン』は (子ども達も含む) より多くのオーディエンスに訴えかけるテーマとメッセージ、そして鮮やかな演出で世界中の人々の心を掴んだ。『ダークナイト』が“子ども向け”とされていたアメコミ映画を“大人向け”に昇華させたとすれば、『アクアマン』は再び、今後の世界を担っていく子ども達に門戸を開き、アメコミ映画を“万人向け”に昇華させようとしている。

“子ども達の模範”となるヒーロー

矛盾を指摘され、悩み続けるヒーローの姿は、そこにはない。進んで自らの行動を省みることができる心優しいアーサーが、子ども達の模範になろうとしている。マイノリティであることには価値があるということを、アーサーが行動でもって示している。

加えて、かつて「実写化不可能」と言われた美しい海底王国アトランティスの描写は驚嘆の連続。ド派手なアクションと爽快なテンポで、エンターテイメントとしても一級品に仕上がっている。そこには、“ポスト・ダークナイト”の末期によぎった、「ヒーローたちはいつまで悩み、悔やみ続けるのだろう」という漠然とした不安感は存在しない。

『ダークナイト』から10年——同作が生み出した一つの時代を超えて、『アクアマン』は新たな時代を切り開こうとした。『アクアマン』がDC映画最高の興行収入を記録したことは、新時代の幕開けの象徴的な出来事として語り継がれていくことになるかもしれない。「アクアマン以降」「ポスト・アクアマンの時代」と呼ばれる時代が到来するのか、DCEUの今後の展開に注目しよう。

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『アクアマン』に出演した豪華キャストのまとめはこちらの記事で。

同年に登場した『アクアマン』と『ブラックパンサー』に共通するメッセージについての解説はこちらから。

ザック・スナイダー監督が蘇らせた“ありえたDCEU”の展開についてはこちらの記事で解説している。

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 訳書に『デッドプール 30th Anniversary Book』『ホークアイ オフィシャルガイド』『スパイダーマン:スパイダーバース オフィシャルガイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース オフィシャルガイド』(KADOKAWA)。正井編『大阪SFアンソロジー:OSAKA2045』の編集担当、編書に『野球SF傑作選 ベストナイン2024』(Kaguya Books)。
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