『アントマン&ワスプ:クアントマニア』公開
MCUフェーズ5第1弾の作品として2023年2月17日(金) に公開された映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』は、「アントマン」シリーズの第3弾。「アイアンマン」「スパイダーマン」「キャプテン・アメリカ」「ソー」など、限られた人気キャラにだけ許されるMCUのシリーズ3作目に、「アントマン」の名前が加わった。
映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』は、ジョナサン・メジャース演じる征服者カーンがスクリーンデビューを果たす作品とあって注目度も高い。一方で、「アントマン」三部作を支えてきた人物の一人が、マイケル・ダグラス演じるハンク・ピムだ。
元S.H.I.E.L.D.のメンバーであり、初代アントマン、そして優れた科学者でもあるハンク・ピム。今回は征服者カーンとハンク・ピムの共通点と相違点を見ていきたい。そうすると、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』に込められたメッセージの一つが浮かび上がってくる。
なお、以下の内容は映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』の重大なネタバレを含むので、必ず劇場で本編を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』の内容に関するネタバレを含みます。
科学者の物語
征服者カーンとハンク・ピムが共通する点は、二人が共に科学者だったということである。映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』では、征服者カーンの科学者としての側面が強調して描かれた。ドラマ『ロキ』シーズン1第6話でも、マルチバースを発見したカーンは31世紀の地球に暮らしてた科学者であったことが明かされている。
征服者カーンは同じく科学者だった初代ワスプことジャネット・ヴァン・ダインと共にマルチバースを移動できる乗り物のパワーコアの開発に臨んだ。ジャネットは装置を通してカーンの思考に触れた際に、他のユニバースを破壊して回るカーンの姿を見て、量子世界から出られる可能性を犠牲にしてカーンの脱出を阻止したのだった。
それでもスーツを取り戻した征服者カーンは、他のカーン達によって閉じ込められた量子世界に自分の軍隊を作り出した。それを手伝ったのはシリーズ第1作目の映画『アントマン』(2015) でハンク・ピムの弟子であり、実業家で科学者だったモードックことダレン・クロスだ。
カーンはダレンを全身兵器のモードックに改造。そしてカーンは量子世界の科学技術を発展させ、軍を築いた後、カーンは若き科学者であるキャシー・ラングの発明を足がかりに、スコットらを量子世界へ呼び込むことに成功する。
タイトルキャラであるアントマン(スコット・ラング)とワスプ(ホープ・ヴァン・ダイン)は科学者ではないが、今回の『クアントマニア』は登場人物のほとんどが科学者になっている。量子世界が舞台になっているということもあり、前作までに登場していたルイス・デイヴ・カートの3人組や、マギーとその夫のジム・パクストンも登場せず。科学者達が量子世界で活躍を見せるクラシックなSF映画に仕上がっているのだ。
科学者同士の関係性
『アントマン&ワスプ:クアントマニア』のラストに関するネタバレ解説記事でも書いたが、モードックがキャシーの言葉で生き方を変えたのは、師匠に執着して道を踏み外した科学者が、若き科学者の言葉でやり直すきっかけを掴むという展開だった。また、ジャネットとカーンは科学者として友人になり、協力してパワーコアを開発したが、その使い道については意見を異にした。
科学においては一致できるが、大事なのはいつだってその後だ。映画『アントマン』では、ピム粒子を開発したハンク・ピムはそれを悪用されることを嫌って、その技術をひた隠しにしてきた。弟子のダレン・クロスもまた自力でクロス粒子の発明にこぎつけたが、それを軍事転用して金儲けすることを考えていた。
一方、若き科学者であるキャシーは、人助けをするために開発した衛星をカーンが量子世界から出るためのきっかけに利用されてしまう。だが、失敗はすれど純粋な心を持っているキャシーだからこそ、ダレン・クロスをダークサイドから連れ戻すことができたと言える。
カーンとハンクの違い
そうした科学者同士の関係性が最も如実に現れているのが、征服者カーンとハンク・ピムの科学に対する姿勢の違いだ。『クアントマニア』はハンクよりもジャネットに焦点が当てられ、カーンともジャネットの方が深い関係を築いていた。だが、カーンを窮地に追い込んだのはハンクのラボから量子世界にやってきたアリたちだった。
アリたちは量子世界で科学技術を発展させた文明を築いており、ハイテクノロジーな装備で身を固めてハンクたちを助けにやってきた。物語の終盤ではカーンをも追い詰める活躍を見せている。ハンク・ピムは物理学者であると同時に、昆虫学者でもあり、長年にわたってアリの研究を続けてきた。その結果が自分と自分が大切にしている人たちの身を守ることに繋がったのだ。
一方の征服者カーンは、その科学力を征服に使っていた。いわばマルチバースを跨いだ植民地主義であり、自分の世界より科学力が劣る場所を次々に征服していったのだ。現実の歴史において、他国を征服する大国の植民地主義は科学を猛スピードで進歩させる資本主義の発展と共に拡大していった。もちろん社会主義国にも植民地主義の国は存在していたが、科学の発展と資本主義と植民地主義の相性がよかったことは間違いない。
『クアントマニア』では、ハンクはアリたちが築いた社会を科学主義(テクノクラート)であると解説。科学主義とは科学技術の専門家である官僚を中心にした国家のことで、アリたちはソ連が失敗したテクノクラートの文明を築き上げたのだ。ハンクはこれを「社会主義と言えば過激だが……」と話している。
ハンク・ピムを演じたマイケル・ダグラスと言えば、その演技でアカデミー主演男優賞を受賞した映画『ウォール街』(1987) で知られる。『ウォール街』といえば、アメリカでは一般教養のレベルの認知度を誇る。マイケル・ダグラスが演じたゴードン・ゲッコーは、資本主義の中で倫理観が崩壊した悪人を描きたかったオリバー・ストーン監督の意図に反し、若い人々が憧れる存在になってしまい、同監督はこれを悔やんでいる。
『ウォール街』では悪の大投資家ゴードン・ゲッコーを演じて米国の金融資本主義の増長に影響を与えたマイケル・ダグラスだが、『クアントマニア』では、その過去を清算するかのように科学最優先の社会主義を称賛する立場に回っているのだ。
征服者カーンが依拠するのは復讐心をはじめとする“感情”であり、感情を持たない働きアリ達はひたすら科学を第一に置いて文明を築いてきたと言える。感情に依拠せず事実を優先することは、科学者としては基礎中の基礎。科学を自分のために悪用しようとする征服者カーンと、科学の原理原則を破らなかったハンクでは、科学者としての勝負は最初からついていたのではないだろうか。
映画『アントマン&ワスプ:クアントマニア』は2023年2月17日(金) より劇場公開。
ハンク・ピムのオリジンを描くコミック『アントマン:シーズンワン』も邦訳が発売中。
征服者カーンことナサニエル・リチャーズを主人公に据えたコミック『征服者カーン』は邦訳が発売中。
スコット・ラングを主人公にしたコミック『アントマン:セカンド・チャンスマン』の邦訳版も発売中。
『アントマン&ワスプ:クアントマニア』エンディングからミッドクレジットシーン、そしてポストクレジットシーンの解説はこちらの記事で。
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