『ミズ・マーベル』製作の裏側
2022年6月8日(水) からDisney+で配信を開始したドラマ『ミズ・マーベル』は、ムスリムのティーネイジャーであるカマラ・カーンを主人公に据えたMCU最新作。主人公と同じくパキスタン系の両親を持つビシャ・K・アリが脚本を務め、映画『バットガール(原題)』(2022) の監督を務めるアディル・エル・アルビ&ビラル・ファラーがヘッドディレクターを担当する。
ドラマ『ミズ・マーベル』は、MCU14年目にして初めてムスリムの女性が主人公になる作品で、この社会の中で何重にも抑圧を受けるカマラが、自分が空想するヒーローになっていく姿が描かれる。第1話では、ムスリムの家庭とアメリカの高校におけるティーネイジャーの女性としてのカマラの鬱屈が丁寧に描き出された。
ポップでファンタジックな作風の一方で、現実の問題に真摯に向き合ったストーリーを展開する『ミズ・マーベル』。製作陣はどのような思いで本作の制作に挑んだのだろうか。米マーベル公式のインタビューを紐解いていこう。
若い人の声を取り入れた脚本
ドラマ『ミズ・マーベル』の主人公カマラ・カーンは、2025年ごろのニュージャージー州ジャージーシティで暮らす16歳のパキスタン系アメリカ人。ニューヨークの隣州にあたるベッドタウンで生活するカマラは、スーパーヒーローのキャプテン・マーベルに憧れる一般人の高校生だ。
映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019) でMCU世界の時計は5年進んでしまったため、『ミズ・マーベル』の舞台は近未来になってはいるが、本作で描かれるのは現代社会を生きる高校生の姿だ。ティーネイジャーとしてのカマラの苦悩を描く本作だが、作るのは“大人たち”。『ミズ・マーベル』製作陣はどのようにしてこの壁を乗り越えたのだろうか。
本作の製作をリードする脚本ヘッドのビシャ・K・アリは32-33歳頃。MCU作品のヘッドとしては十分に若いが、それでも脚本執筆にあたっては工夫を凝らしたようだ。まず、脚本制作を行うライターズルームでは、10代の頃のゾッとするような恥ずかしい思いを安心して共有できるように環境づくりから始めたという。さらに、ビシャ・K・アリ自身は“SNSに支配される10代”を経験していなかったため、ライターズルームでは、より若い人の声を取り入れる方針をとったそうだ。
現代の10代の経験について語ることができるライターがいることは、本当に重要でした。同時に、普遍的に感じられる問題は私たち皆が経験していることでした。私たちは「ティーネイジャー」と言いますが、私は今でも鏡の中の自分を見て「どうなんだろう、よく分からない。これが今の自分に合ってるのか」と思っています(笑)
鏡のシーンが持つ意味
『ミズ・マーベル』第1話では、“鏡”がセリフと小道具として複数回登場する。インターネットとヒーローの世界に夢中になっていたカマラは、運転免許試験のために現実に引き戻され、母からミラー(鏡)を何度も見るよう教えられる。学校ではウィルソン先生が鏡の中の自分を見つめて将来について決めるようカマラに求める。
そして第1話の中で最も重要だったのは、第1話中盤でカマラがキャプテン・マーベルのコスプレをして鏡の中の自分を見つめるシーンだ。セリフのないこのシーンでは、カマラは自分の身体とコスチュームに手を当てて思い悩む表情を見せている。このシーンの意図について、ビシャ・K・アリはこう話している。
16歳という年齢で抱える不安や、SNSの世界に身を置き続けることで人の目を気にしてしまい、周りのあらゆる人間と自分を比べてしまう感覚を表現したかったんです。特に自分が情熱を抱くものを表現したい時には、それは非常に辛いものになります。今は人の目を気にしてしまう上に、身体のイメージについて問題を抱えています。私はそのカマラの感覚には非常に共感しています。
スーパーヒーローのコスチュームを着るたびに、他の誰も見ていないと分かっていても、自分自身をジャッジしてしまうんです。高校生になるとずっと葛藤があり、増長する痛みを乗り越えなければならなくなります。特に16歳というのはあらゆることが増大してくる歳です。
鏡と身体に関する描写は、カマラと母のムニーバが買い物に出掛けたときにも登場する。サイード服店で結婚式用の服を試着したカマラは鏡で自分の姿を見ているが、店主からは「背が低すぎる」と言われる。最初は「服が長すぎる」とカマラを庇っていたムニーバだったが、カマラが旅に出た女性を支持する発言をした後は、「背が小さすぎ」という知人の物言いにムニーバは同意してしまう。
他者からの身体に対する評価は勝手なもので、常に移り変わる。それでも、その言葉を受けたカマラはその後、自室で一人自分の身体と向き合った時に、自分で自分をジャッジしてしまうのだ。
なぜパワーは身体拡張なのか
更に、製作総指揮の一人であるサナ・アマナットは、『ミズ・マーベル』の物語についてこう話す。
彼女の身体が自在に変化し、パワーを手に入れたら、それをどう使うかを考えなければならないとなったらどうなるか、ということです。(扱われているのは)若い女性としての経験だけではありません。有色人種の若い女性であることで、世界の中で透明になったように感じ、自分の居場所が分からなくなり、自分の声を示してそれを輝かせる方法が分からなくなるものです。
自分の声と自分の身体が一体になっていることは、女性にとっては居心地が悪く感じるものです。あの鏡のシーンはそれを表現したシーンでした。カマラがパワーを手に入れて更に力を増した時には、どんなイメージを世界に投影したいと思うでしょうか。自分が望んでいたものを全て手に入れた時、どんなイメージを映し出すのでしょうか。
カマラが得るスーパーパワーが身体拡張であることと、彼女が自分の身体について葛藤を抱くティーネイジャーであることは決して偶然ではない。自分の身体について不安を抱え、「茶色い肌の女の子はヒーローになれない」と思わされていたカマラが、今度は自在に変化する力を得た時に、それをどのように使うのかが今後のテーマになるようだ。
アニメーションと若い俳優の力
『ミズ・マーベル』監督を務め、あの色彩豊かな映像を作り出したアディル・エル・アルビ&ビラル・ファラーはその演出の意図を明かしている。あのアニメーションもやはりティーネイジャーのカマラ・カーンというキャラクターをベースに考案されたものだったという。アルビはこう話している。
(『Ms.マーベル』の)コミックを見た時に、その画期と色彩、コミックとしての美しさに惹かれました。そして、彼女のマインド、空想と夢を(映像に)翻訳したいと思いました。
二人はマーベル・スタジオ社長のケヴィン・ファイギにアニメーションを交えた『ミズ・マーベル』の映像スタイルを資料と共にプレゼンしたという。ケヴィン・ファイギはこの提案に「いいね、やってみよう」とゴーサインを出し、『ミズ・マーベル』の映像演出が実現することになった。
ティーネイジャーの物語としての『ミズ・マーベル』を底上げしたのはアニメーションだけではない。アルビは、実際にティーネイジャーであるイマン・ヴェラーニをはじめとする若手俳優にも力を借りたことを明かしている。
彼女らはとても才能がありスマートなので、(セリフで)自分の言葉を使ってほしいと話しました。ここはこういう意味で、これがプロットで、これは理解しておかないといけない、けれど自分自身の個性で表現してほしいってね。彼女らは非常にリアルで、自分たちのオリジナリティをキャラクターに吹き込んでいましたよ。
現場では、監督が意見を押し付けることがないように注意し、積極的に若い俳優たちの意見が取り入れられたという。
彼女らの声に合わせた要素はあります。ジョークの箇所は(脚本家の)ビシャのバイブスのままですが、自然に感じられるように適応させたり、若い俳優同士のやり取りも実際のやり方を取り入れてもらっています。イマンと他のキャストが加わった後に脚色が加えられたんです。今の若い人たちは実際にどうやってつるんでるのか、ということが重要でした。
『ミズ・マーベル』を指揮するのは大人たちだが、それでもティーネイジャーの物語を作ることに対して謙虚に取り組んだ様子がうかがえる。第1話の高校のシーンでは、「スマブラに誘おうとしてる?」というセリフや、「フォロワー10万人になってから嫌なやつになった」「8万人だよ」というやり取りが取り入れられていた。どこまでが脚本どおりかは分からないが、10代のやりとりとして違和感のないシーンになっていたことは確かだ。
自分の身体を写し出す鏡を通して、葛藤するティーネイジャーを描く『ミズ・マーベル』。引き続き、アニメーションと若手俳優が後押しする表現の力で届けられるカマラ・カーンの物語に期待しよう。
ドラマ『ミズ・マーベル』は2022年6月8日(水) より、Disney+で独占配信。
『ミズ・マーベル』の原作コミック日本語版は、ヴィレッジブックスから発売中。
Source
Marvel.com
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