「日本SFアンソロジーの夏」 in第59回日本SF大会 F-CON | VG+ (バゴプラ)

「日本SFアンソロジーの夏」 in第59回日本SF大会 F-CON

第59回日本SF大会で企画「日本SFアンソロジーの夏」を開催

2022年の夏は日本SFアンソロジーが大変な盛り上がりを見せました。初夏から晩夏にかけて、日本SF作家クラブ編『2084年のSF』 (早川書房)、伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(早川書房) 、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books) 、大森望編『ベストSF2022』 (竹書房) 、『Genesis この光が落ちないように』(東京創元社)と、4つの出版社から5冊の日本SFアンソロジーが刊行されました。

そこで、SFメディアVG+(バゴプラ)では、「日本SFアンソロジーの季節」と題して、各出版社さんや編者の皆様と一緒にコラボ企画を開催してきました。その中の一環として、2022年8月に開催された第59回日本SF大会F-CONにて、対談企画「日本SFアンソロジーの夏」を実施し、各出版社の編集者をお招きして日本SFアンソロジーの魅力や今後の可能性についてお話をお聞きしました。

※以下の記事は当日の話題の中から一部をピックアップし、加筆修正したものです。

対談「日本SFアンソロジーの夏:アンソロジーの出版について出版社に聞いてみよう」

Kaguya Books:井上彼方
竹書房:水上志郎
東京創元社:小浜徹也
早川書房:溝口力丸
司会:齋藤隼飛(VG+)

日本SFアンソロジーの季節

齋藤:この企画では「日本SFアンソロジーの夏:アンソロジーの出版について出版社に聞いてみよう」と題しまして、出版社の編集者の皆さんと国内SFアンソロジーについて話したいと思います。この夏、5月~9月末にかけて5冊の国内SFアンソロジーが刊行されるということで、バゴプラでは各出版社の皆様に一緒に盛り上げていきませんかとご提案し、「#日本SFアンソロジーの季節」というキャンペーンを実施しています。そのキャンペーンの一環として本日は、日本SF大会で本企画を開催させていただきました。

本日、4名の編集者さんに参加していただいております。Kaguya Booksの井上彼方さん、竹書房の水上志郎さん、東京創元社の小浜徹也さん、そしてリモートで参加していただいております早川書房の溝口力丸さんです。

まずはこの夏に刊行される5冊を簡単に紹介させていただきます。5月24日に早川書房さんから日本SF作家クラブ編『2084年のSF』が刊行されました。

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6月22日には同じく早川書房さんから伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』が刊行。こちらは、まだSFの単著が出ていない作家さんの作品を中心に、ウェブや同人誌を含めて色々な媒体から伴名練さんがピックアップして刊行されたアンソロジーとなっています。

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そして3番目が、8月29日にKaguya Booksから刊行されます『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(社会評論社)。

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4冊目は、8月31日に竹書房さんから刊行される大森望編『ベストSF2022』。こちらは昨年、2021年のベストSF短編小説を集めたアンソロジーとなっています。

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そして9月30日、『Genesis この光が落ちないように』が東京創元社さんから刊行されます。

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『2084年のSF』と『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』と『Genesis この光が落ちないように』が書き下ろしのSFアンソロジーで、『新しい世界を生きるための14のSF』と『ベストSF2022』が再録という形のアンソロジーなので、非常にバランスが良いと思います。

編集者が選ぶ「一番好きなSFアンソロジー」

齋藤:出版社の編集者が集まって話す機会は、コロナ禍ということもあってあまりないかと思うので、今日は色々なことを聞いていきたいと思います。まずはアイスブレイキングみたいな感じで、「一番好きなSFアンソロジーはなんですか」という質問からいきましょうか。早川書房の溝口さんはいかがでしょうか。

溝口:本を読む人にとって「一番好きな本は何」というのは「お前の必殺技を出せ」というようなもので、アイスブレイキングには難しいところもあるんですが……(会場笑い)

個人的には、出版社に入って自分で作るようになって初めて「何が短編集で、何がアンソロジーか」という違いをはっきり認識できたところがあります。担当作では『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』(早川書房) が初めてのアンソロジーで思い入れも深くて、収録作も好きなものばかりです。一読者として印象に残っているのは大森望・日下三蔵編《年刊日本SF傑作選》シリーズの『結晶銀河』(東京創元社)でしょうか。酉島伝法さんの「皆勤の徒」が初めて載ったアンソロジー。

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小浜:やっぱりこういうのは子供の頃に読んだものが一番素直に出てくるので、知らない人もいると思いますが、僕は講談社文庫の福島正実編の《海外SF傑作選》(全8冊)で、中でも『破滅の日』が好きでした。日本SFのアンソロジーでは、子どもの頃に思い出深いのが、福島正実編『 SFショートショート傑作集』(秋元文庫)……と言っても誰も分からないか。自分の作ったものでは、翻訳ですが中村融さんに初めて編んでもらった『影が行く ホラーSF傑作選』(東京創元社)が自信作で20年経つ今もロングセラーです。

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水上:僕は筒井康隆さんの《日本SFベスト集成》(全6冊, 徳間書店、現在は筑摩書房で復刊)ですね。今読み返すと「何でこんな作品が入ってるんだろう」というのもあるんですけど、昔の日本SFの歴史を知るにつれてここでこういうのが入ることが結構衝撃的だったんだなというのが分かったりとか、昔の作家や絶版になった作品を知る良い機会になったりしました。自分で作ったものをあげなければいけないのなら、僕は『猫SF傑作選 猫は宇宙で丸くなる』(竹書房)ですかね。

井上:収録されているのはSFだけじゃないんですけど、『私のおばあちゃんへ』(書肆侃侃房)という、おばあちゃんばっかり出てくる韓国のアンソロジーがとても好きです。自分が作ったものだとまだ1冊しか作ってないので『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』ですね。

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編者と編集者の違い

齋藤:「自分が作ったアンソロジー」という話が出たのでその関連でお聞きしたいんですが、そもそも「編者」と「編集者」ってどう違うのでしょうか。

溝口:『新しい世界を生きるための14のSF』で言うと編者が伴名練さんで編集者が私なわけですけど、両方を兼ねている場合も当然ありますね。『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』はSFマガジン編集部編になっていて、その場合は私が編者もしているし、実務的な編集もしている。編者が立つ場合は何かっていうと、もちろん知名度のある方に立ってもらうっていう商業的な狙いもあるのですが、編者としての本への関わり方は人それぞれですね。作品や書き手の選出だけをする人もいれば、並び順の決定までやる人もいるし、解説を10万字くらい書いてくる人もいる(笑) よりコンセプトに関わるのが編者で、編集者っていうのは編者と一緒にスタートした企画を、どうすれば具体的な、物理的な本の形に落とし込めるかを社内外で調整したり、より実務的なことをしたりする人っていう分け方なんじゃないかと思います。

齋藤:なるほど。実務的なことを編集者がやり、アート的な部分を編者がやると。井上さんは今回の『新月』では編者兼編集者ということでしたが、どうでしたか。

井上:編者か編集者、プラスで手伝ってほしいなって思いました(笑) 25人とやり取りをするのが単純に大変だったので。

編者を立てる意味は、読者に信頼感を持ってもらうための一つの方法みたいなところはあると思います。この人が名前を出しているならこの点については安心感があるとか、クオリティは担保されているだろうとか。そういう意味では、編者が全面的に名前を出している意味は大きいと思います。

SFアンソロジーはどれくらい出てる?

齋藤:次の質問ですが、各社、年間何冊アンソロジーを刊行していますか?

小浜:東京創元社は《Genesis》1冊で、3年前に創元SF短編賞の受賞者の新作だけで編んだ『宙(そら)を数える』『時を歩く』というアンソロジーを2冊作ったんですけど、大変でした。翻訳は年に2冊くらい出しています。

水上:竹書房は、日本国内は基本的に大森さんの《ベストSF》シリーズで、海外は何冊出そうって決めることはないんですけど、イスラエルのをやったりギリシャのをやったり、また来年イスラエルをやります。あとは中村融さん編のオリジナルアンソロジーも進めています。

井上:Kaguya Booksは、今年は『新月』1冊です。来年は「京都/大阪SFアンソロジー」で2冊、順調にいけばもう1冊を出す予定なので、3冊出る予定ですね。3冊とも書き下ろしを予定しています。

溝口:早川書房では定例のシリーズこそないものの、年に1、2冊は安定して出ています。2021年からは「日本SF作家クラブ」枠みたいなものが出来てきて、昨年は『ポストコロナのSF』を刊行して、今年は『2084年のSF』を出しています。日本SF作家クラブには新人からベテランまで、ものすごくたくさんの作家さんが所属していますし、早川書房でもSFコンテストから新人作家さんがどんどん増えているので、それぞれ半々くらいの割合で参加されています。企画はこれからですが、恐らく来年(2023年)も出るのではないかと思います。

他には「SFマガジン」の特集からアンソロジーにまとまるケースもわりとあります。去年で言えば『異常論文』。『アステリズムに花束を』も元々は「SFマガジン」の百合特集ですね。

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ここ数年は伴名練さんが鬼のように企画書を送ってくださるので、いかに伴名さんにアンソロジーを編んでもらいつつ、伴名さんご自身の次の短編集を相談していくかというせめぎあいもしています(笑)《日本SFの臨界点》や『新しい世界を生きるための14のSF』がこのライン。

それから、2010年代にはメディアミックスなどに合わせてアンソロジーを出すという流れもありました。アニメでの話題作などにかこつけて、『楽園追放』の時にサイバーパンクを出すとか、『正解するカド』でファーストコンタクトとか。そうするとアニメファンにSF小説を読んでもらうことができるので。

あとは国内・海外ともに、10年に一度のベストSFみたいなのも出してますね。

アンソロジーの役割とは

齋藤:ありがとうございます。各社によってアンソロジーの役割や立ち位置が結構違うなと思ったのですが、なぜアンソロジーを出すのかということについて、言える範囲でお答えいただければと思います。

水上:とりあえず大森望さんの《ベストSF》に関しては、日本の年間SF傑作選というのは絶対になくてはならないものだということで、これはもう文化的事業であると思ってやっていますので、もしも売上が立たなくなったら僕と大森さんで出資してやろうという話を常々しています。

(会場から)大森望:全く話していません(笑)

水上:僕が筒井康隆さんのアンソロジーを発見したように、20年後30年後の中学生や高校生が、そこから作家を知っていくきっかけになるということもあるので、これは日本SFにとって必要不可欠なシリーズだと思ってやっていますね。海外の「イスラエルSFアンソロジー」とかは単純に面白いからやる。色んな作家を知れるし楽しいよねということですね。

小浜:僕らの場合はもう単純に雑誌の代わりですね。東京創元社はずっとミステリーの専門誌を持っていて間借りする感じでちょいちょいSFも載っけてたんだけど、去年から『紙魚の手帖』として総合文芸誌になったので、最近は積極的にSFやファンタジーも載せるようになっています。ただ、大きくは、雑誌が売れなくなってきているから代わりにアンソロジーを作るという流れが出版界としてもこの20年くらいあって、その中の一環です。

また、再録と書き下ろしアンソロジーというのは全く役割が違って、再録の方がやっぱり楽だよね。新作を集めたものはゼロから原稿のアベレージを上げなきゃいけないので、なかなか手間がかかる。あと、年間ベストだとそれだけで読者は「読まなきゃ」と思ってくれるけれど、書き下ろしアンソロジーだと難しいものがありますね。

溝口:どこもそうかもしれませんが、早川書房はSFでちゃんとビジネスを回せるようにしようというのがあるので、たとえアンソロジーであっても売れないと類似企画が出せなくなります。《日本SFの臨界点》の時も、伴名さんが好き放題やっているように見えますが、いや事実そうなのですが、それだけではないということですね。好きなことをやるためには本が売れないと読者が広がらないし、会社も続いていかない。その制約のなかでどうしたら良いものが作れるか、ということを常に考えている気がします。

まあでも、お祭りだと思いますよ、アンソロジーの魅力は。普段は個別に活動している作家さんたちが一堂に集まって、読者はまだ知らない書き手と出会える。編集過程で、編集者や同じ本に載った作家さん自身も新たな出会いがあったりする。文化祭をやっている気分に近いのかも知れません。

小浜:雑誌の役割とアンソロジーの役割の違いというのはどういう風に考えてますか?

溝口:単純に流通の違いで、雑誌は消えるけれど、アンソロジーは残る。書籍ですからね。雑誌はどれだけ話題になっても、次の号が出れば書店の棚からは片付けられてしまう。書籍は再版制度や重版、電子書籍もあるので、時間の壁を越えやすい。実際、それで筒井さんの《日本SFベスト集成》みたいに何十年単位で残って、今の読者が出会ったりしているわけです。雑誌だと、40年前のバックナンバーを掘り返してまで作品と出会うっていうのは、よほどのマニアじゃないといないかな。

齋藤:ありがとうございます。作品を残していくっていうことと、残していく為には商品として成立させなくてはいけないという課題があるんですね。筆者と編集者が出会えたり、イベント、お祭りという話も出ましたが、井上さんはどうでしょうか。Kaguya Booksの場合はかぐやSFコンテストがあって、Kaguya Planetというというウェブ媒体もあって、その上で紙のアンソロジーを出したわけですが、どういう立ち位置なのでしょうか。

井上:かぐやSFコンテストは最大4,000字ですし、Kaguya Planet掲載作も4000字とか1万字とかの掌編を載せているっていうのもあって、他の出版社さんと違い、Kaguya関係の方はその長さを得意とされている作家さんが多いんですよね。アンソロジーを作るというのは、一つはその人たちにとっての活躍の場を新たに作るという意味合いがあります。

あとはチャレンジングなことをやりやすいのかなっていうのも思っています。VGプラスは会社は大阪にあって私は京都在住なので、それを活かして「京都/大阪SFアンソロジー」というのを来年(2023年)に刊行予定です。そんな感じでアンソロジーは少部数でも新しいことを試してみる場として、結構良いと思います。

齋藤:テーマを決められるというのがアンソロジーの面白いところですよね。

井上:そうですね。一個のテーマに対して多角的に取り組めるというのがアンソロジーの楽しいところですね。

アンソロジー作りの苦労

齋藤:一方でアンソロジーを作る上で一番苦労する部分はどういったところでしょうか。

井上:関係する人の数が多い。1通メールを送るにしても、1人につき2分で25名いたら全体で50分かかるみたいな。そういう物理的な部分が一番大変かも知れないですね。

齋藤:『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』は作家が25人なので、会計処理も重版とか支払いが発生する度に25人分やるんですよね。

小浜:うん、10本以上になると死ぬね。あとは再録と新作で違う。再録だとある程度評価が定まったものをお蔵出し的に紹介するっていう選び方ができるけど、新作はやっぱり本当にゼロからの仕事なので大変ですよね。

齋藤:溝口さんはどうですか。

溝口:「SFマガジン」を普段からやってるので……(笑)「SFマガジン」の前編集長時代って「実務的に死ぬことを除けば、とても面白い」っていう企画をよくやってたんですよ。ハヤカワ文庫のSF総解説とかですね。「ハヤカワ文庫2000点全部レビューしたら面白くない?」って言うだけなら3秒くらいなんですけど、この実務がいかに恐ろしいことになるかっていうと、執筆者が120人以上いるんですね。ああいう体験に比べれば、アンソロジーも大変ですけど、まあ、みたいな(笑)

齋藤:体力が違いますね(笑)

溝口:『新しい世界を生きるための14のSF』に関して言えば、伴名さんの溢れ出るパッションをいかに本の形に留めるかに苦心しました。何かが冷めたりするとつまらないので、ギリギリまで熱さを残しながら……。「解説は絶対に1作につき4ページしか使えません」と言ったら、フォントを読める限界まで小さくして空白を一切なくせば収まる、改行位置も計算されたと思しき原稿が送られてきたりとか、そういう苦労はありましたね(笑)

でもまあ楽しければ苦労は苦じゃないとは思います。

齋藤:水上さんは大森望さんと二人三脚で《ベストSF》をやられてますが、どこが大変でしたか?

水上:僕は溝口さんみたいにカッコいいことは言えない。僕はいつも「仕事って大変だなあ」と思いながらやってますけど(笑)僕の場合は大森さんから、ラインナップをいただいたら片膝をついて拝受して……

大森:東京創元社で《年刊日本SF傑作選》をやってた時との最大の違いはですね、《ベストSF》はダメ出しがあるということ(会場笑い)水上さんが「それつまんないんじゃないですか?」、いやそこまでいかないか、「それはちょっと弱いんじゃないですか?」って。

水上:全体のバランスを考えてとかもありまして……。

大森:あと「今年の編集方針は大森さんがおっしゃっていたコンセプトに外れているんじゃないですか」とかも詰めてくるんです。「すみません、こういう事情があるんです」と言うんですけど……。

水上:そんな殊勝な言い方しないでしょ、大森さんは(笑)「そんなことはわかってるけど、これはこうでこうだから……」って。

齋藤:編者と編集者で大変なところが違うんですね。

大森:まあ、まとめると「二人三脚」です。

齋藤:再録のアンソロジーは改稿ってするんですか?

水上:それは人それぞれです。《ベストSF》に関しては、こちらから大幅な改稿は絶対に指示しないっていうのは一つ心に留めています。いずれ、作家さんの個人短編集が出る時に徹底的に改稿はやるだろうと。どちらかと言えば雑誌掲載時のバージョンに近いものを残す書籍としての役割があってもいいかなと思っていて、あまりこちらから抜本的な赤は入れてないです。ただ作家さんの方で入れられる場合はあります。

(後日註:後述の小浜さんとコンセプトが違うなと思いましたが、そもそも弱いなと感じたものは入れていないからかもしれませんね)

小浜:僕が担当していた頃はやりました。特に同人誌から転載するものが増えてきた時、その多くは結局、掲載前には「他人の目を通っていない」原稿なので。それと「これは雑誌掲載の時の編集・校正が足りてないんじゃないか」と思うものも、申し訳ないけどあります。そういうものについては普通の原稿だと思って改稿を求めたことは何度かあります。

溝口:基本、校閲・校正は絶対やります。それプラス、クオリティ面で修正するかっていうのは水上さんがおっしゃられた通りケースバイケースです。『新しい世界を生きるための14のSF』については、「新人」というコンセプトで集めているし、同人誌からも拾ってきているし、この本で初めてこの作家さんに出会う読者というのを想定した時に、ちゃんと面白いものになっている方が作家さんにとっても幸せだろうというところから、大幅に直したものもあります。もちろん一方的に指示したわけではなく、編集者ができるのはあくまで提案までですから、「こうした方が良くなるんじゃないですか」ということを相談しながらやっています。

短編小説を届けて、次に繋げる

齋藤:再録のアンソロジーと書き下ろしのアンソロジーっていうのはだいぶ違うものなのだなというのが分かってきました。再録のアンソロジーというのは既に出たものにもう一度スポットライトを当てるという作業で、書き下ろしのアンソロジーはまた増やすという作業だと思うのですが、世に出た短編をどうやってその次に繋げていくか、作家さんの次の舞台という面も含めて、どうお考えでしょうか。

小浜:再録ということで言えば、《年刊傑作選》以外でもテーマアンソロジーへの再録があります。日本の人口って入れ替わっているので、過去のものを知らなくて当然なわけですよ。昔は、マニアの世界では「知らないの?」って言ってれば良かったんです。でも知らないのが前提になった時に、既存の作品を使いこなすことっていうのはすごく大切なことです。それがささやかながらお金を回すっていうことでもあります。

齋藤:溝口さんはどうですか。

溝口:「短編のスタートとゴールはどこなんだろう」という話ですね。私みたいな出版社の人間にとっては短編は雑誌やアンソロジーで発表されるのがスタートで、その作家の短編集にまとまるのがゴールだと思いがちなのですが、でもそれは出版業界のこの100年くらいの慣習でしかなくて。今みたいな時代であれば最終的に無料公開してしまうゴールもあるのかもしれません。短編には何度光を当ててもよく、その手段の一つとしてのアンソロジーという考え方をした方がいいと思います。

たしかに日本の人口は入れ替わっているんですけど、そのなかで小説の読書人口は減っている現実もあり、小浜さんのおっしゃるとおり「そもそも知られていない」みたいなところにどのようにアプローチするか。作品や作家を知ってもらうために色々なことをやっていく試みの一つが、アンソロジーで盛り上げを作るっていうことなのかなと、この何年かで思うようになりました。

齋藤:作家にとっても、その作家を知ってもらう入口になるんですね。

溝口:本が売れないのって「つまらないと知っているから買わない」という理由ではなく、単純にただ存在を知られていないだけだと思うので。知ってもらう努力、小説という文化自体を届ける努力というものを、先人たちが想像したこともない方法でやっていかないといけない時代なんだろうなと。

齋藤:それで言うと井上さんは絵本をやりたいんですよね。

井上:絵本はやりたいですね。短編小説を出したらそれが別の形で商業利用される可能性をいっぱい作っていきたくて、絵本はその一つです。まだ未発表ですが別の形も色々考えています。

それから、短編の行き先というか次のステップとしては「翻訳しやすい」というのがあると思っています。勝山海百合さんは翻訳された自分の短編をワールドコンに名刺代わりにと持って行ったりとかされていました。そういう風に海外に売り出していく時に使いやすいというのが、短編の特徴としてあるかなと。

齋藤:VGプラスは出版社ではないので、色んなメディア展開がありえます。今海外でSFの短編アニメアンソロジーが流行っているので、そういう展開も有り得るのかなと。

井上:そうですね。うちはKaguya PlanetというオンラインのSF誌をやっています。海外だとオンラインのSFやファンタジーのマガジンがいっぱいあるので、そういうところとコラボして、日本の短編を向こうで翻訳してもらう可能性を探っていきたいですね。

水上:竹書房は基本的に作品をお借りする立場なので、「皆様いつもありがとうございます」という気持ちです。

他社についてどう思ってる?

齋藤:ではここで、皆さんが聞きたいであろうことを聞いてみたいと思います。他社についてどう思っていますか? ライバルだと思っているところはありますか? あるいはコラボしたい相手は居ますか?

水上:僕は東京創元社さんと早川書房さんにはリスペクトしかないですし、いやもう本当に感謝しかないですね。コラボっていうのはちょっと難しくて、というのは要するに「サンデー」や「ジャンプ」みたいな専属契約があるわけではなく、早川さんと創元さんとで明確に書いている作家さんが違うということでもないので、出版社同士のコラボっていうのはなかなかそこまで個別の色が出ないのかなと。

大森:編者単位のコラボで、例えば《ベストSF》の編者を井上さんに共同でお願いするとか、女性作家のディレクションを全部お願いするとか……

水上:なるほど、《ベストSF》も伴名さんと共編にするのはどうかとかお話ししたことありましたね。

大森:伴名練と共編でハヤカワ文庫JAの『2010年代SF傑作選』をつくった流れで、《ベストSF》も伴名練と共編でやれないかと考えたけど、結局、依頼を見送った。まあ、実作者だといろいろやりにくいだろうし、伴名練の場合は他人の作品でアンソロジー編むより自分で小説書いたほうがSFにとって有益だろうし……と思ったら『新しい世界を生きるための14のSF』が出たんだけど(笑)

水上:僕がコラボとして見たいのは、例えば日本SF作家クラブと推理作家協会のコラボ。推理作家協会のトップ5がSFを書いて、逆に日本SF作家クラブのトップ5がミステリーを書くとか、そういうのであれば見たいので、溝口さんにいつかやってもらいたいなと。

小浜:僕は、伴名練さんの色んな工夫には感心しています。マーケティング的なプランニングとか、タイトルも上手で、あるいは1本ごとに長い解説を書くとか、ああいうのは「なるほどな」と思いますね。

だけど他社のライバルっていうことになると、これはリップサービスでも何でもなくKaguyaだな。何でかっていうと、同人誌って昔は、会員を100人200人集めて会費を取ることで高い印刷費を集めて、おまけに原稿掲載する度に執筆者が掲載料を払わなきゃいけなかった。ところがそれがどんどんと印刷が簡便になってきて、今は逆に同人誌でも書いたら謝礼が出るところも出てきた。これが出版社にとって脅威なんです。ただ、支払われる金額には開きがあるし、品質の担保という問題もあります。

Kaguyaはそういう流れをオンラインでやろうとしているのは尊敬……いや尊敬する必要はないけど。

齋藤:いいじゃないですか、尊敬で(笑)

小浜:面白いことをやってるなと思うし、先に続いていくんだろうなと思う。商業出版と同人誌出版の間がどんどん狭まってきて、商業出版でも実際2,000部売れない本はある。でも例えば、文学フリマのような市場が売上を担保するというふうになっている一方で、商業出版では1,000部を下回るものは取次が相手にしてくれないっていう現状、この間をどう詰めていくかというのが未来の出版に関わっていると思います。マネタイズというか儲けについては、当然夢を見なくちゃいけない。でもその夢をどう見ればいいのかということについては分からない。これでKaguyaを褒めたことになるのかどうか分からないけど、これが僕今回呼ばれて言おうと思っていたことです。

齋藤:ありがとうございます。溝口さんどうですか?

溝口:いや、どこも楽しそうでいいなあと(笑)昨年末から「SFマガジン」の編集長をやっているんですけど、「SFマガジン」はネット書店とかに「日本唯一のSF専門文芸誌」というのがデフォルトで登録されてるんですよね。私はこれあんまり好きじゃなくて。なんか多様性がないじゃないですか、日本唯一って……。1冊しかないから、当然そのなかで様々な均整を考えていく責任もある。カウンターとかゲリラとか仕掛けるほうが個人的には好きなんですよ。ただそれで伝統を潰していいのかというのもあり、やることはやりつつ、それへのカウンターも全部自前で回していくっていうのは結構しんどい。ですから色んな人達がもっとSFメディアを立ち上げれば、多様性も出るし権威も偏らなくなるし、作家の活躍の場も増えるので良いことづくめだと思っています。Kaguyaさんみたいな試みは大歓迎だし、竹書房さんの攻め方もすごく刺激を受けますし、東京創元社さんも何なら年にもう2冊くらいアンソロジーを増やしていただいても。

今度、『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』が講談社タイガから出るんですよね。「小説現代」の特集がアンソロジー化するみたいなんですが、ああいう超大手出版社がSFアンソロジーをしれっと出すようになっていくのは嬉しいなと思います。漫画では「少年ジャンプ+」が大成功した結果かなりSFも充実してきているので、そのうち、SF作家がジャンプ漫画の原作とかもやるんじゃないでしょうか。ジャンプ+の方がこれを見ていたらぜひコラボご相談したいです。さておき、そういう風にSFがどんどん拡大していくことで、SFマガジンももっと気負わず、身軽になれるんじゃないかなと思っています。

井上:そもそもKaguyaがこれだけ小さい会社でも一応やってこれているのは、SFファンの方々やコミュニティの力とか、各出版社さんがずっと継続してきた歴史とか、そういう土壌があるからこそだと思います。その点めちゃくちゃリスペクトしてます。

コラボは随時募集しています。Kaguya Booksは出版社ではなくレーベルで、コラボしやすいというのがメリットの一つなので、気軽に編集プロダクションとしてご活用いただけたらいいなと思っています。

文芸誌に連載するみたいな感じで、Kaguya Planetで長編を連載して、それを出版社さんから出してもらうとか、そういう可能性があれば嬉しいです。竹書房さんは長編の原稿がないとおっしゃっていたので、いつかコラボしましょう。

水上:うちで良ければ!

齋藤:やっぱり今コラボ文化っていうのが広がっているので、コラボしないともったいないと思うんですよね。「SFマガジン」さんも「文藝」さんとコラボされていましたし。

溝口:「文藝」さんとは誌面交換コラボで、相手の雑誌のなかに自誌の企画を30ページくらい混ぜ合ったんですよね。会社単位だと大変なこともありますけど、雑誌単位ならだいぶ自由にできるとわかりました。文化的には共同戦線ですしね。意外性があった方が面白いので、次は『ムー』さんとコラボしてみたいな、なんて。

「作ってみたいアンソロジー」

齋藤:では、最後に「作ってみたいアンソロジー」を教えてください。

井上:「京都/大阪SFアンソロジー」を作るので、その後もいろんな土地でご当地アンソロジーを出したいです。あとはジェンダーSFのアンソロジーとか、クィアSFのアンソロジーを出したいなという気持ちもあります。

水上:僕は海外SFの新旧織り交ぜたアンソロジーっていうのはちゃんとやっていかないとなと思ってます。

小浜:アンソロジストがやっぱり増えない。オリジナルなアンソロジーであれば編集者でできる。でも再録のアンソロジーで言うと、年刊ベストだって、3種類くらいあってもいいんだよね、本当はね。

あと僕も仕事を手伝った、小森収さんが編者を務めた『短編ミステリの二百年』(全6冊、東京創元社) がこの間、第75回日本推理作家協会賞の評論・研究部門を取ったんだけど、あれは巻末に超長い歴史的解説評論が付いている。伴名練さんの『新しい世界を生きるための14のSF』が出てきたのと、小森さんのアンソロジーが相前後したのは面白いと思う。伴名練さんは売れてる本がある。一方で小森さんは知る人ぞ知る人で、これが大変評価されたっていうことは、大事なのは名前じゃないということ。まあ小森さんは「ミステリマガジン」にも書いていたし、大変な実力の持ち主だっていうことが30年前から知られていた人なんですけどね。

面白く作れればアンソロジストの名前は関係ない。そういう意味で我こそはという人は是非、目次を送ってきてください。

溝口:「SFマガジン」で2002年に「アンソロジーを編む愉しみ」という特集をしたことがあって、SFのプロの方々に「あなたがアンソロジーを編むとしたらどんなアンソロジーを編みますか」という、まさに今の質問のようなことを聞くという企画があったんです。一旦権利とかは抜きにして、理想のアンソロジーを編むという。それが結構刺激になったんですね。なるほどこの人はこれをこういう順番に並べて、こういうパッケージをするのかと。言われてみればなるほど、各短編を結びつけてそういう楽しみ方があるのか、と思うけど、言われないと普通やらない、普段は動かさない筋肉を動かしている感じです。「アンソロジーを編んでください」と、いきなり言うとちょっとハードルが高いかもしれないので、「あなたが好きな短編を組み合わせて理想の本を作るとしたら」と聞いてみる。音楽で言えば理想のプレイリストを作るようなもんですよね。こういうのはもっと娯楽として広がっていいんじゃないかなと思います。

齋藤:SNS文化とも相性がいいですしね。

溝口:絶対にいいと思います。

今後も続く「日本SFアンソロジーの季節」

齋藤:では各社のアンソロジーの宣伝タイムを設けたいと思います。溝口さんからどうぞ。

溝口:『新しい世界を生きるための14のSF』については伴名練さんが全部言う人だから、特に私の方から付け足すことはないんですけど……。今の時代、出版業界全体としては恐らく縮小傾向の状況にある。でもSFは作家がどんどん増えていて、しかも作品が商業的にちゃんと面白い。だから発表の場がすごく必要とされている。だから「SFマガジン」も頑張らなきゃいけない。今年の8月号では「短編SFの夏」という特集をやったのですが、あれは書き下ろしアンソロジーに近いことをやりましたので、ぜひ。もちろん、海外短編の紹介も重要な役割ですから両立しつつ。

面白い小説は依頼すればいくらでも生まれる状況なので、そこは編集サイドも頑張らなきゃいけないし、他のまだSFをやっていない版元にも手を付けてほしい、SF編集者が増えてほしいと常に願っています。「SFは売れるよ」というデータを他社に示すためにも、『新しい世界を生きるための14のSF』みたいな入門書がさらに売れるといいなと思っています。

水上:『ベストSF2022』はシンプルに去年発表された面白い短編をシンプルに選んだシンプルなアンソロジーです(笑)

あと今、日本SF作家クラブさんとやりとりをしていて、来年くらいに竹書房から日本SF作家クラブさんとコラボしたアンソロジーも出る予定です。

(会場から)藤井太洋:日本SF作家クラブもアンソロジーを企画しています。基本的にクラブのアンソロジーはできるだけ多くの新しい若い会員に機会をあげたいという方向で考えていて、書き下ろしアンソロジーを基本にしています。アンソロジストは林譲治さんです。林さんがほぼ独力で声を上げて、声を掛けて、クラブの作家から梗概を集めて、チェックしています。そういう意味ではアンソロジストも一人生まれておりますので。

齋藤:藤井さん、ありがとうございます。では小浜さん、『Genesis この光が落ちないように』について。

小浜: 9月30日発売で、今年の創元SF短編賞の受賞作はぜひ皆さん読んで驚いてください。選評でも書いた通り、新井素子さんが登場した時のことを思い出したくらいの新人作家です。

井上:『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』は、「SF」の定義を一番広く構えていると思ってるので、こんなSFもあるんだ、あんなSFもあるんだという感じで楽しんでいただけたらいいなと思っています。一番短い作品で3,000字、一番長くても2万字とかなので、疲れてる時でも読めます。目次に20文字のあらすじを載せているので、それを見て好きそうな作品から読んでもらえたらと思います。

齋藤:皆さん言い残したことはないですね? では、2022年のSF大会、お疲れ様でした。これから一緒に盛り上げていきましょう。来年もこの企画ができるといいですね。

一同:お疲れ様でした。

 

特別企画「日本SFアンソロジーの季節」開催中

SFメディアVG+(バゴプラ)では、コラボ企画「日本SFアンソロジーの季節」を開催しています。各出版社さんや編者の皆様と一緒に5冊のアンソロジーを紹介しています。

 

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