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今年の夏は、日本SFアンソロジーがあつい!
今年の夏は日本SFアンソロジーが盛り上がっています。初夏から晩夏にかけて、日本SF作家クラブ編『2084年のSF』 (早川書房)、伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(早川書房) 、井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books) 、大森望編『ベストSF2022』 (竹書房) 、『Genesis この光が落ちないように』(東京創元社)と、5冊の日本SFアンソロジーが刊行されます。
SFメディアバゴプラでは、「日本SFアンソロジーの季節」と題して、各アンソロジーの魅力を紹介する企画を実施しています。今回ご紹介するのは、8月29日に刊行された井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books)。編者と編集を務めた井上彼方さんに4つの質問をしました。
井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』、8月29日刊行!
2022年8月29日に井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books)が刊行されました。『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』は、2020年と2021年に開催された第一回・第二回かぐやSFコンテストの受賞者と最終候補者を中心に構成された書き下ろしSFアンソロジーです。
かぐやSFコンテストから生まれたアンソロジー
かぐやSFコンテストは2020年に始まったウェブで開催されるプロアマ混合のSF掌編コンテストです。SFメディアバゴプラ(VG+)が主催しており、文字数は2,000字〜4,000字、最終候補作品は筆者名を伏せてタイトルと本文をウェブ上に公開し読者賞を決める、大賞作品は英語と中国語に翻訳されるなど、工夫が凝らされたコンテストです。
短い文章で、本名などを明かすことなく、ウェブで気軽に参加できるというコンテストの特性から、掌編の執筆を得意とする人や、長いブランクを経て執筆を再開した人、子育てや仕事で忙しい人にもチャンスのあるコンテストとなっており、プロの作家だけではなく新しい書き手も多数活躍しました。そんなこれまでのSF界ではスポットライトが当たりにくかった書き手たちが伸びやかに書いた書き下ろしSF短編小説が25編収録されています。
また、最終候補者と受賞者を中心に構成されたアンソロジーであるため、過去二回のコンテストの選考に関わった複数名の審査員の好みが色濃く反映されているという意味でも、多様な作風の作家陣が寄稿しているアンソロジーと言えるでしょう。
収録作品は全部で25編
『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』では25編の作品を〈時を超えていく〉〈日常の向こう側〉〈どこまでも加速する〉〈物語ることをやめない〉という四つの章に分けて収録しています。収録されている作品の目次は以下の通りです。
第一章 時を超えていく
三方行成「詐欺と免疫」
一階堂洋「偉業」
千葉集「擬狐偽故」
佐伯真洋「かいじゅうたちのゆくところ」
葦沢かもめ「心、ガラス壜の中の君へ」
勝山海百合「その笛みだりに吹くべからず」
第二章 日常の向こう側
原里実「バベル」
吉美駿一郎「盗まれた七五」
佐々木倫「きつねのこんびに」
白川小六「湿地」
宗方涼「声に乗せて」
大竹竜平「キョムくんと一緒」
赤坂パトリシア「くいのないくに」
第三章 どこまでも加速する
淡中圏「冬の朝、出かける前に急いでセーターを着る話」
もといもと「静かな隣人」
苦草堅一「握り八光年」
水町綜「星を打つ」
枯木枕「私はあなたの光の馬」
十三不塔「火と火と火」
第四章 物語ることをやめない
正井「朧木果樹園の軌跡」
武藤八葉「星はまだ旅の途中」
巨大健造「新しいタロット」
坂崎かおる「リトル・アーカイブス」
稲田一声「人間が小説を書かなくなって」
泡國桂「月の塔から飛び降りる」
井上彼方さんに4つの質問!
『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』について、編者で編集者の井上彼方さんにお聞きしました。
-収録作の中で、最も虚構性の高い作品を紹介してください。
宇宙を一つ作り出しているという意味では、表題作の正井「朧木果樹園の軌跡」かなと思います。大きなさかなをふねにして星々を旅するひとびとの物語です。「海に泳ぐものはたくさんいるけれど、さかなと呼ばれるのは一種類だけだ」という印象的な一文で始まるのですが、この一文だけで現代とは根幹から違う世界が舞台なのだということ、主人公たちにとって「さかな」と呼ばれる生き物が何か重要な意味があることをガツンと分からせてくる最高の出だしだと思います。
-収録作の中で、最もアクチュアルな作品を紹介してください。
一階堂洋「偉業」かなと思います。タイトル通り、愛と死がなくても偉業を成すことはできるのか、ということがテーマになっている作品です。歴史や物語を駆動させるために、あるいは社会で支配的なイデオロギーのために、「愛」や「死」が持ち出されることが多数あると思うのですが、それに真っ向から立ち向かった作品です。SF的な回答の出し方と構成が鮮やかです。
-装幀・デザイン・編集などでこだわった点を教えてください。
装画・装幀・DTPは、大阪で〈犬と街灯〉というリトルプレス/インディーズ出版物の販売所 兼 ギャラリーを営んでいる谷脇栗太さんという方にお願いしました。かわいくてちょっと切なさもあってかっこいい表紙が自慢です。表紙に描かれているひとを私は勝手に〈おぼろん〉と呼んでいます。また、扉の紙に月のクレーターを模した凹凸がついている〈かぐや〉という紙を使っています。これは、かぐやSFコンテストから生まれたアンソロジーにぴったりだということで、谷脇さんが選んでくださりました。
巻末では、『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』の執筆者が、オンラインSF誌Kaguya Planetに寄稿した短編小説をQRコード付きで紹介しています。『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』でお気に入りの作家に出会ったら、その人の他の作品も追いかけてみてください。
-他の日本SFアンソロジーに負けない!という点はなんですか。
SF作品の幅広さです。掲載している3,000字〜20,000字と短い作品が多いのですが、宇宙を舞台にしたハードSFから、バイト先のコンビニにきつねが来る話やポストアポカリプスの怪異の話まで、とにかく幅広い作品があります。また、散文詩とSFが融合したような作品もあれば、掌編が集まって一つの短編小説になっている作品もあります。
それから、「負けない」ということではないですが、より多くの人が安心して読めることを目指して、筆者の方々と相談しながら、表現に気をつけて編集作業をしています。
井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』は全国の書店・オンラインストアで好評発売中。
特別企画「日本SFアンソロジーの季節」開催中
今年の夏は日本SFアンソロジーが盛り上がっています。2022年5月から9月にかけて、各出版社から5冊の日本SFアンソロジーが刊行されます。
5月には日本SF作家クラブ編『2084年のSF』 (ハヤカワ文庫JA) 、6月には伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA) 、8月には井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(Kaguya Books) 、大森望編『ベストSF2022』(竹書房文庫) が刊行されました。9月には東京創元社から『Genesis この光が落ちないように』が刊行されます。
第59回日本SF大会にて「日本SFアンソロジーの夏」を開催
8月27日・28日に福島で開催された第59回日本SF大会にて、「日本SFアンソロジーの夏 アンソロジーの出版について出版社に聞いてみよう」という企画を開催しました。
SFメディアバゴプラの齋藤隼飛さんが司会を務め、井上彼方さん(Kaguya Books)、小浜徹也さん(東京創元社)、水上志郎さん(竹書房)、溝口力丸さん(早川書房)にSFアンソロジーの役割や魅力、今後の展望についてお話しいただきました。現在、対談の一部を文字起こしした記事をバゴプラで公開しています。
今後も日本SFアンソロジーにご注目ください。