クモオーグとは何者だったのか『シン・仮面ライダー』ネタバレ解説&考察 | VG+ (バゴプラ)

クモオーグとは何者だったのか『シン・仮面ライダー』ネタバレ解説&考察

©石森プロ・東映/2023「シン・仮面ライダー」製作委員会

『追告』も公開された『シン・仮面ライダー』の新展開

2023年3月18日全国公開された庵野秀明監督最新作『シン・仮面ライダー』(2023)。「ノスタルジーと最新技術の融合」を軸とするシン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースの第4作目にあたる『シン・仮面ライダー』は庵野秀明監督の原点の一つであり、日本三大特撮の一つ「仮面ライダー」シリーズを題材とした作品だ。

石ノ森章太郎原作の大人気テレビシリーズ『仮面ライダー』(1971-1972)を庵野秀明監督らスタジオカラーの錚々たる面々が『シン・仮面ライダー』としてリメイクした、そして、主演の本郷猛/仮面ライダー役には池松壮亮氏、緑川ルリ子役に浜辺美波氏、一文字隼人/仮面ライダー第2号役に柄本佑氏と日本を代表する俳優陣が参加している。

そして2023年3月23日に「追告」として新予告編も公開され、同時に未発表キャストが解禁されるなど、公開して一週間経ってからもサプライズの絶えない『シン・仮面ライダー』。その冒頭の本郷猛/仮面ライダーと合成オーグメント(怪人、改造人間)のクモオーグとの戦いが2023年3月28日23時56分から毎日放送にて『幕前/第1幕 クモオーグ編』として放送されることが決定した。

幕前/第一幕 クモオーグ放送に当たり、漫画脚本:山田胡瓜氏、作画:藤村緋二氏のスピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー shocker side-』も踏まえてクモオーグの人物像と仮面ライダーたちとの対比を振り返り、考察していこうと思う。なお、本記事には『シン・仮面ライダー』および『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』のネタバレを含むため、本編視聴および本編読了後に読んでいただけると幸福である。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『シン・仮面ライダー』と漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』の内容に関するネタバレを含みます。

クモオーグになる男

クモオーグの正体

『シン・仮面ライダー』では大森南朋氏が演じるクモオーグ。大森南朋氏は父に舞踏家兼演出家である麿赤兒氏、兄に大森立嗣監督を持つ俳優一家生まれの俳優である。最近では映画『アウトレイジ 最終章』(2017)で韓国・済州島側の張グループに所属する用心棒の市川を演じるなど高い評価を得ている俳優だ。『シン・仮面ライダー』では「それが私の仕事です」など「クモオーグ構文」めいた言葉で話している。

クモオーグは池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーに対して「あなたも同じオーグメント。なのに、この幸せが何故わからんのです!」と問うなど、人間を捨てて異形となることに多幸感を得ている人物だ。この多幸感で悲しみを覆い隠すという方法こそショッカーの洗脳手段なのだが、そのような重要な情報を語るキャラクターにもかかわらず大森南朋氏はクモオーグとしては声のみの出演である。

その理由は『シン・仮面ライダー』の前日譚にあたるスピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』で明かされており、クモオーグは自分が愛する人を裏切った罰として自分の顔を溶かしているため、人前で素顔を晒さないことが描かれている。そして、その爛れた顔を恥としているところがある。

クモオーグは顔を溶かし、ショッカーに所属する前は「マサ」と呼ばれ、大学に通う一人の男子大学生として描写されている。そこで「クモオーグ=マサ」が「自分が犯した罪」として考えているのが、「クモオーグ=マサ」の恋人と思われる学友の浩介がアウティングされることに加担してしまったことだ。

クモオーグの罪

アウティングとは本人の了承を得ることなく、本人が公表していない個人情報、特に性的指向や性自認を第三者に暴露する行為を指す言葉だ。浩介は別の学友にゲイであることをカミングアウト(本人の意志で性的指向や性自認を明かすこと)したが、そのことを他の学友など周囲の人物へアウティングされてしまう。

マサことクモオーグは浩介と肩を組んだ写真を撮るほど仲が良く、恋人のような描写がなされているが、自身の性的指向を知られることを恐れたクモオーグはアウティングする人々に同調してしまう。その後、アウティングによって傷つけられた浩介の心が戻ることなく、浩介は自殺を選んでしまう。勇気のない自分自身に絶望し、罪悪感を覚えるようになり、SHOCKERにその絶望に付け入られる形でクモオーグとなったのだ。

オーグメンテーション(改造手術)されたことで人間をやめたクモオーグは浩介を「美しい人」と評するも、彼を死に追いやった自分を含めた人間を醜い存在として嫌うようになる。クモオーグ自身は紳士的で、森林で小鳥に餌付けすることが趣味という温和な人物だが、人間観に関しては残虐性を垣間見せる。しかし、その温和かつ紳士的な性格から『シン・仮面ライダー』では森山未來氏が演じている緑川イチローに慕われるようになった。

ショッカー初「合成型オーグメント第1号クモオーグ」

クモオーグ、変身

クモオーグは『シン・仮面ライダー』の前日譚『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』でイワン博士により、プラーナによる強化手術を受ける。イワン博士は『シン・仮面ライダー』で塚本晋也監督演じる緑川弘博士を勧誘した人物で、ショッカー内部でも「死神」と呼ばれている。その容姿と名前からテレビシリーズ『シン・仮面ライダー』で天本英世氏演じる死神博士/イワン・タワノビッチ/イカデビルがモデルだと考えられる。

クモオーグ自身も息子の緑川イチローが大怪我を負った際に命を救うためとはいえ、大量のプラーナを注入して人体強化手術をしたことについて「超人的肉体は並の精神で御することは不可能です」「たくさんの失敗例を見てきたので」と忠告していた。しかし、そのクモオーグ自身が強化手術を受けてイワン博士から精神崩壊したと言われる状態になる。

そこでアウティングに加担して愛する人を自殺に追い込んでしまったトラウマに飲み込まれる。その精神世界でクモオーグの深層心理の表象と言える巨大な蜘蛛からもっとピュアな存在に変身しようと勧められ、それによって人を殺めることにためらいを感じない、仮面/マスクをつけたまま外さないショッカー初の合成型オーグメント第1号となるのだ。

このショッカー初の合成オーグメント第1号という点はテレビシリーズ『仮面ライダー』最初の怪人であり、それ以降の作品に多大なる影響を与えた蜘蛛男のオマージュであることは明らかだ。それだけではなく、仮面/マスクによって人を殺めることにためらいが無くなることを幸福と感じる点は、仮面/マスクによる殺人の忌避感の喪失を恐れる池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーと対照的な人物として描写されている。

この人の心身を捨てさせ、従来の改造技術による精神破綻を克服する神経科学技術を生み出したのが『シン・仮面ライダー』では緑川弘博士であり、緑川弘博士自身も死神ことイワン博士に自身の技術が転用されることには思わず恐れおののいていた。

なぜ絶望派に属するのか

『シン・仮面ライダー』で大森南朋氏演じるクモオーグを先輩と慕う本郷奏多氏演じるK.Kオーグ(カマキリ・カメレオンオーグ)の口から「死神派」という言葉が登場したが、『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ではショッカーは一枚岩ではなく、ショッカー創設者の生み出したAI「アイ」と外世界観測用自立型人工知能ケイを中心に集まっているものの、個人によって幸福の形は異なるものとされている。

『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ではショッカーの持つ技術を活かして軍事産業や人身売買によって利益を得ている旧体制派と、世界に絶望したことでショッカーの思想に心酔する絶望派との戦いが描かれている。クモオーグは絶望派の筆頭の一人で、ショッカー内部でも邪魔者の始末を担っていた。強化手術によって精神崩壊を起こし始めると、より一層ショッカーの思想に心酔し、暴力性を加速させていった。

『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』でのクモオーグのバックボーンと『シン・仮面ライダー』でのクモオーグが緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号の計画に執着しているのを見ると、他の幹部とは異なる彼の最終目的が考察できる。

コウモリオーグはヴィールス(ウィルス)の感染による社会不正の表面化と支配による社会の矯正。ハチオーグはプラーナによる自身の支配欲を満たしつつ、それによって人間を思考放棄による隷属下に置くことで人間は楽に生きられるという思想だ。クモオーグは緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号の語るプラーナによる嘘偽りのないハビタット世界に肉体を捨てて魂だけで旅立つことで、セクシャリティを含む自分を偽らない世界に行くことだと考察できる。

嘘偽りのない世界に「真の安らぎ」はあるのか

反証となってしまったクモオーグ

人種やセクシャリティなどを理由にマイノリティとされ、虐げられている人々にとっては嘘偽りのない肉体を捨てた魂だけの世界「ハビタット世界」は幸福に思えるかもしれない。だが、『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE–』での描写や『シン・仮面ライダー』での大森南朋氏を見ていると、クモオーグこそがその反証となっているように思える。

クモオーグはプラーナによる強化手術を受け、ショッカー初の合成型オーグメント第1号となったが、クモオーグはそれによって精神崩壊の片鱗が見受けられ、自らを律することのできない人物になってしまっている。クモオーグ自身が語っていた「超人的肉体は並の精神で御することは不可能です」という言葉の通りになってしまったのだ。

オーグメンテーション(改造手術)を受けたことで、クモオーグは怒りなどを制御できなくなって残虐な行動を繰り返しては過去の罪悪感から逃げるために多幸感だけが満ちた自分だけの世界に没入していく。クモオーグこそが「他人を傷つけて孤絶(他と切り離され、つながりがなく孤立していること)に陥る存在」であり、浜辺美波氏演じる緑川ルリ子が語る「嘘偽りのないハビタット世界は地獄」を体現してしまっているのだ。

矛盾した存在であり続けるクモオーグ

アウティングに加担して愛する人の命を奪ってしまった罪悪感を抱え、自分自身のアイデンティティを隠さないといけない世界に絶望したにもかかわらず、仮面/マスクによって殺人の忌避感を喪い、その素顔を隠し続けているクモオーグ。池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーとの戦いは理性によって暴力性を抑え込み誰かを守ろうとする者と、理性を捨てて多幸感だけに浸り内なる暴力性を自由にする者との対立構造にある。

そのため、『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』を読んでから本郷猛/仮面ライダーとクモオーグの戦いを見ると、短いながら深い意味のあるものだと理解できる。特にクモオーグがジッパーを開いて更なる腕を出す場面を見ると、クモオーグが完全に人間性を捨ててしまった、浩介を愛し、浩介を愛していた「マサ」はもういないことを突き付けられた気がした。

『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』は今も連載中であり、クモオーグがどのようにして腕を増やすという異形の姿になったのか、『シン・仮面ライダー』で本郷奏多氏が演じていたK.Kオーグ(カマキリ・カメレオンオーグ)との関係性などは不明のままである。

この先、どのようにしてクモオーグや緑川イチローの物語が『シン・仮面ライダー』の世界にたどり着くのか注目し、2023年3月28日23:56から毎日放送にて放送される『幕前/第1幕 クモオーグ編』を観て、クモオーグの持つ人物像を探っていきたい。また、この番組は毎日放送で放送後、TVerやMBS動画イズムでの見逃し配信も決定しているので、全国各地で視聴することが可能だ。

映画『シン・仮面ライダー』は2023年7月21日(金)よりAmazon Primeより独占配信開始。

『シン・仮面ライダー』公式サイト

Amazon Prime『シン・仮面ライダー』

山田胡瓜 漫画脚本、藤村緋二 作画『真の安らぎはこの世になく―シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE―』第1巻は発売中。

『シン・仮面ライダー 音楽集』は2023年4月12日(水)発売で予約受付中。

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ハチオーグの思想についての解説&考察はこちらの記事で。

コウモリオーグについての解説と考察はこちらの記事で。

『真の安らぎはこの世になく-シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

『シン・仮面ライダー』の本郷猛と緑川イチローの対比はこちらの記事

『シン・仮面ライダー』の一文字隼人のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

発表済みキャストとキャラクターについてはこちらの記事で。

3月23日に追加発表されたキャストと全オーグメント解説についてはこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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