ネタバレ解説&考察『シン・仮面ライダー』ラストの対決の意味とは? 本郷猛と緑川イチローの対比に見る庵野監督のテーマ | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説&考察『シン・仮面ライダー』ラストの対決の意味とは? 本郷猛と緑川イチローの対比に見る庵野監督のテーマ

©石森プロ・東映/2023「シン・仮面ライダー」製作委員会

ラストの対決を解説&考察

2023年3月17日18:00に最速公開され、3月18日には全国公開された庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』以来7年ぶりの実写作品『シン・仮面ライダー』。その『シン・仮面ライダー』の中で重要な役割を担い、一種の対比として描かれるキャラクターが池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーと森山未來氏演じる緑川イチローだ。

人間のエゴや各々の考える幸福が文字通りぶつかり合う『シン・仮面ライダー』だが、本郷猛/仮面ライダーと緑川イチローの対決の中にそれが詰め込まれている。そのため、そこを読み解いていくことで『シン・仮面ライダー』の核に近づけると思われる。

今回の記事は『シン・仮面ライダー』と『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』のネタバレを含むため、本編視聴後および本編読了後に読んでいただけると幸福である。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『シン・仮面ライダー』の結末と漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』の内容に関するネタバレを含みます。

庵野秀明監督の中の変わらないもの

本郷猛と緑川イチロー

クモオーグの仇を取るために襲撃してきたKKオーグによって命を落とした浜辺美波氏演じる緑川ルリ子。彼女の遺志を中心に、バラバラだった池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーと柄本佑氏演じる一文字隼人/仮面ライダー第2号はダブルライダーとして森山未來氏演じる緑山イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号に立ち向かう。

劣勢だったダブルライダーだったが、自動操縦のサイクロン号による自爆で緑川イチローの玉座のようなプラーナの補充装置は破壊される。そして一文字隼人/仮面ライダー第2号によって仮面が破壊され、緑川ルリ子の遺した最後の作戦「パリファライズ」が本郷猛の手によって決行される。

緑川ルリ子の遺した作戦とは何だったのだろうか。緑川イチロー、そして本郷猛の二人というもう一つのダブルライダーたちの心情から読み解いていきたいと思う。

「ヤマアラシのジレンマ」

庵野秀明監督が「エヴァンゲリオン」シリーズの頃から描き続けてきたテーマの一つが「ヤマアラシのジレンマ」だ。この「ヤマアラシのジレンマ」は庵野秀明監督作品だけではなく、ベルトのダブルタイフーンや父と母、そして妹に執着するなど設定上、緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号のモデルになったであろう『仮面ライダーV3』(1973-1974)にも共通するテーマである。

『新世紀エヴァンゲリオン』(Netflix)

「ヤマアラシのジレンマ」はオーストリアのウィーンに生まれた精神科医・精神分析家のレオポルド・べラックが提唱した人間の心理状態であり、ドイツの哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアーの寓話がもととなっている。

寒い冬の日に、2匹のヤマアラシが暖を取ろうと互いの体を寄せ合おうとしたところ、身体のトゲが互いを刺してしまいました。痛みから身体を離すと、今度は寒さに耐え切れなくなってしまいます。2匹は近づいたり、離れたりを繰り返しながら、ついには互いに傷付けずに済み、互いに暖め合うことができる距離を発見し、その距離を保ち続けました。
(ヤマアラシのジレンマ – 一般社団法人日本経営心理士協会より引用)

この「ヤマアラシのジレンマ」に対する考え方が池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーと森山未來氏演じる緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号の対比の根幹にあり、ラストの対決へと繋がっていると考察できる。詳しく解説していこう。

緑川イチローをつくった仮面ライダー

『シン・仮面ライダー』の黒幕ともいえる緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号。そのモデルの一つに『仮面ライダーV3』(1973-1974)の風見志郎/仮面ライダーV3があると言えるだろう。変身ベルトのダブルタイフーンに白いマフラー、強化スーツは青色だがデザインは仮面ライダーV3に酷似している。また、デザインワークスの中では元は貴婦人のようなデザインだったことや、同じ石ノ森章太郎原作作品で蝶モチーフの『イナズマン』(1973-1974)のイナズマンに酷似したデザインも描かれている。

また塚本晋也監督演じる父親の緑川弘や母親、浜辺美波氏が演じる妹への執着は『仮面ライダーV3』のオープニングテーマ『戦え!仮面ライダーV3』の「父よ、母よ、妹よ」というフレーズを想起させるものになっている。また、性格面でも風見志郎/仮面ライダーV3の影響が見て取れる。

緑川イチローは漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』の中で、強くなるためにプラーナによるオーグメンテーション(改造手術)を受け入れた。この設定は風見志郎/仮面ライダーV3と似ており、風見志郎も父と母、妹の復讐のために本郷猛/仮面ライダー1号と一文字隼人/仮面ライダー2号に改造手術を懇願し、拒絶されている。改造人間の宿命と、他人と関わることで他人を傷つけるのを恐れて孤独を選ぶ「ヤマアラシのジレンマ」も両者に共通している。

他にも、愛する人に会いたいためにハビタット世界に全人類の魂を導き、その過程で暴力の根源である肉体を捨てさせようとする計画は『新世紀エヴァンゲリオン』(1995-1996)の碇ゲンドウたちの人類補完計画に酷似している。『シン・仮面ライダー』の緑川イチローは庵野秀明監督の原点の「仮面ライダー」シリーズと庵野秀明監督が生み出した「エヴァンゲリオン」シリーズが融合したキャラクターと言える。

『新世紀エヴァンゲリオン 劇場版 Air/まごころを、君に』(Netflix)

本郷猛と緑川イチローを繋ぐ事件

二人を繋ぐ惨劇

池松壮亮氏演じる本郷猛と森山未來氏演じる緑川イチローの二人には共通点がある。それは二人とも同じ通り魔事件の被害者遺族であるということだ。『シン・仮面ライダー』の時系列上で前日譚にあたる『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』で、女性を狙った通り魔事件が発生したことが語られている。

漫画では、森山未來氏演じる緑川イチローの母親の緑川硝子は制服姿の少女を庇って刺されてしまい、致命傷を負って命を落とす。そして、映画では池松壮亮氏演じる本郷猛の父親は銃という暴力装置を持ちながら最後まで説得を試みた末に通り魔に刺され、殉職してしまう。本郷猛と緑川イチローの二人の置かれた境遇は同じと言っても過言ではない。

しかし、本郷猛と緑川イチローの分かれ道となったのは二人の求めた力とその使い方だった。それが本郷猛が緑川ルリ子から仮面ライダーという名を与えられるヒーローとなり、森山未來氏をチョウオーグへと変えるきっかけとなった。

力とは何か

池松壮亮氏が最速公開の舞台挨拶で『シン・仮面ライダー』の撮影を「苦しんだりもして、長い旅だった」だったと評したが、本郷猛自身も父親の喪失後、苦しみもがく長い旅の中にあったと言える。愛する人の喪失を恐れて人間関係を構築できず、緑川ルリ子から「いわゆるコミュ障」と称される無職の本郷猛。彼もまた「ヤマアラシのジレンマ」を抱えた人物と言える。

しかし、本郷猛は塚本晋也監督演じる緑川弘博士から浜辺美波氏演じる緑川ルリ子を守る役割を託されたことで、「隣にいてほしいけど近づきすぎて傷つきたくない」という「ヤマアラシのジレンマ」に真っ向から向き合うことになる。さらにはプラーナのために生み出された人工子宮生まれの生体電算機と自らを評する緑川ルリ子と接するうちに、緑川ルリ子が人間的な感情を露わにしていくことに本郷猛も触発されていく。

それに対して森山未來氏は緑川イチローを演じる上で瞑想やチャクラを練ることを意識し、人間社会から隔絶されたところに身を置く修行僧のような緑川イチローというキャラクター像を創り上げていった。

本郷猛は父親を喪った悲しみと向き合い、同じような人を増やさないためにも愛する人を守る力を求めた。緑川イチローは母親を喪った悲しみと向き合いきれずに、母親の魂があるかもしれないハビット世界に旅立つ計画を立案するなど悪の芽を潰す力を求めた。これが柄本佑氏演じる一文字隼人/仮面ライダー第2号とのダブルライダーの結束の力を生んだ本郷猛と孤独な緑川イチローを分けることに繋がった。

緑川イチローの矛盾

仮面の持つ意味

『シン・仮面ライダー』における仮面/マスクは単に正体を隠し、攻撃から頭部を守るヘルメットではない。変身ベルトのタイフーンから胸部の装甲、そして仮面/マスクへと連動してプラーナを圧縮して操るほか、殺人への忌避感を無くす効果のあるものとして描かれる。そういった意味では匿名性のシンボルともいえるのが『シン・仮面ライダー』の仮面/マスクだ。

庵野秀明監督にとっては匿名性にはトラウマがあり、「エヴァンゲリオン」シリーズの旧劇場版ではネットの誹謗中傷や犯人不明の罵詈雑言の落書きに耐えられず、映画本編にそれらの写真などを挿入したことすらあった。ここから立ち直るのに長い時間を要した庵野秀明監督最大のトラウマだっただろう。それは妻である安野モヨコ氏のエッセイなどでも言及されている。

本郷猛は仮面/マスクをつけても殺人へ忌避感を持ち続けるなど、仮面/マスクの持つ麻薬のような効力に抗う人物として描かれている。それどころか緑川ルリ子の残した遺言を観て涙を流す姿を隠す際に用いるなど、本郷猛の仮面/マスクは「仮面ライダーというヒーローの奥にいる人間・本郷猛」を隠すアイテムとして用いている。

緑川イチローはハビタット世界へと旅立ち、魂だけの嘘偽りのない、匿名性の一切ない世界への魂の移動を計画しているが、本郷猛士と一文字隼人のダブルライダーとの戦いでは仮面/マスクをつけている。この時点で緑川イチローは嘘偽りのないハビタット世界への旅立ちという計画と、仮面/マスクをつけるという匿名性を持った性格を兼ね備える矛盾のあるキャラクターとして描かれている。

肉体という壁

森山未來氏が演じる緑川イチローは嘘偽りのないハビタット世界への旅立ちを計画しているにもかかわらず、西野七瀬氏の演じるハチオーグや女性構成員を率いるサソリオーグと異なり、常に単独で瞑想状態にある。この時点で他人と関わることを拒絶し、殻に籠った人間として描かれている。その象徴が蛹状態にあるチョウオーグなのだろう。

本郷猛は緑川イチローと正反対で、緑川ルリ子を後ろに乗せてサイクロン号に乗り、隣同士になることなどで、肉体という大きな壁を感じながらも他人と関わり続けようとする人物として描かれている。そして、素手でクモオーグやコウモリオーグなどショッカー上級構成員や下級構成員を殺害するという生々しい感触と殺人への忌避感にもがき苦しんでいることが強調されている。

それに対して緑川イチローはチョウオーグとして覚醒し、仮面ライダー第0号と名乗った後の本郷猛と一文字隼人らダブルライダーとの戦いでも肉弾戦よりも、プラーナを用いた超能力のような戦い方を好むなど、ここでも他人との関わり拒んでいることがうかがいしれる。

このプラーナの設定は「エヴァンゲリオン」シリーズにおいて人間が実体という形を維持するためのもので、使徒や汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンがバリアとしても用いる心の壁「ATフィールド」を想起させる。しかし、ダブルライダーの作戦と死闘により緑川イチローはプラーナという殻から引きずり出されることになる。

他にもコウモリオーグが大量の緑川ルリ子に似た構成員と思われる女性を呼び寄せる場面など、綾波レイの魂のない肉体が大量にクローンされている場面を思わせるような庵野秀明監督の「エヴァンゲリオン」シリーズの要素が登場している。これも肉体と魂の関係性を示す要素の一つと思われる。

緑川ルリ子と緑川イチロー

家族写真の真実

浜辺美波氏が演じる緑川ルリ子は人間的な感情を露わにしていく中で、自分も父親の緑川弘博士や兄の緑川イチロー、母親の緑川硝子と共に家族写真におさまることをかつては夢見たことを明かしている。あの家族写真は緑川イチローにとって人間関係を維持していた頃の思い出だ。

本郷猛と一文字隼人のダブルライダーの死闘によって追い詰められていき、ぎりぎりで仮面/マスクを破壊されて素顔が露わになる緑川イチロー。そして緑川ルリ子が仮面/マスクにプラーナを介して残した魂と邂逅することになる。そしてハビタット世界ではじめて自分の悲しみと向き合い、他人を拒絶し続けていた緑川イチローは緑川ルリ子を抱擁するのだった。

浜辺美波氏の緑川ルリ子の肉体は死神派でショッカー初の三種合成オーグメント(改造人間)のKKオーグ(カメレオン・カマキリオーグ)によって殺害されたが、緑川イチローは頑なに緑川ルリ子を生きて保護することに執着していた。結局は緑川イチローも家族の喪失を恐れる“人間”でしかなかったのだ。醜い人間の姿を捨て、より純粋な人外合成型オーグメントになることを目標意図していたショッカーとしては皮肉な末路と言える。

本当に必要だったもの

ハビタット世界の中で魂だけとなった緑川イチローは緑川ルリ子を抱擁し、ようやく向き合うべきだった母親の喪失の悲しみや家族、他人に触れることで「ヤマアラシのジレンマ」に答えを出すことができた。

庵野秀明監督が26年かけて「エヴァンゲリオン」シリーズで出した「ヤマアラシのジレンマ」への答えを、森山未來氏の名演によって生まれた緑川イチローを通して実写映画で描いてみせた。そして本当に向き合うべき母親の喪失、悲しみ、家族、他人と向き合ったことで、緑川イチローは逃げではない“瞑想”に近い孤独を受け入れて、「ここ(ハビタット世界と思われる精神世界)は三人(本郷猛、緑川ルリ子、緑川イチロー)には狭すぎる」といって消失も受け入れたのだった。

30年分の答え

「エヴァンゲリオン」シリーズにはじまり、「シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバース」など30年近い年月をかけて「ヤマアラシのジレンマ」の答えを出した庵野秀明監督。庵野秀明監督は自分を作品の奴隷と称するなど、時折自尊心が低いかのような発言をすることもある。

『シン・仮面ライダー』はこれまで庵野秀明監督が隷属してきた作品たちの要素がぎっしりと詰め込まれている。『シン・仮面ライダー』は、庵野秀明監督の持つ子供のような純粋な心とそれ故に誹謗中傷などに苦しめられてきた人間の負の感情を見てきた経験が生み出したと思われる。

それが『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』で緑川硝子も発言していた「すべての出来事に意味がある」という本郷猛の発言の意味であり、『シン・仮面ライダー』は庵野秀明監督がつらい経験も消化できたことで生み出せた作品なのではないだろうか。

最後にコブラオーグの出現に一文字隼人が変身する新1号の姿、そして子門真人の歌う『かえってくるライダー』が続編の制作を期待させてくれる。『シン・仮面ライダー2』では人間の幸福とそのための「ヤマアラシのジレンマ」により深く切り込んでいくのだろうか。今後に期待していきたい。

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『シン・仮面ライダー』ラストの一文字隼人の決断についての解説とその後の考察はこちらから。

庵野秀明監督が明かした『シン・仮面ライダー』続編構想の考察はこちらから。

発表済みキャストとキャラクターについてはこちらの記事で。

3月23日(木)に発表されたシークレットキャストとそのキャラについての解説はこちらの記事で。

『真の安らぎはこの世になく-シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

『シン・仮面ライダー』のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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