ハチオーグの思想とは何か『シン・仮面ライダー』ネタバレ解説&考察 | VG+ (バゴプラ)

ハチオーグの思想とは何か『シン・仮面ライダー』ネタバレ解説&考察

©石森プロ・東映/2023「シン・仮面ライダー」製作委員会

『追告』&『冒頭2分49秒』公開という起爆剤

2023年3月18日に劇場で全国公開されて以降、最終予告の後に追告や冒頭の2分49秒公開、毎日放送系列で『幕前/第1幕 クモオーグ』の放送決定など、新たなる起爆剤が投下されている『シン・仮面ライダー』(2023)。シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバース最新作にして『シン・ゴジラ』(2016)以来7年ぶりの庵野秀明監督作実写映画としても注目を集めている。

syou『シン・ゴジラ』の「現実対虚構(ニッポン対ゴジラ)」や『シン・ウルトラマン』(2022)の「空想と浪漫。そして、友情。」といったキャッチコピーの中、「変わるモノ。変わらないモノ。そして、変えたくないモノ。」と銘打たれた『シン・仮面ライダー』はこれまでのシン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースの中でも敵の思想が際立った作品となっている。

本記事では『シン・仮面ライダー』の敵役のオーグメントの中でも人気の高い元乃木坂46メンバーの西野七瀬氏演じるハチオーグの思想について解説、そして考察していきたいと思う。なお、本記事は『シン・仮面ライダー』および漫画脚本:山田胡瓜氏、作画:藤村緋二氏のスピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』のネタバレを含むため本編視聴後に読んでいただけると幸福である。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『シン・仮面ライダー』の内容に関するネタバレを含みます。

ハチオーグになる女

ハチオーグの実態

『シン・仮面ライダー』では西野七瀬氏が演じているハチオーグ。西野七瀬氏は元乃木坂46のメンバーで、2019年に乃木坂46から卒業して以降は俳優、モデル、タレントと多岐にわたって活動している。『シン・仮面ライダー』では浜辺美波氏演じる緑川ルリ子から友達に最も近い存在と称され、本名と思われるヒロミという名前で呼ばれている。ハチオーグも緑川ルリ子をルリルリと呼び、「あらら」が口癖など癖の強いキャラクターだ。

このヒロミという名前のキャラクターはテレビシリーズ『仮面ライダー』(1971-1972)で緑川ルリ子の学友として登場し、石ノ森章太郎氏の漫画版『仮面ライダー』(1971)では緑川ルリ子の友人でコウモリ男のヴィールス(ウイルス)により吸血鬼化し、老衰死するキャラクターだ。ハチオーグのモデルとなった蜂女は「仮面ライダー」シリーズ初の女性怪人であり、そのためかテレビシリーズ『仮面ライダー』の中でも印象深いキャラクターである。

当初は『シン・仮面ライダー』のハチオーグもテレビシリーズ『仮面ライダー』と同じぴっちりとした服装になる予定だったが、庵野秀明監督の提案でゆったりとした和服になったことが公式ミニラジオ『SHOCKER RADIO-BE HAPPY-』(2023-)の中でデザイナーの出渕裕氏の口から明かされている。

ハチオーグは町一つを実験場として縄張りとし、町の人々をプラーナによって支配していた。そして緑川ルリ子に対してショッカーで生まれたものはショッカーの下に帰るべきと語り、ショッカーへ戻ることを提案している。緑川ルリ子がショッカーで生まれ育ったと語っているため、同年代の「ハチオーグ=ヒロミ」もショッカー基地で生まれ育った可能性がある。

緑川ルリ子も「ショッカーで生まれ育ったから、大概のSHOKER上級構成員とは知り合い」と語り、コウモリオーグのことをコウモリおじさんと呼んでいることから共に幼少期を過ごした可能性は高そうだ。『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』では幼い姿で緑川ルリ子が人工子宮生まれとして登場し、アメリカの支部のウルフソンとAI「カイ」との戦いが描かれているが、今後、年相応に緑川ルリ子と「ハチオーグ=ヒロミ」が幼少期に遊ぶ姿が描かれるかもしれない。

極道のハチたち

上杉柊平氏演じる背広の男を常に引き連れ、ツインテールという今どきの髪型ながら和服を片肌脱ぎし、池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーの強化スーツを傷つけられる特殊な日本刀で戦うハチオーグは、極道ものを想起させる。それを強調するようにハチオーグの支配する町には「仁義なき戦い」シリーズのポスターが貼られているのが街を歩く場面だけではなく、エンドロールからも読み取れる。

このツインテールの髪型は単なるファッションではなく、ハチオーグのアクションシーンを描くにあたり、その動きをよりアクロバティックにみせるためである。そのため、森山未來氏演じる緑川イチロー/チョウオーグ/仮面ライダー第0号と同様に西野七瀬氏も髪を振り乱してアクションシーンを演じる。

他人のプラーナを吸収し、赤い閃光を残しながら高速移動するハチオーグの姿は「サイボーグ009」シリーズの加速装置ドラマ『フラッシュ/THE FLASH』(2014-2023)を思わせる。赤い閃光や相手の周りを周回して走るなど、『フラッシュ/THE FLASH』に影響を受けたのかは定かではないが、シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースでアメコミ原作の『フラッシュ/THE FLASH』を想起させる演出になるのは似た環境になると似た姿に進化するという生物学の収斂進化を思わせて面白い。

また、ハチオーグが他人のプラーナを吸収してパワーアップする設定は、『真の安らぎはこの世になく -シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』で緑川弘博士が「既存の医学とは異なる機序で生命を守れる…!」と嬉々として語っていたのに対し、緑川ルリ子が語った「オーグメント(怪人、改造人間)は無自覚に周囲の人間からプラーナと命を奪っている」「結局は強いものがプラーナを貪り、弱い者は支配下に置かれる」という強烈なアンサーになっている。

ハチオーグの語る平和

ハチオーグの考える平和と仮面ライダーたちの考える平和の違い

ハチオーグの思想を理解するにはまず『シン・仮面ライダー』におけるショッカーについて知らなけれならばならない。『シン・仮面ライダー』におけるショッカーは深い絶望した人間をオーグメンテーション(改造手術)などで幸福にすることを目的とした人工知能「アイ」の下に人々が集まってできた組織である。この幸福は人によって形が異なっている。

そのため、テレビシリーズ『仮面ライダー』で有名な「仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ」というナレーションは『シン・仮面ライダー』では以下のようになっている。

「Kamen Rider Takeshi Hongo is an augmented human being. He was upgraded by SHOCKER, an all-loving secret society that pursues happiness for humanity. Kamen Rider has pledged to fight against SHOCER to ensure human stay human. (筆者訳:仮面ライダー本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは人類の幸福を追求する秘密結社である。仮面ライダーは人間が人間であり続けるために戦うのだ)」
(『シン・仮面ライダー』第1弾ポスターより引用)

池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーと浜辺美波氏演じる緑川ルリ子は「人間が自分で悩み、苦しみながらも自分で選択肢を選ぶことができることこそ幸福」と考えている。この「選択肢を自分で選べるという点は幸福であると同時に責任や苦しみの伴うものである」というのは、他のシン・ジャパン・ヒーロー・ユニバース作品でも見られるものだ。

現実に通じるハチオーグの思想

それに対して西野七瀬氏演じるハチオーグが考える平和はある意味では心の平穏を重視しているものの、そこにいたるまでに“何も考えず、思考を放棄して他者に隷属することこそ平和”というものであり、自由と思考を放棄することが大前提となっている。これは現実にも通じる問題だ。現実でも自分でこれが正しいかどうか考えず、盲目的に指導者やインフルエンサーに従う人々などは存在している。

近年では海外ドラマ『THE BOYS』(2019-)でもテーマになったQアノンやピザゲートなどのフェイクニュース、それらのフェイクニュースを鵜呑みにし、そのフェイクニュースの有名な支持者を妄信して児童の人身売買が行われているとされたピザ屋で男が銃乱射事件を起こしたのが代表例だろう。上記の例はアメリカ合衆国の例だが、日本も銃乱射とまではいかなくても類似した事例が散見される。

思考放棄という幸福と選択肢があるという幸福

ハチオーグが与える幸福のメカニズム

ハチオーグが考える平和の根底には集団心理が存在していると思われる。自己肯定感が低く、ネガティブな思考の人には自分の行動に責任を持ちたくないという受動的な心理が存在していることが多く、ハチオーグはそれを利用して人類支配を試みていると考えられる。ハチオーグは最終的には人格を奪って支配しているが、人格を奪われていない上杉柊平氏演じる背広の男などに対してもこれを用いているのだろう。

自分にとって都合の良い情報を無意識に取捨選択して集め、自分が正しかったと思い込む確証バイアス。多勢が正しいと考えて“勝ち馬”に乗ろうとするバンドワゴン効果。間違いたくない、正しい判断をしたいという心理から周囲に意見を合わせ、それを他人にも強要する情報的影響要因と規範的影響による同調現象。これらをプラーナによる人格消去と支配として端的に表現したのがハチオーグの思考放棄による幸福と平和だと考察できる。

最悪の需要と供給

ハチオーグは他人を支配することに幸福感を抱く人物であり、SHOCKER上級構成員である以上に支配欲をむき出しにする瞬間を見せる。その最たる例が緑川ルリ子への執着である。人間的な感情をまだ得ていなかった生体電算機としての緑川ルリ子は“ハチオーグ=ヒロミ”を友人に最も近い存在としているが、ハチオーグは緑川ルリ子を泣かせることで自分がその感情を動かしたことを証明しようとする。

涙を流させて感情を動かし、緑川ルリ子を人間的にすることはある意味で塚本晋也監督が演じた緑川弘博士と同じだ。しかしその理由は緑川ルリ子に人間的な感情を取り戻させるためではなく、その先にある人間的な感情を自分が緑川ルリ子に与えたという支配欲が満たされることを実感するためにある。

ハチオーグは思考放棄して人類を隷属下に置くことについて、人類を楽にさせ、自分は支配欲を満たせる双方に利益のある関係と評している。最悪の需要と供給のマッチポンプだ。それを踏まえると執事のように振る舞う上杉柊平氏演じる背広の男も所詮は隷属する一人に過ぎないことがわかる。

それでもハチオーグの傍に立って彼女に仕え、本郷猛/仮面ライダー/バッタオーグと対等に振る舞う姿は、クエンティン・タランティーノ監督・脚本『ジャンゴ 繋がれざる者』(2013)で同じ奴隷の動向を奴隷主に密告することで白人のような優越感を得ているサミュエル・L・ジャクソン氏演じる奴隷頭のスティーヴンに近いかもしれない。

ハチオーグの最期

政府の協力を得た池松壮亮氏演じる本郷猛/仮面ライダーがアメリカ空軍の輸送機から飛び降りて風力を溜め、そこから体を高速回転させて両足でキックするライダースクリューキックで基地を破壊されてしまうハチオーグ。上杉柊平氏演じる背広の男のプラーナを吸収し、日本刀と高速移動を活かして本郷猛/仮面ライダー相手に有利に立ち回る西野七瀬氏演じるハチオーグだったが、最後はライダーキックを受けて死亡したかに思われた。

しかし本郷猛/仮面ライダーは優しすぎる性格ゆえ、ライダーキックを敢えて外す選択肢を選ぶ。戦いではなく、何か理解し合える選択肢はないかと考えた本郷猛/仮面ライダーと緑川ルリ子だったが、最後は斎藤工氏演じる情報機関の男によってプラーナでも解毒できないサソリオーグの毒を込めた凶弾を胸に受け、「あらら」と言い、緑川ルリ子に看取られて命を落とすのだった。

皮肉なことにハチオーグの「緑川ルリ子を泣かせて感情を動かしたい」という願いは彼女の死によって叶えられる。そして、ハチオーグは緑川ルリ子に涙を流させることで緑川ルリ子を人間的にするという究極の支配欲の実感を得たがっていたが、緑川ルリ子にハチオーグではなく友人のヒロミとして涙を流させた。死してなお、究極の支配欲の実感を得ることは叶わなかったのだ。

シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースにおけるヒーロー像

「エヴァンゲリオン」シリーズでは度々、主人公の碇シンジが自分で選択肢を選ぶ、もしくは思考する苦しみから思考放棄してうずくまる描写が存在している。それに対して『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)の成長した碇シンジは自分で父親の碇ゲンドウと決着をつける選択肢を選び、『シン・ウルトラマン』のウルトラマンは盲目的に光の星の掟に従うのではなく、自分で考えて神永新二として人類を守る選択肢を選んだ。

前述の通り、本郷猛/仮面ライダーや緑川ルリ子、一文字隼人/仮面ライダー第2号が平和と考える選択肢を選べる自由には苦痛が伴い、それでも人間たちは戸惑いながら前進していかなければならず、決して楽なものではない。それでも、そこに人間の可能性があると信じてダブルライダーは人間の部分を仮面/マスクで隠して戦う。

これらの点から、シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースにおけるヒーロー像や平和、幸福の概念は『シン・ウルトラマン』で主演の神永新二を演じた斎藤工氏の提案で机に置かれたテトラポットが彼らの立ち位置に近いと考察できる。人間が苦しみもがきながらも自分たちの意志で選択肢を選べるように、それを妨げる“敵=荒波”から守ってくれるテトラポットや壁こそが庵野秀明監督らの考えるヒーローなのかもしれない。

今後、シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースにはどのようなヒーローが現れ、ヒーローたちはどのような思想やヒーロー像をもって行動するのか。シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバース全体の動向と合わせて注目していきたい。

映画『シン・仮面ライダー』は2023年7月21日(金)よりAmazon Primeで独占配信開始。

『シン・仮面ライダー』公式サイト

Amazon Prime『シン・仮面ライダー』

山田胡瓜 漫画脚本、藤村緋二 作画『真の安らぎはこの世になく―シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE―』第1巻は発売中。

『シン・仮面ライダー 音楽集』は2023年4月12日(水)発売で予約受付中。

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『シン・仮面ライダー デザインワークス』は4月28日(金)発売で予約受付中。

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クモオーグに関する解説と考察はこちらの記事で。

コウモリオーグに関する解説と考察はこちらの記事で。

『真の安らぎはこの世になく-シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

『シン・仮面ライダー』の本郷猛と緑川イチローの対比はこちらの記事で。

『シン・仮面ライダー』の一文字隼人のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

発表済みキャストとキャラクターについてはこちらの記事で。

3月23日に追加発表されたキャストと全オーグメント解説についてはこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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