フュリオサにとっての母の仇、ディメンタス
『マッドマックス 怒りデス・ロード』(2015)の公開から9年、その前日譚である『マッドマックス:フュリオサ』が2024年5月31日(金)に公開された。そこで注目すべき人物として主人公のフュリオサ以外であげられるのが、フュリオサの宿敵のディメンタスだろう。何かと自分に異名をつけるなど、傲慢な姿が予告編でも描かれているディメンタスだが、彼を突き動かしているのは何なのだろうか。
本記事では『マッドマックス:フュリオサ』でフュリオサと相対するディメンタスの人物像を紐解き、解説と考察を述べていこう。なお、本記事は『マッドマックス:フュリオサ』のネタバレを含むため、必ず劇場で本編を視聴してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『マッドマックス:フュリオサ』の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
『マッドマックス:フュリオサ』の宿敵ディメンタスとは何者か
ディメンタスのモデルはカエサル?
『マッドマックス:フュリオサ』のフュリオサの宿敵であるクリス・へムズワース演じるディメンタスは、歴史上のローマの人物をモデルにしたキャラクターであることは様々な媒体で解説されている。クリス・ヘムズワースがジョージ・ミラーからディメンタスのキャラクター像について語られたことは米Entertainment Weeklyのインタビューで明らかになっており、公式パンフレットでも、美術のコリン・ギブソンが共和政ローマ末期の政務官ガイウス・ユリウス・カエサルをモデルにしていることが語られている。
「賽は投げられた」(alea jacta est)、「来た、見た、勝った」(veni, vidi, vici) 、「ブルータス、お前もか」(et tu, Brute?) といった引用句で知られるガイウス・ユリウス・カエサルだが、その衣装からもディメンタスが影響を受けていることはうかがい知れる。ディメンタスはパラシュートでつくられた白いトガ風のケープで身に包んだ姿で登場した。その後、バイクからチャリオットに乗るようになり、支配力が増大化することが示された後は赤い色の信号弾で染まった真っ赤なマントを翻している。その姿は歴史上のローマの軍人や皇帝そのものである。
「荒れはてた地を自分にとっての理想郷にする」という夢物語をもとにバイカー・ホードを増大化させていくディメンタスは、計画性など無く、短絡的かつ刹那的な思考で動く性格である。そのようなディメンタスだが、ディメンタスには古代ローマ皇帝と似た思想を持っているという側面がある。ディメンタスの最大の恐怖は忘れ去られることだと、クリス・ヘムズワースが米The Movie Report.comのYouTubeチャンネルのインタビューで答えている。
フュリオサにも忘れられたくないディメンタス
暴力的なディメンタスの性格は、それによって他者の心の中に生き続けたいという思いから来ている。これは『マッドマックス:フュリオサ』のラストで、フュリオサに殺されそうになっているときにも垣間見える。ディメンタスはフュリオサのことを最期の最後まで思い出せなかったが、ディメンタスは執拗にフュリオサに自分のことを覚えておくに語っていた。この精神性は古代ローマの皇帝と同じだと考察できる。
古代ローマでは皇帝は民衆や元老院によって死後、神格化されていた。ここで神格化されない皇帝は政治的手腕に劣った統治者だということが後世にまで伝えられることを意味しており、それを恐れて古代ローマの皇帝たちは死後の神格化のために治世を行なっていた。残虐極まりなく短絡的でマジックマッシュルームに浸るディメンタスだが、その思考の根底には古代ローマの皇帝と同じ思想を持っていたと考察できる。ディメンタスについて、クリス・ヘムズワースは以下のように英Empireのインタビューで語っている。
映画全体を通して、「これは悪ですが、その背後にある意図は何か 」ということに何度も立ち返えりました。単なるサディスティックな狂気ではありません。本当の目的があり、歯車が回り、陰謀を企て、計画を練り、誰よりも10歩先を行っています。
フュリオサを当初、娘であるリトルDとして養子にしたのも、自分に子供がいれば子供が自分のことを語り継ぎ、それによって忘れ去られずに済むというディメンタスの考えがあったのかもしれない。しかし、母親であるメリーを惨たらしく殺すことでしか自分のことをフュリオサに覚えさせられなかったディメンタスは、最後はカリスマ性からはかけ離れた「生きたまま苗床になり、誰にも知られることなくゆっくりと死んでいく」という結末を迎えることになったのだと考察できる。
ディメンタスの背景
ディメンタスは暴力と喪失の産物
短絡的で刹那的な行動原理でガスタウンを崩壊させてしまったディメンタスだが、ディメンタスはディメンタスなりに深く考えて行動していたようだ。また、ディメンタスの性格について何としても生き残ることが根底にあったことを南阿Samdb Newsでクリス・ヘムズワースは解説している。
ディメンタスはこの世界、荒れはてた地の暴力的な現実の産物です。彼は荒れはてた地の経験によって操られ、造形されました。それは計り知れない苦痛と喪失の経験です。でも、それが荒れはてた地なのです。すべてが絶望的で、日々のサバイバルがすべてなのです。ディメンタスには深みがあります。それでディメンタスの行動が正当化されるわけではないですが、ディメンタスがなぜあのような過酷で暴力的な行為に走るのかが理解できます。ディメンタスの中では、生き残ることが目的なのだと思います。
公式パンフレットのクリス・ヘムズワースによれば、ディメンタスを突き動かしているものは忘れ去られたくないという感情だけではなく、とくにかく生き残りたいというサバイバル精神だと解説されている。荒れはてた地では弱肉強食で弱いものは死にゆくのみだ。ディメンタスは支配者という座についたその日から、頂点を狙う周囲の人間に命を狙われることになる。そこで生き残るために暴力性や残虐性を見せることで、カルト的な支配者の座を維持し続けているとのことだ。そのような意味ではディメンタスは臆病な部分を持ち、ディメンタス自身がディメンタスというキャラクターを演じているのかもしれない。
ディメンタスと対照的な人物
イモータン・ジョー
そのようなディメンタスと対比的な人物として描かれる人物がいる。それが砦〈シタデル〉を支配しているイモータン・ジョーだ。イモータン・ジョーは子産み女という妻たちのワイブズを従え、3回の出産で健康な男児を生めなかったら母乳を絞られるだけの存在であるミルキング・マザーにするなど、究極の家父長制と男根主義の体現者である。
しかし、イモータン・ジョーはシステマチックな家父長制と男根主義で砦〈シタデル〉を支配しており、長期計画を立てることができる人物である。演説を得意とし、それによってカルト的な支持を受けているディメンタスだが、そのカリスマ性はイモータン・ジョーと比べると見劣りする。ディメンタスは何世代にわたって海岸から吹き付ける放射性物質を浴びてきたルービリーズなどはディメンタスを支持しているが、SAS(特殊空挺部隊)の末裔であるモーティファイアーズとそのリーダーのオクトボスからは離反されている。
イモータン・ジョーは部下から離反されることなく、目配せするだけで命を捨てるウォー・ボーイズを従えている。同盟関係ではあるが、実質的な腹心である人食い男爵に演説を任せているなど、必要なこと以外語らないのがイモータン・ジョーだ。それに対してディメンタスは口数が多く、人を欺くためトークスキルやユーモアを兼ね備えている。
しかし、その雄弁さは不安の裏返しなのかもしれないと考察できる。人間は不安なときほど多く話すものだ。イモータン・ジョーを演じたラッキー・ヒュームはイモータン・ジョーを企業のCEOに例え、雄弁なディメンタスを「俺ならもっとうまくやれる」と言う妄想癖の自惚れ屋だと公式パンフレットで評している。
荒れはてた地の40日戦争で敗走し、フュリオサに処刑されそうになった際の口数の多さはマンスプレイニング(男性が見下したような、自信過剰や不正確、過度に単純化された方法で女性や子どもに何かについてコメントする、または説明したりすること)を演出しているだけではなく、死への恐怖を言葉で紛らわし、なるべく多く語ることで自分の死を前述の通りフュリオサに印象付けたかったと考察できる。
演説やファッションなどで歴史上のローマの人物をモデルにしつつ、その根底にある死よりも恐ろしい「忘れ去られる」という恐怖を描いてみせたディメンタス。『マッドマックス:フュリオサ』の続編やスピンオフ作品が制作されたとしても、ディメンタスは『マッドマックス:フュリオサ』の最後で生きたまま果実の苗床にされてしまったため、登場する可能性は低い。しかし、その演説やトークスキル、ユーモアのセンスが他のキャラクターに与えた影響は大きいだろう。今後の「マッドマックス」シリーズのキャラクターに期待したい。
映画『マッドマックス:フュリオサ』は2024年5月31日(金)より全国の劇場で公開。
「マッドマックス」は過去4作を収録した「マッドマックス」アンソロジー4K Ultra HD BOXが発売中。
『マッドマックス:フュリオサ』のサントラは配信中。
Source
Entertainment Weekly/The Movie Report.com YouTube Channel/Empire/Samdb News
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