中国のSF映画に変化
「三体」シリーズで知られる劉慈欣の短編小説「流浪地球」を映画化した『流転の地球』(2019)の公開以降、中国のSF映画界は躍進を遂げた。2019年には『哪吒 (ナタ) 之魔童降世』と『流転の地球』が牽引する形で、中国映画界の年間の興行収入は1兆円規模にまで達した。
2020年は新型コロナウイルス感染症の拡大により、中国のSF映画製作にもブレーキがかかった。その一方で、中国はSF映画界を更にテコ入れする準備を進めているようだ。
中国国家電影局と中国科学技術協会は、2020年8月7日(金)、SF映画製作の発展を促進するためのガイドラインを通達した。このガイドラインでは、SF映画の製作や配給、上映、撮影技術、人材育成などを支援するための10の項目が示されている。このガイドラインは「科幻十条」と呼ばれ、中国のSF界でも話題になっている。
「科幻十条」の中身とは
「科幻十条」では、習近平首席による「新時代の中国の特色ある社会主義思想」の下で中国のSF映画界を発展させていく方針が掲げられている。その一方で、業界支援の具体的な枠組みの方法も多数示されている。
SF映画における脚本の強化を掲げる箇所では、オリジナリティの追求を支援するとともに、SF小説や漫画、ゲームの映像化を促進していくことが示されている。これによって、多様なSF映画の原案を持続的に供給できる体制を確立していくという。また、中国国内の各映画賞/映画祭にSF映画部門の設置を呼びかけると共に、これを支援していくという。
更に、SF映画を普及させるために、科学技術博物館やテーマパークとのコラボレーションや資料の共有を推進し、SF映画のための特殊効果技術の研究開発の奨励と支援、財政支援や税制面での優遇、国際交流を奨励していくことも示されている。
金融機関にはSF映画のプロジェクトに対する独自の金融商品の提供を提案、保険機関には知的財産権を対象にした保険や俳優と撮影クルーを対象にした傷害保険を用意することを提案するなど、「科幻十条」で示されている支援の手段は枚挙にいとまがない。
もちろん、SF映画を製作する若い才能を育成していくことも明示し、科学教育にSF映画を用いることも奨励されている。また、SF映画の発展を支える連絡機構の設立についても触れられている。中国国家電影局と中国科学技術協会が中心になって設立し、中国の科学技術部や工業情報化部、国家国防科技工業局なども参加する。更に、SF映画の制作にあたって科学者や専門家が科学的な観点からアドバイスを送る機関も設置するという。
中国SF映画の黄金時代到来か
このガイドラインはSF映画を中心に据えているが、中国メディアの新浪科技は、上海交通大学の江暁原氏の「(原作になる) 小説や漫画作品にも一定の後押しになる」というコメントを紹介。“中国SF四天王”として知られるSF作家・韓松がこの「科幻十条」について「非常に大きな推進力になるだろう」と述べたことも紹介している。
中国のSF界は「黄金期」「春が来た」と沸き立っているが、韓松は「春風」と表現し、「業界側のさらなる努力が必要」とも述べている。各所からの支援を前提としても、政策を軌道に乗せるためにはオープンな思考と創造性が必要としている。
中国では、劉慈欣が2003年に発表した小説『超新星紀元』の映画化が進んでいる他、『三体』のドラマ化も進められている。また、「折りたたみ北京」の郝景芳による「最後の勇者」の映像化や、中国の国民的漫画『尸兄 (ゾンビブラザー)』の米中合作による実写映画化も控える。
『流転の地球』が登場した2019年は”中国SF映画元年”と呼ばれたが、早くも“黄金時代”の萌芽が見えつつある。