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アジア人初のヒューゴー賞受賞者、劉慈欣
時の人となった中国人SF作家
中国人SF作家の劉慈欣(リュウ・ジキン/リウ・ツーシン)は、2015年に小説『三体(英題:The Three-Body Problem)』(2007)で、ヒューゴー賞の長編小説部門を受賞。ヒューゴー賞はSF界で最も名誉ある賞の一つとされている。Facebook共同創業者のマーク・ザッカーバーグや当時の米国大統領バラク・オバマが愛読していることを明かすなど、劉慈欣は一躍時の人となった。
劉慈欣とは誰か
オバマやザッカーバーグ、アジア人初のヒューゴー賞受賞に、右翼SF作家による組織票工作など、劉慈欣の周辺には目を引くキーワードが絶えない。こうした話を総合すると、劉慈欣は、彗星の如く現れ、数奇な運命を辿る天才SF作家、といった様相だ。だが、果たして彼の本当の姿はどこにあるのだろうか。劉慈欣とは何者なのか。今回は中国SFの歴史を塗り替えた劉慈欣の人物像に迫る。
生い立ちと国内での活躍
ルーツは発電所!? 劉慈欣を生み出した環境
山西省出身の劉慈欣(リュウ・ジキン/リウ・ツーシン)は、1963年生まれ。両親は同省の鉱山で働いていたが、文化大革命の影響で他省での暮らしを強いられた時期もあったという。20代の頃から山西省の発電所でコンピュータエンジニアとして勤務する傍ら、執筆活動に取り組んできた。劉慈欣は、イギリスメディアのインタビューに次のように話している。
私は割とラッキーでした。仕事が忙しくなかったので、執筆する時間がたっぷりあったのです。
劉慈欣が、多くの現代人のように仕事に忙殺されることなく、創作活動に時間を費やせたことは、中国と世界のSF界にとっても幸運なことであった。
驚異の8年連続最高賞
デビューは30代後半に差し掛かった1999年。『虐殺器官』(2007)の伊藤計劃や、『ハリー・ポッター』シリーズの著者であるJ・K・ローリングよりも、少し遅いデビューである。驚異的なのは、中国のSF最高賞と称される中国銀河賞(Galaxy Award)を、この1999年から2006年まで8年連続で受賞しているということだ。2006年の受賞が『三体』によるものだが、その後は三部作長編である三体シリーズの執筆に力を入れ、完結編の『三体 III・死神永生』(2010)で再び銀河賞を受賞、通算9度目の受賞となった。
ヒューゴー賞受賞の衝撃
52歳で得た栄冠
こうして中国国内で活躍していた劉慈欣(リュウ・ジキン/リウ・ツーシン)だが、2014年に転機が訪れる。『三体』のケン・リュウによる英訳版が発売され、翌年のヒューゴー賞にノミネートされたのだ。そして同賞の投票権を持つアメリカのSFファンたちは、劉慈欣を最高賞の栄誉に選んだ。実に、52歳での最高賞受賞となった。このサクセスストーリーについて劉慈欣は、インドネシアのメディアのインタビューで、以下のように述べている。
通常、SF小説の賞味期限は短いとされています。内容が科学技術の進歩に追い抜かれてしまいますから。(『三体』が)最初に誌面に登場してから10年以上たつにもかかわらず、このように継続的にインパクトを与えることができるなんて、編集者も私も予想だにしませんでした。
裏を返せば、『三体』は単に時期や地域に合わせて消費される類の作品ではなく、時間と地域、言語や文化を超えても尚、評価される作品だったということだろう。
中国そしてSF界への視線
そして今、SF作家として最高の栄誉を手に入れた劉慈欣は、何を思うのだろうか。『三体』は、劉慈欣が幼少の頃に経験した文化大革命の時代を下地として執筆された。その上で、現代を生きる中国の若者について、彼はこう語っている。
彼ら(中国人の若者たち)は、広い視野を持っています。自分たちを単なる“中国人”としてではなく、人類の一部として考えているのです。
一方、SF界の現状についてはこのように懸念を示している。
今日における西洋のSF、とりわけアメリカのSFは、かつてのSFの黄金時代にあったような活気を徐々に失っているようにも見えます。
「アメリカSFの父」と呼ばれるヒューゴー・ガーンズバックの名が冠されたヒューゴー賞。そのアジア人初の受賞者であり、外国書籍初の受賞作品を生み出した劉慈欣。彼が天才であることに変わりはないのかもしれない。だが、その裏には幸運な環境と、着実なキャリアの積み重ね、そして言葉の壁を乗り越えた瞬間に突き抜けるだけの実力という背景があった。これまでアメリカを始めとする西洋を中心として発展してきたSF文学界だったが、劉慈欣の成功はアジアのSF作家にとって一つの指針となるだろう。彼の言葉が示唆するように、新たな時代の幕は既に開けようとしているのかもしれない。
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