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ヒューゴー賞の光と影ーパピーゲート事件がSF最高賞に与えた衝撃

ヒューゴー賞の光と影

SFファンが選ぶSF最高賞

皆さんは、ヒューゴー賞(The Hugo Awards)をご存知だろうか。毎年アメリカで発表される、SF作品を対象とした文学賞だ。ネビュラ賞(The Nebula Awards)と並んで、SF作家にとってのアカデミー賞のようなタイトルとして知られる。アメリカSFファンタジー作家協会の会員(作家や批評家等)による投票で選出されるネビュラ賞に対して、ヒューゴー賞はSFファンの投票によって決定され、毎年世界SF大会にて発表される。プロが選ぶネビュラ賞と、民主的なプロセスを経て選ばれるヒューゴー賞。SF作家にとって、この二つの賞を受賞することはとても名誉あることなのだ。

名前の由来、対象作品は?

ヒューゴー賞は1953年に創設された。以来、フィリップ・K・ディック『高い城の男』(1963年)、フランク・ハーバート『デューン/砂の惑星』(1966年)、アイザック・アシモフ『神々自身』(1973)など、数々の名作が、この栄誉ある賞を手にしてきた。同賞の名前の由来は、「アメリカSFの父」と呼ばれるSF作家で編集者のヒューゴー・ガーンズバック(1884-1967)。SF作家のデーモン・ナイトは、ヒューゴー賞の対象となる作品を、「投票者たち(=SFファン)が選んだ作品」と定義しており、幅広いジャンルの作品が受賞の対象になるとされている。

ヒューゴー賞の影

その陰で、長年スポットライトを浴びずにきたのが、アジア圏のSF作家の存在だ。これまでに、中国生まれのケン・リュウや、台湾生まれのジョン・チューといったSF作家達がヒューゴー賞の短編小説部門を受賞しているが、いずれも幼い頃にアメリカへ渡ったアジア系アメリカ人である。国籍で区別するわけではないが、アジアという地域で生まれた作品はヒューゴー賞においては評価されてこなかった…少なくともリュウ・ジキンが現れるまでは。

SF界が震撼した「パピーゲート事件」

パピーズによる組織票工作

遡ること三年前―ドナルド・トランプが大統領選への出馬を表明した2015年―、サド・パピーズとラピッド・パピーズと名乗る、右翼SF作家による二つの団体が、白人男性作家による作品を中心とした「推薦リスト」を作成した。女性作家や非白人の受賞者が現れ始めた近年のヒューゴー賞を、「(差別撤廃政策の)アファーマティブ・アクション賞」と断罪し、彼らが推薦する作品への投票を呼びかけたのだ。SFという自由な発想の空間にあって、こうしたアクションが起きたことはSF界に大きな衝撃を与えた。一方で、長年に渡り、白人男性がヒューゴー賞の各賞を独占してきたという事実が、「パピーズ」を生み出す素地を作り出していたと言える。

SF作家とファンによるパピーズへのアンサー

前述の通り、ヒューゴー賞はSFファンによる投票という民主的なプロセスをとっているため、ノミネート作品もファンによって選出される。「民主的」と言えば聞こえはいいが、言い換えれば、組織的な投票が可能な仕組みなのだ。このシステムが裏目に出ることになり、2015年のノミネート作品のほとんどが、パピーズの推薦リストから選出されるという結果を生んでしまった。SF最高賞の危機である。この動きに対し、不本意にもノミネートされた作家達は揃ってノミネートを辞退、SFファンたちも本投票において16部門中5部門の受賞者を「該当者なし」としてみせる気概を見せた。全部門においてパピーズのリストから受賞者は生まれず、パピーズの試みは未遂に終わったのだった。

混乱の中で生まれたアジア人受賞者

アジア人初のSF最高賞受賞

そしてリュウ・ジキンの『三体(英題:The Three-Body Problem)』(2008)がケン・リュウによって翻訳され、ヒューゴー賞の長編小説部門を受賞したのは、まさにこの年。反動的なグループの台頭にSF界が揺れ動く中で、アジア発の小説として、初めてSF最高賞の栄誉を勝ち取ったのである。こうした経緯の中での受賞に対して、リュウ・ジキン本人を含め、曰く付きの受賞であるとする声があるのも確かだ。

『三体』はヒューゴー賞にふさわしかったのか

一方で、Facebook共同創業者のマーク・ザッカーバーグや、当時の米国大統領バラク・オバマが同作を愛読していることを表明している。更には、米国内では海外のSF小説としては異例の16万部(三部構成の第一部のみ)、中国では200万部を超える売り上げを記録した。中国の文化大革命から宇宙までを描いた作品として、各方面から高い評価を受けている。作品自体が紛れもない名作であることは確かだろう。また、続く2016年、2017年のヒューゴー賞長編小説部門は、2年連続で黒人女性作家のN. K. ジェミシンが執筆した『The Fifth Season』(2015)と『The Obelisk Gate』(2016)が受賞している。リュウ・ジキンの受賞以降、パピーズの動きは影を潜め、ヒューゴー賞は作者の属性にかかわらず栄誉を手にできる賞として復活を果たしたのだ。
なお、『三体』はハリウッド映画化も進められているというが、小説は英中版のみで、同じアジアに住みながら日本語で読むことは未だ叶わない。日本のSFファンが『三体』をその目で評価できるようになる日は、まだ少し先のことになりそうだ。

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– Source –
© The Economist Newspaper Limited 2018.
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