第一回かぐやSFコンテスト結果発表 最終候補全作品の選評も公開 | VG+ (バゴプラ)

第一回かぐやSFコンテスト結果発表 最終候補全作品の選評も公開

第一回かぐやSFコンテスト 結果発表

「未来の学校」をテーマに、4,000字以内のSFショートショート (SF短編小説) を募集した第一回かぐやSFコンテストの結果を、以下の通り発表します。

大賞
勝山海百合「あれは真珠というものかしら」
読者賞
佐伯真洋「いつかあの夏へ」
審査員長賞
大竹竜平「祖父に乗り込む」
審査員特別賞
坂崎かおる「リモート」

大賞の「あれは真珠というものかしら」および審査員長賞の「祖父に乗り込む」は、副賞として、英語と中国語への翻訳を行います。

審査員長賞と審査員特別賞を新設

当初は、審査委員会が最も優れていると考える作品におくる大賞と、筆者匿名で実施された読者投票にて最も多くの票を集めた作品におくられる読者賞の二賞を予定していましたが、最終審査の協議を行う中で、審査員長賞審査員特別賞を設けることを決定しました。

審査委員会の全会一致で選ばれた「あれは真珠というものかしら」におくられる大賞、読者投票で最多票を集めた「いつかあの夏へ」におくられる読者賞に加え、審査員長の橋本輝幸さんが特に推薦する「祖父に乗り込む」に審査員長賞を、審査員の井上彼方さんが特に推薦する「リモート」に審査員特別賞を授与します。

審査委員会と運営による協議の結果、国内SFを海外に、海外SFを国内に紹介することに尽力されている橋本輝幸さんからの推薦を得て審査員長賞に選ばれた「祖父に乗り込む」は、副賞として英語と中国語への翻訳を行うことを決定しました。

審査員特別賞に選ばれた「リモート」への副賞は、後日発表いたします。

【追記 (2020年10月10日):審査員特別賞への副賞が決定しました。】

「リモート」で審査員特別賞を受賞した坂崎かおるさんへの副賞は、「書き下ろし短編小説をバゴプラ及び『SFG Vol.03』に掲載」に決定いたしました。坂崎さんには書き下ろし短編を二作品執筆していただき、それぞれの作品をバゴプラとSF同人誌『SFG Vol.03』に掲載します。二つの作品に対しては、バゴプラより原稿料が支払われます。

書き下ろしていただく二つの作品は、『SFG Vol.03』のテーマである「アジア」を題材にした作品で、相互に関連した内容になります。ウェブ媒体で横書きのバゴプラと、紙媒体で縦書きのSFGでどのような物語が展開されるのか……ご期待ください。

SFGは『Vol.02』がBOOTHにて頒布中。未読の方は是非チェックしてみてください。

『SFG Vol.02』(BOOTH)

各賞の副賞は以下の通りです。

大賞「あれは真珠というものかしら」

  • 英語および中国語への翻訳
  • イラスト付きで翻訳作品をウェブ上に掲載
  • Netflixカード 2,000円分
  • 図書カード 2,000円分
  • ムビチケ 2,800円分

読者賞「いつかあの夏へ」

  • Netflixカード 2,000円分
  • 図書カード 2,000円分
  • ムビチケ 2,800円分

審査員長賞 「祖父に乗り込む」

  • 英語および中国語への翻訳
  • 翻訳作品をウェブ上に掲載

審査員特別「リモート」

  • 書き下ろし短編小説をバゴプラ及び『SFG Vol.03』に掲載

審査員による最終候補作品の選評

審査委員会による最終候補作品の選評は、以下の通りです。

  • 最終候補作品と筆者
  • 不破有紀 「Eat me」
  • 三方行成「未来の自動車学校」
  • 佐々木倫「Moon Face」
  • 武藤八葉 「子守唄が終わったら」
  • 勝山海百合「あれは真珠というものかしら」
  • 大竹竜平「祖父に乗り込む」
  • 葦沢かもめ「壊れた用務員はシリコン野郎が爆発する夢を見る」
  • 千葉集「次の教室まで何マイル?」
  • 坂崎かおる「リモート」
  • 正井 「よーほるの」
  • 佐伯真洋「いつかあの夏へ」

(応募受付順)

審査員長 橋本輝幸による最終候補11編の選評

大賞 あれは真珠というものかしら

なんといってもテーマの活かしかたが見事でした。多様な者たちが互いを知る、社会の交点としての学校。卒業や転校といった別れがつきものの学校。
生徒たちが古典を学び、解釈するシーンも良かったです。何も知らぬ少女が、いっときだけ共に過ごした者と離別する。『伊勢物語』と重なるストーリーラインは、シンプルですが古びることなく、古典と未来をつないで共鳴させています。再会の希望がほのかに輝いているところも、持ち込みが許可された小さな真珠と重なります。やさしくて爽やかな後味ですが、一方で宇宙の絶望感や、ロボット/アンドロイドものの悲哀もうっすら香っています。隙のない円熟した作品でした。
最終候補作の決定のため、審査員が各10篇ずつベストを持ち寄ったとき、合計30篇中、重複したのはわずか数篇でした。本作はその中で更に、全員がTop5以内に選んだ唯一の作品でした。感性も評価軸も異なる我々に共通して響いたこの物語が、第1回の大賞にふさわしいと判断しました。

読者賞 いつかあの夏へ

途中から一気に票が伸び、読者からもっとも多くの票を獲得しました。4000字とは思えないくらいのドラマを展開しているところや、架空のホタルを眺めるシーン、希望のある結末など見所だらけでした。過去も現在も完璧な社会ではなく、それぞれに問題を抱えているという描写も納得感と深みを出していました。題名もシンプルながらとても良いです。
実は私(橋本)はTop10に入れるか入れまいか悩んだ末、外してしまっていました。それは時間か文字数の制限さえなければ、自主的にもう一段階パワーアップできそうという感覚あってのことでした。しかし、このままでも十分魅力的であることは読者たちも保証済みです。自信をもってこれからも創作を続けてください。

審査員長賞 祖父に乗り込む

祖父が改造した身体に孫を載せて登校するというパンチの効いたアイディアを、コメディではなく少し寂しく美しい情景として書ききっています。作者の美学が隅々にまで張り巡らされた印象でした。これも複数の審査員がTop10に選んだ数少ない作品です。個人の認識のズレの切なさを構造色になぞらえている趣向も面白かったですし、スカートのくだりは名場面だと思います。複数回の場面転換がありますが、詰めこみすぎている感じは受けず、それぞれのシーンがあざやかに想像できました。これも4000字以内とは思えないほど厚みのある物語でした。
一方で、地の文でどこまで作者の意図を解説するか、読者がすんなり意味が理解できるか等、小説としての表現のバランスは要研究かもしれません。今後一層のご研鑽・ご活躍に期待しております。

審査員特別賞 リモート

ラストシーンが忘れがたい作品です。テーマに沿った謎とサスペンス、問題意識の提示がばっちりと決まっていました。「祖父に乗り込む」と同じく、遠隔通学をSFアイディアとして選択していますが、味わいはまったく異なりますね。審査にあたって各審査員で解釈や意見をやりとりすることが多く、そういう楽しみをもたらしてくれました。
構成も安定しており、小説を書き慣れている方という印象を受けました。もう一作の投稿も個性的でした。久々の創作とのことですが、今後更なるご活躍を拝見できればと思います。

Eat Me

イメージや雰囲気がとにかく大事にされている作品です。徐々に人間から離れて変容する描写や、図書館と一体化していくというアイディアのチョイスが好感を得ていました。二作ご投稿いただきましたが、どちらも独特で印象に残るものでした。既存の性別から自由になるという要素が共通していて、このテーマをこれからどのように追求されていくのか興味深いところです。
この雰囲気に身をゆだねられるか否かは、読者によって分かれてしまうかもしれません。しかし評価が割れるほど作家性が確立しているのは誇るべきことだと思います。

未来の自動車学校

多くの投稿作が、普通の義務教育か養成機関を描いてテーマを消化した中で、まず自動車学校で仕掛けてきたところが唯一無二でした。セリフのみというのも挑戦的ですが、ネタの密度で最後まで読者を飽きさせません。「実はシミュレーションでした」オチの二段ツイスト、「判断の過程を検証できるように」を中盤とラストで二回やっているのも丁寧な仕事ぶりでした。テーマに沿ってアイディア志向のユーモアSFとして見本にすべき完成度です。
誰もが笑える娯楽をやれるのはすごい才能です。匿名でもそれなりの数の読者が正体を見破っていたのも、すでに芸風が確立していることの証ですね。

Moon Face

ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』(1902)の人面の月を思い出させるタイトルですが、こちらには目鼻口もなく、夜にかがやく月の頭を持った人物が出てきます。徹底的にこころよさの反対を貫き、ザラザラごつごつした質感で読者に強い印象を残しました。
月男と自分だけが心を通わせているという思いこみから始まって、肥大した自意識や満たされることのない愛への渇望がぐつぐつと煮え立っていきます。回帰的な最後のシーンも余韻を残します。
これも読者によって作品にはいりこめるか否かが大きく分かれるタイプの作品ではないかと思います。(そこになんの問題もありません)

子守唄が終わったら

ザ・アイディアSFです。人工知能や精神感応、冷凍睡眠といった定番SFガジェットの中に氷河期や流行病といった要素が取り入れられ、クラシックなスタイルなのに現代批評的でもあるユニークな仕上がりになっています。主人公が世の中の浮き沈みに振り回されるさまは切実ですし、結果的にハッピーエンドに終わる展開も意外で良かったです。職業訓練校としての学校を書いた作品は少なく、テーマに沿っていながらも労働SFとしての性質が強いのも個性的でした。
多数の要素の組み合わせが持ち味でしたが、もう少し要素を減らしたほうがすんなり読めるかもしれません。

壊れた用務員はシリコン野郎が爆発する夢を見る

冒頭の「教室移動」のシーンからつかみは抜群で、その後も仮想ノートなど未来の学校のガジェット描写にかなり文章を割いています。SF的アイディアが豊富に、そして奔放に提示される作品でした。語りやセリフの応酬が軽快で読みやすいので、説明が多くても引っかかることなくノンストップで読めました。語りの中にうっすら狂気や羨望がのぞいているのもリーダビリティーの高さの秘訣ですかね。短編SFらしさがみなぎる作品でした。

次の教室まで何マイル?

ゲーム的な世界観で、単位を集めて卒業する目標クリアを目指すというコンセプトが明確です。さりげない伏線の張り巡らせかたもお見事です。また地の文のユーモアセンスも良く、たとえば「バターで焼いたエノキダケをホタテと言い張る前に正気を取りもどしていれば」という一文は多くの読者を笑顔にしたことでしょう。ポップでキュートなエンターテイメントSFでした。
もうひとつの投稿作はまったくムードが異なるものでした。キャッチーなほうがどうして話題にしやすいのですがが、こちらの方向性(SFアイディアを交えた別れ/終わりの物語)を今後どう追求していくのかも個人的には気になります。

よーほるの

子供の心情の描写にとてもリアリティがある一方、世界観はふしぎで独創的です。子供の声音が響いてくるような文体(語り口)が非常に魅力的です。子供の語りの再現は、子供がこんなことを語るだろうかと読者に違和感を与えかねない、難易度の高い課題です。そこをクリアしているのはひとえに作者の技巧力とバランス感覚のたまものだと思っています。
語り手が歌に共感するのと同様に、読者である私たちも普通の人間ではない語り手に共感でき、また、普通の日本語からは少し隔たった歌のリズムや音感に魅力を感じられます。学校で感じる普遍をこのようにSFとして出力するところにしびれました。

審査員 井上彼方による受賞作品4編の選評

大賞 あれは真珠というものかしら

「あれは真珠というものかしら」は、テンポも筆致もディテールの表現も素晴らしくて、読んでいてとても心地よい作品だ。作品の中で際立っているのが、『伊勢物語』の「芥川」の授業シーンだ。学校の先生は、駆け落ちした女性は一晩の間に鬼に喰われてしまったのではなく、女性の兄たちによって連れ戻されたのだ、と話す。「鬼に食われた女の子がいなくてよかった」「鬼に食われたと思わないと、諦めがつかなかったんだよ」生徒たちの反応が絶妙だ。
題名にもなっており、作品の中でもウェイトの置かれている「あれは真珠というものかしら」という言葉。『伊勢物語』の「芥川」では、高子の世間知らずや無知を露呈させる言葉として機能している。作者はこの真珠というモチーフを、知性と知識を持っている九年母にとって、学友とともに物語を読み、学ぶことを楽しんだ記憶の象徴であり、未来への希望の象徴として反転させている。他の方も指摘していることだが、「芥川」のストーリーと現在や未来との重なりとズレも、絶妙な作品だった。
物語の世界は、決して楽園ではなさそうだ。主人公は危ない仕事に従事させられているようだし、「怖い」という感情表現が頻繁に出てくるところなどから考えると、九年母は危険な作業のスリルを楽しむような性格にも見えない。かといって登場人物たちは絶望しているわけでもない。「芥川」に対する九年母の解釈はそのまま、現実をどのように解釈し、どのように受け止めて生きていくか、という九年母の姿勢とも重なる。知性化動物の悲哀、その中でも自分の仕事の意義を理解し矛盾した状況を生き抜き、その先にある希望を見据える姿勢を描き出しているこの作品に、大賞をおくりたい。

読者賞 いつかあの夏へ

「いつかあの夏へ」は、4,000字の中に凝縮された壮大なスケールの中で、歴史の地層(それは同時に知識の地層でもある)を潜っていくというイメージがとても美しい作品だ。今回のコンテストは「未来の学校」がテーマであっただけに、学ぶことがテーマになった作品がたくさんあった。この作品でもいくつかの「学び」が出てくる。一つは過去に学ぶこと。それから過去を学ぶこと。そして自分とは異なる他者から学ぶこと。
「生きものは好きじゃない。死の匂いがするから。」冒頭で唐突に呟かれたリンダの言葉は、ラストには「以前のような嫌悪感はない。」へと変化している。トウキョウホタルはいっときの栄華を誇って絶滅し、旧人類も滅びた。そして生きものはいつか死ぬ。歴史を学ぶということは、死と断絶について学ぶことなのかもしれない。と同時に、旧人類であるアキーラは姿を変えて生きている。アキーラの過去について知ることは、形を変えたつながりに気がつくことでもある。生徒たちが忘れてしまうアキーラと見た景色は、いつかまたたどり着くという希望とともにある。そんな経験によってリンダは変化した。
学ぶとは何かという問いに、あるいは歴史を学ぶという行為に、今という時を掘り下げることで向き合っているこの作品の眼差しはとてもあたたかい。また、自分とは異なる存在であることを尊重しながら互いについて知り、好奇心に没頭するという、友情と成長もあたたかく描かれている。
完璧に調整された楽園が、本当の意味で楽園なのか、統制されたディストピアなのかはわからない。4000字の作品には多すぎるくらいの設定が使われており、綻びがあるのではないかという懸念もある。しかし同時に、生きていつか死んでいくというはかなさと軽さと美しさと愛おしさを堪能させてくれるという意味では、とてもシンプルでまっすぐな作品だった。

審査員特別賞 リモート

あなたが、目の前にいるって何だろう。「リモート」は、人が物理的に一つの場所を占有しているということ、まさにその場所で言葉を発しているということの意味を考えさせられる作品だ。「未来の学校というテーマ」と新型コロナウィルスが感染拡大しているという昨今の状況のせいだろうか、他者との関わりと身体ということをテーマにした作品もいくつもあった。その中でも、身体とはなんなのかという、普遍的な問いにまでテーマを昇華させている作品だった。
物理的な身体が持つ意味は大きい。リモートによって登校が可能になるサトル。指の手術をするカオリ。なにがしかのハンデを勝手に想定する先生。でも身体がないと痕跡は残せないと語るサトル。身体がそこにあることの意味を、賛美するでもなく矮小化するでもなく、ストレートに突きつけてくる。
また、僕による手紙の語りであるというスタイルも、テーマを扱う上で良かった。「肉体と精神、どちらが優れていると思う?」サトルのこの問いは、身体と精神という古典的な二元論に則って問いかけられている。しかしロボットを介して立ち現れてくるサトルという存在を、僕の目線から描くことで、身体と精神を不可分のものとして存在とは何かということを考える必要性が提示されている。サトルとの最後の会話のシーンで、語り手である僕は唐突に、サトルに「君」と語りかける。サトルの父親が逮捕されてしまっている中で僕がしゃべった相手。父親でもないサトルでもない誰か。サトル、ボット、父親、ロボット……その間のどこかにいる「君」が誰なのか、存在ってなんなのか、不確かな感触を残して物語は幕を閉じる。
ラストを知った後では、サトルの言葉や行動の一つが、真相がわかった後には違う意味を持つ。後半に真相が明かされるという展開を非常にうまく使いこなしている作品だった。

審査員長賞 祖父に乗り込む

「祖父に乗り込む」は、「リモート」とは別の形で、乗り込む側から身体を介して人と関わることについて描いた作品だ。キャッチーな題名と荒唐無稽な雰囲気を漂わせた冒頭から、光のイメージがひときわ美しいラストまで、独特の文体と描写表現によって他者との関わりを描いている。祖父に乗り込んだヒカサという存在は、見る者の光の当て方によって、いろんな関係性を浮かび上がらせる。祖父の見た目を怖がったり面白がったりするクラスメイト。祖父のボディをいたわりながらも上手く乗りこなせないヒカサ。そしてはじめて祖父の名前を聞いてくれて、祖父の好みを尊重しながら私と関わろうとしてくれるタマキ。共同作業はできても、同じ時間を共有できるわけではないヒカサと祖父。
随所に出てくる光にまつわる表現が、ただ美しいということにとどまらず、テーマとも繋がっているところが優れていると思った。であればこそ、いくつかの表現が読者の対してちょっと不親切なのではないかという点は気になった。
登校から授業のシーンの冒頭では、ヒカサが感じる現実世界の情報量の多さ(時にはそれはノイズになる)が描かれている。祖父の名前を聞いてくれたタマキとの出会いの後、放課後のシーンでは偶然の存在と情報量の多さを楽しむ方向へとヒカサの語りは変わっていく。言えないこと、言わないことを飲み込みながら、今この時の人との関わりを目一杯満喫しようとする、後半のヒカサのモノローグは、物語全体の世界観を美しく彩っていると思う。

審査員 バゴプラ編集部による最終候補11編の短評 (海外への発信という観点からの評価)

大賞 あれは真珠というものかしら

キャラクターの立て方、世界観の設定など、はっきりと海外を向いていることがわかる一方で、『伊勢物語』の引用は日本発の作品として絶妙なチョイスでした。西洋的な永続性/持続性の美学よりも儚さをストーリーの中心に据え、ある種の「もののあはれ」で情動を揺さぶりながらも、その先に見える希望を提示して物語を締める展開が見事でした。

審査員長賞 祖父に乗り込む

読者を引き込む独特の文章から幕を開ける作品です。主語の少ない文体を細かく区切っていく文章は、アーティスティックでありながら独善的になりすぎないギリギリのバランスを保っています。翻訳にあたっては工夫が必要ですが、翻訳に向けた努力を惜しまず投入したいと思わせてくれる魅力的な作品です。

審査員特別賞 リモート

物語としての文章の強度・安定感に優れた作品でした。日常的な舞台とリーダビリティの高さから気を許していると、段々と本質的な問いに飲み込まれていきます。日常的な風景と哲学的なテーマは正反対のベクトルでユニバーサルな魅力を持っており、この二点を最もクリアに示せていた作品でした。

読者賞 いつかあの夏へ

最終候補作品の中では、「教育」や「学び」というテーマを最も真っ直ぐに扱った作品でした。対象にできる読者の年齢層の幅も広く、その魅力は翻訳されても変わることはないでしょう。日本の固有種を含む蛍をストーリーのキーアイテムに設定したことは、海外へのアピールとしても優れた選択でした。

Eat me

『古事記』からジェンダーと社会 (国) に関連するラインを引用し、物語に結びつけた点はお見事でした。この引用は海外の読者にはハードルになりますが、4,000字以内で完結する物語のメッセージに深みを与える仕掛けとして機能しています。図書室という舞台のチョイスも、世界の文学好きにとってユニバーサルなものになっています。

未来の自動車学校

作品のテンポ、爽快感、気軽さを支えているのは、リーダビリティを極限にまで高める技術の高さでしょう。あるべき位置に自然な形で伏線があり、丁寧に回収されています。アメリカなど、自動車学校に馴染みの薄い国と地域も存在しますが、オチの部分で明らかになる舞台設定がその不安を解消してくれています。

Moon Face

特定の国や文化圏の雰囲気を感じさせない月男が世界観の中心を支えているという点が特徴です。「月」は人類にとって身近な存在で、SFにとっても馴染みの深い題材ですが、それを人類に共通の「罪」や「恥」という概念に結びつけた上で、独特の物語に落とし込んだセンスを評価しています。

子守唄が終わったら

Netflixドラマ『オルタード・カーボン』を思わせる世界観の組み立て方と、海外ドラマの第一話のラストを思わせるクリフハンガーが見事。また、労働力の生産 (育成) 現場としての近代以降の学校の役割を捉えており、OJT (オン・ザ・ジョブ・トレーニング) が主流の日本よりもジョブ型志向の強い海外で受け入れられやすい作品でしょう。

壊れた用務員はシリコン野郎が爆発する夢を見る

「用務員」は字面から日本/アジア的な印象も受けますが、北米でも「custodian」という縁の下の力持ちが学校の保全を担っています。身近で、けれど見過ごされがちな存在を主人公に据えた素敵な作品でした。なお、タイトルはSVO型の言語に翻訳するとほとんどP・K・ディックの元ネタの原型が残らないという懸念があります。

次の教室まで何マイル?

ゲーム的な世界観は海外でもウケるでしょう。翻訳時の難点は、キノコの種類が北米などではあまり認知されていない点でしょうか。ですが、それを日本/アジアらしさの特徴として捉え、キノコに関する知識を布教する作品と捉えることもできます。「こわれたヨウムイン」がここでも登場するのは、ザイトガイスト (時代精神) でしょうか……。

よーほるの

独特の文体は翻訳者泣かせのようにも見えますが、主語がはっきりした丁寧な文章は実は翻訳向きです。内容も子ども時代の不透明で優しい、普遍的な感覚をとりあげたもので、個性とユニバーサルさを両立させた作品です。それはセンスと技術の両輪があってこそ、生み出せるものでしょう。

最終選考作品を読む

最終候補作品は全文公開中。コチラからお読みいただけます。

第一回かぐやSFコンテスト特設ページ

かぐやSFコンテストについて

かぐやSFコンテストは、SFメディアのバゴプラが主催する新たなSFショートショートのコンテストです。4,000字以内のSF短編小説を対象に作品を公募し、大賞に選ばれた作品には英語と中国語へ翻訳するという副賞が用意されています。

また、最終候補に選ばれた作品は筆者匿名でウェブ上に公開され、読者投票にかけられます。最も多くの票を得た作品には、読者賞がおくられます。この投票制度は作家としてのキャリアを問わず、小説の面白さだけで読者賞を決定する特徴的なシステムです。

かぐやSFコンテストでは、記念すべき第一回目の審査員長に橋本輝幸さん、審査委員に井上彼方さんをお迎えし、ここにバゴプラ編集部を加えた審査委員会で審査を行いました。

第一回かぐやSFコンテストでは、「未来の学校」をテーマに6月から一ヶ月のあいだ作品を募り、計360名から416作品の応募を頂きました (一人二作品まで応募可能)。審査委員会が全ての作品を読んだ上で最終候補11編を選出し、7月24日から8月7日までの期間、読者投票を実施。8月15日に大賞と読者賞を含む、第一回かぐやSFコンテストの結果を発表しました。

第一回かぐやSFコンテストの締めくくり

かぐやSFコンテストの創設の目的は、日本発のSF作品を海外に発信していくこと、短い作品でも評価される場所を創り出すことです。書き手の皆さんにより広い文化圏の読者層 (=海外) を意識して作品を執筆してもらい、翻訳した作品を海外の市場に向けて発信していくことで、より一層、日本のSFと海外のSFを結びつきを強めることを目指しています。

また、最終候補に選ばれなかった作品についても、優れた作品を「Honorable Mention (選外佳作)」として選出し、リストで公開しました。このリストに、ウェブ上で公開されている該当作品のリンクを掲載することで、より多くの作品が読まれる場を創り出すことができました。

今回翻訳が決定した「あれは真珠というものかしら」および「祖父に乗り込む」の英語・中国語版は、10月頃に公開する予定です。これらの作品がより広く海外で読まれるようにするまでが、運営の仕事です。引き続き、残っている作業に取り組んで参ります。

ここまで、多くの書き手の皆さん、読者の皆さん、SF関係者の皆さん、メディア関係者の皆さんのご協力を頂き、第一回かぐやSFコンテストの開催を成功に導いて頂いたことを心よりお礼申し上げます。

 

審査員長の橋本輝幸さんが編集を務める『2000年代・2010年代海外SF傑作選』は早川書房より、2020年内に発売予定。

『2000年代・2010年代海外SF傑作選』~刊行にあたって~

審査員の井上彼方さんが編著者を務める『からだについて考えるフェミニズムの本 (仮)』は、社会評論社より2020年11月に発売予定。

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