リサ・ジョイ監督初の長編映画『レミニセンス』
2021年9月17日(金)より日本で公開された映画『レミニセンス』は、気候変動が進んで海面が上昇した近未来を舞台にしたSF作品。ドラマ『ウエストワールド』(2016-) で知られるリサ・ジョイ監督にとって初の長編映画監督作品であり、『ウエストワールド』を共同製作する夫のジョナサン・ノーランがプロデューサーとして加わり、同作でお馴染みのタンディ・ニュートンやアンジェラ・サラフィアンも出演している。
ドラマ界においては、格差社会への問題意識とフェミニズムとを交差させつつ、“自由意志”をテーマにした哲学的で上質なSF作品を作り出してきたリサ・ジョイ監督。本作『レミニセンス』においては、戦争と気候変動によって荒んだ近未来のマイアミを美しく浮かび上がらせ、そこに生きる人々の弱さと強さの両方を描き出している。
そして、『レミニセンス』では、ヒュー・ジャックマン演じるニック・バニスターとレベッカ・ファーガソン演じるメイの出会いを通して、人の“生き方”をめぐる問いが繰り広げられる。二人の間に影を落とすサスペンスを乗り越えた時、主人公ニックはどのような選択を下すのだろうか。
今回は、リサ・ジョイ監督の言葉と共に、そのエンディングで語られたメッセージを紐解いてみたい。以下の内容は『レミニセンス』の結末部分に触れる内容となっているので、作品を見てから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『レミニセンス』の結末に関するネタバレを含みます。
『レミニセンス』のラストの意味
映画『レミニセンス』のクライマックスでは、ある日突然ニックの前に現れたメイが、かつてセント・ジョーと組んでいた悪徳警官のサイラス・ブースと通じていたことが明らかになる。ジョーからドラッグを盗んで逃げていたメイは、その弱みを知るブースの仕事に協力していた。
ブースは地主で有力者のウォルター・シルヴァンの愛人エルサ・カリーンと息子のフレディを殺す仕事を請け負っていた。ニックが運営する施設の常連客だったエルサの記憶のデータを盗むため、メイは用意周到にニックに近づくが、メイはいつしかニックと本当の恋に落ちていた。
メイがエルサの記憶のデータを盗んでブースに渡すと、ブースはエルサを殺し、更にフレディまで手にかけようとする。そこに割って入ったメイはフレディを逃すと、ニックのもとを尋ねようとする。待ち伏せしていたブースに拉致されたメイは、ドラッグを飲まされ、最後の行動に出る。ニックがブースの記憶に潜ることを想定して、ニックに最後のメッセージを届けると、自ら命を絶ったのだった。
レミニセンスを通してこの事実を知ったニックは、ブースを“苦痛の記憶”に縛り付ける。そして、全ての元凶であるブースに仕事の依頼をした人物を突き止める。それは、ウォルターの息子セバスチャン・シルヴァンだった。遺産を全て相続するために父の愛人と愛人の子を殺そうとしていたのだ。
ニックはセバスチャンの悪行を警察にバラすが、自身もブースへの復讐の罰を受けなければならない。かつてのビジネスパートナーであるワッツに全てを打ち明けたニックは、セバスチャンの情報提供を材料に司法取引をして、自らの施設で自らを過去の記憶に縛り付けることを選ぶ。その記憶とは、メイと過ごした幸せな日々だった。
“過去に生きる”ことを選んだニック。老いた彼の姿を見守るのは、孫と会話するワッツだった。過去に縛られたニックとは対照的に、ワッツは娘と和解して“前に進んだ”のだ。
『レミニセンス』はハッピーエンドか
『レミニセンス』では繰り返し“ハッピーエンド”という概念について触れられていた。どんな幸せもいつか終わりを迎えるため、全てはバッドエンドになると考えることもできる。だが、ニックは幸せだった世界に閉じ込められることで、永遠のハッピーエンドを手に入れた。果たしてこれはハッピーエンドと言えるのだろうか。
リサ・ジョイ監督はこのエンディングの捉え方について、米Looperに以下のように話している。
私にとっては、結末はこれしかありませんでした。二重の意味でハッピーエンドだと思っています。ワッツが彼女の中の悪魔や恥を克服して前に進むという展開は、もちろん美しくも古典的なものですが、同時に彼女はそれを非常にあたたかく、人間味あるものとして表現しています。これは非常に重要なことであり、私もそうしたいと思っていました。人生においては、自分を取り戻して前に進んでいくストイックさはとても大切なものです。とりわけ女性にとっては。
(ニック・)バニスターとメイ、この二人に起きることがハッピーエンドであるという考えは、まるで……パンデミックの間に義理の母と話したことがとても印象に残っているんです。彼女は独りで、小さな家に2年ほど住んでいましたが未亡人になりました。彼女は本当に孤独で、彼女を好きなだけZoomに呼び出すことはできますが、それはひどい話ですよね。私たちは思い出や一緒にしたことを話しました。そして、私の夫が小さかった頃の話もしてくれました。
その幸せの中で生きていけるということ、私は多くの人がそうあれることを願っています。鬱や孤独、悲しみに苦しんでいる多くの人がです。時にはその瞬間をサバイブするために、ボタンをオフにして記憶の中に戻り、美しかったものや胸に大切にしまっていることを思い出すのも良いでしょう。ハッピーエンドを迎えるためには、とても素敵な方法だと思います。
過去の記憶を捨てて前に進むことを求められがちな現代社会だが、リサ・ジョイ監督が示したのは、そうではない生き方だった。一方で、日々抑圧に晒されながら生きる人々にとっては、そんな考えも絵空事に聞こえるかもしれない。故に、『レミニセンス』ではワッツのエンディングを通して二つの生き方を提示している点が、リサ・ジョイ監督らしいバランス感覚だと言える。
ドラマ『ウエストワールド』では、タンディ・ニュートン演じるメイヴと、エヴァン・レイチェル・ウッド演じるドロレスのアンドロイド二人が異なる生き様を見せる。既にシーズン4への更新が決定しているドラマ『ウエストワールド』は、リサ・ジョイ監督にとっては“長編”と言える作品。“短編”である『レミニセンス』では、新たなSF世界とメッセージを届けてくれた。
過去に生きるか、未来へ進むか——それは人それぞれでいいのだ。だが、リサ・ジョイ監督はワッツの選択を「私もそうしたいと思っていた」と語った。次はどんなメッセージを届けてくれるのか。次の作品にも期待しよう。
映画『レミニセンス』は2021年9月17日(金) より全国の劇場で公開。
Source
Looper
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