『ドクター・ストレンジ MoM』のオマージュに注目
映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が2022年5月4日(水・祝) より公開された。本作はマーベル・スタジオが展開するMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作で、世界観を共有するというシリーズの特徴に加え、今回はマルチバース世界を旅する展開に。同時に過去作品からのオマージュも散りばめられていた。
今回は、その中でも同じマーベル作品でありながらかつては別会社だった20世紀フォックスで製作された『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014) からのオマージュに注目したい。
以下の内容は『マルチバース・オブ・マッドネス』と『フューチャー&パスト』の重大なネタバレを含むため、ぜひ両作を鑑賞してから読んでいただきたい。
以下の内容は、映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』映画『X-MEN:フューチャー&パスト』の内容に関するネタバレを含みます。
プロフェッサーXのセリフに注目
映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』のサプライズの一つは、旧「X-MEN」シリーズと同じくパトリック・スチュワートが演じるプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアの登場だった。
プロフェッサーXはアメリカ・チャベスとドクター・ストレンジが辿り着いたアース838のユニバースで登場。この世界のプロフェッサーXは、リーダー格のヒーローによる結社イルミナティの中心人物として活動している。アース838でやらかして“処分”されたドクター・ストレンジに対し、イルミナティの面々が厳しい態度を見せる中、プロフェッサーXはアース616からやってきたストレンジに一人助言を与える。
そして、映画『X-MEN:フューチャー&パスト』からのオマージュとなっているのはこのシーンだ。ヴィシャンティの書の場所をストレンジに教えたチャールズは、モルドからそれを批判されると、こう発言する。
一度道を見失っても、永遠に道を踏み外すわけではない。
(Just because someone stumbles and loses their way, doesnt mean they’re lost forever.)
このセリフとほぼ同じセリフが『X-MEN:フューチャー&パスト』にも登場する。それは、ベトナム戦争で全てを失い、薬に溺れ、無力さに打ちひしがれている若い頃のチャールズに、未来のチャールズが助言を与えるシーン。パトリック・スチュワート演じる未来のチャールズは、ジェームズ・マカヴォイ演じる過去の自分にこう伝える。
誰かが道を誤っても、希望が絶たれたわけではない。
(Just because someone stumbles and loses their path, doesn’t mean they’re lost forever.)
英文ではほぼ同じセリフになっている。ベトナム戦争で多くの仲間や生徒が徴兵され、若いチャールズは人間に対する希望を失いかけていた。未来のチャールズは人間の手でミュータントが根絶されようとしている中でも人間を信じる心を捨てておらず、若いチャールズの「まだ信じるのか?」という問いかけに対して、上記のように答えるのだ。
この後、パトリック・スチュワートが演じる未来のチャールズは「わずかな助けで救えることもある」と続けている。この「助け」とは、若いチャールズが行動を起こすことを指しているのだが、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』では、逆境に立たされるドクター・ストレンジに対してチャールズが助け舟を出している。
『フューチャー&パスト』のメッセージは「未来は決められたものではない」というものだ。若チャールズは後に「誰かが道を誤っても、希望は絶たれない」と、未来のチャールズのセリフを引用して戦う。若いチャールズは「運命は信じない」と、人類とミュータントの戦争のきっかけとなる殺しをレイヴンがやらないと信じ、レイヴンに選択を託す。
これも『マルチバース・オブ・マッドネス』で踏襲されたメッセージだ。チャールズがストレンジの選択を信じ、ストレンジがアメリカ・チャベスの力を信じ、ワンダに選択が委ねられたことで、このメッセージは連綿と繋がっていくのだ。
なお、『マルチバース・オブ・マッドネス』のセリフと『フューチャー&パスト』のセリフの違いは、「道」が「path」から「way」に変わっただけだ。これは、MCUにおけるドクター・ストレンジ周りの物語では「There was no other way.」など、「通り道」の意味の「path」よりも、「方法/手段」の意味もある「way」の方が多用されているからだろう。
他にもあった共通点
そもそも『X-MEN:フューチャー&パスト』は未来のウルヴァリンが過去に飛び、プロフェッサーXらと接触して未来を変えるという物語。過去を変えれば未来が変わるというセオリーはMCUのそれとは異なる。それでも、『フューチャー&パスト』には『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』との共通点が多く見られる。
まず、ファン・ビンビン演じるブリンクは、ミュータントを殲滅しようとするセンチネンタルとの戦いで、ウォンが得意とするスリングリングを使った戦い方を思わせる戦闘を見せる。ブリンクは空間に穴を開けてテレポートさせる力を持っており、穴を閉じて敵の腕を切り落としたり、仲間の攻撃をテレポートで支援したりと、『マルチバース・オブ・マッドネス』でのウォンの戦いを想起させる動きを見せている。
『フューチャー&パスト』では、ヒュー・ジャックマン演じるウルヴァリンは、エリオット・ペイジ演じるシャドウ・キャットの力で精神を過去に飛ばす。ウルヴァリンが選ばれた理由は、精神を何十年も前に戻す負荷に耐えられる身体を持っているからだ。
ウルヴァリンの精神は過去の自分の身体に飛ばされるのだが、肉体は未来に残される。このタイムスリップの方法は、『マルチバース・オブ・マッドネス』で初めて紹介された“ドリーム・ウォーク”と同じ理論だ。元の世界に肉体を残しながら、旅行先の自分の肉体を乗っ取る方式は、設定上何かと便利なのだろう。
また、『フューチャー&パスト』はクイックシルバーことピーター・マキシモフがシリーズで初登場した作品でもある。ウルヴァリンらがピーターの家を訪れる時には、“マキシモフ”の表札が映される。言わずもがなだが、クイックシルバーはワンダ・マキシモフの兄であり、ピエトロ・マキシモフとしてMCUにも登場している。
ドラマ『ワンダヴィジョン』(2021) では、『フューチャー&パスト』などの旧「X-MEN」シリーズでクイックシルバーを演じたエヴァン・ピーターズが登場。旧シリーズとMCUの合流を期待させる演出もあった。そして、ワンダがピエトロを失ったことも『マルチバース・オブ・マッドネス』の事件に繋がっていると言っていい。
恐れに向き合うこと
最後に、未来のチャールズが過去のチャールズに与えたもう一つの助言、「苦しみを受け入れれば強くなれる」も『マルチバース・オブ・マッドネス』との繋がりが見える。ドクター・ストレンジはクリスティーンとの最後の対話で、全てを自分でコントロールしようとしてきた自分の弱さを吐露する。
ストレンジは、人のことを考えていないわけでも思いやってほしくないわけでもなく、ただ怖かった——そう話すのだ。クリスティーンは「恐れと向き合って」と、『フューチャー&パスト』のチャールズのように助言を与えてドクター・ストレンジを送り出す。未来のチャールズもまた、「恐ろしいかもしれないが、苦しみは君を強くする」と若いチャールズに告げている。
運命は変えられる、恐れに向き合う、道を誤っても助けがあれば希望はある——そうしたメッセージは『X-MEN:フューチャー&パスト』と『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』に共通したものだった。
『マルチバース・オブ・マッドネス』でプロフェッサーXことチャールズ・エグゼビアを再演したパトリック・スチュワートは、本作と旧「X-MEN」シリーズが異なる世界であることを明言している。一方で、再演の可能性も示唆しており、MCUで再びプロフェッサーXを見られる日は遠くなさそうだ。パトリック・スチュワートのコメントの詳しい紹介はこちらから。
なお、『X-MEN:フューチャー&パスト』の未来世界は2023年という設定になっており、あと一年で現実でもその時代に追いつくことになる。今では、マーベル・スタジオと20世紀スタジオは同じディズニー傘下になった。こんな未来を誰が想像できただろうか。何が起こるか分からないのが現実の面白いところ。「X-MEN」シリーズのMCUリブートにも期待しよう。
映画『X-MEN:フューチャー&パスト』はDisney+で配信中。Blu-rayも発売中。
映画『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』は、2022年5月4日(祝・水)より劇場公開。
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』公式サイト
『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』のサントラはユニバーサル・ミュージックから発売中。
マリア・ランボーやミスター・ファンタスティックを含むアース838におけるイルミナティのメンバーの紹介と解説はこちらの記事で。
ドクター・ストレンジが抱えていた“恐れ”の根元について、サム・ライミ監督とベネディクト・カンバーバッチが語った内容はこちらから。
エリザベス・オルセンが語ったワンダの今後、X-MENへの合流についてはこちらの記事で。
ベネディクト・カンバーバッチが今後について語った内容と次回作についての考察はこちらから。
『マルチバース・オブ・マッドネス』でのドクター・ストレンジの変化についての解説はこちらから。
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