ネタバレ解説 実写映画版『アラジン』が描いたフェミニズムと反貧困——ディズニーが見せたアップデート | VG+ (バゴプラ)

ネタバレ解説 実写映画版『アラジン』が描いたフェミニズムと反貧困——ディズニーが見せたアップデート

© Disney Enterprise, inc.

アップデートされた実写版『アラジン』

ディズニーから2019年に公開された実写映画版『アラジン』は、1992年に公開されたアニメ映画を豪華キャストで復活させた傑作。「ホール・ニュー・ワールド」をはじめとする名曲達もアップグレードされており、27年前に『アラジン』に触れた人も、初めて同作に触れる人も楽しめる作品になっている。

中でも注目が集まったのは、アップデートされた物語とその物語が放ったメッセージだ。実写版『アラジン』では、原作アニメよりも明確に女性の権利と貧困の暴力性を描き出しているのだ。

ジャスミンを通して描いたフェミニズム

実写版『アラジン』最大の特徴は、アニメ版にはなかった「スピーチレス〜心の声」という曲が挿入されている点だ。原作アニメではプリンセスとしてのジャスミンの苦悩は描かれていたが、それが積極的にミソジニーと結びつけられることはなかった。実写版では、勉学に励み、市民のことを思っていても性別を理由に国王の座につくことを拒否されるジャスミンの姿が描かれた。それは、“ガラスの天井”とそれに立ち向かっていく女性の姿に他ならない。

アグラバーのプリンセスであるジャスミンは、王女が殺害されてから父である国王に宮殿に閉じ込められている。父・サルタンの一人娘であるジャスミンは他国の王子と面会させられ、結婚を迫られる。国務大臣のジャファーは、他国の王子の求婚を断ったことでジャスミンを非難する。男達はジャスミンをリーダーの候補としては見ておらず、サルタンはパターナリズム的な視点から保護の対象として、ジャファーは他国への貢物としてジャスミンを見ているのだ。

そして、「お前は国王になれない」「1,000年間、女が国王になったことはない」という理由でジャスミンが国王になる道は否定されてしまう。極め付けにジャファーは「伝統を受け入れれば楽になる。女に必要なのは美しさだけ。意見はいらない」とジャスミンにささやく。英語では「it’s better for you to be seen not heard.」となっており、(意見を)聞かれるよりも(容姿を)見られることを意識しろと告げているのだ。

現代社会においても多くの女性が経験させられる女性蔑視とルッキズムを組み合わせた最悪のコンボ。ジャスミンが誰よりも市民のことを考え、勉強し、準備してきたという事実は、ここでは一切顧みられることはない。

原作アニメ版からのアップデート

1992年に公開された原作アニメでは、「法律で3日後に迫る誕生日までに王子と結婚しなければならない」という設定になっており、これに対してジャスミンは「法律が間違っている」と主張する。また、「私には早い」と“愛のない結婚”を嫌がっている。ジャスミンから自由を奪っている体制に根付いたミソジニーには焦点は向けられない。ジャスミンは、自分が結婚して女王になればジャファーを追い出すと宣言するなど、王家としての権力を振りかざす姿勢も見せている。

アニメ版でも、皆がジャスミンを品物のように扱っているという指摘はある。しかし、ジャスミンがジャファーに“色仕掛け”をして時間稼ぎをする展開や、サルタンが王の権限でジャスミンとアラジンの結婚を認めるというラストなど、女性蔑視という問題の本質を捉えられていない描写は多い。

実写版『アラジン』におけるジャスミンの描き方の特徴は、ジャスミンがジェンダー観において無知な存在として描かれていないという点だ。ジャスミンが苦難を経て不条理に気づき成長していく物語にはなっておらず、最初から十分に知識を持っており、明確に「私は黙らない」という強い意志を最後まで持ち続けている。

民を救いたいという思い、性別に関係なくリーダーになりたいと願うジャスミンの気持ちは、ジャファーの「黙っていろ (Stay silent)」という言葉に踏みにじられるが、この言葉に明確な「NO」を突きつけるのが実写映画版オリジナル曲の「スピーチレス」だ。アニメ版になかったこの曲が実写版では二度歌われるということ自体が、実写版『アラジン』最大のメッセージだと言える。

ジャスミンが「スピーチレス」を歌い上げるシーンでは、男性のキャラクターだけが部屋に残されており、ジャスミンは、(父サルタンを含む)自分を抑圧してきた存在を一人ずつ消していく。閉ざされかけた扉を開け放ち、王家の紋章を引きずり下ろす姿も印象的だ。そして、ジャスミンは見事な“スピーチ”でこの難局を乗り越えて見せる。

“ディズニー・プリンセス”であるジャスミンのこの姿を見た子ども達は、性別に関わらず、確かなメッセージを受け取るはずだ。「女性だから」と奪われていい自由などなく、性差別に対して口を閉ざす必要はない——実写版『アラジン』には、確かにフェミニズムが根付いている。

なお、日本語吹き替え版と字幕版では「女は」という表現が何度か出てくるが、英語版では「女」や「女性」という言葉は直接的には使われていない。限りある文字数の中で物語のテーマを明確にするという意味で、『アラジン』の吹き替えと字幕は共に素晴らしい出来であることは間違いない。一方で、差別の多くは行間で、言外で行われるということも、今一度認識しておくべきだろう。

アラジンが抱える貧困というバックグラウンド

一方、アラジンの貧困/階級を巡る物語もアップデートされている。ジャスミンのインパクトが強い実写版『アラジン』だが、ジャスミンを通してでは描けない問題がある。それは貧困だ。ジャスミンが街にやってきた時、ジャスミンが単なる市民でないことにアラジンはひと目で気付く。ジャスミンが召使は使わないようなブレスレットや外国産の洋服を身につけていたからだ。これらの品物は商船からまっすぐ城に運ばれるため、民の手には回らない。物語の冒頭から、アラジンが持たざる者の視点を持っていることが強調されている。

アラジンのような底辺の市民から見れば、プリンセスは何年も街に来ておらず、街の姿を見ていない人物だ。アラジンは幼い頃に両親を失った孤児で、ずっと近くにいたのは猿のアブーだけ。「まぁ大丈夫」「何も変わらない」と、諦めとも取れる言葉を口にする。確固たる意志を持つジャスミンとの対比が描かれている。

ジャスミンは、アラジンの境遇と自身の境遇を「どうあがいても逃れられない運命」と結びつける一方で、ふとしたことからアラジンを泥棒だと決めつけるなど、底辺で暮らしてきたアラジンに若干の偏見を抱いている。アラジンは、街に出ていたハキームからは「無価値に生まれ、無価値に死ぬ。ノミ以外は悲しまない」と罵られる。ジャファーは「私も昔はお前と同じ」と、自身もかつては盗人だったと明かし、ジャスミンとの階級間格差を利用して、アラジンに金持ちになる野望を植えつけようとする(アラジンと同じバックグラウンドを持つジャファーの存在は、次回作以降でも重要になるだろう)。

実写版が描いた自尊心の問題

実は、原作アニメではアラジンの持つ「金持ち」への野心はハッキリと描かれている。だが、貧困状態に置かれた人間にとって最も恐ろしい現象は、自尊心が奪われていくということだ。実写版『アラジン』で描かれたのは、力を手に入れたアラジンの“変節”などではなく、扉を開いて次に進んでいこうとする時に足を引っ張る、“毀損された自尊心”だ。

黒人解放運動指導者のマルコムXが貧困状態に置かれた黒人大衆が抱える問題として指摘し、解決に向けて取り組んでいたのは、自尊心の問題だった。ジャスミンが身分に関係なくアラジン自身に好意を寄せているということに想像が及ばないアラジンは、「持てない奴は持てるフリを」と、ことごとく自分を偽ろうとする。

「クズ」「ドブネズミ」という言葉を投げかけられ、偏見の目にさらされて一生を過ごしてきたアラジンは、ジャスミンが王子としか結婚できないと思い込んでいる。他国の王子に劣等感を抱くアラジンは、「王子でなきゃ」「僕みたいな人間は演じるしかない」と、誰よりも階級にこだわりを持つ。自分自身の可能性を階級構造の中で規定し、制限してしまっているのだ。繰り返しになるが、貧困は自尊心を奪うのだ。

原作アニメ版ではアラジンの貧困が真剣に描写されず、野心を強調して描かれていたため、ただ単に願いが叶って傲慢になっていく姿が描かれているに過ぎない。そこでは貧困下で自尊心が毀損されてきたという背景が描かれなかった。実写版『アラジン』では、アラジンの育ちや心情を丁寧に描いていくことで、変わりゆくアラジンの心貧困という社会的な要因を結びつけて描写することができている。

アラジンは前半で「本当の僕を見て」と歌った楽曲「一足お先に (リプライズ)」の内容に反し、偽りの自分を生きていこうとする。ジーニーに「心の問題」を指摘されたアラジンは、“偽り続ける自分”が本当の自分になろうとしているということに気が付く。「一足お先に (リプライズ2)」で「クズ野郎、ドブネズミ、それが僕なのか?」と歌い、疑問を持ち始めるのだ。

ジャスミンがアラジンに好意を持ったのは心の問題、その人がクズかどうかを決めるのも心の問題。それを乗り越えていくのはアラジン自身だが、その心の問題を抱えるに至る社会的な背景がきちんと描かれたことが重要なのだ。

アラジンに託された“貧困”というテーマは、日本語版でハッキリと「女は」という言葉が用いられたジャスミンのテーマと比べると、若干分かりづらくはある。英語版ではジャスミンのテーマと同様、直接的に「貧困」や「自尊心」という言葉を用いずに進行するため、こちらも意識的に言葉を挿入しない限りは、行間にあるテーマが見えづらくなっている。前述の通り、大事なことは行間に潜んでいるのだ。

アップデートするディズニー

『アラジン』の原作アニメでは、アラジンは「願いを叶えたい男性」であり、ジャスミンは「自由を求める王族」でしかなかった。それを、各々が抱える問題に丁寧にフォーカスすることで、確固たるメッセージを発信することに成功した。実写版『アラジン』は、二人のマジョリティとしての側面が抱えていた限界を突破した作品だと言える。

そして、世界中の子ども達が触れるディズニー作品でこうした“アップデートされた”作品が作られることには大きな意義がある。二人を主人公に据えることでフェミニズムと貧困というテーマを同時に描いて見せた同作は、多くの人々に勇気を与えたはずだ。『アラジン』は2019年の公開時に、日本国内の劇場だけで844万人を動員した。過去の作品を、新しい時代に新しい世代が見るべき作品へとアップデートしていくディズニーは、ポップカルチャーを通して確かに世界を前進させようとしている。

『アラジン』はMovieNEX+ブルーレイ+DVDが発売中。

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劇中の全曲まとめと解説はこちらの記事で。

キャストと吹き替え声優のまとめはこちらから。

 

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。
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