宮澤伊織インタビュー
宮澤伊織は、2015年に「神々の歩法」で第6回創元SF短編賞を受賞後、早川書房から刊行された「裏世界ピクニック」シリーズが人気を博すなど、第一線で活躍を続けているSF作家の一人。2021年12月16日には、「裏世界ピクニック」シリーズの最新刊『裏世界ピクニック 7 月の葬送』が発売されたばかりだ。
それ以前には「僕の魔剣が、うるさい件について」シリーズ(角川スニーカー文庫)や『ウは宇宙ヤバイのウ! ~セカイが滅ぶ5秒前~』(一迅社文庫)といったライトノベル作品を発表し、“魚蹴”名義ではTRPG(テーブルトークRPG)の世界設定を手掛けるなど、幅広い媒体で活躍してきた。代表作の一つである『裏世界ピクニック』は2021年にテレビアニメ化され、第3話と第10話では宮澤伊織自身が脚本を手掛けた。2020年に放送されたアニメ『BNA ビー・エヌ・エー』には企画協力としてクレジットされている。
小説の作風も多彩で、2020年から発表を開始した「ときときチャンネル」シリーズはライトな語り口でハードSF寄りのテーマを扱う。第一作目が創元SF短編賞を受賞した「神々の歩法」シリーズは、世界各地を舞台にしたハードボイルドなミリタリーアクションSFだ。同シリーズは東京創元社の2022年新刊ラインナップで書き下ろし作品を加えた連作集『神々の歩法』が刊行されることが発表されており、注目度も高い。
今回は、SF同人誌を発行するSFGと共に宮澤伊織への共同インタビューを実施。自作のアニメ化に携わった経験を振り返ってもらいながら、各プロジェクトへの取り組み方や執筆のスタイル、近作のテーマに注目の作家、そして今考えていることやハマっているものについて聞いた。
なお、「裏世界ピクニック」シリーズについて深掘りしたインタビューは、2022年5月発行予定の『SFG Vol.04』に掲載される。こちらもお見逃しなく。
宮澤伊織インタビュー:アニメ化を経て、今書いているもの/見ている世界
アニメへの関わり方、作家としてのスタイル
――アニメ版『裏世界ピクニック』、楽しく拝見しました。音や視覚の効果もあり、小説版、コミック版ともまた違った怖さもありましたね。ご自身の作品がアニメ化された率直な感想を教えていただけますか。
宮澤:アニメになった作品を見た率直な感想は「おぉ、凄い、喋ってる」ということです(笑) 自分で書いていてあまり声のイメージはなかったんですよ。プロの声優さんが声をあてているのを聞くと、「あ、そうなんだ!」という感じで、すごく新鮮でした。それと、小説やコミックがリーチしなかった凄いたくさんの人に届いたというのは新鮮でもあり、面白かったです。やっぱりアニメは一気に広がりますね。海外の方もほぼリアルタイムで観ている感じで、エゴサの結果が多言語になっていて、アニメってすごいなと思いました。
表現としては、ジャンルが違えば別物になると思っています。小説で書けること、コミックで描けること、アニメで表現できること――それから『裏世界ピクニック』はオーディオブックもあるのですが――違う表現方法で、できることが違う。アニメはアニメの領域の中でいろいろやって頂いたという感じがします。
時期的にはコロナ禍の真っ只中で、手探りで制作体制を整えていって……というのを近くで見ていたので、本当に大変な状況の中で頑張っていただいて、ありがたかったです。
――「原作者としてここは譲れない」という感じではなく、それぞれのプロの方の仕事をリスペクトしていると。
宮澤:そうですね、アニメは関わる人間がとにかく多いので。その中で原作は尊重して頂いたと思いますけれど、映画とは違ってテレビアニメということで時間的な制約もあったでしょうし。僕、作品を他のジャンルにして頂く時って自分がどのくらい関わればいいのかがなかなか掴めなくて、「ネタ出しは一杯するけど、最終的な判断は現場の人がやってください」という感じでやってるんですよ。今回のアニメ化に際しても「こういう風なアイデアはどうですか」っていうのはいろいろ言いましたけれど、最終的な形にするのは現場の人たちですから、ある程度から先はお任せしようという気持ちでやりました。
――キャラクター造形についても、最初にネタ出しをして後はお任せという感じですか?
宮澤:キャラデザの候補を何人か見せて頂いて、「この方が良いんじゃないでしょうか」というのは言わせて頂きました。音楽については、監督が音響監督も務められて気合いの入ったサウンドデザインをして頂きました。その辺は全くお任せという感じですね。
あとは脚本会議には毎回出ました。3話と10話のオリジナル回の脚本を担当させて頂いたんですが、「本当に僕がやっていいんですか」という感じではありました。テレビアニメの脚本なんか本当に専門職の領域だと思うんで、脚本に関しては素人の小説家が書いたものをちゃんとアニメにして頂いて、流石だなと思いましたね。
ーー書かれた脚本はそのまま使われたのでしょうか?
宮澤:完全にそのままではないです。Blu-ray版の特典として冊子で収録されているんですけど、こまごまと違いますね。ですが基本的な流れはそのままでした。
ーーアニメ『BNA ビー・エヌ・エー』(2020) に企画協力でクレジットされていた際にはツイッターで驚かれていましたが、載るとは思っていなかったということですか?
宮澤:最初にお声掛け頂いた時に「獣人モノでやりたいんです」という話がありました。本当に最初の段階だったので交通整理というか、「僕が知っている獣人モノだとこういうものがあります」とか「お考えの獣人モノの企画だとこういうものはどうでしょう」といったネタ出しをしたんですよ。実際の脚本作業に入ったら脚本チームの方が入られたんで、「じゃあもうここからはお任せでいいかな」という感じで。なので、最初のお手伝いだけだったのにクレジットして頂いて逆に申し訳ないなというか。それでびっくりしたんです。
ーーTRPG企画、アニメ、ご自身の小説と様々なお仕事をされていますが、メディアによってモードを切り替えられているのですか? それとも、自然体で臨んでいるのでしょうか?
宮澤:「自然体」と言えば聞こえはいいけど、何も考えてないだけかも(笑)
TRPGに関しては、僕はゲームデザイナーじゃないので、「世界設定を手伝ってくれ」と言われて「じゃあやるよ」という感じの関わり方が多いですね。アニメは今言ったように少しお手伝いするという程度だったんですが、『裏世界ピクニック』で初めてがっつり関わったことになりますね。さすがに自分の原作でもあるので、手探りではありましたけど色々意見も出しました。
小説は基本一人の作業で、プラス編集さん、イラストレーターさんという形で、関わる人数がすごく少ない。一番気楽というか、コストが低い感じではありますね。全体としてはあまり構えずにやれているとは思います。それが良いのか悪いのかは分からないですけど。僕が二十代のピチピチの新人だったら「よろしくお願いします! なんでもやります!」みたいな感じだったと思うんですが、そういう意味ではちょっと可愛げがないかもですね(笑) でも有難いことに時々声を掛けて頂けてるので、頑張りますみたいな。
ーー今後も様々なメディア、ジャンルでお仕事をされていくのでしょうか?
宮澤:いいご縁があればという感じでしょうか。こちらから売り込みをしていくような勤勉さに欠けているので……
ーーお声掛けがあれば、ということですね。
宮澤:怠惰で人見知りなもので。お手柔らかにお願いします(笑)
でも既にあるものの企画に参加してくれという話だと、小説家って予算とか考えずにアイデアを出してしまうんですよね。前にツイッターで「原作者が“宇宙を埋め尽くす大艦隊”ってアイデアを出したら作画担当から殺される」みたいな漫画を見ました。そりゃそうだよなと。そこの噛み合わせが上手く行くと、僕に限らずSF作家のアイデアが他のメディアでも活きていくんでしょうね。凄い面白いのに、色んな都合で使えなかったアイデアっていうのが一杯あって、そういう勿体なさっていうのはみんな感じてることだと思うんです。金銭的な都合だったり、時間的な都合だったり、どこの現場もあると思うんですが、そういうのが上手く回ると良いですね。
近作についてーー「神々の歩法」「ときときチャンネル」
ーー「神々の歩法」シリーズについては今後短編集に纏まる予定ですか?
(※インタビュー後、東京創元社の2022年新刊ラインナップで、創元日本SF叢書から書き下ろしを加えた連作集『神々の歩法』が発売されることが発表された。)
宮澤:そうですね、本当は2021年に続きを書くつもりでした。それで一冊に纏まるはずでしたが、遅れました。
ーーあと一、二作品で一冊というところでしょうか?
宮澤:ボリュームとしてはあと一作中編サイズのものを書いて一冊に纏められたらなと考えています。
ーー「神々の歩法」は長期シリーズとして構想されているんでしょうか?
宮澤:分からないですねぇ。ひとまず一冊出してみてどうなるか。
ーー「神々の歩法」は短篇ながら社会問題を扱うテーマ設定やグローバルな舞台、ミリタリーに関するものなど幅広い知識に裏打ちされた重厚な読後感を味わえます。書くのは大変ではないですか?
宮澤:そうですね、短篇のサイズとしてはそんなに長くはないのに書くのは大変です。
ーー「エレファントな宇宙」のあとがきでは田中真知さんの『たまたまザイール、またコンゴ』(偕成社)からインスピレーションを受けたと書かれていました。作品を書くときには、着想が先にあるのか、それとも書きたいものの為にリサーチをしていくのか、どちらでしょうか?
宮澤:場合によりますが、「エレファントな宇宙」でコンゴを舞台にしたのは『たまたまザイール、またコンゴ』を読んだことがきっかけです。でも僕はコンゴのことをあまり知らないので、そこから頑張って調べました。結論としては両方というか……あまり面白い答えにならずすみません(笑) これはウルトラマンと科特隊が怪獣と戦うみたいな話なので、それで「次はどこへ行こう」という。そういうところから話を作っていく感じにはなりますかね。
ーーお話としては段々スケールが大きくなっていく感じでしょうか?
宮澤:リアリティレベルの高い世界にスーパーパワーを持つ人が現れると巻き込む人の数が増える傾向があるので。例えば怪獣映画は必ず軍隊が出てくるので、日本で撮ると政治の話にならざるを得ないところがあるじゃないですか、真面目にやろうとすると。だから必然的にスケールが大きくなっていかざるを得ないというか。狙ってやっているというよりは、必然的にそうなるという。
ーー一方で「ときときチャンネル#2【時間飼ってみた】」は一転してライトな語り口でありながら、「#1【宇宙飲んでみた】」の“宇宙”に続いて“時間”をテーマにしています。“宇宙”と“時間”が今書きたいテーマということでしょうか?
宮澤:「ときときチャンネル」は、最初はもっと語り口に相応しいライトなスラップスティックになる筈でした。火浦功さんの昔の小説で「みのりちゃん」シリーズというのがあって、マッドサイエンティストの女の子に編集者が振り回されるというものなんですが、それが好きだったのでそういうギャグテイストでやろうと思っていました。
それが何故かこうなりましたね。「#1【宇宙飲んでみた】」で宇宙やったんで、じゃあ二番目は時間かなあ、とやったら正面から時間をテーマに書いてしまって、軌道修正に失敗したなという感じです(笑) 当初の予定では「満員電車が嫌だから電車の長さを無限にしてしまえ」みたいな、そういうスラップスティックな方向で考えてはいたんです。それが何か違うものになりつつあるので、どうしようかなと。
ーーもう少し「ドラえもん」的な感じだったんですね。
宮澤:そうです。でも完全にミスりました(笑)
ーーそちらも読んでみたかったです(笑)
宮澤:これからそうなるかも知れないですけどね。
ーー「裏ピク」「ときときチャンネル」「神々の歩法」と多様な作品を書かれていますが、どうやって執筆のモードを切り替えているのでしょうか?
宮澤:僕はもともと清水義範さんのパスティーシュ作品が好きで、いろんな作家さんの文体模写とかもしてました。なので文体を切り替えること自体はそんなに苦じゃないですね。切り替えることは割と簡単です。ただ並行作業は無理ですね。何かをやり出すとそれにメモリがずっと食われてる感じがあるので、一つ終わらせてからでないと次に進めない。
ーー一つずつこなしていくと。
宮澤:そうですね、あまりマルチタスクはできないなと。
ーーそれは多分色々な書き手の方に希望を与える話だと思います。なかなかマルチタスクは難しいですよね。
宮澤:無理です無理です。僕メール書くのめちゃくちゃ苦手で、「メール書きたくないなぁ」と思ってる間に一日終わったりしますもん。
最近注目の作家、考えていること
ーー人間的な側面のお話をありがとうございます。以前、Kaguya Planet掲載の蜂本みさ「冬眠世代」をツイッターで褒めて頂いて嬉しかったです。
宮澤:元々“熊SF”というのに弱いところがあり、凄く可愛くてビターなところが良いなと思いました。
ーー「エレファントな宇宙」も“象SF”ですもんね。
宮澤:何かやっぱり動物を出すと盛り上がるところがありますよね。動物が人を襲ってるだけで面白いですからね、お話って。「冬眠世代」はそういう話じゃなくて、熊が視点人物でしたけど。テリー・ビッスンの「熊が火を発見する」が凄く好きだったんで、そういうイメージも重なって。冬眠っていうものへの憧れってあるじゃないですか。寝心地が良さそうでいいな、みたいな。色んな僕の好きな熊のイメージが入っていて良かったです。
ーー最近出てきた作家で注目している人は居ますか?
宮澤:しっかり追えていなくて申し訳ないんですが、最近だと創元SF短編賞を受賞して『Genesis 時間飼ってみた 創元日本SFアンソロジー』(2021) に収録されたお二人、松樹凛さんと溝渕久美子さんは読みました。これもまた面白いことにどちらも動物SFでしたね。松樹凛さんの『射手座の香る夜』は、動物に意識を乗り移らせるというアイデアが中核になっていて、SF的な外連味もあり、瑞々しいというか、綺麗な話で良かったです。
溝渕久美子さんの『神の豚』は、SF的な仕掛けは最小限なんだけれども、僕は凄く好きでした。講評では「高山羽根子さんっぽさを感じる」という声がありましたね。僕はスターリングを感じました。あまり新人の作家さんに既存の作家のイメージを重ねるのは良くないですが。派手な事件は起こらないけれど、文化のディテールが細かく積んであって良かったです。
ーーありがとうございます。以前、インタビューなどでBLと百合の共通点や相違点について関心があると仰っていました。最近はどのようなことを考えられていますか?
宮澤:百合SFがムーブメントとして盛り上がったときに、あちこちで「百合SFを取り上げたんだから次はBLSFを」という声が上がっていました。そう言いたくなる気持ちはわかるんですが、しかし必ずしも「百合」と「BL」は対置される概念ではないのでは、ということをずっと思っています。百合が盛り上がっていようがいまいが、それとは関係なくBLというジャンルはある訳で、百合SFに対してバランスを取る為にBLSFも、というような言い方には違和感があります。
「百合が盛り上がってるからBLも」というのは、無意識に抱いている男女二元論的な感覚から出てくる言葉だと思うんです。ジェンダー意識に敏感なはずの方でもそういった言い方をされることがあるので、無意識の男女二元論というのは我々の中に相当深く根付いているということに、ちょっと気を付けていった方がいいんじゃないかという感じがしています。
ーーBLと百合を常にセットで語ることは、BLを矮小化することにも繋がりますね。
宮澤:そうそう、無意識にぼんやりと、セットにして考えてしまっている。それはあんまり良くないことだと思います。百合が盛り上がってるからBLも、というのは結構怖い考え方じゃないかなと。もしかすると、百合に興味のない人の中には、「BLは女性向け、百合は男性向け」みたいな認識の方も多いのかもしれませんが、それはまったく実態に即していません。百合もBLも、それぞれ異なる出自を持ち、異なる歴史を辿ってきたジャンルです。なのに、ただ同性間の関係性を扱っているというだけで鏡写しのように扱うのは危険です。これに限らず男女二元論というのはなかなか逃れ難い、ふとした瞬間に入ってくるということに私たちはもう少し自覚的であった方がいいんじゃないでしょうか。
ーー言われて私も反省するところがあります。
宮澤:男女二元論から完全に逃れられている人ってそうそう居ないと思うんですよね。だから、ここを皆で解きほぐしていくと結構自由になれる人が多いんじゃないかなという感じがします。
宮澤伊織がハマっているもの
ーーありがとうございます。では最後に、今一番夢中になっているものがあれば教えてください。
宮澤:僕はずっとミニチュアが好きで……「ウォーハンマー」とかが有名ですが、28~32mmスケールのミニチュアを昔から塗ってたんですけど、ついに塗装ブースを買ってしまって、部屋の中でスプレーが噴けるようになった途端、戦車のプラモに手を出してしまいました(笑) それが最近夢中なことですかね。
あと最近はずっと部屋の片付けをしていました。本を段ボールに詰めて送れば全部写真に撮ってリスト化してくれる貸倉庫サービスみたいなのがあるんです。それを使って本を大量に預け入れたらめちゃくちゃ部屋がすっきりしました。サマリーポケットというサービスが、丸善ジュンク堂書店とタイアップして割引のプランを提供してたんですよ。それで使ってみました。
ーーリスト化してくれるのは良いですね。
宮澤:そうなんですよ、書名とかはないんですが、表紙の写真を撮ったものがウェブで見られるんです。
ーー“物理クラウド”みたいな。
宮澤:ですね(笑) 部屋に本があり過ぎてQOLが下がっている人にはお勧めです。
ーー宣伝しておきます(笑) 本日はどうもありがとうございました。
宮澤伊織の最新刊『裏世界ピクニック 7 月の葬送』は早川書房より発売中。
連作集『神々の歩法』は単行本で東京創元社より発売中。
宮澤伊織が選考委員を務める第14回創元SF短編賞は2023年1月10日(火)必着で作品を募集中。応募規定はこちらから。
今回共同で取材を行ったSFGが2022年に発行する『SFG Vol.04』は「異世界」特集。『SFG Vol.04』には、宮澤伊織の代表作である「裏世界ピクニック」シリーズについて深掘りしたインタビューが掲載される。こちらもお楽しみに!
『SFG Vol.04』との共同インタビューは、名倉編、宮内悠介のインタビューを公開中。
SF同人誌「SFG」は『Vol.03』まで頒布中。『SFG Vol.03』は「アジア」特集号で、バゴプラとの共同取材を実施した立原透耶、小川哲、陳楸帆のインタビューが掲載されている。
Kaguya Planetでは、シェアードワールド企画を実施中。『SFG Vol.04』に姉妹編が掲載される枯木枕「となりあう呼吸」と世界観を共有する作品を募集します。詳細はこちらから。