陳楸帆インタビュー:『荒潮』——“ジャンクパンク”が提示する“本当の中国”【SFG×VG+】 | VG+ (バゴプラ)

陳楸帆インタビュー:『荒潮』——“ジャンクパンク”が提示する“本当の中国”【SFG×VG+】

【SFG×VG+】陳楸帆インタビュー

陳楸帆は中国を代表するSF作家の一人で、日本でも2020年に刊行された『荒潮』(中原尚哉 訳, 早川書房))が話題になった。1981年生まれ、16歳の時からSF誌に小説が掲載されるなど若い頃から作家としての活動を続けてきた一方で、Googleや百度(バイドゥ)での勤務経験もあるビジネスパーソンとしての一面も持つ。

『荒潮』の中国語版が発表されたのは2013年。世界から電子ゴミが流れ着く中国南東部のシリコン島、そこで電子ゴミを集めて生活する“ゴミ人”の少女・米米、米中の狭間で揺らぐ複雑なアイデンティティを持つ陳開宗——エンタメ要素の高い設定をちりばめつつ、経済格差や環境汚染など、複雑な事情を抱える中国の姿を描き出した。『三体』でアジアに初のSF最高賞ヒューゴー賞をもたらした劉慈欣は、『荒潮』を「近未来SF作品の頂点」と称賛している。

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今回は、VG+とSF同人誌SFGのコラボ企画第4弾として、陳楸帆へのインタビュー「『荒潮』——“ジャンクパンク”が提示する“本当の中国”」をお届けする。続編も作り始めているという陳楸帆は、このシリーズを通してどのような中国の姿を届けようとしているのだろうか。

なお、5月完成予定の『SFG Vol.03』には、本インタビューの別パートを掲載する。大企業での勤務経験が執筆に与えた影響、『荒潮』のために行ったフィールドワークの詳細、陳楸帆流の執筆のメソッドが語られる。こちらもお楽しみに。

陳楸帆インタビュー:『荒潮』——“ジャンクパンク”が提示する“本当の中国”

インタビュー:SFG, 下村思游, VG+
インタビュー協力:下村思游

――幼い頃から中国国内のSF作家の作品は読んでいましたか。

陳:葉永烈(よう えいれつ, 1940-2020)の『小灵通漫游未来(小霊通漫遊未来)』のような中国SFをはじめ、幼い頃に出会ったSF作品はすべて読みました。1993年後半には世界中で発売されている唯一のSF誌であった「科幻世界」との出会いもありました。

――「科幻世界」に出会ってから執筆にいたった経緯は、どのようなものだったのでしょうか?

陳:中国にはSFに夢中になる人たちがたくさんいること、そして、そこでは彼ら/彼女ら自身の物語が描かれていることに気付き始めました。その事実は、“自分自身について書く”ということの背中を押してくれましたし、1997年、16歳の時に雑誌に小説が掲載されることにもつながりました。その作品で、私は中国全土を対象にした学生向けのSF賞で、初めての賞を受賞したんです。私にとってはとても大きな経験でした。

――RADII Chinaのインタビューで、ご自身を「a world writer using Chinese (中国語を使用する国際的な作家)」と定義されていましたよね。『荒潮』では、中国やアジアの文化を知らない読者に対してどのような配慮をされましたか。

陳:そのように定義していますね。私は、中国の本来の姿と細かなニュアンスを世界の他の地域に届けることが重要だと思っています。そのため、あらゆるシンボル、比喩、言語、イメージなどを、慎重に選んでいます。私たち自身の視点ではない欧米人の視線から生まれる“オリエンタリズムの罠”に陥らないためにです。

『荒潮』では、“中国らしさ”というものが、欧米人が見ているものほど単純ではない、というメッセージを届けるために、マンダリンと共に広東語、潮州語のようないくつかの中国の方言を使用しました。非常に多様な人種の中国人がいて、彼ら/彼女らは、異なった種類の言語、食事、文化を持っています。(『荒潮』で)すべての非中国語話者の読者に門戸を開く仕事の一部を果たせたと思いたいですね。読者の皆さんが興味を持ってくれて、本当の中国について、もっと知りたいと思ってくれたかもしれません。

――『荒潮』で物語を語る役割を、「自分の居場所がない感覚」を持つ陳開宗に設定したのは、「中国の本来の姿とニュアンスを世界の他の地域に届ける」ためだったのでしょうか?

陳:とても良い質問ですね。実は陳開宗は、ここ数十年の間に社会の急速な変化に直面した多くの個人を反映したキャラクターになっていると、私は思っています。中国の農村部は、都市部によって新たなテクノロジーやビジネスモデル、生活スタイルに置き換えられており、その大部分が西洋世界から持ち込まれたものでした。私は、人々が(そういった変化に)追いつこうとしており、彼ら/彼女ら自身のアイデンティティを見つけ出そうと必死になっていると感じました。それは、いたる所で起きていることであると同時に、特に中国で特徴的な現象であると言えます。

――『荒潮』の続編を執筆される予定などはあるのでしょうか?

陳:はい、二つの続編を作っています。舞台設定とテーマを共有しつつ、違う時代で新たな場所とキャラクターを置き、緩やかな繋がりを持つ三部作にしようと思っているんです。この三部作は、全て「Waste(ゴミ、廃棄物)」と私の故郷である潮汕(チャオシャン)に関連した作品になっています。ですから、このシリーズは「サイバー・チャオシャン」または「ジャンクパンク」と呼ぶことができそうです。

――次の作品のテーマは?

陳:次回作は、李開復博士との共著『AI 2041』になる予定です。AI技術がどのように社会を変え、人々に力を与えるのか、また、どのような課題や不確実性をもたらすのか、といったことをテーマにしています。

――陳楸帆さんが注目しているアジアの若手作家がいれば教えてください。

陳:シンガポールのJ.Y.ヤン(現 ネオン・ヤン)、日本の冲方丁、香港の陳浩基、台湾のエゴヤン・ゼン(伊格言, Egoyan Zheng)、韓国のチョ・ナムジュなど、アジアには、非常に才能のある若い小説家がたくさんいますよね。もっと世界に知られるべきですし、発信していくべきだと思っています。

――日本のファンへメッセージを。

陳:私は日本の食べ物や漫画、アニメ、そして文化を愛しています。皆さんが、このパンデミックの中で、力強くあり、そして健康でいられることを願っています。早く皆さんに会えますように。いつも私を支えてくれてありがとうございます! Arigato!

インタビュー:SFG, 下村思游, VG+
インタビュー協力:下村思游

 

陳楸帆『荒潮』(中原尚哉 訳) は早川書房より発売中。

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5月完成予定の『SFG Vol.03』には、陳楸帆インタビューのSFGパートを掲載。大企業での勤務経験が執筆に与えた影響、『荒潮』のために行ったフィールドワークの詳細、陳楸帆流の執筆のメソッドが語られる。

また、これまでにバゴプラで公開してきた合同企画「立原透耶インタビュー」「小川哲インタビュー」「坂崎かおる SF短編小説・姉妹編」のSFGパートも掲載される。

SFG×VG+コラボレーション企画
立原透耶インタビュー
小川哲インタビュー
・陳楸帆インタビュー
坂崎かおる SF短編小説 姉妹編掲載

その他にも盛り沢山の内容でお届けする『SFG Vol.03』は2021年5月頒布開始予定。

『SFG Vol.00』から『Vol.02』までは好評頒布中。

『SFG Vol.02』(BOOTH)

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