【SFG×VG+】立原透耶インタビュー
日本のSF界における2020年の最大のトピックの一つといえば、立原透耶が編者を努めた『時のきざはし 現代中華SF傑作選』の発売だろう。これまで、アメリカのSF作家で翻訳家のケン・リュウがセレクトした中国SFアンソロジーは日本でも話題になっていたが、『時のきざはし』は日本の読者のために編まれた傑作選だ。
『時のきざはし 現代中華SF傑作選』の編者・立原透耶は、アジアに初のヒューゴー賞をもたらした『三体』日本語版で翻訳監修も務めた人物だ。中国SF界との繋がりも深く、現行の中国SFシーンにも精通している。バゴプラでは、SF同人誌を発行するSFGと共同インタビューを実施。「アジア」をテーマに『SFG Vol.03』の制作に取り組むSFGと共にお話を伺った。
本インタビューの別パートは、『SFG Vol.03』にも掲載される。本記事のバゴプラパートでは、『時のきざはし』を編むことになった経緯や、ウェブメディアの役割、次世代の翻訳家へのメッセージなど、主にクリエイター目線の質問にお答え頂いた。ここでしか読めない貴重なインタビューを堪能していただきたい。
立原透耶インタビュー:中国SFの今と翻訳のこれから
インタビュー:SFG, VG+
インタビュー協力:下村思游
『時のきざはし』を編んだ経緯
――『時のきざはし』を編まれたきっかけや経緯を教えていただけますか。
立原:突然、新紀元社から連絡がきて「アンソロジー作りませんか?」って言われたので、飛びつきました(笑)
――出版社の方から声がかかったということですね。
立原:おそらく、「どうですかね、中華SFって?」というような仲介・推薦をしてくださった方がいるんじゃないかな。そうでないと、突然こんな話が来るとは思わなかったので、びっくりはしました。実際に、新紀元社としてはSFや海外作品の出版に力を入れていきたいというところだったそうで。それで、中国SFに白羽の矢が立ったのでしょうね。
――中華SF、中国の作品を扱う出版社というのは、日本では増えつつあるんでしょうか。
立原:そうですね。いままで、中国の純文学を出していたところが、SFに興味を持たれて、「出したいな、出そうかな、版権どうしようかな」と言っているという話はちらほら聞いています。
――若い方で中国の作品を自分で翻訳したり、中華SFに関心を寄せている方が、将来こういったアンソロジーを編めるようになるには、何をしていけばよいのでしょう。
立原:私は自分で持ち込みとかが出来ない性格なので、お話が来るのを待つだけなんです。ですが、それじゃあダメだと思うので、良いものができたら持ち込みができるバイタリティーがあると、もっと良いんじゃないかなと思います。
――最初に『時のきざはし』を編む話が出てから出版されるまでは、どのくらいの年月が経ったんでしょうか。
立原:一年ちょっとです。
――すごい! 早いですね。
立原:話がきた時点で「締切はこのくらいで出したいんですよ」っていう話が決まっていて。
――今の中国SF人気の流れに乗りたい、ということもあったのでしょうか。
立原:そうですね。『三体』三部作の刊行と時期をずらしたくない、ということもあったのだと思います。
――そのスピード感はすごいですね。
中国のファンダムとウェブメディア
――中国はSFを国家的に推している印象がありますが、中国ではSFのファンダムはどのように活動されているのでしょうか。
立原:ファンダムはもともと大学生や高校生などの学校の集まりで、卒業したら終わるような集まりだったんです。それが卒業しても続いて、やがて組織化、会社化されるようになりました。ファンダムがSFの振興会みたいな会社組織になったり、法律専門の会社を立ち上げたりと、ファンダムを中心に組織化されて、社会で活動する会社組織になっていることが多いですね。おそらく政府の援助などもあるのではと思います。
――SFファンダムを拡大していくと、どの部分がビジネスとして成り立つんでしょうか。
立原:例えば、毎日ウェブメディアで情報を発信していくことですね。それから作家の版権を管理することもあります。作家さんの版権を全部持っていて、版権を海外に売ったりメディアミックスしたりと、作家自身は動かないけれども、代わりに動くということをやっています。
――『時のきざはし』が一年で出たというのもすごいのですが、ウェブメディアの強みは、リアルタイムで情報を出せる、紙になるまでに先に出せる、ということだと思います。今、中国でSFウェブメディアが果たしている役割は、どのようなものになるのでしょうか。
立原:中国のSFウェブメディアはありとあらゆる情報を上げていて、日本で何かあったとなれば――例えば『三体』が日本で星雲賞を取ったとなれば――すぐに情報がウェブに上がるし、とにかく新しい情報が入ってきます。関心がある情報はどんどん上げていく。それを見ていると、世界のSFの情報であるとか、あるいは国内のSF作家の動向であるとか、そういったものが全部わかるようになっているんですね。それは、やっぱりすごく大きいことかな。知りたいなと思っていることが、そこさえ見れば何でもわかるというのは良いことだと思います。
――中国で一番強いSFウェブメディアは、未来事務管理局(未来事务管理局)でしょうか。
立原:はい、そうです。
――そういったウェブメディアは複数あるのでしょうか。
立原:複数あることにはあるのですが、未来事務管理局と比べると目立たないですね。ただ、学者さんのチームでやっているウェブメディアだと、全く違う内容のものがたくさん載ってくるので、グループ分けしてみると面白いかもしれません。
――バゴプラでも中国SFのことを扱うと、「日本でこんな風に扱われました」と中国で出してくれるので、中国からのアクセスが増えることがあります。本当にアンテナを張り巡らしているんだなと感じます。
立原:そうですよね。日本のTwitterの投稿なども拾って拾って、それを中国語に訳してどんっと記事にされますからね。
――すごいですね。今後、あるいは今、日本のウェブメディアに期待されること、立原さんの立場からはどんなことがありますか。
立原:作家の新しい作品が読めるといいですね。それから、まだ世に出ていない作品であったり、まだ版権が売れていないけど「良い作品を書きあげました」っていう時の宣伝に使えたらいいのかな。そしたら、それを見て気になった出版社さんが声をかけてくるという流れがあれば、作家にとってもいいのかなと思います。
世界の市場を見据えること
――中国のSFは、ケン・リュウがアメリカで翻訳して、それが世界に広まったという側面があると思います。そういう意味では、ケン・リュウという世界に発信できる人がいたことが、中国SFのブームのきっかけになった。日本のSFにおいても同じことがあり得るのか、ということが今後気になるところです。日本のSFの旗取になり、世界に発信していくことが、日本ではどのくらいできるのだろうか、ということについて、率直にご感想やご意見をいただけますか。
立原:以前、中国でインタビューを受けたときに「日本のSFだって素晴らしいんだ。中国のSFに負けないんだ」と私は強く訴えたのですが、「ただ、ひとつ欠けているのが、日本にとってのケン・リュウだ」と答えたんですね。「だから、日本にとってのケン・リュウが居れば、私たちだって世界進出できるはずなんだけど、ケン・リュウがいないんだ」という話をしたんですよ。そしたら、インタビューの記事では、いつの間にか「泣きながら言った」と書いてあって、いやいや泣いてはないよ(笑) それが、すごく広まって「ケン・リュウのいない日本」とか言われているんですけども。
ただ、ケン・リュウのような存在、ただ翻訳ができるだけではなくて、多方面にアプローチしたり、いろんなメディアに上手に広められる才能があって、自分自身も作家で評価も高いという人、っていうのはそう見つからないんじゃないかな、と思うんですよね。一方で、やりたいな、と個人的に思っているのは、英語に翻訳する人たちと提携を結んで、翻訳をやりたい人に個人的にお金を払って翻訳をしてもらうと。そして、翻訳されたものを自分たちで、いろんな雑誌に売り込む。そのような組織を新たに作るってことをやりたいと思っています。日本語学習されている方たちに声をかけて、日本のなかでもそういったグループを作りませんか、とあちこち声をかけているところなんですけど。それができれば、少しは変わるかなって思いますね。
――待っているだけではなく、自分から売り込みにいけるように、形を変えていこうという発想でしょうか。
立原:投稿制の場に、とにかく投稿していくってことですね。
――投稿制の場というのはネット上の媒体ということでしょうか。
立原:そうです。
――イメージとしては、バゴプラの「かぐやSFコンテスト」に近いのでしょうか。
立原:(大賞への副賞が)中国語と英語への翻訳ですよね。確かにそのイメージに近いです。
――バゴプラでも記事を出していますが、Toshiya Kameiさんは日本の掌編を探し出して、どんどん英訳を海外の媒体に投稿されています。「かぐやSFコンテスト」の場合、筆者たちは海外に向けて作品を書いていました。中国SFがこれだけ世界で注目されているというのは、海外に向けての意識が作品に内包されていたことが、要因としてあったのでしょうか。
立原:ある程度の時期になってから、特にケン・リュウの後の若い世代の人たちはそうですね。中国市場だけをみている人は、たぶんいないんじゃないかというくらい、みんな世界市場をみています。
次世代の翻訳家に期待すること
――最後に、若い方で中国SFを翻訳されている方や、SNSなどを使って中国SFを紹介されている方々に期待すること、助言・アドバイスがあれば、お聞かせください。
立原:続けてほしいです。一過性で終わらないで、できれば続けていただいて、それが何かお仕事につながっていくといいなと思います。とにかく、SFの翻訳者は多くないので、いまだに私が探してお願いして、ときには一本釣りをしてお願いをしています。やっぱり、それでは限界が生じるので、優秀な人たちがたくさんいて選べないというくらいになったほうがいいと思います。
――SFGさんのインタビューの中では、立原さんは仲間たちと役割を分担して、翻訳の普及活動をしてきたという話がありました。けれども、このコロナ禍で、なかなか人と会うことが難しくなり、例えばSF研や大学でも人と会うこと自体が減っています。ファンダム活動や翻訳をやっていく中で、オフラインで人と会うことは重要なことだったのでしょうか。
立原:実は、私たちのやっていることは、それほど人と会わず、メールなどで「次のテーマはこれで、あなたはこれを書いてね」「はーい」という感じでした。活動としては、普通のファンダムと違っているんですね。
――翻訳は、ある程度は孤独な作業と。
立原:そうですね。
――最初に翻訳の仲間と出会った場所やきっかけというのは、大学やSF研だったのでしょうか。
立原:全然違って、SFマガジンによく「雑誌、同人誌売ります」とか「会員募集」とか載っているじゃないですか。あそこに手紙を出してグループに入ったのが、今中心になっている私と上原かおりさんで、そこの会長が林久之さんだったんです。それで、その3人がずっと続いているだけなんですよ。
――そうなんですね。それだったら、SNSがある今のほうが繋がりやすくなっているはずですね。
立原:そうですね。一時期はほんとに手紙とお葉書でやり取りをしていたので。
――それはすごく良い話が聞けました。上の世代の方々がどうやって活動してきたのかってあまり見えなくて、その中でコロナ禍に入り、若い人は「どうしたらいいのだろう」というところもあると思うので、そういったお話が聞けるのはありがたいです。ヒントになると思います。
インタビュー:SFG, VG+
インタビュー協力:下村思游
立原透耶『時のきざはし 現代中華SF傑作選』は新紀元社から発売中。
2021年5月発行予定の『SFG Vol.03』には、本インタビューのSFGパートを掲載。立原透耶が中国SFに興味を持ったきっかけや、更にディープな中国SFについての話題、『時のきざはし』収録作品の詳細に、収録が叶わなかった作品など、盛り沢山の内容となっているので、そちらも是非チェックして頂きたい。
SF同人誌『SFG』はVol.00からVol.02までを頒布中。
『SFG Vol.02』は「令和SF」特集。藤井太洋、長谷敏司、吉上亮による対談や小川一水のインタビュー、令和SFカタログ等を収録している。
『SFG Vol.03』は2021年5月頒布開始予定。