小川哲インタビュー:『嘘と正典』までの全著書から“流儀”を紐解く【SFG×VG+】 | VG+ (バゴプラ)

小川哲インタビュー:『嘘と正典』までの全著書から“流儀”を紐解く【SFG×VG+】

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【SFG×VG+】小川哲インタビュー

2015年のデビュー後、瞬く間に日本を代表するSF作家の一人となった小川哲。第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞した『ユートロニカのこちら側』でデビューを果たすと、2017年に発表した『ゲームの王国』は第38回日本SF大賞を受賞した。2019年の『嘘と正典』は第162回直木賞の候補作に。各文芸誌にも短編小説やエッセイを寄稿している他、2020年10月にはフジテレビ「世界SF作家会議」に出演するなど、目覚ましい活躍を見せている。

バゴプラでは、SF同人誌を発行するSFGと共に小川哲への共同インタビューを実施。映画・ゲーム・文学など、幅広いジャンルを扱うライターとして活躍する梅澤レナがインタビュアーを務めた。梅澤レナはバゴプラでも『ユートロニカのこちら側』で描かれた“しあわせな監視社会”について解説を公開している。小川哲作品に精通する梅澤レナが、これまでの著作やインタビューを振り返る形で、小川哲の作家としての“流儀”を聞いた。

小川哲インタビュー:『嘘と正典』までの全著書から“流儀”を読み解く

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インタビュー:梅澤レナ, SFG

『ユートロニカのこちら側』――「人間とは?」という問い

梅澤:『ユートロニカのこちら側』は、監視社会が一般化した世界という設定のなかで「人間とは?」を問うような作品でした。そのような作品を書こうと思ったきっかけは、SFGさんのインタビューで触れられた『神々の沈黙』(ジュリアン・ジェインズ)だったということでしたね。

小川:まず、意識がテーマという点ではそうですね。ただ「人間とは?」という問い自体は、誰でも考えたことのある問いだと思うので、きっかけも何も、ですね――と言ってしまうと、少し意地悪な答えになってしまいますが。意地悪じゃない答えを言うと、僕は大学でアラン・チューリングという人の研究をしていたんですね。彼は数学者で、チューリングテストなどで有名ですが、もともと計算可能数の研究をしていたんです。

計算可能数をざっくりと説明すると、どのような計算だったら可能で、どのような計算は不可能なのか、ということを調べるっていう研究です。それで、その研究をするためには、そもそも数学的に「計算という行為とは何か」ということを定義しないといけないんです。そのときは、まだコンピュータはなかったので「計算」という行為自体は、人間の脳の中で起こる現象なんですよ。だから、チューリングは数学の論文を書いているんだけど、人間の脳で計算をするときは何が起こっているのか、ということを論文で定義しはじめるんですね。

そのときは「コンピュータ」は「計算する人」という意味の英語だったんですよ。チューリングが数学の問いをやっているときに、結局どんどん人間の話になっていくんです。チューリングテストっていうのも、その延長線上にあって、機械に知性があるかっていう問いを立てようとすると、知性というものを定義しないといけなくなり、そこから心の哲学みたいなものに入っていくみたいな。そういうのもあって「人間とは?」という問い自体は、どんな題材でも行き着くというか、そうした問いなんじゃないかなと思います。

梅澤:小川さんの小説って、評文や哲学書、人文書に近いような気がして、それですごく楽しく拝読させていただいているんですよ。

小川:人文学って、「人間とは?」ということを問い詰める学問ですからね。

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監視社会と便利さ

梅澤:『ユートロニカのこちら側』が発表されたのが2015年。それから、2016年にトランプ政権やブレグジットがあって、その裏でケンブリッジ・アナリティカが暗躍していたりしていて、監視社会やデータ経済みたいなものが問題になったりしましたよね。最近では、コロナの接触確認アプリが登場して、監視社会というものに対して世間の見方が変わっているような気もするのですが、小川さんとしては『ユートロニカのこちら側』を書かれた頃と、今の監視社会に対する違いはありますか。

小川:基本的には、僕が書いていた頃もそういう時代だったというか。今はもっと技術的に、より見たいものだけを見るみたいなことは容易になったとは思うんですが、僕としては根本的に何かが変わったようには思わないです。ただ、賢い人が「監視社会のままではいけないんじゃないか」とか、「このままでは危険なんじゃないのか」と問いかけることは、時代が進んだことによって増えているのかもしれないですね。

だけど、結局、世の中を動かす大半の人たちは、そんな疑問すら持たないし、持ったこともないし、こっちが言っても理解できないはずですよね。僕なんかも監視されるということに、頭の中では倫理的に抵抗があるんだけど、身体は便利さの前では抗えないというか。これまでの人類の長い歴史上、頭と身体がぶつかって、頭が勝ったことなんて一度もないので、生活自体がどんどん便利になっていけば、倫理的抵抗みたいなものはどんどん失っていくのかなって気がします。それが正しいかどうかは別にしてね。

たとえば、LINE社に全部ログを盗まれていたとして「あなたの会話の内容は全部LINE社に見られているよ」って言われたとしても「じゃ、LINEやめるか」とは絶対にならないので。普通に面倒くさいじゃないですか、なくしたら。Google検索使わないかって言ったら、使うし。メールだってどこのサーバーを経由しているのかわからないですし。具体的に人が読んでいるってことはないでしょうけど、コンピュータにどう読み取られているのかとか、どういうデータに使われているのかってわからないですし。じゃ、俺は抵抗するんだと言って全部使わないっていうのは、単純に面倒くさいですよね。たぶん、その延長線上にあるんじゃないですかね、今後もずっと。僕はそことは戦えないだろうなと思います。

『ゲームの王国』で描いたカンボジア

梅澤:『ゲームの王国』(2017) の質問に移らせてもらいます。同作ではカンボジアの事情を軸にして、そこに脳科学SFを掛け合わせていたわけですが、世界観に齟齬ができてしまうのではないか、という心配はされましたか。

小川:あんまり心配はしていないかったと思います。そもそも、カンボジア事情を書くつもりは、最初はなかったんです。東南アジアを舞台にした小説を書こうと思って、僕はカンボジアのことを何も知らなかったので歴史の勉強をして、「あっ、これは小説にした方がいいな」と思ったんですよ。カンボジアを舞台にする上で、カンボジアといえばで、みんなが知っていることがポル・ポトだと思うので、ポル・ポトについて書かないとあんまり意味がないというか。三木道山がライブで「Life Time Respect」を歌わなかったら、みんなガッカリするだろうな……っていうのがあって、カンボジア史を書こうとなりまして、そこから色々とテーマが生まれてきたという感じですかね。

脳科学SFというか脳波のゲームのアイデア自体は、もともと自分の考えとしてありました。昔――今もあるかわからないですが――脳波を感知して動く、うさ耳のおもちゃがありまして。ヘアバンドにすると脳波に反応して、うさ耳が動くみたいな。あれを知人が使っていて、それに結構感心したんです。何に感心したかというと、脳波っていうと外部から脳に電流を流してインタラクト(作用)することによって何かが生まれるというのがSFの一般的なアイデアとしてあると思うんですが、それって倫理的なハードルがとても高い。ただ感知して動かすだけだったら、電流を読み取るだけでよくて、それがおもちゃになるということを、その時は「すごいな」って思ったんですよ。

それをゲームの構造の中に入れ込めれば、感知するだけで、機械から脳に電気を送らずに、ゲームに適応しようとする脳に干渉することができるんじゃないかと、うさ耳のおもちゃから考えていたんです。それがカンボジアを書く上でゲームというアイデアを選んだ時に結びついたってことですね。

梅澤:上巻のプノンペン・パートではリアリズムタッチで描くのに対して、ロベール・ブレッソンの方は、マジックリアリズムとなっていました。そのようにタッチを分けたことには、どのような意図がありますか。

小川:カンボジアって、都市部と農村部で今でも全然違うんですよ。昔もそうなんですが、都市部はまさしく「都市」なんです。パリや東京に近くて、インテリがいて、金持ちの労働者が住んでいて、教育をある程度受けていて。農村部っていうのは、まったく違ったことになっています。それも戦時中、戦前の日本と一緒で、今も違いはあると思いますが、当時の農村部と都市部は、文化的にも大きく違っていたと思います。タッチを変えたというか、農村部の常識や生活というのをリアリズムとして伝えるために、マジックリアリズムが必要だったという感じですかね。

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登場人物たちの哲学

梅澤:農村部には、呪術やそういった類のものがある環境で、いきなり南米文学や幻想文学寄りになっていくな、という気がして、だんだん飛躍していく感じがすごく面白かった印象がありました。そういった描き分けも含めて、登場人物の視点や、シーンや章によって様々な位相の異なるリアリティが構築されていると思ったのですが、読者にのめり込ませ続けるために、どのように描き分けをされましたか。

小川登場人物がどういう行動基準で、どういう哲学で生きているのか、っていうのをしっかりと自分のなかで理解した上で、その登場人物の理屈の中で、つまり一生懸命生きていて、その登場人物は最善の行動をしようとしているというのを、きちんと描き切るというか。自分の理屈としては理解できないような行動でも、きちんとその登場人物の行動原理や考え方、何を信じているのかとかが読者に伝わっていれば、納得してもらえるのかなと思うんですよね。そういうふうには心がけてはいますね。それはいまでも心がけていますけど。僕の理屈や作品の理屈よりも、その登場人物の考え方を、ってことですね。

梅澤:彩瀬まるさんとの対談でも、まず宗教を設定するみたいなお話をされていたんですが、そことつながっているのでしょうか。

小川:そうですね。逆に言うと、僕は登場人物を書くときに、登場人物が何を信じているのかや、何を大事に思っているのかを自分の中でしっかり固められないと、その人物にとっての答えというのがわからないので、小説を書けなくなることがありますね。

梅澤:設定表みたいなものは書かれるんですか。

小川:いえ、作らないですね。僕はそういうのは使わないので、自分の感覚のレベルというか、書いた原稿の中から、という感じですかね。

梅澤:書いている内に頭の中で整理されていくという感じでしょうか。

小川:そうですね。久しぶりに原稿を触ったりすると、忘れてしまってめちゃくちゃになったりするんですけど。

『嘘と正典』を書いた背景

梅澤:次に『嘘と正典』(2019) の表題作についての質問です。時間SFと共産主義の起源説と、スパイもの、エスピオナージュの要素を組み合わせようとしたきっかけは何だったんでしょうか。着想のきっかけといいますか。

小川:これもさまざまな理由が複雑に絡み合っているんです。もともとマルクス/エンゲルスって、「マルクス・エンゲルス」という一人の人物だと思っていたので、二人だと知ったときに驚いたんですよ。それで「なんで二人なのか」というのを結構調べたことがありまして。調べてみると、二人とも必要というか、考え方の足りないところを二人で補ってギリギリのところで成立した思想だったっていうことが、当時わかったんですね。

だから、もしタイムトラベルができたとして、CIAが(後に完成した)共産主義社会で暗殺などをするよりも、マルクスかエンゲルスを抑えてしまえば早いな、ということが自然と浮かび上がってきたんです

梅澤:スパイものって、特にジョン・ル・カレといった作品などは参考にされたんですか。

小川:ジョン・ル・カレは一冊だけ、『寒い国から帰ってきたスパイ』(1963) は読んだんですが、それ以降はちゃんと読めてなくて。特に理由はないんですけど。一冊だけの無責任な感想なんですが、ジョン・ル・カレよりはグレアム・グリーンのほうが好きなんですよ。グレアム・グリーンはかなり読みました。もっと言うなら『深夜プラス1』(1965) を書いたギャビン・ライアルが一番好きですね。ただ、それを意識したとかはあまりないです。スパイものって詳しくないので。

それに言ってみれば、僕のスパイものの書き方って特殊な時代の特殊な状況なんで、こういうのだったら書けるかなって感じですね。本当の王道のスパイものは、僕レベルの知識では全然書けません。書き尽くされちゃってるというのもあって。まぁでも、こういう形でスパイものを書けて良かったですね。そういう意味では。スパイものを読む人の好きな要素が入っているか分からないですが。

梅澤:私はスパイものが好きでよく読んでいるんですが、『嘘と正典』にはそういったテイストがあって面白くて、そこにマルクス/エンゲルスと時間SFの組み合わせがとても良かったです。

小川:でも、『嘘と正典』はすごく時間がなくて必死で、書いた時の記憶があまりないんです。発売が9月だったかな。でも、8月上旬に書いているんですよね。

SFG:えーっ、ギリギリ。

小川:本当にありえないスケジュールで。だから記憶がないんですよね。たぶん、実作自体は2〜3日で書いているんですよ。

SFG:書けるものなんですね。

小川:そうですね。僕もビックリですよ。「10月にしてください」って僕は言っているんですけど、9月に出すように言われたんです。それで連載を休むことになったんですよ。もう無理だな、となって。

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世の中が良くなるのは副作用

梅澤:『別冊文春』の彩瀬まるさんとの対談や、『現代ビジネス』の深緑野分さんとの対談で、「自分の小説を通じて少しでも世の中が良くなれば」と仰られていました。

小川:小説を書いている人はみんな思っていることだと思います。世の中が良くなることに越したことはないので。僕の場合は、自分の頭で考える……という表現はあまり好きではないのですが、人の言うことを鵜呑みにしないように、とは常々思っています。

深緑さんは、「世の中を良くしたい」と思って常々苦しんでいらっしゃるのですが、僕の場合はあくまで「副作用として世の中が良くなればいいな」というくらいの気持ちです。基本的には面白い小説を書きたいというだけですし、作家の人はほとんどがそうだと思います。

「世の中を良くしよう」と思って作品を書くのは、作家の精神にとって良いことではないのかなとも思ったりします。僕もそういう気持ちになることがあるのでわかったつもりになっているのですが、書いている側としてはめちゃくちゃきついですよ。

写真:SFG

インタビュー:梅澤レナ, SFG

 

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2021年3月頃発行予定の『SFG Vol.03』には、小川哲が「SFの流儀」に登場する。同コーナーは、Vol.00では柴田勝家、Vol.01では藤井太洋、Vol.02では小川一水を迎えてSF作家としての“流儀”を聞いた名物コーナー。小川哲がSFを選んだ理由、小川哲流の小説の書き方、そして「SFとは」という題に対する答えなど、SFGによる充実のインタビューが撮り下ろしのカラー写真と共に掲載される。そちらも是非チェックして頂きたい。

SF同人誌『SFG』はVol.00からVol.02までを頒布中。
『SFG Vol.02』は「令和SF」特集。藤井太洋、長谷敏司、吉上亮による対談や小川一水のインタビュー、令和SFカタログ等を収録している。

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『SFG Vol.03』は2021年3月頃頒布開始予定。

VG+がSFGと共同取材を行った立原透耶へのインタビューはこちらから。

梅澤レナ

映画と海外ドラマ中心の物書き。リアルサウンド映画部、IGN Japan、FUZEその他諸々で執筆。ゲーム、文学、芸能、テック文化、ポップカルチャーから見える社会状況などが特に関心の高い分野。
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