登場人物を多面的にする演出論『ペナルティループ』荒木伸二監督、山下リオ インタビュー | VG+ (バゴプラ)

登場人物を多面的にする演出論『ペナルティループ』荒木伸二監督、山下リオ インタビュー

© 2023『ペナルティループ』FILM PARTNERS

『ペナルティループ』における演出について深掘り

映画『ペナルティループ』が2024年3月22日(金)に公開されます。監督を務めたのは長年CMプランナーとして働き、50歳で『人数の町』(2020)で長編映画監督デビューをした荒木伸二監督。『ペナルティループ』のキーパーソンである砂原唯を演じたのは山下リオさんです。今回は、そのお二人にインタビューをさせていただきました。

『ペナルティループ』は主演俳優が「カルト映画」と認める異色の作品。若葉竜也さん演じる主人公の岩森淳が、山下リオさん演じる恋人の砂原唯が殺されたことをきっかけに、伊勢谷友介演じる犯人の溝口登に復讐をする物語です。しかし、岩森が復讐を果たしても深夜十二時になると復讐する日の朝に戻るという現象が起きてしまいます。そして、何度も復讐を繰り返す岩森と何度も殺される溝口の2人の間には奇妙な関係が生まれていきます。

映画『ペナルティループ』を撮影するにあたり、荒木伸二監督はどのような演出を行なったのでしょうか。『ペナルティループ』の演出論に関して、演じた山下リオさんと共にお話をうかがいました。

なお、本記事は『ペナルティループ』の一部本編について触れています。

『ペナルティループ』荒木伸二監督、山下リオインタビュー

目力と声が役者さんを選ぶ上で大事なところかなと思っていまして

――『ペナルティループ』では「目は口程に物を言う」という言葉が似合うような俳優さんたちが視線で繊細な感情を表現しているような描写があるように感じられました。そういった演出は荒木伸二監督が意識して行なったものなのでしょうか。

荒木伸二監督(以下、荒木):別に決めてるわけではないですが、役者さんを選ぶときには自然と目力と声を重視していると思います。今回で言うと、山下リオさんは特にそうですね。一回会わせて貰って、少しお芝居もしてもらって決めたのですが、圧倒的にうまいということに加えて、彼女の目力と声の虜になりました。

この映画の脚本なんですが、開いてみるとセリフは大して書いていない。その割に表現しなきゃいけないことは沢山あるわけです。役者たちは戸惑いますよね。どうしようかって。セリフさえあればなあって。で、自然と持ち合わせの武器を取り出すと思うんです。表情や仕草や体の動きだったり、息遣いだったり、そんな中で視線、目力というのは持ち合わせている人にとっては強力な武器なはずで、私は監督としてその発動を待つんです。

あの海の視線は初日の撮影でした。荒れ狂う海を背に追って真っ直ぐに立つ山下さんから強く何かを語る視線が飛び出したとき、とても嬉しかったです。惚れ惚れするほど美しくて。素晴らしいクランクインになりました。

――山下リオさん演じる砂原唯にはそういった表情の機微があったと思いますが、演じてみた感覚としていかがだったでしょうか。

山下リオさん(以下、山下):そうですね。脚本を読むだけでは唯の情報量があまりにも少なくて、「これはどうしよう」と思いました(笑)。でも、監督が役柄のプロフィールを送ってくださって、人生をどう歩んできたかとか、お客さんには知らされない多くの謎の部分を教えてくださいました。セリフが少ない分、唯の心の本音を自分の中でちゃんと持っていないと、演じるのは相当厳しいだろうなという意識があったので、撮影しているときよりも、その前の役作りに多くの時間を費やしたかなと思います。

荒木:そうだったんですか。プロフィールなんて役に立つのかなって思っていたんだけど。

山下:いつもは自分でプロフィールを作るんですけど、自分じゃない誰かがつくってくれた方が良いんじゃないかと思っていました。

荒木:そうなんだ、知らなかった。よかった、作って……(笑)。でも、別にあれがなくても、脚本にほとんどのことは書いてあるよね。

山下:唯のですか? いいや、書いてないと思いますよ(笑)。

荒木:書いてありますって(笑)。あんな地味で何も起きないただ寄り添っただけの一晩を共にした岩森に「ここ数年で一番心地よい夜でした」って言うんですよ、「ここ数年で」って。どれだけ厳しい数年を過ごしたのかって話です。ま、でもプロフィールは必要か(笑)。

――本作では、若葉竜也さん演じる岩森淳や伊勢谷友介さん演じる溝口登など、キャラクターの息遣いが生々しく感じることが出来ました。効果音などを含め、音響へのこだわりについて聞かせていただけますか。

荒木:セリフが少ないこととも繋がってくる部分なのですが、自分にとって映画は「感じる」ものなので、その為の余白や行間が必要です。わかりやすい説明ゼリフと受け取り方を規定する音楽で映画の音声トラックを埋めてしまえばもうそこに「感じる」ことは何もなくなってしまうので、繊細な効果音や息遣いのような小さな音を聞いてもらえるようにするにはまずは他をどれだけ排除して空間を用意するかが大事です。

カメラマンの渡邊寿岳さんの紹介で黄永昌さんという音響の方と今回出会いました。素晴らしい出会いだったと思います。彼の手がけた作品、草野なつか監督の『王国(あるいはその家について)』(2023)や濱口竜介監督の『偶然と想像』(2021)はもちろん知っていたし、それらの音響は大好きだったのですが、一緒に仕事をしてみて初めてわかる彼の素晴らしさも沢山ありました。

まずは、全部一人でやる人なんです。現場の録音もアシスタントなしでやるって最初は言い張ったほどです。で、その録音したものを整音するのも自分、効果音を用意するのも自分、ミックスダウン、ダビングするという仕上げのプロセスまで全て黄さんがやります。それだけではありません。音響に対する私のプランを聞き、それに対して自分のプランをぶつける。それに対する私のフィードバックを刈り取り、更には新しい提案……。

自宅の機材とスタジオの機材を駆使して最終ダビングの前までにかなりの部分が私と黄さんの間で出来上がっています。全てのプロセスが真剣で本気でとても楽しいのです。

あと基本的なことかも知れないけど何も録り逃していないんですよね。伊勢谷さんが工場の廊下を歩くあのシーンのあの息遣い! 自分は正直、現場でそれを聞いている余裕はなかったので後で聞いて物凄く興奮しました。

山下:普段、撮影であんまり小さい声でセリフを言うと、音響さんから「すみません」って注意されるんですけど、今回は何にも言われないから、みんな気にしないし、本当にそこは助けていただいたなって思います(笑)。

――『ペナルティループ』はキャラクターが少なく、ループの中でそのキャラクター同士が親密になっていく様子が描かれていましたが、このようにキャラクターを絞った理由はあるのでしょうか。

荒木:はい、とても意識的です。どちらかというと設定を楽しむ『人数の町』から、人間ドラマの領域に入ってみたかったのです。

――山下さんは演じてみて、キャラクターの人数を絞ったことについて思うところはありましたか。

山下:基本的に何人出てきても演じることは変わらないのですが、今回はとくに「少ないな」という印象は抱きましたね。

映画の内容に関しては、それこそループしていく中で第一印象がどんどん多面的になっていき、愛着が増えていく感じが面白いなって思いました。

――『ペナルティループ』では各キャラクターが抱える秘密というものがありますが、観客にキャラクターたちが抱えている秘密が明かされることはあるのでしょうか。

荒木:どうでしょう、パンフレットには少し詳しく書いてあるかも知れません。ただ私としては別に秘密とか明かすとかそういう風には考えていません。

岩森と唯が暮らしてた数ヶ月。「質問禁止」と言われた以上、根掘り葉掘り聞くことはしない岩森ですが、自然と、一緒に暮らして伝わってくることはあったでしょう。一緒に寝て、一緒に起きて、一緒に食べて、一緒に歩いて。時間を共有すればするほどいろんなことが分かってくると思うんですよね。

それは「○○株式会社○○部所属」とか「大学は○○で」とか、出身はどこどことかそういうことではなくて、もっと些細なこと、好きな食べ物だったり、ちょっとした癖だったり、あるいはその人が醸し出す「匂い」だったり。それで十分だと思うんですよね。岩森から見た唯についても。私たちの人生についても。

 

(聞き手・構成:鯨ヶ岬勇士)

『ペナルティループ』は2024年3月22日(金)より新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか全国公開。

『ペナルティループ』公式サイト

『ペナルティループ』の予告編はこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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