大森望が語る、「ゲンロンSF創作講座・アンソロジー・引退」 | VG+ (バゴプラ)

大森望が語る、「ゲンロンSF創作講座・アンソロジー・引退」

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大森望インタビュー

大森望は書評家・SF翻訳家・SFアンソロジスト。これまで数多のSF小説を世に紹介し、翻訳を手掛け、アンソロジーを編み、SF界のスポークスパーソンとしての役割も果たしてきた。

2000年代後半には《年刊SF傑作選》や書き下ろしの日本SFアンソロジーシリーズ《NOVA》を発刊し、創元SF短編賞の創設にも関わるなど、SF短編小説の盛り上がりを作ってきた。また2016年からは〈大森望ゲンロンSF創作講座〉を開始し、SF作家の育成にも尽力している。

今回は、SF同人誌を発行するSFGと共に大森望への共同インタビューを実施。インタビュアーはVGプラスの井上彼方が務めた。近年のSF短編小説の盛り上がりや今後の課題、SFアンソロジーを作る楽しさや苦労、そして大森望ゲンロンSF創作講座の強みや今後やりたい講座のことなど、大森望とSF短編小説にまつわることをたくさんお聞きした。

2023年5月に刊行予定の『SFG vol.5』には、SFGによる大森望のインタビューが掲載される。こちらももお見逃しなく!

大森望が語る、「ゲンロンSF創作講座・アンソロジー・引退」

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この15年のSF短編小説の盛り上がりの仕掛け人!?

――大森さんは、2008年から《年刊SF傑作選》を東京創元社から刊行し、2009年から書き下ろしの日本SFアンソロジーシリーズ《NOVA》を始められ、2010年には東京創元社にて創元SF短編賞を創設され、ここ15年くらい日本SF短編の盛り上がりを最先端で作ってこられたと思います。

大森:最先端かどうかはよく分からない(笑) でも、たしかに創元SF短編賞に関しては、SFの短編を対象とする新人賞がないからということで、完全に新人の育成を意図して企画を考えました。

日下三蔵氏と共編で《年刊SF傑作選》を始めることになった時、「今は《傑作選》を出せるほどSF短編の母数がないんじゃないですか」と、早川書房の塩澤さん(『SFマガジン』編集長=当時)に言われたんですよ。でも、傑作選を編むつもりでいろいろ読んでみると、入れるものが足りないってことは全然なくて、さまざまな媒体で多種多様なすごいSFが書かれていました。スタート当初は、ジュディス・メリル編の《年刊SF傑作選》と筒井康隆の《日本SFベスト集成》をお手本にしていたこともあって、純文学誌や中間小説誌、同人誌など、SF専門媒体以外に発表されものとか、ストレンジフィクションとかフラッシュフィクションとか、普通あまりSFと思われていないものも僕の担当分として積極的に入れようとしてたんです。

それはそれとして、「SFらしいSF」を発表できる媒体が少ないなっていうことも実感したので、その供給源として《NOVA》を作り……なので本来の順序とは逆ですね。《傑作選》の分母を増やすために《NOVA》ができた。……いや、《傑作選》のために作ったわけでもないんですけど。要は、《傑作選》を作ったことによって結果的に、日本SF短編の状況を概観し、どういう状況か、何が足りないかということが分かったので、ど真ん中のSFを書ける媒体として《NOVA》を作り、あと新人を供給する必要があると考えて創元SF短編賞の企画を東京創元社に持ち込んで、賞を作ってもらったっていう感じですね。

だから、それに関しては狙った通りというか、新人SF作家がデビューするルートみたいなもののひとつを作れたし、SF短編の数は増えてきたと思います。

――VGプラスで主催しているかぐやSFコンテストやオンラインSF誌Kaguya Planetは、その恩恵を最大限に受けているなと思っております(笑)

大森:(笑) 非常にありがたいですよ。そうじゃないと、SF短編でデビューした人たちの受け皿がまだあんまりないので、デビューだけさせて、あとは放ったらかしということになりがちなんです。まあ、宮内悠介さんみたいに、自分からどんどん書いてあちこちに原稿を送ってなんとかしようという意気込みと実力があれば、本人の努力で羽ばたいていけるんですけど、そういう人は少数派。賞獲ってデビューしたんだしあとは依頼されるのを待ってればいいんじゃないの、みたいな受け身の人が結構多くて。そうすると、例えば『原色の想像力 創元SF短編賞アンソロジー』(東京創元社) に作品が載って、商業媒体デビューは果たしたものの、その後はなかなか新作が出ないという人も多いわけですよね。創元には原稿を送ってるかもしれないけど、編集者のマンパワーも媒体の掲載枠もそんなにたくさんあるわけじゃないから、なかなか載らないし、そうすると読者からは姿が見えない。

それがKaguyaとか、日本ファンタジーノベル大賞受賞作家が寄稿する『万象』(惑星と口笛ブックス) とか、電子書籍含めていろんな媒体が出てきたことで、SFファンが読みたい短編が発表される場所がどんどん増えてきた。『小説すばる』とか、日本SF作家クラブ編のアンソロジーとかが新しい書き手に積極的に原稿を依頼してくれることもすごくありがたい。ゲンロンSF創作講座もその恩恵にあずかっています。

いくらデビューさせても、その後の発表媒体がないと後が続かない。東京創元社もSF専門誌を持ってるわけじゃないし。その後《Genesis 創元日本SFアンソロジー》という専門媒体を作りましたけど、そんなにたくさんは載らないし、昨年4冊目が出たところで打ち止めになって、今年からは『紙魚の手帖』に吸収されるというか融合するらしい。でも、SFを書ける場所が周りに広がったことで何となく活気があるというか、好循環に入ったかなと思います。

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――逆に、ではこの15年間でやり残したこと、これはまだ出来ていないなということはありますか。

大森:一般読者にリーチすること、早い話、ベストセラーをつくることですね。

伊藤計劃と円城塔が2007年にデビューして、SFアンソロジーを始めた当初はこの二人がいれば日本SFも安泰だっていう感じだったんですけど、伊藤さんが2009年に亡くなって。だから《NOVA》は伊藤計劃の不在から始まることになってしまった。『NOVA 1』(河出書房新社) には長編の書き出しにあたる断片「屍者の帝国」を例外的に載せましたけど、これは計劃氏が亡くなったあとにご遺族の了解を得て収録したものです。

でも、飛浩隆さんは伊藤計劃の死を踏まえて、それこそ伊藤計劃以後を引き受けるような短編、「自生の夢」を『NOVA1』に寄稿して、2010年代の日本SFの土台をつくってくれた。そこから飛浩隆時代が始まる(笑) 「自生の夢」の星雲賞の国内短編部門を受賞したし、それを核とする短編集『自生の夢』は日本SF大賞を受賞しましたからね。その意味では、飛さんのおかげで、日本SFのもうひとつの核を作ることができたわけです。実際、《NOVA》も《年刊SF傑作選》も、SFファンにはそれなりに浸透したと思います。《傑作選》にずっと載せてきた伴名練の第一短編集『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)がベストセラーになったのは、逆に唖然としたくらいですよ。創元SF短編賞からも高山羽根子や宮内悠介や酉島伝法が出たし、あとに続く人たちも育っている。

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ただ、伊藤計劃ほど大きな突破力はなかった。伊藤計劃は、自分より若い読者の間にものすごい浸透力があって、没後、『虐殺器官』の文庫が発売されてから、高校生大学生の間で目に見えてファンが増えていった。SF読者じゃない人たちまでアピールするものを《NOVA》や創元SF短編賞が生み出せたかというと、それはまだ生み出せてない。それが足りないところじゃないですかね。

《年刊SF傑作選》とか、そのあと竹書房から出している《ベストSF》は、やっぱりSFファンを自認する人たち以外で読んでる人は少ないと思うんで。《NOVA》とかは、ちょっと変わった世界文学が好きっていう人からも多少は認知されているかもしれないんですけど。なかなか広がらない。SFファンと一部特殊な本が好きみたいな人、そういう感じで、1万人くらいを相手にする商売だからあんまり広がらない。

まあそんなもんだろうなって思ってたんだけど、でも劉慈欣『三体』(早川書房) がいきなり10万部、20万部売れるみたいなことから考えると、SFの可能性は潜在的にはもっと大きい。少なくとも10万人は目指せる。なのに日本SFで現実的に10万人に読んでもらえるようなタイトルが、伊藤計劃以後、なかなか出てきてない。(第168回直木賞を受賞した)小川哲の『地図と拳』(集英社) がね、ガチのSFだったら話は違ったかもしれないんですけど。まあSFファンはあれをSFだと言うだろうけど、SFファン以外の人は「いや歴史モノでしょ」と言うでしょう。SFファンが読めば、あれはSFの道具立てを使わずに書いた一種の改変歴史SFなんだけど、空想歴史小説という体で売られているから、いやSFだと言い張っても仕方ない。

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日本SFが売れるにはどうすればいいかっていう話で、90年代には「京極夏彦みたいな作家がSFから出てくればいい」とか言ってたんですけどね。その10年後に伊藤計劃が出てきて一瞬それが実現されて、若いSFファンがわっと増えたりしたんだけど、長くは続かず。状況を大きく変えるには、東野圭吾、宮部みゆき、湊かなえみたいな人がSFから出てくるか、あるいは恩田陸がSF作家として認知されるか。SF書いてる人はいるんだけどSF作家としては認知されない。宮部さんにしろ、東野さんにしろ、SFも書いてるんですけど……。

――今の話は作家さんの話だと思うんですが、編集者や媒体側がSFファン以外の人にSFを届ける為にできることというのは、どんなことがあると思いますか。

大森:《NOVA》だったら、例えば伊坂幸太郎さんの作品が載ると、確実に部数が増えるんです。SFファン以外の熱心な伊坂ファンが買ってくれる。つまり、SF作家だと思われていないけどSFが書ける人気作家に積極的に依頼してSFを書いてもらうのが早道だと思います。新しい読者を連れてきてくれるから。宮部みゆきさんは《NOVA》にぽつぽつ書いてもらって、10年ぐらいかけてSF短編集『さよならの儀式』にまとまった。でも、どちらかというと、SFの書き手なんだとSF読者に認知される効果のほうが強いかもしれませんね。新しい客を呼び込むのはハードルが高い。

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実際、《ベストSF》でも、藤野可織さんの「いつかたったひとつの最高のかばんで」は、作品の中身もSFじゃないし作者もSF作家じゃないんだけど、「何でこれが入ってるんだ?」「これがSF?」みたいな疑問の声はほとんどなくて、たいへん好評でした。SF作家としては認知されていない人に《NOVA》に寄稿してもらうことでSFファンの視野に入るようにして、ジャンルの壁を低くすることはできる。やれることはいろいろあるのに、実際にあんまりやってこなかった。この15年の一番の反省点はそこですね。

いまはコロナ禍でなかなか人に会わないので、「よく知らない人に頼みにくい」というのはあるんですけど、やろうと思えばDMからとか、方法はある。自分で作った媒体を自分で活用し切れていない気はします。

それと、SFを10万人に読んでもらうには、やっぱり長編のヒット作が出ないといけないと思います。でもそれは出そうと思って出せるものではない。専門出版社がいろいろ仕掛けても、やっぱりコントロールしがたい。小川一水の『天冥の標』(早川書房) が何故『三体』みたいに売れないのかっていう話になってくる。あるいは飛浩隆『零號琴』(早川書房)だって、中身で言えば、10万人に売れるだけの力がある。今の10倍売れておかしくない日本のSFはたくさんあるけど、なかなかそうならない。理由はいろいろあると思いますが、解決できる妙案があれば既に実現しているでしょう。

単純に、「ハヤカワSFコンテストは何で毎年大賞を出さないの?」みたいな疑問もありますけどね。ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないだろっていう。どっちか決まらないならジャンケンで決めろ、勝った方大賞にすればいいだろ! みたいな(笑)

――(笑)外から見ると「これが大賞です」って推された方が安心して読めますもんね。太鼓判押して欲しいですよね。

大森:まあ今回(第10回)は、(選考委員の)東浩紀が折れたおかげで小川楽善『標本作家』が大賞になった。僕は塩崎ツトム『ダイダロス』のほうが好きですけど、大賞はどっちでもいい。小川哲を生んだ賞なんだから、もっと盛り上げてほしいですね。せめて、他社の編集者の目に留まるくらいに。

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SFアンソロジーの楽しさ・苦労・工夫

――ではアンソロジーの話に移らせていただきます。『ベストSF2021』(竹書房) の後書きに掲載順の話を書かれていましたが、大森さんはどうやって掲載順を決められていますか?

大森:翻訳アンソロジー含めいろんなアンソロジーを読んできた身として、自分の中ではある程度、定石的な並べ方っていうのがあります。別にその通りに全部してるっていうわけじゃないんですけど。面白くて取っ付きやすくて短くてSF度が高いものをなるべく最初に置きたい。読みやすくて短いものが優先ですね。このアンソロジーの中ではこれが柱になるでしょうという中編クラスの作品は最後、もしくは最後から2番目に置く。あとはまあバランス。モチーフは数珠繋ぎみたいに繋げて流れを作りながら、似たような印象になるものはなるべく離す。作品次第ですけどね。こないだの『ベストSF2022』だったら、「変な生きもの」シリーズって勝手に言ってましたけど、そういうモチーフで繋いだ方が面白いかなと。でも、読む人は頭から順番に読むわけじゃないのであまり関係ないと言えば関係ないんですけど。

――確かにアンソロジーは結構読みたいやつとか好きな作家から読んだりしますもんね。

大森:「流れがあるから順番に読んで欲しい」っていうアンソロジストもいますけど、それは作る人の自己満足だから読者に強いるものでもない。読者は読みたいやつから読めばいい。でも頭から読んだ時には「あ、これこういう風に並んでるのね」っていうのが何かちょっとあればいいかなっていうところですかね。

あとやっぱり気持ちとして、何となく長いものは最初には置きにくい。それも別に鉄則じゃなくて、こないだ出た『フォワード 未来を視る6つのSF』(早川書房) だと最初にめっちゃ長い編者の作品があって、冒頭の1編が100頁超えてるみたいな。だから別にそういうのがあっても構わない。何が正解とかはないんです。樋口恭介みたいに、『異常論文』(早川書房) では一番最初に一番訳の分からないものを置くっていう直感型の人もいる。

――一番最初が円城塔さんでしたよね。

大森:あれは『SFマガジン』の特集でも一番最初にあったんです。その目次案を見て、当時の編集長の塩澤氏が「この人と相談して決めるのはあきらめました」みたいなツイートをしてましたけど、そういうこれまでのアンソロジーの常識を覆すところがいいのかも知れないし、分からないことが面白いという考えかたもある。

まあ僕も、円城塔を頭に持ってくることが結構多い。長さ的にちょうどいいという事情もありますけど、そうすると、読者によっては、「この話は何? どこがSF?」となる。この間の『ベストSF2021』でも円城塔の「この小説の誕生」が巻頭だし、その前の「歌束」(『べストSF2020』所収)でも巻頭。和歌を湯に溶かしてどうのこうのって、まあ架空の改変歴史モノですと言えなくもないし、クスッと笑えてすぐ読めるからと思って最初に置いたら「なんじゃこりゃ…」ってなる人もいて、編者の意図とか感覚が全然伝わらないこともある。それはもう仕方ない。

――作者紹介や作品紹介を書く上で気を付けていることはありますか?

大森:扉裏の解説では、だいたい最初の数行で作品紹介をするようにしてます。これって雑誌だと扉ページの右端とか目次のタイトル脇とかに入るもので、キャッチコピーというか角書きみたいなイメージですね。そういう手掛かりが何もないと読み始めるハードルがすごく高いんじゃないかと個人的には思ってて。何の予備知識もなく読んだ方がいいっていう人ももちろんいるだろうけど、個人的には一行でも二行でも「これはこんな話です」っていう、読み始める時の頼りがあった方がいいと思う。「未来の話です」とか「ロボットの話です」とか書けば、じゃあ未来と分かるまで、ロボットが出てくるまでは読もう、となる。そういう予備知識を与えるのは良くないっていう考えもありますけど、こういう話だっていうのをある程度頭に入れてから、それでその途中にどんでん返しがあるかも知れないし、全然違う話になるかも知れない。最初に読み始めるきっかけ、物語の世界に入るストレスを下げるような何かを書いておいた方がいいという。

書き過ぎるとネタバレになって怒られる。分かってる状態で書くとどうしても書き過ぎちゃうので、それは自分でも気を付けてます。ツイッターとか見てても、扉のネタバレで読む気なくしたっていう人もいて。今はネタバレについては慎重になった方がいいとは思います。日本はネタバレのハードルがとくに高いので。

――塩梅が難しいですよね。アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(早川書房) の紹介の時も話題になりましたよね。下巻の帯を読むと上巻のネタバレになってしまうという。でも「読みたい」と思ってもらう為にはある程度の要素は必要ですもんね。

大森:『屍人荘の殺人』とか、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もそうですけど、何も言わないことが興味を引く場合ならそれでいいと思うんです。ただ、この短編については何も言えませんとか、たまにある分にはいいんですけど、全部それにすると結局入りにくくなっちゃうんで。《NOVA》でも、野﨑まどの変な話をどう紹介するか、持って回って書いたやつをそれを損なわないように紹介したら、すごい思わせ振りで何かあると思ったけどこういうことでしたか、みたいな感想をもらって、「見抜かれているな」みたいな。塩梅は難しいですね。

個人的に著者紹介も含めて、作品を読むための情報がいろいろあるのが好きなんでそういうのを入れてます。そういうのが嫌な人は扉裏を飛ばして、本文を読み終わった後に気になったら読んでみてください。

著者紹介に関しては、ここ数年で急速に基本的な個人情報を書かない方向になっている。むかしはデータとして、生年、性別、出身大学、前職といった情報をなるべく書くようにしていた。その人がどういう人なのかを分かってもらう。同じ大学なんだとか、出身地が同じなんだとか、同い年なんだとか、何でもいいんだけど、そういうところで親近感を持たれれば読まれるだろうし。そういう意味で経歴とか、なるべく沢山書いてたんですけど、最近はむしろ「どこの県に住んでいるかを言わなくて済む新人賞はこれだ」みたいなことをSNSで言う人もいる。この賞だったら一々訊かれませんみたいな。

新聞主催の文学賞の場合は都道府県名を載せる、政令指定都市なら都市名まで載せるとか、そういう原則がある。あくまで原則なんで、別に従わなくてもいいんですけどね。ともあれ、段々そういう風に個人情報を出さない風潮になってきた。

海外もそうだから、早川書房で長編が出ている作家も、生年が分からない人がたくさんいる。だから世代とかで括ろうと思うと結構大変。筆歴くらいは分かるけど、「若い作家」とかは言えない。その代わり、筆歴、SF歴を書く。SFアンソロジーに載せる紹介文の場合は、たくさん著書がある人でも優先順位があって、SFの短編集があればそれが優先。次が長編で、次がSF外の著書。賞を獲ってれば賞を書く。

――本業が公務員の作家とかもいらっしゃいますしね。

大森:あとは今は何で炎上するか分からないから、リスク管理の点からも個人情報はなるべく出さない方が賢明かもしれない。本名とか住所を特定される可能性に対する恐怖がすごく大きくなってる気がしますね。

――《NOVA》の編集をしていて大変なことは何でしょうか?

大森:海外のアンソロジストって、社員編集者がやるようなことを全部やることが多いんですね。契約書の作成とかも。全部終わって、原稿をパッケージで渡して編集者は校正と印刷だけ。アンソロジストはものすごい作業量が多いんですよ。それに比べると、《NOVA》もそうだけど、日本の場合は著者とやり取りして、「ここをこう直してください」とか、場合によっては没にしたりということもありますけど、基本的にはこれでいいなって思ったら、そこからあとは版元編集者に渡して、やり取りとかも版元の方でやってくださいということなので楽なんです。逆に言うと、版元編集者が止まっちゃうと何も出来ないのでスケジュールがコントロールできない。それは別に《NOVA》に限らず、《ベストSF》でも何でもそうですけど、非常に属人的ですね。

早川書房とか東京創元社とかのSF専門部署がある出版社の場合だと、一人の編集者が稼働しない場合でも他の人にサポートしてもらうことができるんですけど、非SF出版社の場合、河出書房新社にしろ竹書房にしろ国書刊行会にしろ、たいていその人一人しかいないのでその人が動かないとすべてが止まってしまう。

《NOVA》でも、原稿が入ってから本が出るまでに一年かかったりしたことがありましたが、それはどうしようもない。寄稿者にはほんとうに申し訳ないと思いますが、それぞれ事情もあるでしょうから、僕としてはあんまり編集者を催促したりせずに、「すいません、すいません、いつかは出ると思います」と言ってます。編集者に原稿を引き渡してから先は天命ですね。編集者から連絡が途絶えたら、何か事情があるんだろうな、と。こちらは出してもらっている立場なので、継続的に本が出せることが一番だと思って、なるべく無理がないように、と。アンソロジストとして楽をしていると言えば楽をしているという部分もあるんですが。全部自分でやってるともっと大変です。どっちがいいのか。井上さんは全部自分でやってるんでしょ?

――でも契約、経理関係のことは別の人がやってくれているので。

大森:ゲラとかは?

――ゲラのやり取りは私がやりましたね。

大森:編集者的な仕事とアンソロジストの仕事が一緒になってるんですね。《年刊SF傑作選》は選んじゃえば仕事は9割おしまい的なところもあるので簡単と言えば簡単。後の作業はみんな版元編集者がやってくれるので、編集者はたいへんです。東京創元社の《年刊SF傑作選》の時は、日下三蔵と2人で20編近く選んでいたんですが、でも版元編集者の負担は増えますよね。

――《NOVA》の作品をボツにする時はどのタイミングでボツにしますか? アイデアの段階、あるいは初稿の段階でしょうか。

大森:アイデアの段階で相談されて、こっちがいいですということはありますが、ボツにするのは最初の原稿が僕のところに届いた時です。これはこういう理由でこれじゃない方がいいですと言う。

――面白くないということですか、それとも雰囲気に合わないのでしょうか?

大森:雰囲気に合わないということはないんですけど、その人に期待してるものよりも驚きが足りないとか、SFとして問題があるとか、理由はいろいろです。具体的に名前を挙げるとさしさわりがありそうなので伏せますが、たいていの場合は、別の作品を書いてもらって、それを収録しています。

――逆に期待を更に上回る作品が来ることってありますか?

大森:もちろんあります。すでに触れた飛浩隆さんの「自生の夢」とか、津原泰水さんの「五色の舟」とか、そういう時代を画すような作品が来ると、やってて良かったなと思いますね。あとは野﨑まど「第五の地平」とか、伊坂幸太郎「密使」とか。

――では《ベストSF》を選ぶ際、商業誌以外ではどんなところからどんな作品を探して来ますか?

大森:ネット上の作品については、基本的には評判ですね。とても全部は読めないから。同人誌については、文学フリマに毎回行って、目についた新刊を買ったり貰ったりする中から選ぶっていうのもあるけど、しらみ潰しに全部読んでるわけじゃなくて。「誰も知らないような作品を見つけたい」っていう気持ちは昔はけっこうあったけど、今はそれほどない。

ネットですごく評判になってるって言っても、知らない人は全然知らないので、評判になったものを後追いで選ぶことに何の躊躇もないというか(笑) もちろん、自分が好きな作品を選んでいるので、ネットの評判とまったく一致しないことも多々ありますが。ともあれ、けっこう行き当たりばったりです。井上さんの方が全然読んでると思います。

――そんなことはないです(笑) でも評判になったら同人誌でもweb小説でもチャンスがあるということですか?

大森:評判にならなくてもチャンス!はありますよ。ツイッターとかで読者から推薦をもらって読む場合もあるし、伴名練から急に推薦メールが来ることある。勝山海百合さんの「あれは真珠というものかしら」みたいに、かぐやSFコンテストの大賞受賞作だから読むという場合もあるし。でも、ネット上のいろんな賞とか「ブンゲイファイトクラブ」とかに隈なく目を通しているかというと全然そんなことはないので。《ベストSF》になってからは本数も限られてるので、「これ載ってないとおかしいでしょ」みたいなの以外では、最大でも3、4本くらいしか選べない。

『ベストSF2022』はゲンロンSF創作講座の元受講生がやっている『Sci-Fire』と『5G』に掲載された作品が合計3本入った。まあ、そのうち1本は十三不塔さんの「絶笑世界」で、講座とは関係ないんですが。なんていうか、伴名練が先に『新しい世界を生きるための14のSF』(早川書房) を出してくれたおかげで新人が入れやすくなったんですよね。元々、自分が主催している関係から、ゲンロンSF講座の人たちを選ぶことについては必要以上に慎重だったんですが、『新しい世界を生きるための14のSF』とか、あるいは日本SF作家クラブ編の『2084年のSF』とかに元受講生の作品が掲載されてて、そろそろいいかなと思って選んだところはありますね。

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で、毎回、ある程度その年のテーマみたいなものがあって、今回は「新人プロモーション」的な感じにしようかなと。それがいいかどうかは分からない。新人ばっかりだと本当に売れないんです。《原色の想像力》とか全然売れなかったらしい。それをどうやって売るか、パッケージの方法をいろいろ考えて、伴名練は『新しい世界を生きるための14のSF』に辿り着いたと思うんです。あれは伴名練メソッドで、解説を大量に書いてテーマ別SFガイドブックみたいにするとか、すごく工夫している。あれくらい編者の個性を出すのか、それとも完全にニュートラルに、黒子に徹するのか。ハーラン・エリスンかテリイ・カーかみたいな話ですけど、僕はその中間くらいの感じです。編集後記とかはある程度パーソナルな話も入れた方がとっつきやすいかなみたいなところもあったり。完全にニュートラルに作っちゃうと逆に入りにくいこともある。どういうバランスがいいのか難しいところですね。

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――確かに編者の顔が見えた方がとっつきやすいところはありますね。

大森:伴名練はもう完全に編者の顔で売るっていう感じだから。樋口恭介もそうなんだけど。でもそれは、作家が編むアンソロジーの特徴かも知れない。

――再録、書き下ろし含めアンソロジーを編んでいて一番楽しかったのはどんなことですか?

大森:やっぱり反響ですね。書き下ろしだとその作品が星雲賞獲るとか、オールタイムベスト日本SF短編で1位になるとか。そういう風になると、そういうものの誕生に携わることができたっていう意味で、編者としてはうれしいですね。

《年刊SF傑作選》とかだとやっぱり、「いつかたったひとつの最高のかばんで」みたいに、あるいは津原泰水さんの「土の枕」とか「延長コード」とか、全くSFと思われていない、著者も「実話です」みたいに言ってるものまで入れて、まあ、スベる場合もあるんですけど(笑) これはすごいと言ってもらえるとうれしい。

さっき言った藤野可織さんの「いつかたったひとつの最高のかばんで」とかは初めて読んだけどすごく良かったと言ってくれる人も多くて。あれはすでに短編集に入ってるんで藤野ファンは知ってると思うんだけど、藤野可織は芥川賞作家のイメージしかない読者に「発見」してもらえるっていうのはしてやったりというところですね。勝山海百合さんの「あれは真珠というものかしら」もそうです。

――勝山さん、「全然SFの人として認知されない」って仰っていたことありましたね。

大森:あんなにSF大会に足を運んでいるのに。だから、もっと早く見つけろみたいな話もあるかも知れませんが、そういう人が認知される助けになればと思います。あとは伴名練の『百年文通』みたいな、SFど真ん中だけどSFの媒体には載っていないもの。電子で出てるって言っても、やっぱり紙で読みたい、電子書籍オリジナルだと視野に入らないっていう読者もいるので。あるいは、ネットでいくら評判になっても、ネットにいない人は全然知らない作品もある。だからいろんな風に「発見」してもらえたり、あるいはその作家のその後の何かに繋がっていったり、そういう風になればいいなと思いますね。

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大森望ゲンロンSF創作講座

――2016年にはゲンロンにて〈大森望ゲンロンSF創作講座〉を始められ、主任講師を務めていらっしゃいます。創作講座を始めようと思ったきっかけは何でしょうか?

大森:創作講座はもともとゲンロンからというか、東浩紀さんから依頼されました。「批評再生塾」と「新芸術校」が既にあったので、小説と、あと漫画のスクールをやりたいと。その片方、小説の創作教室をやってほしいという話でした。まったく予想外の話で、とまどいましたね。で、いろいろ考えて、「もし僕がやるとしたらSFの創作講座になると思いますけど」と。でも「小説」ではなくて「SF」に限定した創作講座でそんなに人が集まるのか、という懸念もありました。十何万も払ってねえ。でも、講師は全員、講座生の募集告知前に依頼しないといけないし。

――プログラムが先に決まってないと募集を開始できないですもんね。

大森:募集したはいいけど誰も集まらなかったらどうしようという不安はすごくありました。いつも最悪のケースを想定するので(笑) でも、やってみたら思った以上に人が来て、お金を払ってでもSFを書きたい、自分に投資したいという人がたくさんいてびっくりしたんです。そういう経緯です。始まるまではまだ不安が残ってたんですけど、始まっちゃうともう勝手に回り始める。お手本になる基本システムが既に「批評再生塾」で作られていたこともあって、それにのっかるかたちでSF創作講座のシステムを考えて、それが今も踏襲されています。

講座としてオフィシャルに、お金に見合うものを提供できてるかっていうと微妙なんですけど。講座生の間でネットラジオとか感想交換会とかDiscordとかいろんなものが自主的に運営されていて、コロナ前だと講座の後の打ち上げで朝まで飲むとか、そういうことを全部ひっくるめると、まあ多分受講料に見合うだけのものが得られるんじゃないかなと。別に講座本体を抜いてもいいんじゃないかというくらい(笑) 講座生が講座に出席している時間は、講座に使っている時間全体の中で本当にちょっとしかない。提出作品の全作レビューとか、受講生が自主的にやっているネットラジオを聴くだけで講座の時間よりはるかに長かったりしますからね。それ以外にもnoteとかSlackとかツイッターとか色んなところで色んな感想が上がる。講座で書けば色んな人から読んでもらえるっていうのはすごいメリットだろうなと思います。それだけでも結構ペイするんじゃないかな。

――他の小説創作講座との違いというか、強みとしては「コミュニティがある」ということでしょうか?

大森:そうですね、東浩紀さんはコミュニティが大好きなんですよ。SFファンダムに対する憧れみたいなのが根っこにある。東さんは「ゼロアカ道場」の頃から読者を集めてコミュニティを作りたい人で。SFについても、ゲンロンが中心になってコミュニティを作りたいっていう思いが強くあったらしくて。

だから東さんは、受講生の人たちが「ゲンロン勢」とか呼ばれてSF大会で企画をやったりとか、古参のSFファンたちから「うちの村に若い連中が集団移住してきた」「話してみるとそんな無法な奴らでもないらしい」みたいに思われているのがうれしいらしい。Kaguyaの人たちもSF大会で喜ばれるでしょ?

――歓迎していただきますね。でもKaguyaの人たちはコミュニティとしての繋がりは緩いと思いますよ。

大森:講座があると、毎月会うとか、「Sci-Fire」みたいに同人誌作ったりとか、自分たちでやってるのでより密になってるのかもしれないですね。

――この6期7年間で見えてきたこと、SF界に「大森望ゲンロンSF創作講座」が与えている影響としてはどのようなことがあるでしょうか?

大森:今までって新人が新人賞を受賞しましたっていっても、その受賞作一作しか読むものがないじゃないですか。だからその人がどんなことを書きたいのかとか、情報が少なかったんですけど、SF創作講座は1期受講すると最大で10本の梗概とあらすじと作品が載るから、外部の編集者から見ると結構「どんな人なのか」とか「どのくらい書けるか」とか「どんなアイディアを持ってるか」が分かりやすくて、それで結構依頼されやすい。

――受賞作と普段の作風が違うこともありますもんね。

大森:そう。同じようなものが他にたくさん書けるかどうかも分からないし、引き出しがどれくらいあるかも分からないのでロスが多い。でも、SF創作講座の受講生の場合はそういうのが分かりやすい。こういう人たちがいますというショーケースとしてはすごく上手くいってる。カクヨムとかネットで書いてる人はものすごく沢山いるけど、数が多すぎて目立ちにくい。でも、ゲンロンSF創作講座だと、作品が一年分溜まって、評価やポイントも一目瞭然のかたちで載っている。とりあえず1位になってるやつだけ読もうとか、そういう風にして選べる。ググれば結構感想もあがってるからそれを頼りにして面白そうなやつを読むってこともできる。そういう意味で「読まれやすい環境」が出来てる。それが小説雑誌とかアンソロジーに繋がっていったり、受講した人が賞を獲ることで更に広がっていく。

SF創作講座で教えられたことが直接役に立ってどうこうということではないんでしょうけど、何となくそこで活躍する人が増えれば増える程いい感じの循環になっていく。そこで新しい作家がグループ的に出てきて、「創元SF短編賞組」とか「ゲンロンSF創作講座組」みたいになってると活気づく。現実的に考えるとSFの単行本を出してる人とかそんなに多くはないし、短編集もまだこれからっていう人が多いので、創元SF短編賞から芥川賞作家が出たり、ハヤカワSFコンテストから直木賞作家が出たりとかっていうのに比べると、まだまだみたいな言い方も出来ると思うんですけど、何となく賑やかな、元気があるっていうイメージを作ることは成功してるかな。

――第6期からは新しく、漫画回があったりフラッシュフィクション回があったりしますが、そういう新しい展開やアイディアはどこから出て来るものでしょうか。

大森:マンガ教室との合同講義はゲンロン側からの提案ですね。フラッシュフィクション回は、実作の提出回数について相談しているときに出てきたアイディアだったような。運営スタッフが変わったこともあり、新たな試みをやっていこうという機運もあって。ただ、今うまく行ってるものをあんまり大きく変える必要はないんじゃないかという話もあり、相談してるうちにいろんなアイディアが出てきて、その中で現実的にやれることから実行している感じですね。評判が良ければ続けるし、悪ければやめるし、みたいな。

あと、次やるとしたら変えようと思ってるのが、1回の枚数が50枚はちょっと多いのかなって。実作の枚数はもう少し短くていいのかもしれない。50枚だと、転載できる媒体があってもそのままでは使われにくい。

――他のところで使うとしたら大幅に削ったり改稿したり。

大森:英訳とかまで考えても短い方が使われやすいというのもあって、もうちょっと短くしようと思ってます。

――「SF創作講座」以外にやってみたい講座ってありますか?

大森:僕の本来の仕事を考えれば当然「SF翻訳講座」をまずやるべきだろうと。ただ、今「SF翻訳」って仕事として成り立つのかと。趣味としてやるなら別だけど。

――文芸翻訳一本で食べていけないという問題がありますよね。

大森:まあ、小説だってそうなんですが、でも小説は可能性としてはまだある。文芸翻訳は更に大変。

――でも翻訳家の育成は急務だという話もありますよね。

大森:そうなんです。だから『SFマガジン』とかと一緒になってやるっていう考え方もあるし、あるいは短期集中みたいにやるっていう方法もあるし。SF翻訳をやりたいと真剣に思っている人がどれくらいいるのか知りたい気持ちはありますね。

それとは別に、創作講座の「長編診断コース」みたいなセッションのアイディアもある。長編一冊分の原稿を読んで、どこが良くないかとか、応募するならどこかみたいなのを診断する。プロットの段階から診断するのでもいいし、すでに完成している人は長編の原稿で。そのコースに参加すれば少なくとも長編一冊分は読んでもらえて意見が言ってもらえる、っていうのをサマースクール的にやるのはどうかなって思ってるんです。

――参加する側としては、その作品へのアドバイス+α自分の作家性とか特性みたいなことについてもコメントを貰えると。

大森:そうですね。あと賞にまつわるいろんな話が知りたいとか、どの賞に応募すればいいのかが自分で分からないとか、そういうこともあるので、ここに応募すれば一次は通りそうとか、あるいはこのレベルでは最終候補には絶対残らないとか診断する。

「一次も落ちたんですけど」という原稿に対して、ほんとうに箸にも棒にもかからないのか、それとも別の賞だったらいけるかもしれないのか、その判断をしてあげるみたいな。カウンセリング込みの進路相談っていうのも考えて提案してたんですけど、ゲンロン的には、そういう単発の実利的な講座にはあんまり興味がないみたい。ニーズとしては、長編についてアドバイスが欲しい人は多いでしょうけど。

――読んでもらいにくいですもんね、長編は。

大森:そうそう。でも、そのスクールをちゃんとビジネス的に成り立たせようと思うと今でも結構大変なので。さっきの、ゲンロンSF創作講座の実作の枚数を少なくするっていうのも、提出作がもし40本になると、50枚×40本だと2000枚になるので、その負担を減らしたいっていう目論みもあって。だから、長編のスクールを僕がをやるとしたらゲンロンSF創作講座は休んで、ってことになると思うんですけど、ゲンロン的にはむしろSF創作講座に注力してほしいという。そりゃそうですよね。

長編やるとなったら多分SFに限らずミステリーやホラーもっていう話になる。ただそうすると、今は『このミステリーがすごい!』大賞の選考委員もやってるし、場合によっては利益相反的なことが起きるかもしれない。それはそれでまずいので、もうちょっと考えたいですね。

引退?

――それでは最後に「引退」のお話を。これ事前にお送りする質問項目を準備しながら、暗に「引退しろ」って言ってるように受け取られたらどうしようかと思ってたんですが(笑)

大森:井上さんに「後は私に任せて引退してください」って言われるのかと(笑)

――そんな恐れ多い(笑) でも日本のSF界隈が大森さんに頼り過ぎ問題っていうのがあると思っていて。色んな仕事をされてきて、「もうこの仕事は次の人に任せていいな」とか「別の人に交代していいな」とかありませんでしたか。

大森:そうですね。最近「文学賞メッタ斬り!」の芥川賞直木賞候補作全部読むっていうのは辞めたんですよね。今も豊崎由美さんとやってるYouTubeチャンネルはあるけど、芥川賞・直木賞予想はもういいだろと思って。別に若い人に引き継いだ訳じゃなくて、個人的に引退しただけですが。

あとは各種ブックガイド的な仕事とかはもういいんじゃないかって思ってるところもあるんですけど、なかなか完全に引退しにくいですよね。だから徐々に減らしていく。まあ放っておいても減っていくと思うし、なるべく若い人にやってもらえたらっていうのもあります。

アンソロジーも、伴名練が出てきたから、《ベストSF》は伴名練に任せて引退しようかとも考えたんですけど、伴名練の傑作選には伴名練作品が入らないというジレンマがある。伴名練は、「自分より後に出てきた新しい作家を選ぶ」とか「先輩でも本が埋もれちゃってる人の作品を発掘する」っていうのは出来るけど、同時代の《ベストSF》的なものを作家の立場から選ぶっていうのは、やりにくいだろうなって。できるのは筒井康隆くらいじゃないかなと。筒井さんは自分の作品も平気で選んでたけど、なかなかできないですよね。

まあしかし、放っておいてもたぶん仕事は減っていくというか、徐々に引退に向かっていくでしょう。翻訳家や書評家やアンソロジストで、「引退します」って言って引退する人いなくないですかっていう(笑)。

――スポーツ選手じゃないですからね(笑) 大森さんに訊くことでもないと思うんですけど、SFの作品をSF界より外に広く発信できる人とか、そういうのをできるのが大森さんしかいないのかなと。

大森:どうなんでしょうね。最近はもう自分から発信したいとか、あれをやりたいこれをやりたいというのがだんだんなくなって、やりたいと思ったとしても実行するのがめんどくさくてムリ(笑)  だからむしろ上手く使って欲しい。SF創作講座もそうだけど、最近では『三体』の翻訳なんか、結構上手く使われてるって感じなんですよ。早川書房が大森望というリソースの特性を生かして活用している。専門外の中国SFに関わってないで英語のSFを翻訳しろとか思ってる人もいるかもしれませんし、アンソロジーはもういいからという人もいるだろうし。

――それぞれですよね。アンソロジーが好きな人は大森さんにアンソロジー作って欲しいと思うだろうし、翻訳が好きな人はアンソロジー作ってないで翻訳してって思うだろうし(笑)

大森:本当は、『本の雑誌』のSF時評とか、20年以上ずっとやっているのを辞めて、若い人に譲った方がいいんだろうけど、辞めちゃうと新刊を読まなくなるのが分かっているので。

――では次世代は大森さんに頼るのではなくて、上手く活用して欲しいということで良いですか?(笑)

大森:あるいは、これは私の方がもっと上手くやれます、っていう人が出てくればいいなあと。伴名練は割とそういう感じだと思いますよ。

――大森さんとはちょっと役割が違いつつ、伴名練さんにしか出来ないことをされるみたいな。別に「同じこと」を引き継ぐということじゃなくてもいいんですね。

大森:もちろん、同じことをしなくてもいいんです。逆に、「それは違うだろ!」と思って、消えかけた闘志がメラメラ燃え上がるかもしれないけど(笑)

――(笑) 本日は長時間、ありがとうございました。

 

大森望さんと井上彼方さんが参加している、池澤春菜監修『現代SF小説ガイドブック 可能性の文学』(ele-king books) が、2023年3月8日に刊行されます。海外作家50人と国内作家50人の紹介とコラムによって、今読むべきSFがわかる本。SF好きの方はもちろん、これからSFを知りたいという方にもおすすめです。

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井上 彼方

1994年生まれ。VG+合同会社クリエイティブ・ディレクター。2020年、第1回かぐやSFコンテストで審査員を務める。同年よりSF短編小説をオンラインで定期掲載するKaguya Planetでコーディネーターを務める。編著書に『社会・からだ・私についてフェミニズムと考える本』(2020, 社会評論社)、『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(2022, 社会評論社)。
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