名倉編インタビュー:哲学×批評×関西弁で編みだす“対話するSF” | VG+ (バゴプラ)

名倉編インタビュー:哲学×批評×関西弁で編みだす“対話するSF”

名倉編インタビュー

名倉編(なぐら あむ)は京都出身の小説家。多くのSF作家を輩出してきたゲンロン大森望 SF創作講座の卒業生の中でも強い存在感を放っている。2016年度、ゲンロン大森望 SF創作講座に第一期生として参加していた名倉編は、『異セカイ系』で第58回メフィスト賞を受賞。2018年に同作が講談社タイガから出版され、デビューを果たした。その後は、ゲンロン大森望 SF創作講座の卒業生たちが刊行する「Sci-Fire」などで小説を発表している。

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2021年には、「小説すばる」2021年9月号にゲームを題材にした短編小説「オルタ」を寄稿。本作でも見られた関西弁を駆使して繰り広げられる登場人物同士の対話は、名倉編作品の特徴の一つでもある。

今回は、SF同人誌を発行するSFGと共に名倉編への共同インタビューを実施した。深い思索に満ちたテーマを快活な関西弁を交えてSF作品として描く名倉編は、どのようにしてこの“対話するSF”を生み出しているのだろうか。そのバックグラウンドと現在地を聞いた。

名倉編インタビュー:哲学×批評×関西弁で編みだす“対話するSF”

作風について

――ウェブ連載から紙媒体へ、という道を辿られましたが、「紙媒体はこういう場所、ウェブ媒体はこういう場所」といった意識の分け方や線引きはされていますか?

名倉:少しはあるんですが、基本的にはないんです。今回、インタビューの質問をいただいて、過去のメールを見返していたところ驚いたことがありました。『異セカイ系』をまだ書いていない時、ちょうどカクヨムというサービスがこれからリリースされますというタイミングで、すでに担当だった編集者の方に「これからカクヨムに『異セカイ系』っていう話を書く予定なんですが、カクヨムに書いた作品をメフィスト賞に投稿するのは問題ないですかね」ということを聞いてたんですね。自分がそういう認識を持っていたことは覚えていなかったんですが、『異セカイ系』はカクヨムに書く前からメフィスト賞に送るつもりで書いていたんですね。メールを見返して、「あ、そうだったんだ」という感じだったんですけど(笑) なので、『異セカイ系』自体は紙になる前提で、メフィスト賞に送るために書いていました。一方でカクヨムで連載するものとしても書いていたので、ウェブと紙、両方で読まれることを考えていました。

『異セカイ系』以外の作品で言うと、たまにカクヨムなどで書いたり、ゲンロンSF創作講座の実作はウェブに掲載されたりしますが、ウェブの方が自由というか、好きなことができる感覚はあります。一つは読む人がお金を払っているか払っていないかという違いがあるからです。有料の紙媒体を想定すると、ある程度エンターテインメントとして読んでいる人を楽しませることを考えないといけないと思うのですが、無料公開のウェブだと、ある程度自分の我を出していいというか、変なことをやると面白がってもらえないかもしれないけれど、読む人はタダだからいいでしょ、という感覚で出来ることはありますね。ただ、ウェブだと誰でも読めるので、炎上を気にする度合いで言うとウェブの方が気にします。

――アニマソラリスさんのインタビューでは、『異セカイ系』は自分に似た読者だけでなく、それ以外の読者が読んだ時にどう感じるかという点に悩んだと話されていました。「小説すばる」2021年9月号(特集:「ゲーム」の想像力)掲載の短編小説「オルタ」はこれまでと少し違う文の書き方をされているように感じたのですが、これは「小説すばる」の読者層に合わせて書いたということなのでしょうか。

名倉:まず、今まではSF色が比較的強いものを書いていたのですが、今回はSFのレベルとしてはそれほど濃くないものにした方がいいだろうという意識がありました。「小説すばる」の読者層もあるのですが、あとはゲームの方でツッコミを受けるようなことを書けないなという風には思っていました(笑) “ゲーム”を書く時に他の題材よりも少しだけピリッとしているというか、それが実際に正しいかはともかくツッコミを入れる人は多いという印象で、ゲームをやる人が読んで違和感がないものを描きたいとは思っていました。「ゲーム特集」ということで、これまで「小説すばる」を読んでいなかった人が手に取る可能性もあるので、その時あまりガッカリさせたくないというのがあり、そっちを意識していましたね。

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――確かに「オルタ」では、ゲームの描写はかなり細かく書き込まれていましたね。ということは、『異セカイ系』の時と変わらず、「どんな人が読むか」というところは引き続き考えられているということでしょうか。

名倉:逆に、ある程度は開き直れるようにもなってきました。読者層は考えますが、『異セカイ系』などの感想を見ている限りは結構受け入れてもらえるんだなということを思って、少し楽観的になれました。

――『異セカイ系』が刊行されて、ある程度、受け止められ方の境界線が分かってきたということですね。

名倉:そうですね。

――私(齋藤)は大阪出身なのですが、名倉さんは京都ですよね。作品の中では関西弁を効果的に使われていますが、演出としてのアドバンテージ以上に「関西弁を使いたい」といった思いはありますか?

名倉:それはあります。ゲンロンSF創作講座でも関西弁をちょびちょび入れていて、関西弁を入れていきたいというのはあります。おそらくアドバンテージでもあるのですが、ディスアドバンテージでもあって、関西弁を使うことによって敬遠されることもあるとは思っていました。それでも入れたい気持ちがあったのは、自分の中の親しみですね。関西弁以外の口語を自然にできているかどうかを自分で判定できないので、口語を書くときには関西弁の方がホーム感はあります。

――私も普段は関西弁がメインなので、関西弁のやり取りは親近感があって読みやすいです。関西弁で書くにあたって何か参考にされているものはありますか?

名倉:参考という意味では、濃い関西弁の面白味というのもあるので、テレビとかで芸人さんが使うような濃い関西弁も入れていますね。極端に言うと「何してけつかんねん」みたいな関西人でも使わないような言葉も(笑)

――「オルタ」で言うと、“おる”が「生きてるからな」って言いますよね。これが「生きてるからね」だと全然印象が違って、「生きてるからな」はすごく生きてる感じがしました。

名倉:しっくり来ますよね。

哲学/批評性のバックグラウンド

――作風では、思索的なテーマが特徴の一つでもあると思うのですが、名倉さんの哲学のバックグラウンドはどこにあるのでしょうか。

名倉:大学では元々物理をやっていたので、哲学で学問的な薫陶を受けたということはないんです。とはいえ哲学は結構好きです。触れるようになったきっかけには複数のルートがありました。

一つは高校の頃の倫理か何かの教科で、そこで哲学に興味を持つようになりました。当時はニーチェとかが好きで読んでいました。メフィスト賞に送った作品にもニーチェを元ネタにしたギミックを加えてみたりもしていました。

それとは別のルートとして、私は元々2ちゃんねるにいたのですが、特に“ニュー速VIP”という結構失礼なことを言う人がいるようなところに居たんですど(笑)そこで書き込みを読んだり書いたりしていたのですが、当時ニュー速VIPにいる人たちはメジャーなものを嫌うというか、叩く傾向にあったんですね。『ONE PIECE』とかAKBとか、いかにもメジャーなものを叩いていて、そういうのを見ている時に「こういう批評・批判って本当に正しいのかな」ということをずっと思っていて、かつ自分が小説を書いていたということもあり、批評に興味を持つようになったんです。

それで最初の方に手に取ったのがイーグルトンという人の『文学とは何か』という本でした。それを読んで批評理論のようなものを知った後に、イーグルトンの『文学とは何か』をそのまま小説にしたような作品があるということを知りました。それが筒井康隆の『文学部唯野教授』で、読んでみたらほとんど『文学とは何か』を小説に写し換えたような内容だったんです。小説的にも内容的にもめちゃくちゃおもしろくて、それをきっかけにして、現代思想、ポストモダンなどに興味を持ち始めて、東浩紀や浅田彰を読むようになりました。

もう一つのルートは、自分は物理が専門だったんですが、そっちの方の読み方で色々な本を読んでいく中でしっくりきたのがウィトゲンシュタインでした。『論理哲学論考』などは数学的な話を入れていたりして、そちらからも哲学への興味を強めていました。

この三つのルートが複合していくような形で、色んな本を読むようになっていきました。

――哲学は独学なんですね。

名倉:そうですね、大学で学んだとかではないんです。

――『Sci-Fire 2019』収録の「山田シンギュラリティ」では欲望論を扱っています。

名倉:“欲望”は自分の中でも熱いテーマで、ルートとしては東浩紀『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』の後半の方で欲望の話が出ていたり、千葉雅也氏がときどきされている欲望の話や、フランス現代思想における欲望の話はすごく面白いと思っていて、「山田シンギュラリティ」はそこら辺を意識して書いていました。

――ポストモダン的な発想によって立場や考え方が相対化され、議論が無限後退していき、どこにも答えがないという状況に陥りそうになる。「オルタ」も「山田シンギュラリティ」も相対主義を踏まえた上で、対話で乗り越えようとしていく作品だと思いました。

名倉:ポストモダニストが批判されやすい点として、相対化しすぎではないか、無限後退が起きてしまって倫理が問えないところまで行ってしまうのではないか、ということがあると多います。それ自体は自分も同意するところではあるのですが、とはいえ、それに対抗して何かを絶対化したり規範化したりしてしまうと、そこで被害を受ける人がいる。立場が相対化されて誰が正しいとは言えないような状況になる、というのは前提に置いて、その上で対話でなんとかするというのは自分が小説でやりたいところです。

あとは物語を読んだりアニメで観たりする時に、“すれ違い”というのが結構便利に使われてしまっていると思うことがあります。例えば、登場人物同士が本当は対立するような仲ではなかったのに対立して、そこでドラマが生まれる。物語上の要請として仕方がないとはいえ、もうちょっとちゃんと対話していればもっと簡単に解決できたんじゃないかなと思うことがあります。もちろん創作物として見たときに、対話で解決しちゃったら事件が生まれないので(笑) それが常に最適解だと思っているわけではありません。

一つ例を挙げると、私は『魔法少女リリカルなのは』という作品が好きなのですが、あれは典型的なすれ違いの話です。女の子同士が友達なのにそれぞれの事情によってすれ違い、バトルが発生してしまう。すれ違いが発生しないとあの作品の良さというのは出ないと思うので、すれ違いによってドラマが生まれている作品を変える必要があると言っているのではないんです。ただ、極端な例でいうと能力バトルものなのに対話で解決しちゃってバトルが一切発生しなかった、というような、対話の価値を上位に見ている物語がそれとは別にあった方がいいんじゃないかなとは思っています。できれば自分がそういうものを書きたいという思いはあります。

――名倉さんの作品では、メイヤスーやマルクス・ガブリエルのような現代哲学の新しいことを言っているのですが、方法論としてはギリシャ哲学のような対話篇の形を取っていて、そこがすごく好きです。

名倉:ありがとうございます(笑) それはすごく嬉しいです。

――現代哲学を勉強したり理解しようとしたりして挫折する人はたくさんいると思うのですが、SF小説の中で対話という形で読めたらすごく良いなと思います。

名倉:何かしら考えるきっかけになったら嬉しいなと思いながら書いているところはありますね。

――「山田シンギュラリティ」だと、「目的がないということではなく、全てが目的になり得る。満たされないが故にそれが楽しいことなんだ」というポジティブなメッセージが描かれています。小説の中でポジティブに結論をつけるというのは意識されているのでしょうか。

名倉:「山田シンギュラリティ」自体はラカンの『対象a』みたいな話を自分の中で再解釈して作った話なんです。そういうテーマをポジティブに、自分の生活の中でも実感を持てるような、ちょっと勇気を与えてくれるような話として再解釈したいという気持ちがあります。

――藤井太洋さんなんかもポジティブな結論で着地させてくれるんですが、名倉さんは哲学的にポジティブな結論を出してくれる感じがあって、いずれも読み終わった時に前向きになれます。

今後の名倉編

――今後、作家としてこうしていきたいという展望や理想はありますか。

名倉:書きたい作品の方向性としては、批評性のあるもの、それを読んだ人の何かに対する見え方が変わったり、今まで興味を持っていなかった問題に興味を持つきっかけになるような話を書けたら良いなと思います。とはいえ、そこでエンターテインメントとしての面白さが犠牲になるのは好ましくないと思うので、それの両立を目指していきたいです。

――現在、いろんなSF作家さんが登場していて、その走りとしてゲンロンSF創作講座から新しい作家さん達が誕生していますし、ネット上で活躍される方々も登場しています。現在の状況をどう見られていますか。

名倉:盛り上がっているのはすごく感じています。『異常論文』など、「すごいなぁ」という感じで見ています(笑) そういう盛り上がりがあることは単純に良いことだと思います。SFジャンルの書き手は現代的で倫理的な問題を扱っている方が多い印象があって、そこも良いなと思っているところです。

――名倉さん自身としては、自分が何を書くか、ということを大切にしていくというところでしょうか。

名倉:そうですね。内容もそうですし、逆に軽薄に自分のスキルをひけらかしたいというか、言葉遊びとかを入れて、「こんなことも出来るぜ」みたいな(笑) そういうことを見せたいというのもあって、その両輪ですかね。

――急に(小説内で)すごい韻踏んだりしますよね(笑) 今後は長編を書かれたりする予定はあるのでしょうか。

名倉:長編がだいぶ苦戦して時間がかかっていまして、それをとにかく何とか形にしたいというのがここ数年の課題です。長編を形にしたいというのと、何かしら短編などのお仕事があればやっていきたいなと思っています。

 

名倉編『異セカイ系』は講談社タイガから発売中。

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今回共同で取材を行ったSFGが2022年に発行する『SFG Vol.04』は「異世界」特集。『SFG Vol.04』には、名倉編の代表作である『異セカイ系』について深掘りしたインタビューが掲載される。こちらもお楽しみに!

SF同人誌「SFG」は『Vol.03』まで頒布中。『SFG Vol.03』は「アジア」特集号で、バゴプラとの共同取材を実施した立原透耶、小川哲、陳楸帆のインタビューを掲載。また、第二回かぐやSFコンテストで審査員を務めた坂崎かおるのSF掌編「常夜の国」も掲載されている。

『SFG Vol.03』(BOOTH)

 

また、SFGと合同で実施した宮内悠介へのインタビューは、Kaguya Planetで先行公開中。

宮内悠介インタビュー:暗号通貨技術と小説

Kaguya Planetの最新情報はこちらから。

 

齋藤 隼飛

社会保障/労働経済学を学んだ後、アメリカはカリフォルニア州で4年間、教育業に従事。アメリカではマネジメントを学ぶ。名前の由来は仮面ライダー2号。 編著書に『プラットフォーム新時代 ブロックチェーンか、協同組合か』(社会評論社)。 お問い合わせはコチラから
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