宮内悠介インタビュー:暗号通貨技術と小説 | VG+ (バゴプラ)

宮内悠介インタビュー:暗号通貨技術と小説

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宮内悠介インタビュー

宮内悠介は1979年生まれの小説家。日本SF作家クラブ、日本推理作家協会の会員。

2010年に「盤上の夜」が第1回創元SF短編賞で選考委員特別賞を受賞し、2012年に同作を収録した連作短編集『盤上の夜』(東京創元社)を刊行しデビュー。『盤上の夜』は第33回日本SF大賞を受賞した。

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SF、ミステリー、純文学など、ジャンル横断的に活躍しており、作品は韓国語、フランス語、英語、中国語(繁体字)など、多くの言語に翻訳されている。また海外での経験も多く、幅広い知識や経験に裏打ちされた作品が魅力の作家で、執筆、翻訳、プログラミング、作曲など幅広い創作活動をしている。

2021年には『超動く家にて』(創元SF文庫)と『偶然の聖地』 (講談社文庫)が文庫化。『超動く家にて』の文庫化に際し、告知のツイートをNFTで販売するという試みを行っている。

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2021年9月にはバゴプラの主催するKaguya Planetに暗号通貨を扱ったSF短編小説「偽の過去、偽の未来」を寄稿(現在一般公開中)。これは『WIRED』(2021,vol.42)に寄稿した「最後の共有地」と合わせて暗号通貨シリーズとなっている。

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今回は、SF同人誌を発行するSFGと共に宮内悠介への共同インタビューを実施し、告知ツイートのNFT販売や暗号通貨シリーズについて話を伺った。

宮内悠介インタビュー:暗号通貨技術と小説

文庫本の出版の告知ツイートをNFTで販売

2021年4月に文庫版の『超動く家にて』(創元SF文庫)が発売された際、宮内悠介さんがその告知ツイートの所有権をNFTで販売するという試みを行いました。

こちらのツイートはバゴプラで落札させていただいております。

――まずは告知ツイートを販売しようと思ったきっかけを教えてください。

宮内:ちょうど文庫の『超動く家にて』が少し出る前くらいに、近所で髪を切りまして、美容師さんからNFTの話を聞いたのでした。半信半疑で調べてみたらなかなか面白そうでしたので、次に出る文庫と絡めて何か実験できないかと考えたのですが、小説本文の複製や配布の権利は版元にある。そういうわけで、おのずと告知ツイートを売る形になりました。

――所有権の発売について、1.好奇心、2.現代の著者のありようの模索、3.今回の文庫の話題作り、4.あわよくば出版界に話題をと書かれていましたよね。

宮内:そうですね。あのころはNFTが今よりもっと胡散臭かったので、はっきり、正直に目的を書く必要があると思いました。で、自分のやりたいことについて、「感動を与えたい」とかそういう公共性の皮をかぶせる手段は嫌でしたので、第一に自分の好奇心を挙げています。

――「2.現代の著者のありようの模索」の背景にある問題意識を教えてください。

宮内:だいたい他の同業者の方々と同じ問題意識であると思います。要するに、出版の未来が未知数であることです。でも一番美しいのは、ただ作品と向き合うことだと思っていますし、その考えは変わりません。だからある意味では、その環境をいかに作るかという話になるかもしれません。

――作家自身が執筆活動をするためのの基盤を作るために、新しい流通とマネタイズを考える必要がある、ということですか。

宮内:小説家は一見するとBtoCのようですが、実際は出版社等々を取引先とするBtoBですね。ですから本当は、新しい流通やマネタイズを考える立場にはないと考えます。ですが変革期でもあると思いますので、将来の変化に備えて、受け身にならず、既存の枠組みの範疇でいろいろ試しておきたいのも確かです。その意味ではイエス。でも繰り返しになってしまいますが、やはり、ただ作品と向き合い、作品のみで勝負するのが一番美しいはず。その意味ではノーです。

――NFTの基本的な仕組みとしては、ブロックチェーン技術によって所有履歴や購入者情報などを記録することでデジタルデータの唯一性を証明する、そしてそのデジタルデータを売買できるということだと思います。それによって、例えば電子書籍の転売などができるようになりますよね。

宮内:たとえば読者がNFT化された電子書籍を資産として持つことができ、それを売れる。このとき著者にもマージンが入る。本当は判断が難しいところなのですが、もしそうなれば幸せな未来の可能性もあると思いませんか。法的に可能かはわかりませんし、このあたりは既存の出版社の方針に無難についていきたいところですが、もしそんな世界になったらどうなるだろうとは思います。

そういえば、前にどこかが「新刊書籍はメルカリで案外高く売れる!」みたいなキャンペーンをやってさんざんな言われようをしてまして、私自身ちょっとどうかと思ったのですけれど、実はあれ、着眼点自体は悪くなかったように思うのです。書籍には投資商品としての側面があるよということですよね。NFTなどはまさにそうですし、投資商品としての付加価値をつける手法は、たとえばレゴ社とかがうまくやっているように見えます。ですからあの問題は、単純に言い方とか見せ方の問題であった気がしています。

――NFTと小説、NFTと出版業界について、今後やってみたいことなどございますか。

宮内:もしかするとNFTがチケット売買などの実生活に染み出してくる未来があるかもしれないし、ないかもしれない。あるとしてそれはもう少し先のことだと思いますので、現状でやるとしたら実験的な何かになると思います。私の場合は趣味が作曲ですので、自分で音楽をつけて朗読とかをしてそれをデジタル化してといったことも考えたのですけれど、出版契約的にたぶん難しい。結局は版元との相談ですけれども、まあこのあたりは思いついたら、です。

――ちなみに、NFTの使い方、活用方法で面白かった事例があれば教えてください。

宮内:最近ですと、子供が自由研究か何かでNFTアートを作ったら話題になって価値が高騰してしまった、というのはちょっと微笑ましかったです。自由研究ですごく儲かってしまったという話で……(笑)

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暗号通貨シリーズについて

――宮内さんは現在、『WIRED』vol.42に掲載されている「最後の共有地」、Kaguya Planetに掲載されている「偽の過去、偽の未来」は暗号通貨を使ったSFを書かれています。この暗号通貨シリーズを書かれている動機やきっかけを教えてください。

宮内:おそらく一般的な受け止められかたは、暗号通貨が「新しい」からSFに取り入れた、であると思うのですが私の考えは逆でして、暗号通貨やブロックチェーンの技術が枯れてきたので取り入れた面があります。暗号通貨はある程度普通的な存在として人類の歴史に刻まれた、それゆえ書く、といったような立場です。本当の直近の新技術は半年後にあるかないかもわかりませんし。ビットコインが出てから結構経ちますので、そろそろよいのではないかと。

私自身は先端の技術を用いることには懐疑的なんです。というのも書き手は専門家ではないですし、まあ皆何かしらの専門はあるとは思いますけれども、扱う題材すべてに対して専門家レベルの知識を持つというのは、基本的には無理であるわけです。そういうわけですから、流行り物よりはある程度枯れたテクノロジーをベースにするくらいがむしろいいものができそうに思います。つまり、今回の暗号通貨について言えば、枯れつつある技術という立場を取っています。ただ世間的にはまだ目新しいわけで、その意味ではちょうどいい題材だったかもしれません。

――暗号通貨など、比較的新しい技術とかテクノロジーをSFの中で扱う意味や魅力などを教えてください。

宮内:SFはどちらかというと遠い未来を描いたり、架空の技術を扱ってこそのところはあると思います。ただ、今回Kaguya Planetさんに掲載いただいた掌編「偽の過去、偽の未来」にも通じる話なのですが、ときとして未来は見失われる。また、未来を描く際に問われる倫理や責任が重くなるタイミングもある。たとえば、いまの感染症蔓延下の状況がそうです。この倫理や責任を考えすぎてしまったのが「偽の過去、偽の未来」の語り手です。こんなとき、いったん現在に立ち返ってみるのは、一つのありうる選択肢であると思うのです。それはつまり、比較的新しい技術を扱うということとニアリーイコールだとは言えないでしょうか。

――暗号通貨などのテクノロジーをSFの中で扱う際、気をつけていることがあれば教えてください。

宮内:必ずしも実践はできていないのですが、まずは自分のできる限り理解することです。今回はビットコイン関係のプログラムを自分で組んでみたり、イーサリアムの規格を読んだりとかはしています。それからもう一つ、やはり目の前のことだけでなく、できるだけ普遍的であることだろうと思います。ちょっと古く見えようとも、結果的にはその方がよくなる可能性が高いと思っています。その上で思索を重ねて、結果的に半歩先くらいに見えるようになればちょうどよさそうだなと。

――「最後の共有地」でも「偽の過去、偽の未来」でも、「スマートコンセンサス」という暗号通貨技術を用いた合意形成の方法が出てきます。この「スマートコンセンサス」は宮内さんが発案されたのですか。

宮内:発案は発案なのですが、元がイーサリアムという規格の「スマートコントラクト」ですので、ほとんど言葉遊びのようなものです。物事の合意形成のありようは、冷戦時代などと比べるとさらに複雑化・困難化しているような印象です。ならばいっそ、技術を通して合意なき合意を発生させられないか、というのが発端でした。セキリュティ分野でいう「ゼロトラスト」とかそういったものに近いです。ブロックチェーン周辺の技術が枯れてきましたので、それとくっつけて「スマートコンセンサス」というものを考えました。ただ、真に合意形成を目指すなら、現実の技術はもっと複雑な代物になるだろうと思います。

――「スマートコンセンサス」の要は、合意を手放しているという点にあるのではないかと思っているのですが、そういうことであっていますか。

宮内:おっしゃる通りです。資源分配であれ、大国間の思惑であれ、合意形成というものはやはり難しい。ならばテクノロジーを用いて合意なき合意という形で実現できないかということです。ただ本当はこれは危険思想であるとも思います。

――「スマートコンセンサス」による合意について、宮内さん自身はどのようにお考えかお聞かせください。

宮内:かなり乱暴な代物です。合意なるものを真に突きつめると大長編になってしまうと思いますので。とはいえ、何かを考えていく上での叩き台というか、一つのプロトタイプとしてはそれなりに面白いのではないかと思っています。

――両作品では、暗号通貨の話をしつつも、人間の話をされているなと思いました。人と技術やテクノロジーの関係についてお考えをお聞かせください。

宮内:人間が全く出てこない小説もありますが、基本的には小説は登場する人間についての話だと思いますので、それはそうなります。人と技術の関係については、『あとは野となれ大和撫子』という長編にちょうどいい悪役の台詞がありましたので、それを引用させてください。

「テクノロジーに罪はなく、使いこなす人間次第--。そんなのは嘘っぱちさ。人間もまた、プログラム通りに動く機械でしかない。言うなればこの現世は、人間の作ったテクノロジーと、神の作ったテクノロジーがあるのみだ。ならば、そう。人に原罪があるというなら、おのずとテクノロジーにも原罪はあるわけでね。」
(『あとは野となれ大和撫子』, 角川文庫, p.366)

ちょっとひねくれていますけど、これはわりと私の本心に近いです。

今後の展開

――「偽の過去、偽の未来」では「指輪物語、近未来暗号通貨、コモドール64やD&D、父と娘、女性二人の遠い絆、そして「ノスタルジーという病・未来予測の問題」等々、ここ最近の考えを全部盛りしています」と書かれていましたが、近未来暗号通貨以外のテーマもこれからの短編で展開されるのでしょうか。

宮内:まず、これだけの要素をどうやって4000字強にまとめたかなのですが、このとき縦糸にしたのが『指輪物語』でした。この話は多くの人がご存知ですからね。ですので、『指輪物語』についてはこれきりになりそうです。ただ、「偽の過去、偽の未来」で示した、過去志向と未来志向は双方に病があるかもしれないという視点は、今後様々な形で変奏されていくと思います。レトロコンピューターなども私にとっては大切なものなので、病を自覚しつつ今後も頻出すると思います。女性二人の絆は、今回は絆止まりでしたが、これを「シスターフッド」に発展させることも考えてみたいと考えています。

――レトロコンピューターに対する思い入れなどがあるんですか。

宮内:ものすごくあります。確か小五くらいだと思うのですが、MSX2+という8ビットコンピューターを買ってもらって、それでプログラミングを始めたり、音楽を打ち込んでみたり、そういった遊びをしていたものですから。ものづくりの順番では、作曲、プログラミング、小説という感じでしょうか。私と同じように昔のレトロコンピューターを思い出として抱えている人は世界中にいるようで、MSXでしたら、例えばMSX DEVというコンテストがスペインかそのあたりで行われていまして、いまさら新作ゲームを作って競い合おうというものなんですけれども、それに投稿してみたりとかもしました。一昨年くらいですかね。10人中5位みたいなすごく微妙な結果でした。

――女性同士の遠い絆をシスターフッドに展開させたいというのは…?

宮内:「偽の過去、偽の未来」のふわっとした絆も、あれはあれでシスターフッドに含まれると思うのですが、より狭義のと言いますか、本当は「連帯」まで持っていけないものかと考えていましたので、少しやり残した気持ちがあるのでした。

――宮内さんにとって「シスターフッド」を考えることはどういう意味を持っていますか。

宮内:なんとなくですが、たとえば「百合」といった形で消費されることを物語の側から拒むような、そういう女性同士の連帯や共闘のようなものをイメージしています。もちろん百合を否定するものではなくて、百合は百合でおおいにあっていいと思っています。

――今後の作品もとても楽しみにしております。

宮内悠介「偽の過去、偽の未来」はKaguya Planetにて一般公開中。

また、SFGと共同で行った名倉編のインタビュー「哲学×批評×関西弁で編みだす“対話するSF”」を先行公開中。

今回共同で取材を行ったSFGが2022年に発行する『SFG Vol.04』は「異世界」特集。『SFG Vol.04』には、宮内悠介自身の経験と創作についてうかがったインタビュー名倉編の代表作である『異セカイ系』について深掘りしたインタビューなども掲載される。こちらもお楽しみに!

SF同人誌「SFG」は『Vol.03』まで頒布中。『SFG Vol.03』は「アジア」特集号で、バゴプラとの共同取材を実施した立原透耶、小川哲、陳楸帆のインタビューを掲載。また、第二回かぐやSFコンテストで審査員を務めた坂崎かおるのSF掌編「常夜の国」も掲載されている。

『SFG Vol.03』(BOOTH)

井上 彼方

1994年生まれ。VG+合同会社クリエイティブ・ディレクター。2020年、第1回かぐやSFコンテストで審査員を務める。同年よりSF短編小説をオンラインで定期掲載するKaguya Planetでコーディネーターを務める。編著書に『社会・からだ・私についてフェミニズムと考える本』(2020, 社会評論社)、『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』(2022, 社会評論社)。
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