フェミニストで共産党員でブラックパンサー——『高い城の男』ベルのモデルになったアンジェラ・デイヴィスとは誰か【シーズン4】 | VG+ (バゴプラ)

フェミニストで共産党員でブラックパンサー——『高い城の男』ベルのモデルになったアンジェラ・デイヴィスとは誰か【シーズン4】

©️Amazon Studios

『高い城の男』が完結

フィリップ・K・ディックの同名小説を実写ドラマ化したAmazonオリジナルドラマ『高い城の男』(2015-2019) は、2019年11月にファイナルシーズンとなるシーズン4が公開された。『高い城の男』は、第二次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国が勝利した世界のアメリカが舞台となっており、日本が統治する西海岸とナチスが統治する東海岸で様々な登場人物たちによる群像劇が展開される。各々のキャラクターがその生き方を——時には死に方を——選び、決断を下していく様子が『高い城の男』の見どころだ。

シーズン4で登場したBCR

シーズン4からは日本側のキャラクター、ナチス側のキャラクター、レジスタンスのキャラクターに加えて、BCR (黒人共産反乱軍) が登場する。共産主義思想とブラックナショナリズムを背景に、日本太平洋合衆国政府に対して、黒人による自治区の引き渡しを要求している。BCRは1950年代後半にカリフォルニア州オークランドで始まった運動とされており、黒人による自治区を要求する姿勢は、現実のアメリカ史において黒人解放運動の指導者であったマルコムXの姿にも重なる。マルコムXは1965年に暗殺されるが、晩年は人種間の対立よりも、共産主義思想に通じる階級間の衝突を予見していたという点でも、BCRの姿勢と重なる部分がある。また、BCRの隠れ家の本棚には、カール・マルクスの他に、W・E・B・デュボイスマーカス・ガーベイらの書籍が並んでいる。

ベル・マロリーのモデルとは

そのBCRでリーダーとして頭角を現すのが、フランシス・ターナー演じるベル・マロリーだ。政府との闘争の中で、BCRの中心人物として時に勇敢な、時に人間的な判断を下し、巨大な権力に立ち向かっていく。ベル・マロリーを演じたフランシス・ターナーは、ロサンゼルスで開催されたVulture Festival LAの会見で、ベルというキャラクターについて「非常に緩やかに」と留保をつけながらも、現実の公民権運動・黒人解放運動などで活躍したアンジェラ・デイヴィスをモデルにしていると語っている。

アンジェラ・デイヴィスとは誰か

アンジェラ・デイヴィスはバーミングハム出身の黒人女性政治活動家で、哲学者でありフェミニスト、アメリカ共産党およびブラックパンサー党の党員でもあった。1944年生まれで、『高い城の男』シーズン4の公開時点で75歳。共産党を脱退した1991年以降は、2008年に定年退職するまでUCサンタクルーズやラトガース大学で教授として、哲学における“意識”の歴史やフェミニストスタディーを教えていた。フッサールやハイデガーのもとで学んだマルクーゼからも影響を受けている。

アンジェラ・デイヴィスは、共産党系の団体で指導的な立場にあった母の影響で、幼い頃から共産主義的な考えを持つ大人たちに囲まれて育った。高校時代には共産党の青年団体に所属している。ちなみにアンジェラ・デイヴィスの母のサリー・デイヴィスのミドルネームは、『高い城の男』の登場人物と同じ“ベル”だ。

アンジェラ・デイヴィスは黒人解放運動の闘士であると同時に、哲学者としても知られている。ブランダイス大学ではドイツ出身でユダヤ系のヘルベルト・マルクーゼのもとで学び、留学先のドイツ・フランクフルト大学では哲学を専攻した。学生時代の1963年には、アンジェラ・デイヴィスの地元バーミングハムで、白人至上主義集団のKKKによって4名の少女が殺害された教会爆破事件が起きているが、アンジェラ・デイヴィスはこの事件で知人を失っている。

ドイツではナチスが残した傷跡と向き合う東西ドイツの姿を学んだが、アメリカ国内で盛り上がる黒人解放運動に加わるために帰国、1960年代後半からマルコムXの遺志を継ぐようにして台頭した黒人解放運動団体ブラックパンサー党に入党する。その後アンジェラ・デイヴィスは、UCサンディエゴで修士号、東ドイツのフンボルト大学ベルリンで博士号を取得している。

活躍と弾圧

1969年にはUCLA (カリフォルニア大学ロサンゼルス校) で哲学科の准教授として職を得る。この時、アンジェラ・デイヴィスは25歳。この頃すでにベトナム戦争、性差別、人種差別、帝国主義、アメリカの刑務所ビジネスを批判するスピーチを始めており、若き共産主義者として、また、第二波フェミニズムの女性解放運動ラディカルフェミニズムの弁士としても人気を集め始めていた。だが、准教授の職を得たその年の内に、アンジェラ・デイヴィスはUCLAを解雇されてしまう。ブラックパンサー党に所属していたこと、同年にアメリカ共産党の黒人団体に入党していたことがその理由である。アンジェラ・デイヴィスの解雇を主導したのは、のちのアメリカ合衆国第40代大統領で、当時カリフォルニア州知事を務めていたロナルド・レーガンだ。

この解雇は不当であるとして、一度は州の判事に差し止められたが、翌1970年にはスピーチにおいて煽情的な言葉を使用したという理由で、アンジェラ・デイヴィスは再度UCLAを解雇されている。だが、それだけでは終わらない。1970年、今度は白人判事の殺人事件で使用された武器を用意したという嫌疑でアンジェラ・デイヴィスへの逮捕状が発行される。後に無罪の判決が出るのだが、アンジェラ・デイヴィスはFBIから身を隠し、友人の家を転々とする生活を送る。『高い城の男』におけるベルやジュリアナ・クレインのような生活を実際に送っていたのだ。

『高い城の男』にも登場する当時のFBI長官ジョン・エドガー・フーヴァーは、アンジェラ・デイヴィスを「FBI10大最重要指名手配」のリストに加えている。当時、累計309名の人物がこのリストに加えられていたが、女性ではアンジェラ・デイヴィスが三人目であった。その後、アンジェラ・デイヴィスは身柄を確保され、当時の大統領リチャード・ニクソンはアンジェラ・デイヴィスを「危険なテロリスト」と断言してその逮捕を歓迎した。

だが、アメリカ政府にとって予想外だったことは、アンジェラ・デイヴィスの逮捕が人々の国際的な連帯を促したことだろう。1971年、アンジェラ・デイヴィスの釈放運動は盛り上がりを見せ、アメリカ国外で67、国内で200以上の組織が結成された。ソウル歌手のアレサ・フランクリンミック・ジャガージョン・レノンとオノ・ヨーコらが続々とアンジェラ・デイヴィスを支援する曲を発表。

1972年にはフレズノの白人農場主ロバート・マカフィーが当時の10万ドルという多額の保釈金を支払い、アンジェラ・デイヴィスの保釈が実現、後に無罪を勝ち取っている。

政治・哲学への復帰

その後、アンジェラ・デイヴィスは1980年にアメリカ共産党から副大統領候補として出馬するなど、政治活動を止めることはなかった。1980年代からは哲学者、フェミニズムの伝道師としても大学教育の現場に復帰。1982年に代表作の一つ『Women, Race, & Class (女性、人種、階級)』を出版する。日本では、アメリカの刑務所ビジネスを批判した『監獄ビジネス グローバリズムと産獄複合体』(2008, 上杉忍 訳) が岩波書店から発売されている。

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バラク・オバマが黒人初の大統領に就任した際には、アンジェラ・デイヴィスはDemocracyNowで、オバマを選んだ大衆がその結果に満足することなく、オバマを動かし続けるための運動を続けるよう呼びかけている。トランプ大統領が誕生した2017年にはワシントン女性行進で名誉共同議長を務めた。そして、2019年に公開された『高い城の男』シーズン4で重要人物ベル・マロリーのモデルとして、次の世代に改めてアンジェラ・デイヴィスという人物の存在が知られることになった。

アンジェラ・デイヴィスを知って——

こうしたアンジェラ・デイヴィスの経歴を見れば、ドラマ『高い城の男』シーズン4における“黒人共産反乱軍”という設定は、決して突飛な発想ではないということが分かる。自由と公正を求めて闘い、そして人々の力を借りて勝利した黒人女性が現実の世界に存在していたのだ。

アンジェラ・デイヴィスがモデルであるベル・マロリーを演じたフランシス・ターナーは、オーディションで用意された資料を読んだだけで、アンジェラ・デイヴィスのペルソナが浮かび上がってきたと、meaww.comのインタビューで話している。

1960年代のブラックパワームーブメントやブラックパンサーについて、多くのリサーチを行いました。オーディションで製作陣と話をした時、ベルが緩やかにアンジェラ・デイヴィスをモデルにしていると聞かされました。アンジェラ・デイヴィスのことは知っていましたが、自分が思っていたほどにはよく知らないということも分かっていました。なので私は彼女の自伝を読ませてくださいと伝えました。それから2日間で自伝を読み終えたのですが、とてもワクワクしました。アンジェラ・デイヴィスを彼女 (ベル) のモデルに設定している理由が分かったのです。

『高い城の男』のような歴史改変SFに触れる時、史実を知ることは、物語をより深く楽しみ、その物語を現実世界に投影するための重要なエッセンスになる。ドラマ『高い城の男』のプロデューサーで、原作者フィリップ・K・ディックの娘でもあるイサ・ディック・ハケットは『高い城の男』シーズン4が右派ポピュリズムが台頭する現実世界に対応した内容になっている述べている。作中のベル・マロリーの闘いを観て、アンジェラ・デイヴィスの闘いの歴史を知り、現代の現実社会に生きる私たちは、次の世代にどのような生き様を見せることができるだろうか。

ドラマ『高い城の男』はAmazonプライムビデオで独占配信中。

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Source
meaww.com / DemocracyNow

VG+編集部

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