予告編もない事前情報なしの異例の映画、全国公開
予告編、出演声優、主題歌のアーティストの告知が一切無いままで2023年7月14日に公開された異例の映画『君たちはどう生きるか』。『風立ちぬ』(2013)で長編アニメーションからの引退を宣言した宮﨑駿監督が、“引退したまま”で10年の歳月を経て創り上げられた『君たちはどう生きるか』だが、その中でも特徴的な存在が「鳥」だ。
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— スタジオジブリ STUDIO GHIBLI (@JP_GHIBLI) July 17, 2023
公開前唯一の情報だったポスターにも大きく描かれた「鳥」だったが、「鳥」が持つ意味とは何だったのだろうか。なお、本記事は宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『君たちはどう生きるか』の内容に関するネタバレを含みます。
本編に登場する「鳥」
覗き屋のアオサギ/鷺男
映画『君たちはどう生きるか』のポスターにも大々的に描かれ、グッズ展開の中心にもなっているのが覗き屋のアオサギ/鷺男だ。菅田将暉が声優を務める覗き屋のアオサギ/鷺男。周囲からは嘘つきだと呼ばれ、主人公の牧眞人を大叔父の命令で「下の世界」に案内するのが覗き屋のアオサギ/鷺男だが、ファンたちの間ではモデルになったとされる人物が存在している。
ファンたちの間でモデルになったと言われ、半ば公認の域にまで達している説が、「覗き屋のアオサギ/鷺男のモデルは鈴木敏夫プロデューサー」という説だ。そもそも、映画『君たちはどう生きるか』は宮﨑駿監督の半自伝的な要素があると言われ、ファンタジックな「下の世界」、つまりはアニメーション業界へと牧眞人を連れ込み、時には喧嘩などをしながら案内する点が鈴木敏夫プロデューサーに当てはまるのではないかと言われている。
覗き屋のアオサギ/鷺男との映画終盤の別れは、そのような宮崎駿監督の半自伝的映画であり、宮﨑駿監督とアニメーション業界などとの関係性を考えると、フィクションの世界から現実世界へと帰っていくことのメタファーとして取ることができる。覗き屋のアオサギ/鷺男がいずれ「下の世界」のことを忘れていくと言うのも、フィクションと現実の関係性を表しているのだと考えられる。
ペリカン
「下の世界」で群れを成し、封じられ、「我ヲ学ブ者ハ死ス」と書かれた石室の墓に入り込もうとし、「下の世界」で成長して「上の世界」で新しい命となるわらわらを食べる存在がペリカンだ。当初こそ牧眞人はペリカンを悪だと考えていたが、ヒミに焼かれて死にかけた小林薫演じる老ペリカンの言葉を聞いて、牧眞人の心は揺れ動く。
映画『君たちはどう生きるか』が宮﨑駿監督の半自伝的な映画だと考えると、わらわらは自分たちの背中を見てアニメーション業界に飛び込んだ新人たちで、ペリカンはそれを搾取する現時点での体制だと考えられる。
その一方で老ペリカンが自分たちも大叔父に「下の世界」に連れてこられ、「下の世界」の海に魚が少なく、高く飛ぶことも子孫は忘れ、わらわらを食べることでしか飢えをしのぐことができないと語るのは、宮﨑駿監督自身が自分たちの世代でアニメーション業界の現状をどうにかすべきだったという意味なのかもしれない。
宮﨑駿監督は『紅の豚』(1992)で豚のポルコ・ロッソに「飛べない豚はただの豚だ」という台詞を言わせているが、これは社会主義を支持していた宮崎駿監督が旧ソ連の崩壊を見たことで自分の信じていたものが瓦解し、「アニメーションをつくらない自分の価値」に悩んだ末のものという考察がある。それを踏まえると、ペリカンたちも同じような存在で、どんなに高く飛ぼうとしても同じ島に帰ってきてしまい、わらわらを食べるしかないというのは業界の話だと考察できる。
また、ペリカンはキリスト教圏では最も子孫への愛の強い動物だと言われており、老ペリカンも死ぬ瞬間まで、高く飛ぶことを忘れていく子孫たちの心配をしていた。その点もまた、業界を憂いている業界人の隠喩なのかもしれない。また、ペリカンとアオサギは同じペリカン目の鳥類である。
セキセイインコ
古塔の地下に住み着き、國村隼演じるインコ大王を中心にまさしくスタジオジブリ作品的な国家をつくっているのがセキセイインコたちだ。覗き屋のアオサギ/鷺男に「象でも食べる」と言われるほど貪欲な存在であり、赤ん坊のいる夏子は食べないが、牧眞人を食べようとする。
セキセイインコは最も人間の言葉を真似して話す動物であり、ペットとして高い人気を誇る一方、無責任な人間によって野性化して群れを成してしまった外来種でもある。他人の言葉を真似して話す性質から、エコーチェンバー的な民衆の比喩とも考えることができる。
宮﨑駿監督の半自伝的な作品として映画『君たちはどう生きるか』を考えると、セキセイインコたちはファンの負の面の比喩なのかもしれない。インコの王国は物質主義的なものを好まない宮﨑駿監督にとっての、自分のコントロールを離れたIPであり、牧眞人やヒミを祭り上げる一方で大叔父を支配しようとするのはリスペクトと支配欲の混合したファンダムの心理を表現していると考えられる。そして、前に進みたい宮﨑駿にとって先祖を見て涙を流すセキセイインコは「古き良きスタジオジブリらしさ」を求める懐古的なファンなのかもしれない。
最後、ペリカンと合わせてセキセイインコも大叔父が飾り立てた古塔の外という現実世界へと帰していくのは、実質的に宮崎駿監督にとって最後の作品となる映画『君たちはどう生きるか』なりの現実で生きていくことへのメッセージとも受け取れる。
今後の情報解禁に注目
パンフレットも後日発売であるため、宮﨑駿監督が何を思って「鳥」を題材に選んだのかを知ることはできない。ただ、2023年2月に行われた試写会で宮﨑駿監督本人が「おそらく、訳が分からなかったことでしょう。私自身、訳が分からないところがありました」と語るほど比喩や隠喩の多い映画『君たちはどう生きるか』。今後の情報解禁に注目していきたい。
映画『君たちはどう生きるか』は2023年7月14日(金) より全国の劇場で公開中。
久石譲が手がけた映画『君たちはどう生きるか』のサントラは8月9日発売で予約受付中。
米津玄師の主題歌「地球儀」は160頁の写真集が付いた初回版が7月26日(水)発売で予約受付中。
吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』は岩波文庫から発売中。
吉野源三郎原作、羽賀翔一イラストの漫画『君たちはどう生きるか』はマガジンハウスから発売中。
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