2023年7月14日（金）全国公開
『風立ちぬ』（2013）で長編アニメーションからの引退を発表した宮崎駿監督。そのような宮崎駿監督が長編アニメーションを引退したまま、宮﨑駿監督名義で製作した映画『君たちはどう生きるか』が2023年7月14日（金）に全国公開された。
一切の広告を出さないという世界的に有名なスタジオジブリだからこそできる広告戦略により、ある意味で観客たちの注目を集めた『君たちはどう生きるか』。本記事では作品に大きな影響を与えた吉野源三郎『君たちはどう生きるか』（1937）との関係性についてを中心に書いていこう。なお、本記事は映画『君たちはどう生きるか』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。
以下の内容は、映画『君たちはどう生きるか』の内容に関するネタバレを含みます。
コペル君と牧眞人
無自覚な特権階級
吉野源三郎作『君たちはどう生きるか』はコペル君こと15歳の本田潤一という少年とその叔父が、様々なことに向き合い、人生を見つめ直すものとなっている。本田潤一は女中やばあやのいる家で育った裕福な少年で旧制中学二年であり、親は亡くなるまで銀行の重役、周囲の友人は実業家や医者の息子が多い。
そのため、吉野源三郎の書いた『君たちはどう生きるか』は児童文学の形をとった教養教育の古典として高く評価されながらも、「本田潤一らが一部の特権階級の男子だから物語が進んだ」と批評されることもある。
この点はスタジオジブリの宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』でも共通している。宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』の主人公の牧眞人の父親は工場を経営しており、戦闘機のキャノピーを作り、その戦争特需によって利益を上げている。
そしてダットサンで学校に乗りつけるなど、拝金主義的な側面も目立ち、サイパンでの海軍の惨状をキャノピーが売れると嬉々として語るのが眞人の父親だ。牧眞人はその戦争特需による豊かさを無自覚に享受し、それが外界との隔たりの一つともなっている。
それを表すのが、米の消費を抑えるために大根を入れて炊いた大根飯（糧飯）を食べるばあやたちの前で大根飯を食べ、「不味い」と言い放つ場面だろう。その前に缶詰や砂糖、煙草も貴重品になっていることが明らかになっているため、この「不味い」という言葉はとても印象に残る。
豊かさを支える存在に気が付くとき
宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』の物語が進み、牧眞人は冒険の中で自分の豊かさは当たり前ではなく、誰かに支えられていることに気が付く。それを印象づけるのが漁をし、巨大魚を裁く若き日のキリコとの出会いの場面だろう。
それまで他の子供たちが勤労動員をしているのにも関わらず喧嘩からそれに参加せず、眞人の父親もそれに参加しなくていいと言う。他にも出征兵士を見送る光景を目にしながらも、義理の母である夏子が礼をしたのに合わせて礼をするなど、戦時下においても戦争など現実の血なまぐささや労働から離れたところにいる牧眞人。
しかし、牧眞人は“殺生のできない存在”のため、代わりに巨大魚を裁くキリコに命じられて、自分も肉体労働に従事する。その中で巨大魚の血にまみれ、大事な巨大魚の臓物をこぼしてしまうなど失敗し、怒られる経験をする。そこで初めて人々の生活を支える肉体労働をする人々の存在を知る。そして、殺生という他の人々が忌避することに従事する人々と次世代の命の営みを支える人々がいるということも知るのだった。
現代へ向けたメッセージ
コペル君からのメッセージの現代解釈
吉野源三郎作『君たちはどう生きるか』は最後、叔父さんへ本田潤一が今後の人生についてノートに書く場面で終わっている。その内容の一つにこのようなものがある。
「コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の中の天体の一つとして、その中を動いていると考えるか、それとも、自分たちの地球が宇宙の中心にどっかりと坐りこんでいると考えるか、この二つの考え方というものは、実は、天文学ばかりの事ではない。世の中とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわることになるのだ。」
—ものの見方について（おじさんのノート）
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』（1982）岩波文庫、25ページ
この天動説的な考え方をしていたのが、宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』において、眞人の父親や冒険に出る前の牧眞人だろう。牧眞人は冒険を経て天動説的な思考ではなく、地動説的な考え方に変わっていく。それと共に生き方も受動的なものから能動的なものへと変化していき、自分の人生を見つめ直すことになる。
その点では「特権階級の男子だから物語が進んだ」という批判をもとに、観客に向けて「自分も何かしらの特権階級に属しているのではないか」「自分の生活もキリコのような存在に自分がしたくない物事を行なってもらってはいかないか」と問いかける内容になっているのが宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』の特徴と言えるだろう。
現代版『君たちはどう生きるか』
宮﨑駿監督は自分が子供の頃に読み、影響を受けた吉田源三郎作『君たちはどう生きるか』を冒険ファンタジーとして、現代に則した内容で描いたと考えられる。宮﨑監督作の映画『君たちはどう生きるか』は観客に対して自分たちはどのような人々に支えられることで、現在の生活を送れているのかを考えさせる内容になっている。
自分たちは天動説的な人生を送るか、それとも自分もまた社会の一部であるという地動説的な人生を送るかどうかを問いかける宮﨑駿監督作の映画『君たちはどう生きるか』。地動説的な人生を送るということは、自分も他の天体と同じように社会の一部になるということであり、誰かの人生を支える存在になるということでもある。
吉野源三郎の描いた本田潤一と叔父さんの間で社会の構造などを知り成長していく物語『君たちはどう生きるか』。宮﨑駿監督が牧眞人の冒険の中で社会に問いかけたものに対して、私たち観客たちはどのように受け止め、それが今後の人生にどのように影響するのか。真摯に考えていきたい。
映画『君たちはどう生きるか』は2023年7月14日(金) より全国の劇場で公開中。
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久石譲が手がけた映画『君たちはどう生きるか』のサントラは8月9日発売で予約受付中。
米津玄師の主題歌「地球儀」は160頁の写真集が付いた初回版が7月26日(水)発売で予約受付中。
吉野源三郎の小説『君たちはどう生きるか』は岩波文庫から発売中。
吉野源三郎原作、羽賀翔一イラストの漫画『君たちはどう生きるか』はマガジンハウスから発売中。
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