ジェーン・エスペンソン「ペイン・ガン ある男のノーベル賞受賞式に向けたメモ」(岸谷薄荷訳) | VG+ (バゴプラ)

ジェーン・エスペンソン「ペイン・ガン ある男のノーベル賞受賞式に向けたメモ」(岸谷薄荷訳)

カバーデザイン 浅野春美

先行公開日:2022.1.29 一般公開日:2022.3.5

ジェーン・エスペンソン「ペイン・ガン ある男のノーベル賞受賞式に向けたメモ」
原題:Nobel Prize Speech Draft Of Paul Winterhoeven, With Personal Notes
翻訳:岸谷薄荷
7,813字

紳士淑女のみなさま、わたしがこの授賞式に招かれるゆえんとなった発明は、まったくのインチキです。あってはならないバグがあるのです。

紳士淑女のみなさま、謹んでこの名誉をお受けします。

紳士淑女のみなさま、まったく予想外のことでした。

このスピーチでは、インスピレーションの源について話すのが通例のようですね。僕の場合、それは、惨めな子ども時代に由来しています。初めは、周りにいる他の人たちも、僕と同じように痛みを感じていると思っていました。何か刺さったり火傷したりしたときには誰しもが、僕が刺し傷や火傷を負ったときのように生々しく痛みを感じるのだと思っていたのです。ですから、まだ心身ともに幼いなりに、僕はできるだけのことをしました。心の痛みにも、体の痛みにも耐えていたのです。当時の僕は、他の人が、あんなにつらい気持ちのときに怒りや苦痛を抑えて涼しい顔で笑ったりできているだなんて、考えていたのでしょうか。ともかくぼくは、苦痛に耐えながらちょこまか歩いていたのです。

だんだん、本当のことに気づきはじめました。僕の苦痛は他の人の苦痛よりも大きいのだ、と。より大きな痛みを感じているのです。そうなのです、あなたよりも。ご主人、あなたより。後ろにいる奥様、あなたよりもです。あらゆるものを他人より強く感じていますが、特に苦痛です。身体的、精神的、感情的な苦痛。わたしの感覚器官は音叉のようなものです。いちど衝撃を受けると、僕の存在全体が、その衝撃の感覚によって震え、苦痛の感覚が長いこと全身にこだまする。音叉、あるいは太鼓に張られた皮でしょうか。一撃を受けたとき、それを吸収して減衰させるのではなく、衝撃が体の奥深くから響いてきて泣き叫ぶような、そういうもの。

成長するにつれ、この呪いはひどくなっていきました。他の人は、僕が皆とは違うことに、僕自身が気づく前に気づいていたのだと思います。少なくとも、無意識下では。子ども特有の意地悪さをもって、より大きいハンデを負った子を追い詰めようとします。女の子たちは僕と遊んでくれず、このことが僕に苦痛を引き起こし、負のスパイラルを悪化させました。男の子たちも僕の持っているゲームで遊ぶのを嫌がりました。彼らは粗雑でした。「粗雑」、なんてぴったりな言葉でしょう。他の人たちがタコのできた手のひらのように鈍感で粗雑な感情しか抱かないのだとすると、僕の感情は、綺麗に洗った優しい指先のように繊細です。僕がトレードマークのケープを身につけるようになったのは、この頃からです。夏場は薄いケープを着ています。これは僕に苦痛を与える者たちに対する、「お前には僕を害する力はない」というメッセージだったのです。もしかしたら、この賞を僕にもたらした技術的魔術性の予兆だったのかもしれませんね。

アイディアメモ:スピーチをスウェーデン語でする。フィヨルド根性のやつらをびっくりさせてやる。いいかも。なるはやでスウェーデン語コースを申し込むこと。

いやなこと:水曜日

ジュース屋の女の子がまた僕の名前を「ベン」と書いた。「ポール」とは似ても似つかない。僕って有名なんじゃなかったっけ。いちおう謝ってくれたけど、謝罪が全然足りない。

ホームレスの男がこっちを見ていたから、お釣りをやった。そしたら、「もうホームレスではないんだ」と返そうとしてきた。僕の本質的なところを侮辱された。

母さんが、簡単な絵文字をわざと読み間違える。僕が傷ついたことに気づいただろうに、それを無視した。

Damer och herrar, tack så mycket för denna ära. Jag förtjänar det och mycket mer…

(紳士淑女のみなさま、この名誉に感謝いたします。僕の業績は名誉を受けるに値し、さらに……)

僕が問題としていたのは、苦痛の主観性です。僕の感情は他の誰にもわからない。苦痛は、借りることも、覗き見ることも、コートのように試着してみることもできない。できなかったのです、昔は。苦痛は個人的なもので、大切なものです。苦痛に阻まれて、僕は本当はいけるはずの高みにまで昇れない。物事を正確に言い表す力には自信があります。でも、僕を苦しめる痛みがどれほどであるか、本当の意味で表現できる言葉はないのです。誰かが「傷ついたよ」と表現するようなとき、僕は「僕自身の魂に穴が空いて、そこから血が流れている」と伝えるのですが、それがどういうことであるか、誰も本当には理解してくれません。ベリンダは理解してくれたと思ったのですが、結局、彼女は誰よりもわかってくれていなかったのです。クソッたれベリンダ

こんなふうにして、5年前、僕は解決法らしきものを思いつきました。僕の苦痛の受容体を解読し、他者が持つ類似した受容体をアクティベートさせる装置の開発をはじめたのです。苦痛を他人に移植して自分から取り去ることはできませんでしたが、せめて他人に複製することができたら、と思ったのです。

この発明を「ペイン・ガン」と名付けました。技術的に完成する前から、これがどういう装置になるか、僕にはイメージできていました。誰かの頭に銃口を向けて、引き金を引いて、バン!

僕の苦痛は誰かの苦痛になり、そいつは床にうずくまって嘔吐し、その反吐の中でのたうちながら、後悔するでしょう。僕がこんなに大きな苦痛に苛まれながらもなんとか生き抜いてきたことに驚嘆するでしょう。彼らはようやく理解する。はっきりと。わかる。そうなのです。

いやなこと:木曜日

「ポル」。おしい。でもこれじゃ名前じゃない。ジュース屋の女の子は癪にさわるやつだ。腹立つ。

ケープを着ていると薬局でジロジロ見られる。少なくとも、いまはまだジロジロ見られる。

隣のアパート。パーティー。耐えられないくらいうるさい。怒りを募らせていたら突然静かになって、同情の言葉がたくさん聞こえてきた。騒音に対する僕の正当な怒りを奪いやがった。怒っていたのは僕なのに。

紳士淑女のみなさま、謹んでこの賞を受け取ります。この名誉はこの上ない喜びです、と言いたいのですが、僕がそう思っていないことを知る装置をみなさまはすでにお持ちですね。ははは。

僕がもたらしたニュースの見出し:

・平和条約締結 両陣営が過去の行為を正式に謝罪

・離婚率、大きく低下 自殺率が過去最低値を更新

・診断の正確性向上により、予後が記録的に改善

紳士淑女のみなさま、ベリンダがプロトタイプを盗んだのです。ベリンダは、有り体に言えばクソ人間でして、僕は部屋の鍵を渡すべきではありませんでした。彼女なしでは僕は富や名声を得て世界に認められることもなかった、と人々は言います。ノーベル平和賞だって彼女のおかげだ、と。しかし、僕は、そんな忌々しいものほしくないんだよ、ベリンダ。僕は他の人に、僕の痛みを分かってほしかっただけなのです。他の人の痛みではなく。人々は、ベリンダがいなければ、世の中から戦争、応答のない要望、聞き届けられない魂の声がなくなることもなかったといいます。もう一度言いますが、知ったこっちゃありませんでした。言ってしまえば、みんなきっと、その苦痛を受けて然るべきだったのです。いえ、それでも、ありがとう、ありがとうございます、紳士淑女のみなさま。タック・・・・ユー・ベリー・マッチ。このメダルを首にかけても、ちっとも責任は感じません(本当です)。正直言って、僕が本当に欲しかったものと、このメダルを交換してしまいたいくらいです。

ペイン・ガンは不快な、また極めて個人的な効果を及ぼす武器です。ひとつだけ完成させて、僕だけが使える兵器にしておくつもりでした。僕と同じ気持ちを、ごく限られた奴らに味わわせるためには、一つだけで充分だったのです。ピリオド。自伝、終わり。

僕は、他の人に僕の苦痛を撃ち込みたかっただけでした。それなのに、この簡単な願いすら、叶うことはありませんでした。

みなさまがベリンダの支持者から聞いているかもしれないこととはちがって、これは悪い試みではないのです。正義と美についての問題なのです。まだ僕を痛めつけたことのない人は、僕の背負った重荷に気づき、僕の強さを讃えてくれるでしょう。僕を痛めつけたことのある人間は、自分のやったことをそのまま感じることになる。まずは痛みでしくしく泣き、それから、自分の中にあったはずの殉教者の美しき魂を見つけられなかったことに気づいて再び泣くのです。怒りに任せて使う、という点では、ペイン・ガンも武器にすぎません。でも、殺すためでなく、美を引き出すために使うのです。完全に対照的な痛み、という美しさ。知識の美しさ。僕がどんなに強い人間か、誰もが思い知るでしょう。完璧です。僕の魂が明かされ、共感、後悔そして賞賛を得るのです。だから、僕は受賞を辞退しませんでした。どういう経緯で受賞したとしても、僕は賞を受けていいはずです。僕の意図は善きものでした。その結果よりも。

僕がもたらしたニュースの見出し:

・各国が自然災害によって発生した難民の保護数を競う

・設定された最低所得水準 然るのち達成

・元レイシスト、かつて加害した人々に対する支援を表明し、財団を設立

ベリンダは図書館で働いていました。そのため、僕が図書館にどれほど入り浸っているか知っていたのです。彼女は僕にケープのことを尋ねました。ベリンダが、彼女なりに賢いことを認めるくらいには、僕にも分別があります。ベリンダはペイン・ガンの基本的構造を理解して、発明を推し進めるのに必要な資料を案内してくれました。このプロジェクトにより深く参入してもきましたが、僕のゴールを理解してはいませんでした。いつでも「より大きなポテンシャル」のことを言っていたのです。それで気付くべきでした。

3回目のデートで、ベリンダに鍵を渡しました。でも、4回目のデートで返されそうになりました。もちろん、恐ろしいほどの苦痛を覚えました。僕は、彼女が返そうとする鍵を決して受け取ろうとしなかったのです。ああ、その結果がどうなるか、気づけたはずなのに。ベリンダは、「私たちは本当に付き合ってなんていない」といって僕を振りました。本当に、僕は彼女に苦痛を撃ち込んでやりたくてたまらなかった。実際、そう言いました。たぶん、ベリンダに振られたことが、ペイン・ガン・プロトタイプとして結実した僕の発明の、最後のひと押しとなったんだと思います。ありがとうベリンダ、地獄で朽ち果てちまえ。

あのクソ女は、僕が渡した鍵を使って部屋に侵入し、動作的にはほぼ完成していたプロトタイプを盗んでいきました。いえ、より正確を期して言うなら、動作的には完全に完成していた、ですね。ベリンダのしたことなんて、最後の数ステップを不器用にいじくっただけの作業です。いわば仕上げです。僕が最後の推論的飛躍として加えようとしていた作業をしたに違いありません。僕が1日、いや、1時間でできるようなことに、ベリンダは1週間をかけました。一瞬で終わる作業に、お前は1週間かけたんだよ、ベリンダ。

ベリンダが残したメモを見るまで、ペイン・ガンは闇の政府ディープ・ステートが持っていったのではないか、と思っていました。しかし、虫のいい理由をこじつけてみても、ペイン・ガンを盗まれた苦痛、僕だけの、並外れた苦痛は増すばかりでした。次に、ベリンダが医者と付き合っていることを知りました。そうでもなければ、どうやってあんなにも迅速に、僕の発明をダウンタウンの病院で使用し始めることができたのでしょう? 患者の痛みが、患者自身の訴えを聞くだけでなく実際に感じられるようになり、結果として診断の精度が向上しました。昏睡状態に陥った患者の家族は、愛する人が苦痛から解放され、安らかに眠っていることを確認できるようになりました。無意識下のトラウマに苦しんでいる患者も、すぐに診断できるようになりました。かつてのICUのそこかしこで、ペイン・ガンは愛用されていました。痛みは、古き善き感触となったのです。僕自身の痛みを除いては。

いやなこと:金曜日

ジュース屋。「ポール」。女の子にふざけて祝福を賜った。馬鹿な女の子は本当に褒められたと勘違いして、微笑んだ。デートに誘ったら断られた。怒りで頭から煙が出た。

母さんが電話をかけてきている。絶対「ノーベル賞おめでとう」だ。子ども時代のことについて盛大に謝ってくれるまで、絶対出ない。

隣のアパートのパーティーに招待された。僕からの苦情を食い止めるための作戦だ。行って、内側からパーティーをめちゃくちゃにしてやる。

紳士淑女のみなさま、次に何が起こったか、ご存知ですね。僕はこの件を法廷に持ち込みました。結局、技術を盗まれたことに関してはきちんと勝訴し、スーパーでの仕事を辞めることができました。ですが、ペイン・ガンがいったん「社会的利益」を生み出しはじめると、その用途の拡大を食い止めることにかんしては、誰も興味がなくなってしまうのです。こうして帝国は崩壊した、ベリンダ。僕が裁判に勝っていなかったらどうなっていたか、想像できますか? 今僕が立っているこの演台に、花柄のドレスをきたベリンダが立ち、全てを台無しにする様をイメージできますか? とんだお笑い草だ。

アイディア:オレンジを買ってくる。店のよりもおいしいジュースを作る。ジュース屋の女に飲ます。

ある看護師が、ERT(Empathy Resonance Tech:共感共鳴技術。ペイン・ガンのこと)から発せられた痛みを受けて患者の元に走ったものの、その患者の病状は特に悪化しておらず、ただ、ちょうど彼女に振られたところだった、というお話をご存知ですよね。どうして彼らは、感情的苦痛にERTが反応することにそのときまで気づかなかったのでしょう。お馬鹿さんだからです。感情の苦痛こそが真に大切な唯一の部分であるのに、誰もが見落としていたのです。突如としてセラピストたちは患者の苦痛の「内部に分け入る」ことができるようになり、はじめて定量的な解決法を示すことができるようになりました。これまで無視されていた、ホームレス、高齢者、子ども、薬物依存者の苦しみがあらわになりました。ERTのライセンスを持った専門家が、虐待されている子どもを保護して歩きました。警察官とソーシャルワーカーの境界線が曖昧になりはじめました。「救済されるべき貧困」と「救うまでもない放蕩」の境目も無くなりました。それぞれの苦痛が同質のものとして感知されたからです。

初めの頃、右翼の人々がERTを社会主義的ツールとしてラベリングしようとしましたが、自分たちが引き起こしている苦痛をじっさいに感じたことで、その試みは潰えました。FDA(アメリカ食品医薬品局)が安全性を認め、それどころか有益であるとも認めたので、誰もが、スマートな部分が僕由来であるスマートフォンのように、ERTを所有するようになりました。法律家も、裁判官も、外交官も、交渉家も。先生も、子どもたちも、動物園の飼育係も。図書館員も持っています。親たちは生まれたばかりの我が子の苦痛を。夫は、自分の浮気が原因で妻が味わう苦痛を。ティーンエイジャーは、自分の向こう見ずな行動で両親が心を痛めていることを。檻に囚われた動物たちの苦痛を誰もが感じ、飢えたホッキョクグマや窒息したウミガメの苦痛をとおして地球そのものの苦しみを感じていました。誰もが、他の誰かのくだらない痛みを感じていたのです。

ただし、みなさま、このストーリー全体を成立させている大きな皮肉は、ERTに存在するひとつのバグなのです。この装置は、僕の苦痛を感知しないのです。僕がつま先をぶつけたり軽蔑されているように感じたりすると、ERTは苦痛を記録し、操作者に伝達してくれます。しかし、この装置は、僕の苦痛が他の人の痛みよりもずっと大きいものであることを伝えることができないのです。「カッとなった怒り」から増大する僕の苦痛は確かに強いものではあるが、特別ひどいものではなく、また別段威力があるわけでもない、というのです。僕の発明は、まさに僕の叶えたかった一点において、失敗しているのです。この欠陥が生じてしまったのはベリンダのせいなのですが、このような繊細な操作をするには彼女はスキル不足であることもわかっています。お前はただの図書館員にすぎないんだ、ベリンダ。

僕がもたらしたニュースの見出し:

・自殺需要の減少により、自殺幇助が合法へ

・個人的幸福値が世界的に上昇

・ERTは進化論的飛躍に等しいと専門家が報告

今日、世界は楽園になりつつあると言われています。地球は癒されています。人類は、さまざまな不一致の克服に取り組んでいます。声なき声が聞こえるようになっています。ベリンダはマッサージ師と結婚し、インターネット上には二人の飼っているティーカップ・ポメラニアンと、最近では赤ちゃんの写真も、たくさん転がっています。僕はいま裕福ですが、それでも、昔住んでいた古いワンルームと、昔の暮らしの方が好きでした。僕の苦痛に共感してもらう、という点では今のところ僕は失敗していて、そのため、僕の得た快適さが羨望を引き起こしてしまうことは嫌なのです。

僕と同じように、ペイン・ガンが感知できない深い苦しみを抱えた特別な男性を何人か見つけました。彼らの中には、力を持っている、あるいは持っていた男たちもいます。政治家、CEO……感じていた苦痛の大きさを考えれば、このグループに大量殺人鬼がいることも理解できます。法的要求・法的措置をもってERTの運用を停止するため、何か革命的で熱狂的な運動を形成できないかと思ったのですが、彼らは皆、偶然にも、とても付き合いにくい男たちばかりなのです。ERTに対するレジスタンス運動はいまだ夢に過ぎません。ですが、他のやり方もあるはずです。

スーパーでの仕事がなくなったので、僕には時間も、材料を買うお金もたっぷりあります。僕は発明に戻りました。僕の苦痛は、まだ僕以外には味わえないものですので。僕の失敗は、雛鳥が親鳥から餌をもらうように、苦痛をピペットで口に入れてやる一対一の方式でペイン・ガン発明を進めたことだと思っています。必要なのは、公共放送のような方法です。僕はこの方向性の発明を進めていますし、例のCEOたちの中にはまだ使える男もいそうですね。レジスタンスができなくとも、少なくとも他の攻撃は有効でしょうから。

さてと、青白い顔をした共感的なスウェーデン人のみなさま、とてもありがたいのですが、僕はこの名誉を受け取ることはいたしません。お金はもらいます、でも、名誉は大丈夫です。ERTが受賞に足る技術であると受け入れることは、僕自身が作り出したおぞましい判定装置によるジャッジを受け入れることであり、僕の苦痛がありふれたもので、小さく弱い苦痛に過ぎないと告白するのと同じことだからです。絶対にそんなことはないのです。みなさまの楽園とか、そういうものに、祝福を。地球、ありがとう。スウェーデン、ありがとう。ベリンダ、ありがとう。ですが、僕自身の痛みこそが僕を特別なものとしているのです。僕は諦めません。僕は自分の苦痛をあなた方と共有する機会を諦めません。これは楽園のためのものでなんかないのですから。

 

 

 

 

※「ペイン・ガン ある男のノーベル賞受賞式に向けたメモ」は2021年にFuture Science Fiction Digestに掲載された英語の小説「Nobel Prize Speech Draft Of Paul Winterhoeven, With Personal Notes」を岸谷薄荷さんが日本語訳した作品です。原文はこちらから読むことができます。

岸谷薄荷
翻訳者プロフィール
1993年生まれ。海外文学と博物館が好きなフェミニスト。

 

この作品はKaguya PlanetジェンダーSF特集の作品です。特集では6つのコンテンツを配信しています。

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ジェーン・ エスペンソン

アメリカの脚本家、プロデューサー、小説家。アイオワ州生まれ。UCバークレー卒業。『バフィー 恋する十字架』『ギルモア・ガールズ』『ゲーム・オブ・スローンズ』をはじめとする数多くのテレビシリーズのシナリオライター、プロデューサーとして活躍している。『バフィー 〜恋する十字架〜』のエピソード「死者との会話」が2003年のヒューゴ賞の短編映像部門を受賞、『バトルスター・ギャラクティカ』が2009年にエミー賞にノミネートされ、『ゲーム・オブ・スローンズ』の「ブラックウォーターの戦い」が2012年のヒューゴー賞の短編映像部門を受賞するなど、脚本を手がけた映像作品が複数の賞を受賞している。

Photo ©️Shannon Cottrell-Bown

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