高山羽根子「種の船は遅れてたどり着く」 | VG+ (バゴプラ)

高山羽根子「種の船は遅れてたどり着く」

カバーデザイン 浅野春美

先行公開日:2021.12.18 一般公開日:2022.1.29

高山羽根子「種の船は遅れてたどり着く」
5,094字

かつて男性と女性の役割が明確に区切られるようになった、そういうふうに時代が移行した転換点というものが、狩猟と採集から栽培の文化に変化したあたりだということは、今ではとても一般的な説のひとつだった。

安定した栄養源になる作物を栽培して、その周囲に定住し、生活の期間を一定に循環させることによって、人の社会的なあらゆる役割は固定された。それまで人類は、性別に関係なく積極的に狩りに参加していたことはまちがいなく、考古学資料でも大型動物を狩る際にけがをした女性の骨が、男性と同じように確認されている。木の実や貝類の採集や調理も、その後に生まれる男女の役割の区別を意識することなく行っていた痕跡が多く残っている。住居内に居た時間の長さは性別によるちがいは大きくなく、狩りや漁、料理や家での働きもすべて同じように行われていたというのが、現在の最新調査から結果が導かれている。

かつて――というかきっと今でもなお――世界のあちこちにある、埃の積もっている博物館の冷んやりとした展示室に並ぶ、再現画やジオラマで定番の『男が狩りに出て、女が洞穴で子育てをしながら住居にいる』というシーンは、近現代ヨーロッパをはじめとする比較的新しい価値観に基づいたものだろうとされている。

彼女らが『船』に乗って遠くに移住していたのは、おそらくその時期までだったのだろうと私は考えている。それは、開拓、移民をするにあたって、その時期以降は、ほとんど男性のみを主体にしたものになっているためだった。記録によって残されている以降の時代、移民はまず充分に武装した男性だけが向かい、現地の女性と契約の有無を問わず家庭を築くという――今の価値観でいうと間違いなく侵略と略奪に属する――行為が行われていた。

穀物等の栽培による定住は、領土という概念を 生み、開拓という考えかたを、そうしてさらに侵略だとかいう価値観を、すっかり定着させてしまった。その価値観より以前に、知らぬ土地に向かったのが女性であることは、自然なことだったのかもしれない。

彼女らが移住のために乗っていたのは『種の船』と、いま、私たちはそのように呼称している。

その頃は、移住の際にあらゆる『種』を積んで移動していた理由が、移動の先で栽培を行うためなのか、単にそれらを移動時の食料にしていたからなのか、現在のところ未だ詳細には解明されていない。おそらく狩猟採集と栽培の過渡期であったため、開拓地にうまく定植したならば該当の植物が採集ができる、という程度のごく原始的な栽培を計画していたのだろうと私は考えている。

この時期の文化は、その高度さに反して古代のテキストや記号の類がまったく残っていなかった。そのため詳しい情報については残された遺構からわずかな物質を採取し、あらゆる種類の分析を繰り返しながら推測するしかなかった。

当時、船に載せられていた種は大量で、またとても多岐にわたる種類のものだった。移住のために積み込まれた多様な種は、船倉の内壁にいくつも並んだ小さな引き出しに分類されて納められた。そのため、ここに入れば出発した土地の植生がほぼ理解できるという、図鑑の役割をあわせ持っている。言葉による伝達がないごく初期の彼女たちの世界では、知識の蓄積や後代への伝達について、こういった実物標本のアーカイブが重要になっていた。

すべての種は行路上のどこかで定着できるよう、多様な環境に耐えうるための工夫をこらし保存がされていた。たとえば、この船がどこか思わぬところで座礁や転覆などしたら、流れついたその岸に森ができるかもしれないと思えるほど、それらはとても慎重に加工、保管がされていたと考えられる。

積みこまれた種の中にはまず、裸子植物である針葉樹、マツ類があった。低温によく耐え、世界中の寒い場所に育ち、鱗を持つ生きものの繭じみた形状の実に、栄養価の高い種子を蓄える。寒い時期にも常緑の葉を保つこれらの植物は、ユーラシアの多くのエリアで長く神聖視されていた。そのため彼女たちの船に保存されていたこの種子の痕跡が、彼女たちの移動して行く先々、航行ルートを辿った順に見つかっていったのは、ごく自然なことだと思われた。

鬼胡桃は堅い殻を持つことで長期保存性に優れる。殻の中に在る仁は油分が強く、栄養価も高いため、現在まで長く食用とされている。遺跡も残らない文明以前の人類によって食されていた跡が多く見つかっているうえ、種の中身が人の頭の中に詰まった脳と同じ形をして見えるということから、文明世界の広範囲では知恵の象徴と考えられてきた。

胡麻は、アフリカからインドで栽培の記録がある古代から現在まで、ほとんど変化のない、おおむね原種に近いものが流通している。古くから、薬用から搾油まで広く用いられた重要な植物であったとされる。油は燃料ともなった。

小麦、大麦をはじめ、ライ、燕麦といった麦類は、世界各地で栽培を開始されるや、それによって文明が起こり、また支配、被支配や権力構造を人の中に芽生えさせるまでの力を持つ作物だった。現在では、これらの作物が人間に憑りつき支配したのだ、とさえ語られるほどだった。旧石器時代の中近東には、すでに栽培をしていた痕跡が残っている。栽培の長い歴史で種として洗練されていったけれど、もちろん、原種はほかの多くの雑草とかわらない野生の単子葉植物だった。

落花生は名前の通り、花が落ち、地面の下で結実する。油脂分を多く含み、栄養価が高い。古代ペルーの遺構から殻が大量に出土していて、残っている資料によると食品としてよりむしろ薬品として用いられていたことが知られている。開拓時代以降のアメリカ大陸では長く家畜や奴隷の食料として利用され、南北戦争の食糧難によって白人にも食用が推奨され、ピーナッツの愛称が与えられキャラクターも生まれ、広くキャンペーンが行われた。以降、ピーナッツバターやクッキーとして愛されるようになる。

船に乗った当時の女性たちはその船の特性から、現在の私たちによって『種を運ぶもの』と呼ばれている。彼女たちは、選ばれるために多くの審査を経たのち、長じて種を運ぶものになる。それは巫女的な信託を基に決定されていただろうという、かつてまでの印象とはちがった。より新しい研究でその審査は、弓の腕、泳ぎの能力といった運動能力の試験や、人体、植物や動物、天体、海洋、工学、力学あらゆる知識の試験によって決められたものだと考えられている。

彼女たちは自由な研鑽を許された場所で安全が守られ、何を学ぶことにも制限を設けられることがなかった。周囲の人々に説明をすることが困難なほど高度で複雑な技術を持つ彼女たちの秘密は、その場所で守られていた。そのため、周囲の人々が魔法や占いの訓練を繰り返していたという理屈でなんとなく納得していたというのも無理はないように思えた。

彼女たちの船の中での業務や、行く先々の流浪する先でどう生き抜いていたのか、どこを経由し、どこでどれくらいの時を過ごし、最終的に到着した先でどのように暮らしていたのかを知ることは、私たちが彼女たちの到着地にたどり着き、調査を繰り返すことでしか可能にならなかった。

彼女たちはあらゆる種子を注意ぶかく配合することによって食料を作る知識を持っていたようだった。

小麦と落花生の粉末に、麦芽の糖を合わせて練ったものを生地とする。炊いた小豆、胡桃、練り胡麻、マツの実などを練り合わせたものを餡として、生地の中に包む。包んだものを一旦『型』に押し付け、取り出したものを焼き上げると、長く日持ちのする航行食になった。

あらゆる植物の種を集めて焼き上げたものは、月の餅と呼ばれる。栄養価の非常に高いそれは、ひと切れあれば、彼女たちなら一週間は飢えることがなかった。原材料の種はあらゆるところで育てることが可能で、増やすことさえできれば同じものが量産できる。

『型』は、人間の用いる道具の中でもかなり古く、ただ現代でもほぼ同様の使い方で用いられている、とても特殊な種類のものだった。型を用いることによって同じ大きさ、形のものを大量に作り、型の凹凸によって文様を刻むことができる。型の文様は、公式な文字をほとんど持っていない彼女たちの当時を推測する大きな手掛かりになった。今では調査が進み、それぞれは細かな意味を持ち、科学的な暗号でもあったと考えられている。

彼女たちが最終的に行き着いた、そのはるか遠くの場所に、私たちがずっと遅れてたどり着いたのは、彼女たちの到着から何万年も経った後のことだった。

いま私たちが乗っている船の名は、はるか昔から続く国のプロジェクトのひとつから与えられている。神話で月へ逃げたとされる、女神の名に由来しているらしい。

彼女たちがたどり着いたであろう最終的な場所で、私たちが、その痕跡自体を見つけるのはさほど困難ではなかった。にもかかわらず、ただそのあまりにも長い時間経過によって、その詳細な彼女たちの到着の過程を把握するまでには相当時間がかかった。いまでもその多くは靄がかかった状態ではあるものの、私たちは科学的で多様な調査によって、断片的な痕跡をつなぐことができる。ただこれも、正確なものかどうか、そうして時代が進めばあるいは解釈が変化するものなのか、明らかではなかった。

当時船に乗ってさまざまな地を巡り、あらゆる場所にたどり着いた彼女たちは、最終的な場所で永遠の寿命を得たと暗喩的に語られる。ただ、最近になって彼女たちのそれはせいぜい地球にいたころの三倍ほどだったのではないかと考えられている。長寿化は多くの場合、彼女たちの知識の発展と化学的生活の実践によるものだという理由が語られるけれど、私はそれだけでなく、地球の社会においてそもそも彼女たちが大きな負担を強いられていたからではないかと考えている。彼女たちは月で、自分たち自身で清潔なコミュニティを作りあげ、お互いの健康を管理しあい慈しみあいながら長生きし、次の女性たちが来るのを待ち、知恵を引き継いでからその命を全うしたとされている。

その連面が途絶えたのが、ちょうど稲作による定住と時期を同じにしていたのは偶然だったのかもしれない。時間をかけて老いていった彼女たちの待つ長い間に、それでもついに新しい船はやって来なかった。

長く経って、彼女たちがみんな待ちくたびれて、すっかりいなくなってしまった後になってからここにふたたびやってきた船の中にいた人類は、たくさんのトウモロコシを赤い乗り物で刈り取る、地球の大地を制した新しい国の男たちだった。子どもの頃からピーナッツバターのトーストをたくさん食べ、よく鍛えられた大きな体をした彼らは、彼女たちがはるか昔に耕してきた――その時にはすでにすっかり荒れ果てていた――その土地に足跡をつけ、その足跡を撮影して帰っていった。

その後またさらに長い長い時が経った後になって、いま、私がその荒れ果てた場所、足跡のもっと下に広がっていた「彼女たちの痕跡」を調査し始めるまで、姿を失った彼女たちは、それでもずっと待っていたのかもしれない。

彼女たちは、どういう気持ちで「新しい種を運んでやって来る船」を待ち続けただろうか。毎日昇る地球を見ながら地球の植物を育て、数日に一度だけ、カロリーの高い焼き菓子を小さく切り、濃く淹れた発酵茶と共に食べる。油分の高い熱量のある食べものをほんの少しだけ食べると、ほとんど排泄にも回らない。彼女たちは、ゆっくりと自分の体を生かしていた。時間をかけて循環させながら暮らし、その中で、新たな種の船を待っていたのだろう。

私は、かつて彼女たちの生活していた跡に降り立って、遠く周囲を見わたした。前回の調査からずいぶんと軽量化されたスコープのダイヤルを注意深く合わせて、周囲の測量を始める。

こんなふうにずっと考古学的な憧憬を抱きながら来たけれど、今回、私たちの目的は考古学調査じゃなかった。船のタラップのほうを振り返ると、チームの仲間が降ろした機材が重力の少ない場所特有の緩慢な動きで展開され、私たちの船に積んだ種を植える場所を決定するための準備に取り掛かっていた。

ごくささやかなお茶会の間、おそらく彼女たちの目に映っていたのは、今となってはもう跡形もない彼女たちの船、当時は植物に埋め尽くされオブジェとなり果てていたであろう船の姿だったかもしれない。

そうして、その船の後ろから、いま私たちが見上げているのと同じ、丸く透きとおった斑模様をした、蜻蛉玉みたいな地球の姿が空に浮んで見えていただろう。

 

 

 

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高山羽根子

1975年生まれ。SF作家。多摩美術大学美術学部絵画学科を卒業。2009年に「うどん キツネつきの」が第1回創元SF短編賞の佳作を受賞。同作が収録された短編集『原色の想像力』(創元SF文庫)にてデビュー。2014年には短編集『うどん キツネつきの』(創元SF文庫) を刊行。『うどん キツネつきの』は第36回日本SF大賞最終候補に選出された。2016年には『太陽の側の島』で第2回林芙美子文学賞を受賞。2020年には『首里の馬』(新潮社) で第163回芥川龍之介賞を受賞。武器としての、そして祈りとしての映像と、女性たちの姿を描いた新作『暗闇にレンズ』(東京創元社)は現在選考中の第42回日本SF大賞の最終候補作となっている。
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