苦草堅一「天の岩戸の頻繁な開閉」 | VG+ (バゴプラ)

苦草堅一「天の岩戸の頻繁な開閉」

カバーデザイン 梅野克晃

先行公開日:2022.7.23 一般公開日:2022.9.3

苦草堅一「天の岩戸の頻繁な開閉」
12,991字

これまでのあらまし。

時は天地の開闢かいびゃくより少し、ところは八百万の神々おわすアマツクニ。怒鳴る不貞る暴れる殺す、乱暴狼藉の限りをつくす不良の弟スサノオを、慈愛をもってあれやこれや庇い続けた姉・アマテラスであったが、スサノオの凶手が部下に及ぶに至ってついに堪忍袋の緒が切れた。あんたなんかもう知らないし私ばっかり尻拭いさせられて誰も本気で取り合ってくんないしもうイヤ皆キライ。我慢の度合い凄まじいだけあって反動も大きく、アマテラスは「天の岩戸」という鉄壁の岩屋にヘソ曲げて閉じこもった。さてアマテラスは太陽神だ、彼女が身を隠したことに連動してアマツクニの天から太陽が消え去り、どこもかしこも闇に包まれて神々は大弱り。思慮の神オモイカネが音頭をとって、あの手この手で宥めにかかる。最終的な決め手は芸能の神アメノウズメの裸踊りと、それ見て大笑いする神々の様子。「おまえら何を笑ってんの」と声をかけたアマテラスに、「アマテラス様より尊い神が現れたので喜んでおります」と無情な一言。そりゃどんなやつだツラ見せろ、とちらり顔出したアマテラスに、諸神が鏡をちらつかす。鏡に映った自分を新たな神と勘違い、ありゃ私に似た顔だもっとよく見ようとアマテラスがいよいよ戸から出てきたところをタヂカラオがとっつかまえて、フトダマが岩戸に注連縄しめなわをかけ「もう岩戸に入っちゃだめですよ! まったくもう!」これにて一件落着なのでした。

「落着するかドアホ馬鹿にしとんのか!」

アマテラスは壮絶な形相でブチ切れるとフトダマをグーで殴打し、返す刀で注連縄をぶっちぎり岩の扉を事もなく開けて岩戸に戻った。ガラッピシャッ! ぽかーんと見ていた神々は、ようやく出来事に頭が追いついたので、口々に感想を述べた。

詰め、甘っ。

縄だもんなあ。

縄じゃねえ。

アマテラスは高位の神である。神通力を込めた縄とて、本気を出せば引きちぎるに決まっていた。縄はないよと詰め寄られオモイカネは「じゃあ他に手近で何かありましたかねえ!」と露骨に機嫌を損ねた。アマテラスを甘く見た彼の手落ちではあるのだが、外にさえ出せば丸め込めると考えていた八百万の神々もまた、アマテラスの落胆と憤怒を見くびっていたのである。

「申し訳ありません。どうしてもお顔を拝見し、息災を確認したかったのです」

なるほど上手い言い草で、アメノウズメは説得にかかった。

対してアマテラスはツンケンと刺々しく、

「あたしだって馬鹿じゃないからね。あんたらの窮状、どうあってもあたしを外に出したい気持ち。理解するよ。腹を立ててるのはそこじゃないんだ」

「それでは」

及び腰で理由を問うアメノウズメに食って掛かるように、地を揺るがし天をかすアマテラスの怒鳴り声が響いた。

「あんたたちが雁首揃えて出した結論が裸踊りだというその低俗なしょうもなさが腹立たしい! こっちがキレてるのに何をのほほんと裸踊りを! そしておびきだして捕獲しましょうってネズミ捕りだとでも思ってんのかお前たちは! そんな馬鹿な企みに釣られて出てくると思われていたこと、そして実際に釣られて出てきた自分! なにもかもが厭わしい! 滅べ! バーカ!」

大変な怒りようである。怒らしちゃったじゃんか、と諸神に詰め寄られたオモイカネは深々とうなずき、岩戸に向けて「ネズミ捕りというよりは、地面に撒いた餌とカゴで小鳥を捕まえるイメージでございまして、ネズミだとは決して思っておりません」やめろやめろ火に油だ。そんな気持ちでやっていたのかお前は。案の定アマテラスから返事はなく、岩戸を蹴り飛ばしたと思しき鈍い音だけが響いた。深い敵意が滲んでいた。

アメノウズメは衝撃を受けていた。芸能の神である彼女は、これまで見事な舞踊でアマテラスを喜ばせてきた。だのに今回は怒号で追われ、低俗とまで貶められた。技芸と誇りを傷つけられた屈辱が、悲しみが、渦を巻いた。どうして叱られたのだろう?

そんなアメノウズメの複雑な心境をよそに、思慮の神オモイカネは腹が立つくらいテキパキと次の手を打つ。

「アマテラス様は手がつけられんな。このさい、解決を時に任せよう。その間、神々が入れ替わりで太陽の代わりを勤めてはどうか。これだけおるのだから、似たようなこともできようて」

さあこれは大胆だ、アマテラスを諦めようという。どうかと思うが他に妙案を出せる神もなかったので、皆々これの実現に動いた。雷神タケミカヅチと風神シナツヒコが作る雷と風に、鍛冶神アメノマヒトツほか器物自然物の神々が生む品物を混ぜて燃やすことで、太陽に似た物体をアマツクニの空に垂らすことに成功する。その光は葦原の中つ国まで及び、人草どもも有り難く陽の光を噛みしめるのでありました。はいこれにて一件落着。

「落着しない! そんな乱暴な話では片づかぬ!」

天空から怒鳴り声が響いた。神々が集う広場の中天に、突如として一つの物体が出現した。銀色をした涙型の機体に四本の脚部、窓のようなものが一つ。お読みの皆さんには古典的なタイプの宇宙船を想像いただければよいが、機械の存在しないアマツクニにおいては面妖な造形である。本当にアマテラスよりも尊い神が生まれたものと、神々はどよめいて場所を開けた。そのスペースに、船はゆっくりと降り立った。機体からタラップがすうと伸びて、それを伝って降りてきたのも、これまた面妖な存在であった。神々が生み出した人草に似ているが、全身が銀色に輝き、目鼻立ちの凹凸が殆どない。

神々を代表してオモイカネが誰何した。

「恐れながら、あなたさまは如何なる神におわすか」

「私は未来を識る者――いや、時を司る神と申したほうがよいか」

さてオモイカネは黙考した。時とはめぐる日々のこと、それを司る神はアマテラスと、アマツクニにもめったに顔を見せない夜の王・ツクヨミである。日夜に連なる第三の神があるとすれば、それはアマテラスにも並ぶ偉大な神であろう。オモイカネはかしこまり「御名前は?」と問うた。銀色の神の応えて曰く、

「タイムトラベラノミコトである」

ブラウザバックしないで話を聞いて下さい。分かる。皆さんが呆れるのも分かる。そんな神がいるかといえば、当然いない。この物語において関係がないため明かされはしないが、彼の本当の名前は別にある。彼はタイムトラベラー、いわゆる未来の人間なのだ。銀色のスーツは量子タイムトラベルを可能にするための着衣である。

突然だが西暦三四五〇年、人類は滅亡する。

オモイカネの企みのまま進行した歴史において、空に輝く太陽は紛い物であることは先に述べた。数千年にわたる偽物の運行が忘れさせていたが、アマテラスの司る本物の太陽は、決して消滅したものではなかった。隠れていただけなのだ。

その日、アマテラスは如何なる理由か、ほんの数秒だけ岩戸の外に顔を出した。それに伴い、真の太陽も姿を現した。近い熱量で輝く、偽の太陽の隣に。二つの太陽が地球を照らした。膨大な紫外線が降り注いだ。気温と海水温が急上昇し、生態系は大きく狂った。滅亡の二文字が現実味を帯びて迫る。人類は、束の間に現れて消えた太陽について急ピッチで研究を進めた。様々な仮説が飛び交うなかで、ある研究者が仰天の結論を出した。

日本の神話を信じてみよう。

着目されたのがアマテラスである。彼らの歴史においてアマテラスは、岩戸に隠れたまま表舞台から消え、太陽は別の神に引き継がれた。しかしアマテラスが死んだという記述はない。失せたアマテラスが現れたため、第二の太陽もまた現れたのではないか? アマテラスが消えないように歴史を変えれば、地球は救われるのではないか?

タイムトラベル技術が生み出されていたことは僥倖ぎょうこうであった。過去へ戻り、アマテラスを岩戸から出す。そうすれば代替の太陽が作られることもない。誰もが御伽噺だと思っていたため、神話時代への時空転移が試されたことは無かった。全く馬鹿げた賭けであったが、研究者――タイムトラベラノミコトは、前人未到の旅路へ挑んだのである。

で、本当に着いたのでびっくりしていた。

伝承のとおりアマツクニは真っ暗だが、松明が焚かれており、ときおりぴかっと雷光が空を照らした。蔓草を頭に撒いた裳袴もばかまの女が、キーパーソンのアメノウズメであろう。それにしても事前に知識を仕入れてはいたが、太鼓や鐘が設置され、お囃子に使った笹の葉の扇が散乱し、コケッコーカッカカッカうるさい金の鶏、ひっくり返した桶のお立ち台とまあ、実際に目にするとハメ外した花見の跡地である。

「私はアマテラス様を、岩戸の外へとお連れすべく、参ったものである」

タイムトラベラノミコトは特に意味はないが両手を振り上げると、低めの声を作った。一発かまして上下関係を作っておく作戦である。物怖じするものか、こちとらタイムトラベラーだぞ。そして一喝、

「なっとらん!」

「ああん?」

タヂカラオがドスを効かせて応答した。地はびりびりと揺れ、背後の大岩がぼんと砕けた。流石に神様が腹から声出すと違うなあワハハ死ぬなこれは、とタイムトラベラノミコトが思ったところにオモイカネが「これタヂカラオ。こちらの方は尊いお方ぞ」と助け舟。

「タイムトラベラノミコト殿、我々のどういった振る舞いが、なりませぬか」

オモイカネが尋ねた。タイムトラベラノミコトは心臓がまだバクバクしていたが平静をつとめて、

「相手の気持ちを考えよう」

と小学校のような事を言った。

「相手の気持ち」

八百万の神は復唱した。ない概念であった。タイムトラベラノミコトは続けた。

「お前たちには思いやりが欠如している。スサノオの狼藉に心を痛めたアマテラス殿は、岩戸にお籠りになった。傷ついたアマテラス殿に、お前たちは何をした」

「鐘太鼓を打ち鳴らし、金鶏を鳴かせました。アメノウズメが愉快に舞い踊り、誘い出されたアマテラス様を、鏡を用いた策略にて引きずり出し……」

「アマテラス殿の気持ちを全く考えていない!」

調子が出てきたタイムトラベラノミコト、ぴしゃりと一刀両断である。

「オモイカネ、そなたが心を痛め岩戸に籠もったとする」

「籠もりませんが」

「籠もったとするんだよ!」

「私はそういうことはしません」

「じゃあタヂカラオさんでもいいです」

「なぜタヂカラオに敬語を使うのですか?」怖いからです。

「タヂカラオさん」

「おう?」

「タヂカラオさんが傷ついて岩戸に」

「傷つかんが?」

「えーアメノウズメが傷ついて岩戸に籠もったとします!」

「えっはい」

「悩みぬいて岩戸に籠もった。だのに、自分抜きでの騒ぎがドガチャカと聞こえてくる。それも、新しく尊い神を言祝ことほぐ祭りだという。どう思う? 我が身に起きたと思って考えて欲しい」

アメノウズメは考えた。奇しくも、自分の踊りを低俗なものと指弾された彼女もまた、岩戸があったら入りたいような心持ちであった。本当に岩戸に籠もっても、誰も慰めてはくれなかったら。そして外から声が聞こえたら? 『新しい舞い手が見つかって嬉しい』。
アメノウズメは青ざめた。悔しいと思った。実際に起きたことではないのに、悲しいと思った。なれば本当にこの目に遭ったアマテラスの悲しみは如何ばかりか。アメノウズメはオモイカネに向けて「なんと残酷なことを!」と叫んだ。急に叱られたオモイカネは「生きることは残酷なことですよ!」何を分かったような分からないようなことを。

考えを巡らせてみれば、それからの行いも残酷ではなかったか?

鏡に映った自分を別の神だと勘違いしたところを、捕まえる。神々に愚かしさを晒すのだ。舞踊の手順を間違えて恥をかいた経験が思い起こされた。自分のせいで犯した間違いさえ恥ずかしいと言うのに、もし他者の意図により道化に成り下がったならば、身の置所などあるまい。アメノウズメは弾かれたように駆け、天の岩戸の前で声を張り上げた。

「アマテラス様! 私は策に溺れておりました! 数々の無礼をお許し下さい!」

淡い日差しが、アマツクニに広がった。岩木のことごとくにおぼろな輪郭が立ち上がる。見れば天の岩戸が、小指一本ぶんほど開いている。アマテラスが言った。

「分かってくれるなら、あんただと思ってたよ」

「はい。アマテラス様のお気持ちを重んじれば、まずスサノオの放逐をお約束し、お話もとくとお伺いして、懸念を滅するべきであったのです」

「ああ、ありがとう。これで安心して表を歩ける」

天の岩戸がするすると開き始める。タイムトラベラノミコトは安堵した。これで歴史は正されるのだ。

ところがである。

「なればこそアマテラス様、お出になった暁には、私の踊りを今一度ご覧に入れたく存じます。そして私の踊りが低俗であったというお言葉、ご訂正願いたく!」

アメノウズメが物申した。格の高低はあれども神は基本的に気位が高い。譲らない点は譲らないのだ。心なしかピリッとした空気が漂い、開きつつあった岩戸がピタリ止まった。

「披露すべき時を間違えた負い目はございますが、私は自分の芸に誇りを持っております! それを低俗であると断じられ、私の心は乱れております。どうか、私に寄り添ったお心を、どうか!」

岩戸がすーっと閉まり始め、もう明らかに雲行きが怪しいなか、温度感が低めの声が隙間風のように吹いてきた。

「…………ちょっと抵抗がある」

「……はい?」

「ほら、けっこうキツい騙され方をしたから……そういう気分にならない。舞踊のこと嫌になったのかも。だから訂正する気にもなれない」

「……そ」んな。と言い切ることも出来ずにアメノウズメはよよと崩れ落ちた。芸事の神アメノウズメ、あらゆる存在を舞い踊りによって楽しませることを至上の喜びとする。そのオハコの芸を拒否されることは、彼女にとって存在の否定も同然であった。

「と、ともかく」とタイムトラベラノミコトは取りなした。「出てきましょう、アマテラス様。皆がお待ちです。アメノウズメとのこともほらまあ何というか時間が解決するというか」最初のオモイカネと同じことを言うのだ。

「解決いたしません」そして最初のオモイカネと同じ叱られ方をした。叱り飛ばしたアメノウズメは決然と立ち上がると、「アマテラス様がお出ましになっても、気持ちが塞いでおられては無意味。雲が垂れ込めていれば陽の光は届きません。そして私も、全身全霊を注いだ芸事を拒まれては、陽のもとを歩くことなどできません」

「ははは、それでこそアメノウズメ。強情張りだね。では、こうしようか。踊り以外の芸事で私を笑わせてみな。ぴりっと技の効いた芸でな。私は岩戸に籠もってからこのかた、心底笑ったことがない。笑えば憂さも晴れよう。そして、笑わせられればお前の誇りも保たれようて」

「踊り以外の芸事……」アメノウズメは不敵に笑った。そして、「望むところです。このアメノウズメ、一世一代の芸をご覧に入れましょう。皆々も、いまいちどアマテラス様のお気持ちに寄り添い、おのおのの芸事を見せてみよ! ただしアマテラス様のご気分をおもんぱかり、単純なものや下品なものは禁止!」とかなんとか言いながら桶の上に立って拳を振り上げ、天然の司会進行スキルを遺憾なく発揮するのであった。神々も流されるままに「おおーっ」とやる気を出した。

さて望むところではないのがタイムトラベラノミコトである。未来人の介入を切欠きっかけに、明後日の方向へと驀進ばくしんする歴史。これぞタイムトラベルの醍醐味なのだが当事者としてはたまったもんじゃない。かといって、下手に手を出してもロクな目には遭わないと思ったので、タイムトラベラノミコトは草むらにあぐらをかいて座った。こういうときは歴史の激流に身を任せるものなのである。

「まずタヂカラオがアメノコヤネを絞って、穴という穴から豆を出すところから始めよう」

タイムトラベラノミコトは立ち上がった。口挟もう。

「お前たちに漫才を教える!」

さあ宴会でもウケたことがないぞタイムトラベラノミコト。出来るのかおれ、やるしかないんだおれ。タイムトラベラノミコトはワークショップを始めた。

「まず二人一組になってー!」

さて、殆どの神々が未知の文化に戸惑う中、貪欲な吸収を見せたのは矢張りアメノウズメであった。フリとボケとオチの基本構造を瞬く間に掴むと、「アマテラス様に向けた内容が閃きました」。相方にタヂカラオを指名して「ネタ合わせをしてきます」と一声、洞穴へと消えていったのである。おそらく大トリになるであろう彼女らを待つ間、神々は前座として天の岩戸に挑み、脱落していった。

「どうもーフトダマです」

「アメノコヤネです、二人併せてアメダマでーす」

「こないだ、旨そうな木の実があると思うて中つ国に手を伸ばしたらの」

「ほう」

「木の実かと思うたら丸い島でのう、人草が吹き飛んでしもうたわい」

「なんじゃそりゃ! どうもありがとうございました」

ぴくりとも岩戸は動かない。『アメダマ』は悔し涙を呑みながら退場していく。「来年頑張ろうな」「おう」そういう大会ではない。

タイムトラベラノミコトは忸怩じくじたる気分で、重たい岩戸を見つめた。基本形は会得しているのだが、いかんせんバカ騒ぎと大暴れで憂さを晴らしてきた文化が長いため、捻りの効いたボケツッコミが生み出せない。タイムトラベラノミコトは、隣のオモイカネに「何か思いつかないか」と訪ねた。クワガタの喧嘩を見物するような他人事っぽい表情で漫才を見ていたオモイカネは、「下品なことを封じられましたらば」と凛々しい表情に切り替わると「なんにもありません」いばるな。

そのとき、準備を整えたアメノウズメが、タヂカラオを伴って岩戸の前に立った。アメノウズメの片手にひらめくは、鍛冶の神アメノマヒトツの作った一幅の赤い剣であった。

そうして、ネタが始まった。

「タヂカラオよ、タヂカラオ」

「なんじゃいアメノウズメ」

「最近、神の身にも飽いてきてのう。ちと鶏になってみたいのじゃ」

「分かった、火を起こすから、塩を持ってきてくれ」

「まだ早いわ! 焼き鳥になりたいわけではない」

「鶏なら、いくらでもくびり殺してやるが?」

「ならんならん。暴力はいかん。皆にも知らしめねばならん」これはスサノオの暴力を諌めると暗に伝える筋書きだ。上手いぞ。

「私は平和裏に鶏になりたいのだ。練習するので、少し付き合ってくれ」

あっ、なんかそれっぽい! 何かになる練習をするというベタを使いこなしている。流石に諸芸の神と言われるだけの勘の良さであった。

アメノウズメは唇を突き出して高らかに、

「クルポッポー!」

間髪を入れずにタヂカラオが「鳩だろそれは!」とアメノウズメを裏拳で打つ――ダブルボケ構成だ! しかしアメノウズメは裏拳を、剣の平たい面で受け止める。タヂカラオは驚き、

「岩をも砕く我が拳を受けるとは、なんたる名剣か」

「争いは悲しい。タヂカラオよ、その力を諍いではなく人を救うために使うべきではないか。お前の拳が泣いている。自分で自分をコケにしていることにコケコッコーコケ!」

「今までの全部鳴き声かよ!」とまたタヂカラオが裏拳でツッコミ、剣で受ける。

「剣越しに悲しみが伝わってクルッポー」

「鳩かニワトリかはっきりしろ!」

最後の裏拳によって剣が二つに折れ、先端が地面に突き刺さった。剣の表面が白く輝いた。――陽の光を受けてきらめいたのだ。

天の岩戸が三分の一程度、開いている!

アメノウズメが折れた剣の先端を拾い上げ、自らの額に当てた。真っ赤な剣先が、額から天へと伸びているような格好だ。そして言った。

「とさか」

モノボケの誕生であった。八百万の神々がどどっと沸き、不意を打たれてタイムトラベラノミコトも吹き出した。そして天の岩戸がまた少しだけ開かれていく!

「しかし、なぜニワトリになりたいのだ、アメノウズメよ」

「鶏になれば、夜明けを知らせる声も出せよう。されば太陽も呼び出せる。私は」アメノウズメは言いながら、そしてタヂカラオはそれに合わせるように、深々と礼をした。

「太陽が見たいのであるよ」

――オチた! アマテラスに逢いたいというメッセージを込めた、アマテラスへ向けたオチである。いまや天の岩戸は三分の二ほども開いている!

もうひと押しというところ、飛び出したのはオモイカネであった。彼はその思慮によって彼なりの結論に達していた。手を高く掲げると「存在しない神の真似をします」と叫んだ。地面に横たわるとガバリと腹を出し、ヘソのところで蓮の花のように両手を開いた。

「ヘソから出る空気を司る神・ピュワワ」

物凄い勢いで天の岩戸が閉まり、世界は闇に包まれた。

オモイカネは寝転がったまま「考えすぎました」と言った。正しい状況認識である。「続きまして」まだあるのかよ。

「こうなれば次の手です。皆で畳み掛けましょう」

アメノウズメが言った。芸能の神だけあって勢いづいているが、もはや漫才は消化した。いかなる方策のあるものかと訝しむ八百万の神々に向け、アメノウズメは声を張り上げた。

「『こんな神がアマツクニを治めていたらイヤだ』、どんな神? さあ、皆さん考えて!」

大喜利の誕生であった。

ギリシア神話においてスフィンクスが出した謎掛けの例もあるように、神々は問いと答えの構造をしばしば用いる。この構造に笑いが持ち込まれた時、大喜利が誕生するのは自然なことであろう。単純なつくりであるゆえに、大喜利にはあらゆる神々が参加した。

「息を吹くだけで地面が裏返る!」

「ちょっと湿っている!」

「はい、答えはタヂカラオ」「なんだとてめえ」「はいおさえておさえて」

タイムトラベラノミコトは感心していた。シュール系からベタな遣り取りまで、けっこう幅広いネタが出てくるものだ。神々の笑いに対する感度が上がっていた。これらの思慮が前向きなエネルギーのもとに行われていることも好もしかった。参加しないことが損失だと思えるような、祝祭的空気。はじめの策謀とは異なる本当の宴だった。

「全身が歯で出来ている!」ガラッ!

「気まぐれで急に中つ国を滅ぼす!」ピシャッ!

「常に湯上がり!」ガラッ!

アマテラスも明らかにノッており、頼んでないのに面白さに応じて天の岩戸が開いたり閉じたりするシステムを採用している。シュール系のネタに対する採点が甘いことも薄々わかってきた。そうして大喜利が佳境に差し掛かったとき、ざわめきの間隙をぬって、ひとつの声が飛び込んできた。

「沼!」

我慢できず走り出した子供のような、快活な声だった。

闇が退き、アマツクニのあまねく天地をまばゆい光が照らした。青空のただなかに太陽が燦然と輝き、全開した岩戸の戸口には、顔を真赤にしたアマテラスが立っていた。決まりの悪さを押し殺すように、肩をいからせて。

喜ばしい状況であった。諸手を挙げてよい快挙であった。しかし神々は言葉を失っていた。なぜなのか考えてみよう数行前にヒントがある。

Q: こんな神がアマツクニを治めていたらイヤだ

A:沼

アマテラスの大喜利が、ちょっと理解に時間を要するやつだったのである。双方に悪気はない。こういうことは難しいのであるなんというか非常に。耐えかねたアマテラスは真っ赤な顔のまま静かに岩戸を閉めた。世界の暗転と共に「あっ答えか今の」と小さくオモイカネが口走って皆が我に返った。慌てて岩戸にすがり、「すいませんアマテラスさん!」「面白かったです!」「天才!」と声をかけるのだがそういうのを追い打ちという。いよいよ返事もなくなった。

芸事は恐ろしいのである! 失敗すれば行為者は傷を負う! いよいよ手詰まりになった神々の視線は、自然とタイムトラベラノミコトに集まった。なまじっか漫才を教え、笑いの先達という立ち位置についてしまったがために、真打ち大トリみたいな扱いになってしまっていることに、タイムトラベラノミコトはハタと気づいた。ネタをやっていないのも彼だけだった。ところが先に宴会でもウケたことなどないと書いたとおり、タイムトラベラノミコト自身には笑いのレパートリーはないのだ。「今から○○君が面白いことやりまーす」とフラれているようなもので、凄まじいプレッシャーがタイムトラベラノミコトを襲った。このとき彼は逃げ出したいと思い、その感情が一個のネタを閃かせた。絶対にやってはならない気がするネタだったが、彼にはもう失敗は許されなかった。オチをつける者が必要だった。

タイムトラベラノミコトは葛藤を抱えながら、乗ってきた船に戻った。神々は口々に、彼までもが岩戸に籠もってしまったと騒ぎ出した。そんな神々を宥めるように、また自分に言い聞かせるかのように、タイムトラベラノミコトは船の操作を始めつつ、スピーカーを通して言い分を垂れ流した。後年いくつかの書物に残され、史上もっとも歯切れの悪い神託として有名になる伝説的自己弁護の全文をご覧いただこう。ようは「ここからオチです」という宣言なので、読み飛ばしてもよい。

「……本当はやっちゃいけないと思うんだけどね、こういうことは……でも私は歴史の闖入者ちんにゅうしゃでね、言ってしまえば全能の立ち位置なわけで……大きな高みから状況を操作する特権があると考えてもいいと思う……かなぁ~と思うわけで……なのでこれから、みんなに言ったこととは全然違う、もう全然違うことをするっていうか、アマテラス様の気持ちなんか全然考えてないことをするんだけど、ただ考えてほしいのが、みんながアマテラス様を思いやる気持ちはもう十分に根付いて伝わったと思うし、私が何してもそれが塗り替わることはないっていうか。うん伝わってる、絶対大丈夫。お互い引っ込みつかないだけだと思うんだよね今ね。だから後はもう誰かが後押しを、してあげるしかないってことで、まあ私の都合かもしれないけれど、何というか私も皆とか世界とかのことを考えてこの結論に至ったわけなので、気持ちを汲んでほしいところがあって。お互いがお互いを思いやる気持ちこそ大事っていうのは本当なんだけど……………………………あの………………誰しも理想とは違う決着に甘んじて生きていくし未来もどうなるか分かんないから……とにかく、これでダメなら私も諦めるくらいの気持ちなので、みんなびっくりすると思うんだけど、あの…………よろしく頼んだ」

そして機体が、ふっと消える。

と思ったら天の岩戸が内部から爆発した。

それはもう砕けた。

巷間こうかんいうところの爆発オチである。

正確には消し飛んだのは岩戸の半分ほどで、土を突き破るタケノコのように、さきほど消えた銀色の船が岩戸の上部や扉をカチ割ってニョッキリ生えている。岩戸の爆散と同時にアマテラスもぽーんと吹っ飛ばされて、吹き上がる噴水に似た軌跡でひょろひょろと、青空を牧歌的に横切り、ころころぽてんと下生えに着地した。神々はアマテラスの元に駆け寄って無事を確認した。何が起きたのか全然わからないまま状況だけが進み、岩戸がどんがらがっしゃんばががががががと容赦なく崩れていった。皆でぽかーんと眺めるしかなかった。ひとしきり岩戸が崩れて粉塵が風にまぎれると、ようやくオモイカネが言った。

「これでは隠れられませんね。どうしましょう。もう一回、建てましょうか」

きょとんとしていたアマテラスが、ぷっと吹き出した。それから、堰を切ったように、腹を抱えて笑い出した。

「オモイカネお前、折角あたしが外に出たのに、律儀に戻そうというのか! あはははは!」

アメノウズメも神々も、つられて笑った。オモイカネひとりが「いやだって壊れたら直しますでしょう」と何がおかしいのか分からない様子である。

「もういいよ、もう。何もかにも馬鹿馬鹿しくなった」

笑いが止まらなかった。あまりにも唐突な出来事を前にすると、あらゆることが馬鹿馬鹿しくなる。まさしく笑い飛ばすといったところで、心に張り巡らせた障壁が粉々になっていた。思っていたことがするすると口から出た。オモイカネさあ、ピュワワってなんだよ。アメノウズメ、漫才よかったよ。おまえらさあ、沼、どこがつまんなかったんだよ。

気安い空気に、神々からも感想がほとばしった。アマテラス殿は審査が厳しいです、いやちょっと変なネタに甘すぎます、沼はしみじみ噛みしめると面白いのでは?

ひととき忘れていた笑顔が戻っていることを、アマテラスは自覚していた。早く飛び出して大騒ぎの仲間入りをしてしまえばよかったのだと思った。

「アメノウズメ。自分でスベってみて、あんたの気持ちが分かったよ。芸そのものまで否定することは無かったんだ」

アメノウズメがこれに応えた。

「私こそ意地を張ってしまったこと、謝りたく思います。そのうえで、お分かり頂けたことを嬉しく思います。傷すら笑いに変わることもあれば、芸によって傷つくこともある……全く不思議なものですね。それでも私は、おどけることをやめられません。さあアマテラス様、笑いましょう。それにしても――沼……沼って、うふふ」

このやろう、と掴みかかるアマテラスからすり抜けて、すとんと、アメノウズメが砕けた石辺の上に立った。その裳がはだけ、真っ白な上半身があらわになる。アメノウズメは陽光のもと、気ままな鳥のように舞い踊った。流麗に四肢を伸ばし、かと思えば滑稽な姿勢でおどけた。それは彼女が一番はじめに披露した、鍛錬を積み重ねた踊りであった。アメノウズメを捕らえようとと飛び回るアマテラスの動きも踊りのようで、やがて神々がよいよいソイソイと挙動に声を合わせた。タヂカラオは強い力で手を打ち鳴らし、アメノマヒトツは鉄器を叩いて拍をとる。回りの神々は囃すように笹の葉を振る。それぞれの神々の持ち味が輝き、音と動きと踊りは一個の集団となった。汗の玉を弾けさせながら、アマテラスは大声を上げた。

「ああ、悪くない踊りだ!」

神々はどっと声を上げ、アマツクニじゅうに祝福の歌がとどろいた。

あはれ

あな おもしろ

あな たのし

あな さやけ

おけ

(天は晴れ みなの面が白く照り愉快 手を伸ばし舞い楽し 笹葉の声はさやさやと おお)

おけおけオッケーである。

スベった者を慈しむ心。一丸となって騒ぐ連帯。神々に、相手への思いやりが芽生えている。アマテラスが心を痛めて隠れることは、もうないだろう。岩戸もブッ壊したし。

タイムトラベラノミコトは大の字で寝転がっていた。彼が何を行ったのか、解説が必要であろう。タイムトラベラノミコトは時空転移装置を使い、未来まで舞い戻った。そして間髪入れず同じ時間座標を設定し、先程と同時刻のアマツクニめがけてタイムトラベルする。ただし、位置座標だけほんの少しずらした――天の岩戸と同じ位置を直撃するように転移したのだ。こうすることで、タイムトラベルを瞬間移動のように用いることができる。そのうえ、位置が重複した物体を大破させられるのだ。そんな使い方をするな。もちろんタイムトラベラノミコトも無事では済まない。連続した時空転移の影響でしくしく痛む五臓六腑に耐えているところである。結果的に一番身体を張ったギャグをやってしまった。さあ、ここからどうやって未来に帰ろうか。

と、酒を召して赤ら顔のタヂカラオが、ふらふらとやってきた。

「おう、ここにいたのか、タイムトラベラノミコト。皆が探しているぜ。踊ろうや」

「いや……ちょっとそういう気分にならない」

「そらそうか。岩戸を壊したのだ、疲れもしよう。お前は凄いやつだ。見直したよ」

「態度が変わったな。急にどうしたのだ」

「だから見直したんだよ。あの岩戸の扉を壊しちまうなんて。力自慢のこの俺が、いくら押しても開かなかったってのに!」

タイムトラベラノミコトは転げたまま、乾いた笑いを漏らした。ははは。

「そりゃ開かんよ」

引き戸だからね。

 

 

 

 

参考文献
青木紀元監修『「古語拾遺」を読む』(右文書院、2004年)
菅田正昭『現代語訳 古語拾遺』(KADOKAWA、2014年)
●括弧内の現代語訳は著者によるものです。

苦草堅一「天の岩戸の頻繁な開閉」はオンラインSF誌Kaguya Planetの笑い × SF特集に掲載された作品です。笑い × SF特集ではもう1編、芸人の九月さんの笑いをテーマにしたSF短編小説「冷蔵庫を疑う」を掲載しています。

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苦草堅一

ニガクサノミコトは日本神話に登場しない神。有事において度々現れ「センパイ流石っす!」「皆も見習えよな!」などと太鼓持ちをしたが、あまりにも言うことに中身がなかったため記録からは省略されている。その末裔が苦草堅一、1991年岩手県宮古市生まれ。2021年に「二八蕎麦怒鳴る」で第2回かぐやSFコンテストの最終候補に選出。

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