先行公開日:2021.8.7 一般公開日:2021.9.18
大竹竜平「祖母に跨る」
7,547字
―― 現代。寒村都市に暮らす凡庸な我々小市民が故人を夜な夜な動かし供養を日々の慰めとする。そんな非科学怪奇な風習が密かに流行っている。
仏壇仏具のベンチャー企業からやってきた黒田がパッドを操作し、件の記録動画を私に見せてくれた。画面の隅に表示された日付は八月十六日の深夜二時を過ぎた頃。盆の送り火だ。突然、亡き祖母の実家に呼び出された私は一昨日の深夜、カメラに記録された実家の映像をこれから確認する。
黒田は再生ボタンを押す寸前にためらい、画面を撫でつつ私に言った。
「まあ、ダウジングみたいなものですから」
そんな言い草に引っかかるものがあったが、私は黙って頷き画面を凝視した。
▶︎2時02分19秒
祖母の部屋に鎮座する仏壇がビデオに写っている。生前、彼女が静かに暮らした六畳間の小さな和室だ。元々洋室だった部屋を中途半端に改装したので、掃き出し窓にはレースのカーテンがぶら下がり、吊るした照明器具には洋蘭の絵が施されている。ちぐはぐな部屋に佇む仏壇は、家電や調度品とは違った異様な存在感を放って見えた。
ここで祖母は三十年間寝起きし、長閑な町で残生を過ごした。庭の木蓮が散る時節に、家族に見守られて息を引き取った。今年の夏も暑くなるからと、気の早い祖母がぶら下げた風鈴にはもう砂埃が被っている。
明かりのない和室の壁や欄間、仏壇の細部の色まで、高性能のカメラが精細に捉えている。しばらく静止画のような時間が和室に流れ、小さな塵が雪のように光って消えていった。そして、窓の外で草木の影が揺れた。
薄いカーテンが踊って、風鈴がささめき鳴いた。
仏壇の戸板がすーと音もなく独りでに閉まりだす。
遺影の祖母が黒い箱に飲み込まれて消える。
たまゆら沈黙し、私の首筋に一筋汗が垂れ、
不意に、仏壇が揺れた。
火立や香炉、お鈴や遺影同士が箱の中でぶつかる音がしばらく聞こえた。
仏壇の震えが止まり、わずかな静寂が訪れると、
コトリカタリと、祖母を供養した黒い仏壇が歩き始めた。
仏壇には小さな脚が六本伸びている。大きな甲虫のように器用に脚を動かして祖母の仏壇が歩き出した。緻密な金の装飾を腹に閉じ込め、黒く重い箱が和室をのろのろと這いずり回った。箱の脚が畳を擦る単調なリズムが部屋に響き、私の心臓を騒がせる。晩年、膝を悪くした祖母の引きずるような足音が耳の中で重なる気がする。
仏壇は正円を描くように部屋をぐるりと回った。前に進む度に小さく上下に揺れて、その繰り返しが腰の膳引を徐々に押し出し、ズー。ズー。と鼾のような音を奏でている。眠った子をおぶってあやす母のように、箱は規則的に位置を変えた。
そうして再び庭の草木が揺れ、翻ったカーテンに仏壇が飲み込まれると、夜風と一緒に部屋から姿を消していた。
「ここから先は仏壇に搭載されたカメラで記録した映像になります」
言いながら黒田は動画を一度止め、ハンカチで顔の汗を拭った。
仏壇が外を出歩くこともあるのか?
当たり前の私の疑問を黒田は手で制し、コップの麦茶を一気に飲み干し説明した。
「ほとんどのご家庭では生前長く過ごした居間や寝室、台所を徘徊する様子が見られます。散歩自体もよくあることです」
黒田は仏壇メーカーで長年カスタマーエンジニアとして従事しているのだという。小太りな顔に垂れる汗を拭いながら当然のように説明する姿に、私は少し落ち着きを取り戻し始めていた。
黒田が短い指をパッドに押しつけるのを合図に、私は姿勢を直して再び画面を見つめた。
▶︎2時17分35秒
子供のような低い目線で庭の茂みを掻き分ける映像が流れ始める。カサカサと夏草を踏み倒す音が聞こえる。祖母が亡くなってから誰も進んで庭を綺麗にすることはなかった。今年は茹だるような猛暑だ。祖母が育てた枇杷の木、ツツジ、紫陽花の葉は日差しに焼かれて萎れている。
視界から草木が消え、仏壇は門扉へ続く石畳の上に立っていた。玄関の照明が箱になった祖母を探知し自動で灯る。白く照らされた地面と石畳の隙間にヤモリが逃げ込む影が見えた。仏壇のカメラはじっとその黒い傷のような隙間を見つめている。
やがてヤモリが這い出て走ると、それを仏壇が食べた。
一瞬、戸板の開く影が画面を覆い、細い何かが伸びてヤモリの尾っぽがカメラに急速に近づいて見えなくなった。箱の中で小さなモーター音がジジジと響いてすぐに聞こえなくなった。
私は呆けた顔で黒田の顔を見つめ、彼は苦笑いして続きを見てくれと視線で促した。
門扉を出た仏壇はそのまま何くわぬ様子で深夜の住宅地を歩いている。人気のない夜道に街灯の光が単調に続く田舎道だ。アスファルトはひび割れ、所々陥没している。通り過ぎる民家の壁には錆び付いた看板や日に焼けた選挙ポスターが点在し、ナスや胡瓜の精霊馬を飾る家がいくつもあった。堂々と町を闊歩する仏壇にひれ伏す民のように、割り箸の刺さった野菜たちが頭を垂れて俯いている。
何でも胡瓜は足の速い馬を現し、ご先祖様の霊にできるだけ早く家に帰ってきてもらいたい。との願いが込められているそうだ。ナスで作った足の遅い牛に乗れば、ゆっくりと景色を楽しんであの世に帰ってもらえるという。
まじないや呪術というものは現実の存在そのものよりも、それに似たもののほうに強く働くと聞いた。人の願望や念力、もしくは思い込みが、特別な日に物を動かす。見立てた動物に見知らぬ故人がめいめい跨り、空へと登る。田舎ではまだそんな風習が色濃く残っている。
それに比べて、祖母を乗せた仏壇はいささか実際的すぎて見えた。自らのエネルギーで脚を駆動し、おそらく思考し、故人を跨らせ現世を彷徨う。そんな新しい常識に私の頭はまだ追いつけていない。
▶︎2時28分14秒
夜道を闊歩する巨大な甲虫が町を突き進んでいく。短い脚を忙しなく器用に動かしているようだが、その速度は手押し車を押す老人の歩みとそう変わらない。長い一本道を黙々と歩き、自販機だけになったタバコ屋を曲がり、子供の消えた公園を通り過ぎた。
団地と団地の隙間を抜けると、暗闇に八つの眼が浮かんで輝いている。いつの間にか仏壇は数匹の野良猫に囲まれていた。仏壇と猫はしばらく距離を保って睨み合った。目の前の街灯の明かりまで猫が近づき、片耳が半分ちぎれた毛並みの悪いキジ猫が姿を現す。残った猫が一斉に騒ぎ立てると、キジ猫は地面を蹴り上げ仏壇に飛びかかった。
そして、仏壇の腹から鋭い閃光が放たれた。
画面が真っ白に霞んで、空中で勢い余った猫の影が身を捩って背中から落ちる姿が一瞬見えた。猫たちはミャッと小さな悲鳴をあげると、散り散りになって逃げ出してしまった。
「腹の中の丸灯籠の明かりを最大出力まで上げたのでしょう」と黒田は事もなげに言う。
夜はすぐに静まり返った。仏壇は脈道のように張り巡らされた民家の隙間を、悠々とぶらつき進んだ。右へ曲がり、左へ曲がり、また右に曲がる。迷路の中の実験マウスのように移動を繰り返した。複雑な路地を容易く抜けると、長く開いた道に続いた。前方に不自然に明るい光源が見え始めて、歩いて近づくにつれそれは大きくなった。この町にたった一つの国道沿いのコンビニだ。祖母はよくここで茶菓子を買っていた。そうしてようやく、ここまでの道程が、彼女が日課にしていた散歩道だと私は気がつく。
祖母のよく歩いた道だ。と私が呟くと、黒田は流暢に話しだした。
「うちで製造する仏壇は故人が生前身に付けていたデバイスのGPSを利用します。お婆さまの場合は、埋め込まれたインプランタブルデバイスの履歴を使いました。重度の心臓病だったそうで、精度の高い情報を記録しています。移動履歴に心拍数、脈拍、体温まで亡くなるまでの記録が膨大に残っていたようです」
普通はこうしたデバイスごと燃やされ骨になると言う。
仏壇の契約を取り交わしたのは祖母本人だった。亡くなったら自身の生活が記録された履歴を黒田の会社に転送するようお願いしてあったらしい。そんなこと家族の誰も知らなかった。黙っていたのか、忘れてしまったのか。いなくなった祖母の勝手な思いつきに、現世の私が巻き込まれている。
▶︎2時39分52秒
祖母は真っすぐコンビニへ入店した。黒い箱が威風堂々、月より明るい店の中へと吸い込まれていく。幸いにも客や店員は見当たらず、有線から流れる不出来なEDMが虚しく響いている。仏壇は雑誌売り場へと進み、下着や日用品の棚を吟味した。すぐに方向を変えると、飲料水の棚へと向かう。ガラスケースに写った四角く黒い影に驚いたように、カメラが一度びくりと揺れた。
発泡酒やハイボールが整然と美しく陳列され、その奥から誰かが商品を補充する物音がした。仏壇の祖母はカップ麺をじろじろと眺めて、乾物や菓子類の棚を横切った。そして袋詰めにされた花火を見つめた。ぱかりと仏壇の戸が開いたのがわかる。店の明かりに照らされて、折りたたみのアームが腹の下から伸びる様子がはっきり見えた。玄関先のヤモリを一瞬で捉えた腕はこれだったのだ。関節の多いアームの先端にアサガオの蕾のような膨らみが見える。しゅるりと蕾が花開くと四本の指が目の前に広がった。細い指が巻きつくように、花火を避けて隣に陳列された線香を掴み取った。祖母はどうやら、自らの手で送り火を灯すつもりなのかもしれない。
線香を掴んだ祖母はレジへと移動しじっと止まった。呼び鈴が見当たらないのか、腹の中の自前のお鈴を鳴らして店員を待った。
祖母は三度、四度とお鈴を鳴らしたが、とうとう店員はやってこなかった。
諦めた仏壇はいそいそと線香を腹に仕舞い、銭の代わりに仏飯器を取り出した。伊万里焼の華やかな器をレジに置いて、ようやく店を出た。この動画が全部終わったら、私は財布を握りしめてコンビニへ走らねばならないようだ。
動画を見始めてすでに一時間が過ぎていた。
仏壇はコンビニを出てから暗い国道沿いを延々と歩き続けている。
休憩のつもりで私は黒田に新しい麦茶を注いでやった。動画は二時間あると先に聞いている。遺書を書かなかった祖母は残された家族に機械仕掛けの仏壇を残して天寿を全うした。八十八歳だった。六十を迎える前に祖父と離婚した。祖父の住まいも同じ町にあり、法要などあれば一家が揃うことも度々あった。一年前から祖母は体調の悪い日が増え、おそらく死期を悟っていた。夏まで持たないだろうと弱音をこぼしたこともある。
仏壇の映像は自動車やトラックが時折り横切るばかりで変化はなかった。
変わらぬ景色に余裕を覚えた私は、最初に黒田が言った例えが気になりだす。
ダウジングとはどういうことか。私は訊ね、彼は答えた。
「ダウジングというのは棒や振り子の動きによって、地下水や貴金属を発見する似非科学ですよ」黒田は当たり前のことを言って、すぐに弁明するように言葉を続けた。「我々の製品が非科学的だと言うことではありません。優秀なエンジニアによって日々、開発に全力で取り組んでいます。故人の生前データを解析し、独自の人工知能によって人間のような振る舞いを演じさせる高度な技術です」私には難しい仕組みはわからなかった。「問題は、と言いますか故人のデータとAIの偶発的な結びつき。その意図的なゆとりによって、制御できない行動を見せることが度々あるのです」そう言って、黒田はため息をついた。
家を飛び出し、爬虫類を食べ、猫をのした。おまけに万引きまでした仏壇は制御されているのでなく暴走に違いない。
家庭用ロボットが人間を裏切り牙を剥く。そんな漫画を何度か読んだこともある。黒い仏壇が大挙して小さな町に乗り込み、生者の暮らしを占領する。アームがりん棒を握り締め、家の壁や障子を破壊してねり回る。そんな迷妄が浮かんで消えた。
「つまりですね。故人の膨大な生前ログが生活圏に張り巡らされ、見えない鉱脈となるのです。仏壇が振り子となってカオスに揺れる。それはダウジングに近い。霊感に似た何かが宿っているのだと捉える方も多くいらっしゃいます」
仏壇の散歩に奇行があればこうして家族と共に記録を確認するらしい。警察沙汰になる前に穏便にトラブルをもみ消す。最初はそれが目的なのかと私は身構えたが、どうやら彼が本当に見せたかったものは動画の続きにあるらしかった。
▶︎3時07分11秒
国道を進み続けた仏壇がようやく立ち止まって、空き地へと曲がった。道路を挟んだ向かいには巨大な駐車場を有した牛丼チェーン店があり、看板のオレンジが辺りを照らしている。
仏壇は牛丼屋の明かりを背に虚な空き地へと侵入した。生茂る雑草はカヤツリグサに野菊やブタクサ。夏の間、猛烈に背を伸ばして冬が来れば一斉に枯れる生き物たちだ。人間にとって全く無益な名もない土地ではあったが、私はこの場所をよく知っていた。
ここは祖父母がかつて営んだドライブインがあった場所だ。四角く赤い屋根の小さな食堂だった。ラーメンにうどん、山菜の天ぷらなどを出すありふれた店。母もここで働いていたので、幼い私はよく店でアイスを食べながら彼らの仕事が終わるのを待っていた。華奢な長机が並び、上には分厚いビニールのカバーが波打っていた。暇を持て余した私は、指でカバーの気泡を動かし遊んでいたのを今も鮮明に思い出せる。
店が無くなった後にも、祖母は毎日のようにここまで散歩に来ていたのだろう。
仏壇が砂利を踏む音が静々と聞こえてくる。空き地の角にはコンクリートでできた台座と柱の根元だけが残されていた。この上に『ドライブインさおり』と背の高い看板が立っていたのを私は知っている。娘の誕生と同時にできた店で、さおりは私の母の名前だ。
仏壇は台座に登るとそこで沈黙した。前方には山の輪郭が夜空より濃いシルエットで鎮座している。しばらく仏壇は山の稜線をなぞるよう視線を動かしていた。やがて前方の茂みから物音が聞こえ出した。ざくりざくりと砂利の中に脚を突き刺す獣の姿が想像された。生き物に違いなかった。猫ではなく、勿論人でもない。猪や犬のそれに近い。音の主が着実に近付く様子がレンズ越しでも気配でわかった。祖母は音の方向に正確にカメラを向ける。茂みの草が次々と倒れて揺れる。白い何かが暗闇を掻き分け姿を現した。
それは美しい桐の肌を持った小ぶりな仏壇であった。
黒々と艶っぽい祖母の箱と比べて、モダンで明るい簡素な形姿だ。
桐の仏壇は祖母の前でピタリと行儀良く立ち止まった。待ち構えていたように祖母の戸が開くと、腹の中の丸灯籠の明かりがぼんやりと前を照らした。祖母の仕草に応えるように、桐の仏壇もまた自身の戸板をゆっくりと開く。
箱の中から出てきたのは、眉間に皺を寄せた気難しそうな面貌の老人。祖父の遺影だ。
黒田が動画を一度止める。私はしばらく言葉を探して迷子になった。
「今出てきた青桐の仏壇もまたうちの商品で、あなたのお祖父様です」
黒田は神妙な顔をつくって言った。
「通常は仏壇の故人さまを他のお客さまにお教えすることはありません」
当然の守秘義務だろう。
「ご親族であられましたので今回は特例のご報告となるようです」
彼は困ったように付け足し、私は頷いた。
死んだ人間が機械の身体で死んだ家族と現世で落ち合う。夜空で待ち合わせた牛飼いとお姫様の物語になぞらえれば、ロマンチックだと言えないこともない。祖母と祖父は生前もこうして会っていたのだろうか。あの土地に二人が頻繁に通っていたのは確かなはずだ。仏壇の行動は生前の移動履歴が導き決める。自分たちが働き過ごしたドライブインの跡地で、何を思い、何をしたいのか。
仲の悪い夫婦という印象はなかった。ただ、互いに寄り添い老齢の苦渋を慰め合う関係でもなかった。歳を重ね、くたびれていく人間同士が離れなければならない理由はいくらでもある。そんな彼らが死んでもなお、ここで合流する意味を私は一つだけ思い当たった。
黒田は小さく咳払いし、動画の最後を再生した。
▶︎3時29分30秒
落ち合った仏壇は互いの遺影で視線を合わせて、粛々と動き出した。
祖母は腹から線香を引っ張り出し、祖父は腰元の薄い引出しからマッチ箱を取り出す。
どこかで拾ったアルミ皿をかつて店の看板のあった台座に乗せて、祖母は線香をそこに置いた。祖父は一本の手でマッチを器用に箱から取り出す。すぐさま祖母が箱を持ち支えた。祖父は茶色の側薬にマッチを擦り付け、小さな火を灯した。店の調理場で何度も見た熟練した夫婦の動きだった。暗く荒れた土地を丸灯籠がぼんやり照らして、線香の束が端から白く崩れ始める。
風のない夜のしじまに、白妙の煙がするすると登っていく。
死後の人間が食べるは匂いだけで、善行を行った死者は良い香りを食べる。と経典には書かれてあるそうだ。かつてこの土地にあったドライブインの長机で、家族揃って夕飯を囲むこともあった。祖母が炊いた混ぜご飯。祖父が揚げた山菜。取り分けてくれる母。画面に匂いまでは映らないが、立ち込めた煙の中に私たち家族は一時存在した。
線香の火が見えなくなって、煙が闇に溶けると、画面は暗くなって動画が止まった。
私はリビングの席を立って祖母の和室へと向かった。
そこには一夜限りの散歩を終えて、知らぬ間に帰りついた黒い箱が佇んでいる。
黒く艶やかな祖母の仏壇に手を合わせ、線香を三本焚いた。
微笑む祖母の遺影を手に取り、そっと右の写真に近づけてやる。
祖母の隣で笑う遺影が私の母だ。
私が中学に進学する前に、不慮の事故で母が亡くなった。私たち家族の時間が止まって、祖父母は別れた。あれから母が歳を取ることはない。今年が三十三回忌にあたる。
祖父母たちは仏壇になってでも、娘の死んだ日にあの場所で弔い上げをしたかった。黒田はこれもまたダウジングだと言うのだろうか。生前の記録。死後の見通しが仏壇を動かし、振り子を揺らした。秩序を持たない吊るされた剛体のゆらぎに、勝手に意味を見出してしまうのは、生きた人間の習性なのだと思う。きっとそれだけのことだ。
仏壇の脚に枯れ草がくっついている。コトリカタリと祖母と母はまた同じ道を歩いて家に帰って来たのだ。
祖母に跨る母はまだ小さな子供で、疲れて眠っている。聞き覚えのある子守唄が夜道の空気に溶けて消える。剥き出しの幼い腕は蚊にくわれて、開いた口から涎が落ちる。祖父が笑ってそれを拭き取り、祖母に何か言う。
そんな私の知らない景色がはっきりと思い浮かんだ。
気づくと線香の匂いが和室一杯に立ち込めていた。仏壇の奥から小さな物音がして、ヤモリがけむそうに這い出てくる。丸く大きな眼が私を捉えて尻尾をうねりと揺らした。そうしてヤモリは壁と仏壇の隙間へと逃げ込み、暗がりへと落ちてどこかへ消えてしまった。