庵野秀明監督を巡る議論と視聴者に求められる姿勢『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』 | VG+ (バゴプラ)

庵野秀明監督を巡る議論と視聴者に求められる姿勢『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』

©️NHK

波紋を呼んだドキュメンタリー

NHK BSプレミアムで2023年3月31日に放送され、NHK総合でも2023年4月15日19:30から放送されることが決まっている『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』(2023)。『シン・仮面ライダー』の2年間の撮影に密着したドキュメンタリーだが、このドキュメンタリーの中の庵野秀明監督の行動がパワハラではないかと波紋を呼んでいる。

パワハラではないと擁護する旨のツイートを『シン・仮面ライダー』で准監督を務めた尾上克郎監督がするも、それもまた波紋を呼んでしまっている。『シン・仮面ライダー』のドキュメンタリーを観た映画ファンたちは何が問題だと思い、そしてどのような問題が生じてしまったのか。本記事では一人の映画ライター、そして映画ファンとして忌憚のない意見を述べたいと思う。

“通訳”の不在と“奇跡”への過信

アクション現場における“通訳”の不在

『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』で最も問題視されているのがアクション部門との衝突だろう。特にアクション部門を担当した田渕景也アクション監督が脚本を捨ててやめようと思い、庵野秀明監督が言い過ぎたとして涙ながらに謝罪したことでその場は収まったと放送されていた。

事実、『シン・仮面ライダー』パンフレットで田渕景也アクション監督は庵野秀明監督との複雑な関係性を吐露し、大庭功睦監督助手から「庵野さんと田淵さんは以心伝心のような関係で」と言われた際に仲良しというわけでもないですけど」と返している。ドキュメンタリー越しでも素人目には良い関係だったとは思えない。ネット記事の中には「庵野秀明監督と初めて組む田渕景也アクション監督」と書かれているものもあるが実際は『シン・ウルトラマン』に田渕景也アクション監督は参加している。

また、田渕景也アクション監督がアクションコーディネイターを務めたウルトラマンと禍威獣ガボラとの戦いのモーションキャプチャーでは、『シン・仮面ライダー』では用いられなかったワイヤーアクションが使用されている。他にも怪我を防ぐためのマットやクッションなどの『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』直後の記事で見られたアクション部門を軽視する姿勢は感じられない。あくまでも『シン・仮面ライダー』での演出は『シン・ウルトラマン』との差別化を図っていたと考えられる。

他にも『シン・ウルトラマン』のモーションキャプチャーには庵野秀明監督も参加しているため、田渕景也アクション監督との接点はそこでもあり得ただろう。更には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)にもモーションキャプチャーとしても、田渕景也アクション監督は参加している。監督兼総監督の庵野秀明監督とはシン・ジャパン・ヒーロー・ユニバースでは3作連続で参加しているという常連にも近いスタッフだ。『「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』直後の記事で散見された庵野秀明監督と初めて組むという内容は誤った情報だと思われる。

ここでトラブルのようなことが起きなかったのには、『シン・ウルトラマン』では庵野秀明監督の役割は企画・脚本・製作・総監修などであり、監督は樋口真嗣監督が務めている点があると考えられる。ジョージ・ルーカス監督が「スターウォーズ」シリーズのプロットをスタジオに持ち込んだ際に友人のコミック作家に絵に起こしてもらったように、庵野秀明監督には樋口真嗣監督という“通訳”がいた方が円滑に進んだのではないだろうか。

『シン・仮面ライダー』パンフレットの中で田渕景也アクション監督は庵野秀明監督の強いこだわりとストイックさに触れつつ、「初めの頃の仮面ライダーは、闘争本能が制御できないという設定があるので、暴力が爆発的に発露してしまう。その殺気をちゃんと俳優の芝居で見せたい、という狙いがはっきりあったと出たんです」と振り返っているのを読むことができる。

『幕前/第1幕 クモオーグ』では本郷猛/仮面ライダーはHIP-HOPを踊るように戦う戦闘のプロのクモオーグに対して大振りのパンチを繰り出しているように見える。本郷猛/仮面ライダーが思いっきり空を殴った際には本郷猛/仮面ライダーは拳に引っ張られるように動いて見え、他にもSHOCKER下級構成員との戦いでは前蹴りで相手を吹き飛ばすなど素人めいた戦いをしているように見える。

「週刊文春エンタプラス」のインタビューの中で『シン・仮面ライダー』の白倉伸一郎エグゼクティブプロデューサーは「昭和世代の考える原点と、『クウガ』から入りました、『W』から入りしましたという人の考える『原点』はまったく違ったものだったりする」と世代間ギャップついて語っており、庵野秀明監督とアクション部門の人々の考える“仮面ライダーのアクション”のギャップの一因なのではないだろうか。

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撮影現場における“潤滑油”の不在

『シン・仮面ライダー』パンフレットの中で、撮影終盤の出来事として「『田淵さんは、言ったらその場でパッとやってくれるから。打合せしなくても平気だから』と庵野さんが言ってくれて。初めての頃と印象が全然変わりましたね」と田渕景也アクション監督も語っているため、双方の意見のすり合わせが最後に至るまで円滑に進んでいなかったように思える。樋口真嗣監督はこのようなすり合わせがうまく、樋口真嗣監督がいた場合、行き違いを未然に防げたのかもしれない。

今回のドキュメンタリーでは池松壮亮氏が“潤滑油”のような役割を担おうとしていたように見える。これはジェームズ・キャメロン監督の『エイリアン2』(1986)の撮影現場でも見られ、完璧主義でスタッフとの衝突の多かったジェームズ・キャメロン監督とスタッフをうまいこと取り持ったのが主演のシガニー・ウィーバー氏だったと後年語られている。しかし、これも褒められた手法とは思えない。

また、『シン・仮面ライダー』パンフレットやラジオ、週刊文春エンタプラスなど各種インタビューなどを読むと庵野秀明監督と俳優陣とのすり合わせも円滑に進んでいなかった部分があると考えられる部分がある。『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』では池松壮亮氏が過酷な練習中に酷い捻挫になったと紹介されている。

一方で、池松壮亮氏は週刊文春エンタプラスのインタビューで捻挫する前に庵野秀明監督に対してこのようなことを伝えたと語っている。「でももともと僕も、クランクイン前に怪我するまでは、できれば全部やらせてほしいと無謀なことを庵野さんに伝えていました。」というインタビューを読むと、こちらは両者の間で「どこまで池松壮亮氏がアクションを担当するのか」という境界線のずれがあったように思える。

筆者はこれらすべてを庵野秀明監督の才能を周りが理解できなかったという簡単な言葉で片づけてはいけないと考える。庵野秀明監督の“通訳”にあたる存在が不在になったことで、周囲と自信の抱くイメージの共有がうまくできず、焦りなども混じって暴走状態に陥ったように思える。結果として現場も、庵野秀明監督自身も心身ともに疲弊してしまった。そうなる前に庵野秀明監督や現場をマネジメントする人物が必要だったのであり、それがプロデューサーなどの役割だったのではないだろうか。

庵野秀明監督は『シン・仮面ライダー大ヒット御礼舞台挨拶』の中で自分は何かを作れば色々と言われ傷つくと語り、以前より「自分は作品の奴隷」と表現するような自身を卑下する言動をしている。一方で庵野秀明監督は観客の皆さんに感謝を伝えられたことで救われた気がしたといった旨の発言もしている。しかし、本来ならばここまで疲弊する前に対処ができたのではないだろうか。

『実写の奇跡』への過信

しかし、庵野秀明監督にまったく問題がなかったわけではないように感じる。『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』の中では庵野秀明監督自身も過度な実写映像における奇跡、つまりは撮影時のアクシデントに期待してしまっているように描かれている。それがアクション部門最大のストレス要因となってしまったと思われる。

確かに「仮面/マスク越しに生身の人間がいる」という演出は重要だと思う。しかし、それを重視するあまり、田渕景也アクション監督の役割を形骸化し、アクション担当のスタントマンたちの安全性が危うくなることに繋がってしまったように映ってしまったことが問題なのではないだろうか。田渕景也アクション監督からすれば最優先すべきは映像美よりも、アクション部門の俳優の安全だと考えているからではないだろうか。

近年ではスタントマンなどアクションをこなす俳優の労災などについて議論がなされており、これまでアクションをこなす俳優たちの安全性を軽視していたのではないかという問題提起がなされている。

『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』の中であったような池松壮亮氏のパンチが偶然アクション部門の俳優に当たってしまうなどのアクシデントは映像にアニメーションやCGにはない計算されていない生々しさを与えてくれると庵野秀明監督は考えたかもしれない。それでも、それよりも優先されるべきは命だと田渕景也アクション監督と判断したのではないだろうか。

誰もが庵野秀明監督のように「自分は作品の奴隷」と考えているわけではない。庵野秀明監督はそれを計算に入れなければならず、それが撮影現場をカメラ越しやインタビュー越しの視聴者や読者に「ギスギスし、地獄のようだった現場」だと一層思わせてしまうものになってしまったと考えられる。

ドキュメンタリーとイエロージャーナル

重なってしまった“シン・ジャパン・ヒーロー・ユニバース”

『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』では庵野秀明監督が答えを示さずにすぐに現場から立ち去る人物として描かれているが、舞台挨拶やインタビューなどで『シン・仮面ライダー』の企画段階時には『シン・ゴジラ』(2016)が、そして撮影時には『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)や『シン・ウルトラマン』(2022)の撮影などが重なっていたことが明かされている。

ドキュメンタリーの中では、庵野秀明監督は何を考えているのかわからないミステリアスな天才として写したかったのかもしれないが、実際は休みなく4作品の企画や脚本、監督に携わったことで疲弊し、現場から現場へと移動していた人物であることを留意しなければならない。庵野秀明監督も一人の人間であり、抱えきれない仕事量によって精神的に不安定になることだってあるだろう。

『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』では、作品群のユニバース化するにあたってそれを一人の監督が中心になって回すという撮影現場になってしまったこと、そしてアクション部門の俳優の安全性の重視などといった労働環境を考えるきっかけとしなければならないと警鐘を鳴らしているように思えた。

“カメラ越し”の世界

また、庵野秀明監督自身も身に沁みてわかっていることだと思うが、ドキュメンタリーであってもカットなどが存在する限り、いかに編集者がフラットな気持ちで事実を写そうとしても、どうしても主観が入ってしまうことは避けられない。

かつて庵野秀明監督が撮ったドキュメンタリー『GAMERA1999』(1999)は『ガメラ3 邪神覚醒』(1999)のメイキングビデオとしているが、金子修介監督と樋口真嗣特撮監督の不仲な場面やプロデューサーと現場の衝突などを映したドキュメンタリーで、トラブルの場面を強調したりと公平な立場とは言い難く、メイキング映像とドキュメンタリーが違うということを如実に表しているように思える。

つまり、我々部外者にはどうしても知ることのできない空間や時間、出来事が存在し、多角的な視点から批判や批評をすべきということである。無理に色々な雑誌や本を買えとは言わないが、現在、SNS上に氾濫しているような『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』のスクリーンショットだけを見て批判するような前後の文脈を無視したものは推奨されないということである。

“イエロージャーナル”にならないように

イエロージャーナルとは発行部数などを伸ばすために事実報道よりも煽情的なことを売り物にする形態を指す言葉である。今回の『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』などでは、そういったネット記事などが散見され、ある意味で読者側のネットリテラシーが試されることになったように思われる。

たとえば庵野秀明監督がスタッフに丸投げし、独裁的な制作現場だったと当初は報道されたが、今回の舞台挨拶ではプロモーション映像としてつくった池松壮亮氏が歌うテレビ版『仮面ライダー』(1971-1973)を当初はオープニングに使おうとしたが映像の長さが合わないことと、制作現場での多数決で古臭いという意見が多数を占めたため使用しなかったことが明かされている。

これも前述の通り、我々にはわからない部分があるため、しっかりと現時点でわかっている経緯をまとめてから批判などをすべきだということだ。今回の一件は多くの映画ファンや映画ライターに「一度立ち止まって、一息ついてから経緯をまとめること」の重要性を再認識させた事例だと考えさられた。

ほかにも『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』で庵野秀明監督が演出を俳優にまる投げしているように見えた部分に関して、『東映公認 鈴村健一・神谷浩史の仮面ラジレンジャー』に池松壮亮氏がゲスト出演した際に「庵野秀明監督は自分の演出がアニメ的だと思っている。だから俳優に任せた部分もある」と語っていた。

それを踏まえると舞台経験の多い池松壮亮氏、映画監督経験のある柄本佑氏、演出家の顔も持つ森山未來氏などの俳優陣を起用し、演出を任せた理由も単なる現場放棄ではないという見え方が生まれてくる。

また、酷い記事では『シン・仮面ライダー』と『仮面ライダーBLACK SUN』を混同しているものもあり、こちらは読者側も「キャッチーな記事の見出しに飛びつかず、一息ついて、文章をちゃんと読むこと」の重要性を認識させられた。

『シン・仮面ライダー』の撮影現場がどのようなものだったのか。まだわからないことが多い。ある意味では制作陣ではない我々は受け身になるしかないのだが、その上で熟考することが重要だと痛感させられた。庵野秀明監督が疲れを取り、次はどのような作品を作るのかに期待したい。

映画『シン・仮面ライダー』は2023年7月21日(金)よりAmazon Primeにて独占配信開始。

『シン・仮面ライダー』公式サイト

Amazon Prime『シン・仮面ライダー』

NHK『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』公式ページはこちらから。

 

 

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庵野秀明監督が語った『シン・仮面ライダー』続編構想についての考察はこちらから。

『シン・仮面ライダー』の本郷猛と緑川イチローの対比はこちらの記事

『シン・仮面ライダー』の一文字隼人のネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

発表済みキャストとキャラクターについてはこちらの記事で。

3月23日に追加発表されたキャストと全オーグメント解説についてはこちらの記事で。

『真の安らぎはこの世になく-シン・仮面ライダー SHOCKER SIDE-』ネタバレ解説&考察はこちらの記事で。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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