『シャイニング』のその後
スティーヴン・キングの原作小説をスタンリー・キューブリック監督がホラー映画の金字塔に作り変えた映画『シャイニング』(1980)。後にティム・バートン版『バットマン』(1989)でジョーカー役を演じることになるジャック・ニコルソンら俳優陣の名演も光った。
スティーヴン・キングが2013年に発表した『シャイニング』の続編『ドクター・スリープ』は、キングが「大人になったダニーがどうなったのか、ずっと気になっていた」と、1977年発表の『シャイニング』以来、40年ぶりに執筆した作品。あの『シャイニング』での惨事を生き延びたダニーの40年後が描かれた。
2019年にマイク・フラナガンによって実写化された映画『ドクター・スリープ』は、原作小説の『シャイニング』とスタンリー・キューブリック監督による映画版の『シャイニング』を繋ぐ役割を果たした作品だ。トラウマを抱えたダニーの“復活”を映画版『シャイニング』を引き継いで描いた。
『ドクター・スリープ』のあらすじ
ホテルでの惨劇の直後、ダニーは母ウェンディーと二人で暮らしている。二度と雪を見たくないという思いから、暖かいフロリダに移り住んでいた。だが、ダニーは自宅のバスルームでも女性の幽霊に遭遇するなど、オーバールックホテルでの事件から逃れることができていない。『シャイニング』でダニーを助けたディック・ハロランは、亡霊になりながら“シャイニング”の力をうまく使えないダニーに助言を与え続けていた。
そして40年後、ダニーは自分が持つシャイニングの力から逃れようとして、父ジャックと同じくアルコール依存症になっている。ジャックのように怒りをコントロールできない場面も。一方で、ジャックのように傷つけないよう孤独に生き続けている。ダニーと同じシャイニングの能力を持つ少女アブラと出会うが、ダニーは人と関わることを恐れ、何もしないことを選ぼうとする。
(今回は“ダニーのその後”に焦点を当てるため、アブラやシャイニングの力を持つ子どもを狙う集団トゥルー・ノットの話は割愛する。)
以下の内容は、映画『ドクター・スリープ』の内容に関するネタバレを含みます。
父との再会
父親からのDVというトラウマを抱え、アルコール依存症になった孤独な中年男性。父親は自分を愛していなかったのではないか……アルコール依存症の集団カウンセリングで、ダニーはそんな不安を口にする。
再びオーバールックホテルに舞い戻ることになったダニーは、そこで父ジャックの亡霊と対面する。ジャックはホテルのバーテンダーになり、依存症の治療のために禁酒しているダニーに酒を勧める。映画『シャイニング』において、ジャックは亡霊のバーテンダーから勧められた酒を飲んだことで狂い出した。それと同じ轍を息子のダニーに踏ませようとするのだ。
『ドクター・スリープ』のハイライトは、このダニーと父ジャックとの対話シーンだ。『E.T.』(1982)で主人公エリオットを演じたヘンリー・トーマスが、ジャック・ニコルソンを引き継いでジャックを演じ直している。
「酒は薬」
ダニーは、ウェンディがダニーの目にジャックの面影を見て、すぐに目を逸らすようになったこと、20歳の時にウェンディは死に、ダニーは酒に溺れるようになったことを話す。それを聞いたジャックは、「酒は薬だ」とダニーに説く。「男は口に囲まれている」と、ジェンダーに結びつけて論を展開していく。
確かに、映画『シャイニング』のジャックは、妻のウェンディを「仕事の邪魔をしている」という理由で攻撃していた。「妻子を養う」という家父長制の価値観に縛られ、自らを追い込んでいたと見ることもできる。
ジャックは、男は自分の人生を生きることができない、利用され、家族が、社会が男を病ませる、酒はその苦しみから解放されるための薬だとダニーに告げる。苦しい現実に囲まれ、それから逃れる手段が酒だと主張するのだ。
父性の拒絶
ジャックは、ダニーに「薬を飲め」と迫るが、ダニーはこれを拒否する。ダニーは、辛い状況にあっても断酒を続け、40年前にジャックが犯した過ちを繰り返さなかった。その後、自分と同じくシャイニングの能力を持つアブラを、亡霊に取り憑かれながらもその命をかけて助ける。
DVサバイバーの中年男性となったダニーは、そのトラウマと向き合い、「酒は男の薬」という「父の理論」を拒絶する。40年前に父ができなかったことを、自分の意志で選択していくのだ。隠し、抑え、逃れ続けてきたシャイニングの力は、「隠さなくていい」という結論を導き出す。
スティーヴン・キングは『ドクター・スリープ』を、『シャイニング』でトラウマを抱えたダニーの「回復 (リカバリー) の物語」と語っている。キングは、『シャイニング』というホラー作品を映画版の後味の悪い結末のまま終わらせず、40年越しに改めて「その後」を描き、現実にサバイブする人々の力になるメッセージを添えた。
それは、スティーヴン・キング自身がアルコール依存症と薬物依存を克服した過去と無関係ではない。『ドクター・スリープ』は長い断酒生活の中で書いた物語だということを、キングは認めている。『シャイニング』、そして『ドクター・スリープ』はダニーの40年間を通して、自分の力、そして弱さと向き合う方法を示してくれたのだ。
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スティーヴン・キングによる『ドクター・スリープ』の原作小説は文春文庫より発売中。