ドラマ『ムーンナイト』配信開始!
MCUドラマの2022年第1弾『ムーンナイト』が、2022年3月30日(水)よりDisney+で配信を開始した。ムーンナイトは複数の人格を持つヴィジランテで、原作コミックでも異色の存在。MCUでは異例のダークヒーローの誕生に注目が集まっている。
加えて、『ムーンナイト』はMCUドラマでは初めて映画に登場していない新キャラの名前をタイトルに冠したシリーズになる。フェーズ4では、2021年に『シャン・チー/テン・リングスの伝説』や『エターナルズ』で新ヒーローが紹介されたが、いずれも映画でのデビューだった。『ムーンナイト』は時間をかけてMCUに新キャラを紹介していくことになるが、果たしてこの手法は功を奏すのだろうか。
今回は、ドラマ『ムーンナイト』第1話「もうひとりの自分」の各シーンを解説していく。MCUの新シリーズはどんなスタートを切ったのか、チェックしてみよう。
以下の内容は、ドラマ『ムーンナイト』第1話の内容に関するネタバレを含みます。
Contents
第1話「もうひとりの自分」のネタバレあらすじ&解説
流れている曲に注目
ドラマ『ムーンナイト』第1話は、ボブ・ディランの楽曲「Every Grain of Sand」(1981) と共に始まる。この曲名は「砂の一粒一粒」という意味で、「一粒一粒の砂の中に、主の存在を感じる」と歌われている。砂漠で出会う月の神に力を与えられるムーンナイトのイントロに相応しい楽曲と言える。
第1話で最初に映し出されるのは意外にも主人公のスティーヴン・スペクターではなく、イーサン・ホーク演じるアーサー・ハロー。ハローは水を飲み干した上でガラスのコップを粉々に砕くと、そのガラスの破片を入れた靴を履いて歩き出す。少しギョッとするシーンから幕を開けるのだが、本作のヴィランである可能性が高い人物から物語がスタートするのはMCUとしては珍しくもある。
そしてお馴染みのマーベル・スタジオのロゴが流れる頃にはエンゲルベルト・フンパーディンクの「愛の花咲く時(原題:A Man Without Love)」(1968) が流れている。日本でも梓みちよや五木ひろしがカバーしている名曲だ。ちなみに日本語版と原曲では内容が正反対になっている。
この場面では曲冒頭の「一緒に散歩していた時のことを思い出せない」から始まり、「月明かりが道を示してくれるから、ついていけばいい」という歌詞で曲は一旦途切れる。「月明かり (ムーンライト)」と「ムーンナイト」をかけているのだろう。
本編が始まると入ると、オスカー・アイザック演じる主人公スティーヴンが目を覚ますシーンが描かれる。この場面で「愛の花咲く時」の「毎朝目が覚めるとバラバラになる」「孤独な男」というスティーヴンの状況を暗示するサビが戻ってくる。この冒頭の3分だけでも、これまでのMCUシリーズと同様、『ムーンナイト』も音楽に力を入れていることがはっきりと分かる。
ポンコツなスティーヴン
スティーヴンは自分の足に枷を付け、ベッドの下に足跡が残るよう砂をまき、ドアが開いたかどうかを確認できるようドアにテープを貼って寝ていたようだ。明らかに問題を抱えていることが示唆されている。そして、スティーヴンは母に電話をかけながら、飼っている金魚のガスに餌をやっている。「ヒレが一つ」ということが強調されているが、確かにガスには右のヒレがない。
なお、『ムーンナイト』第1話の配信直前、米Marvelからはミキサーに入れられたガスのポスターが公開され、様々な憶測を呼んでいた。
— Marvel Studios (@MarvelStudios) March 29, 2022
スティーヴンは母親“と”話していたわけではなく、留守電に声を入れていただけのようだ。原作コミックではムーンナイトは脳内の人物と会話する設定があるため、ここまでではスティーヴンがどんな人物なのかは判断がつかない。
そして、ロンドンで有名な二階建てバスが通るところで、舞台がロンドンであることが明らかになる。つまり、ニューヨークやサンフランシスコに集中しているアベンジャーズからは遠く離れた場所にいるということだ。
なお、スティーヴンがバスを追いかけるシーンでは、奥の店の名前が「アトランティス・アイランド(Atlantis Island)」になっている。アトランティスはMCUでまだ紹介されていない海底の王国で、原作コミックではワカンダ等と並んで重要な場所である。
バスの中でもスティーヴンは人に寄りかかって居眠りしたり、他人の新聞を覗き読んだり、なんだかポンコツな印象を与えている。
スティーヴンの勤務先は古代エジプト展が開かれている博物館。なお、映画『エターナルズ』(2021) のセルシもロンドンの博物館で働いていた。スティーヴンは展示品にいたずらをしている少女を叱ることもなく、フレンドリーに話しかけると、エジプト神話を話して聞かせる。悪い人物ではなさそうだが、上司のドナにはガイドの真似事をやめるよう注意を受ける。ショップの販売員がスティーヴンの仕事のようだ。
そこに現れた人物によって明日の7時にステーキを食べに行く約束をしていたことが明かされるが、スティーヴンは身に覚えがなく、さらにスティーヴンはヴィーガンだという。明らかにもう一人の人格が存在している。
エジプトに関する知識は豊富だが、一週間で3度目の遅刻をしているというスティーヴンは、仕事場での評価は低いようだ。遅刻癖があるのも『エターナルズ』のセルシも同じだ。
身体が勝手に起き上がって歩き回るという悩みをストリートパフォーマーに話すなど、友達もいない様子。それでも観光客の写真を撮ってあげるスティーヴンはやはり“いい奴”のようだ。ちなみにここでスティーヴンが渡している“プラリーヌ”とは、プラリネとも呼ばれるフランスのお菓子のこと。
突然のワープと流血シーン
その夜、スティーヴンはアプリの力を借りながら眠らないよう努力していた。スティーヴンが本で読んでいる“エネアド”とは、博物館でポスターに7人しか写っていないと話していたエジプトの9柱神のことだ。するとスティーヴンは突然、草原が広がる場所へと転送される。米マーベルの公式サイトによると、ここはアルプスらしい。謎の声はスティーヴンに「マークに体を返せ」と指示する。
ポケットには金色に輝くスカラベ(フンコロガシ)が。古代エジプトではスカラベは神聖な虫とされていた。スティーヴンはなぜか人々から銃撃を受け、逃げ延びた先では冒頭に登場したアーサー・ハローがカルトのリーダとして人々に教えを説いていた。
「闇を心に潜めている者がいる」と話すハローは「この世を楽園に変えよう」とヴィランらしい台詞を吐いている。また、「まだ目覚めぬ女神」としてアメミットの名前を挙げているが、アメミットは死者の心臓を貪る神のことだ。
ハローは人々に「裁定」を下していき、タトゥーの天秤が善人と判断しなかった人物は生気を失って倒れてしまう。武装した部下はハローに「例の物」が盗まれ、仲間の2人が死亡したと報告。信者でないことがばれ、「傭兵」と呼ばれたスティーヴンが自分はショップ店員だと主張すると、何かに気づいたハローはスカラベを渡すよう要求する。
スティーヴンは大人しくスカラベを渡そうとするが、謎の声と身体はそれを拒む。シリアスなシーンなのだがコミカルで、身体と精神が分離したようなオスカー・アイザックの演技が見事である。スカラベを奪われたスティーヴンは、次の瞬間には血に塗れた手でスカラベを握っていた。謎の声は「マズい、またバカが戻った」と嘆いている。
視聴者は気弱なスティーヴン・グランドの視点のみ見せられており、スティーヴンの意識が飛んだ時の出来事は不透明に描かれている。面白い演出だ。なお、この場面ではスティーヴンの右手と倒れた敵の頭部にベッタリと血がついている。
MCUでは、最近になってドラマ『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021) 第3話の暴力描写に修正の編集が加えられたことが明らかになった。バッキーが投げる鉄の棒が敵の肩に刺さるシーンが、敵に当たって跳ね返っているだけになったり、ヒドラの科学者が死ぬシーンから血が取り除かれたりしているのだ。その理由は明らかになっていないが、それによって『ムーンナイト』での流血シーンがより際立つことになっている。
Disney+ has edited scenes in #FalconAndWinterSoldier to censor violence & blood! More photos & details: https://t.co/ZymWwFN78v pic.twitter.com/K7ahLfsSqT
— MCU – The Direct (@MCU_Direct) March 29, 2022
アクセントの謎
スティーヴンが盗んだカップケーキトラックから流れている曲はワム!の「Wake Me Up Before You Go-Go」(1984)。米英でチャート1位を獲得した言わずと知れた大ヒット曲で、「行く前に起こして」「一人で宙ぶらりんになっていたくないから」という歌詞がスティーヴンの心境にマッチしている。
軽快な音楽と共にカーチェイスが繰り広げられるが、スティーヴンがピンチになるとマークが事態を解決するパターンが繰り返される。マークは相当な凄腕の傭兵のようだ。しかし、次の瞬間、スティーヴンは部屋のベッドの上に戻り、エンゲルベルト・フンパーディンクの「愛の花咲く時」が流れる。
全ては夢だったと安心するスティーヴンだったが、金魚のガスの右のヒレが生えていることに気がつく。マーベルが公開していたポスターと同じように刃を取ったミキサーに金魚を入れたスティーヴンは、ペットショップに抗議するが「昨日も来た」と言われる。ここで“ニモ”の名前が挙げられているが、『ファインディング・ニモ』(2003) の主人公ニモも右のヒレが生まれつき小さい。
事態が飲み込めないスティーヴンだったが、さっき起きたばかりなのに時間も午後5時だということにも気がつく。デートの約束を思い出してレストランへ行くが、相手からは約束は2日前だとフラれてしまう。意気消沈するスティーヴンは、ヴィーガンのはずだが心ここにあらずでステーキを注文するのだった。
大方の視聴者の予想通り、あれは夢などではなく、木曜日の深夜から日曜日の夕方までマークが身体の主導権を握っていただけなのだろう。なお、スティーヴンは“ガスではない金魚”にお菓子を与えているが、『ホークアイ』(2021) でも犬のラッキーにはピザを与えていた。
自室の異変に気付いたスティーヴンは、隠し部屋から携帯と充電器を見つける。そこにレイラという人物から電話がかかってくるが、その人物はスティーヴンの「訛り」を指摘し、彼を「マーク」と呼ぶ。英語話者でないと分かりにくいのだが、スティーヴンはここまでイギリス英語のアクセントで話している。
演者のオスカー・アイザックはグアテマラ生まれ、フロリダ育ちであり、喋っているのは綺麗なイギリス英語ではない。しかしその要素もまたスティーヴンの真の正体はどの姿なのかという謎に拍車をかけている。
アーサー・ハローの目的
これまでとは違う謎の声がスティーヴンに詮索をやめるよう警告する。ポルター・ガイストのような現象から逃げ出そうとエレベーターに乗り混むスティーヴンだったが、エレベーターは動かない。超常現象に見舞われる中、鏡のカットが印象的に使われているが、スティーヴンはなかなか真実に辿り着けない。
そして、廊下の向こうに見えたのは身長3mはあろうかという鳥の骸骨頭をした怪物。原作コミックにも登場するムーンナイトに力を与える月の神コンシュのようだ。背後にコンシュが現れると再びスティーヴンの意識が飛び、今度はバスの外にコンシュの姿が。バスを降りるとバスの中にアーサー・ハローの姿と、大忙しだ。
スティーヴンを博物館まで追ってきたアーサー・ハローは、スカラベの持ち主であるというアメミットを「悪事を働く前に罪人を罰する処刑人」と説明する。確かに、第1話の中盤で天秤が罪人と判断した女性は「何もしていない」と主張していたが、将来的な罪を理由に裁かれていた。
この話は、犯罪を実行していなくても話し合いや計画だけで処罰され、内心の自由を侵害する恐れがある共謀罪の話と似ている。『ムーンナイト』もまた、多くのMCU作品と同じように現代社会が抱える問題にコミットしていくのだろうか。
追い詰められたスティーヴンに「アメミットが解放されていればヒトラーを阻止できた」と話すハロー。アメミットは「化身(アバター)に裏切られた」と話すが、スティーヴンは「青い人?」と映画『アバター』(2009) の話をしている。ちなみに『アバター』はMCU映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019) と歴代世界興行収入で1位と2位を争っている(再上映で入れ替わり、現在は『アバター』が1位)。
アーサー・ハローは、生活に苦悩するスティーヴンに「助けたい」と言いながら、“裁定”を行うが、結果は「混沌を抱えている」というもの。ハローはスティーヴンを解放するが、罪人ではなかったということだろうか。
ムーンナイト登場
博物館での仕事を終えたスティーヴンは犬のような声を聞いてその声の主を探すが、鏡に映るもう一人の自分は分身したかのように立ち止まっている。さらに犬のような声の主は狼のような怪物だったことが明らかになり、スティーヴンはトイレへと逃げ込む。この生物は、エジプト神話のアヌビス神のようだ。アヌビスは冥界の神である。
そこで出会ったのは、鏡から話しかけてくるもう一人の自分。この人物はイギリス訛りの英語ではなく、アメリカ英語で話かけている。パニックに陥りながらも「制御権を渡せ」と言うもう一人の自分を受け入れたスティーヴンは、次の瞬間ムーンナイトとなり、アヌビスをフルボッコにして『ムーンナイト』第1話は幕を閉じる。
なお、クレジットの最後には「メンタルヘルスに関するご相談は専門機関まで」という注意書きが付記されている。字幕には反映されていないが、アメリカの相談先としてNAMI(全米精神疾患者協会)のウェブサイトを案内している。不安定なキャラを主人公に据えた作品であり、必要な配慮だと言える。
ドラマ『ムーンナイト』第1話考察
どうやらドラマ『ムーンナイト』は主人公はすでにムーンナイトになっているがその事実を知らず、奇妙な現象に悩まされているという設定のようだ。原作コミックの『ムーンナイト』の主人公は元傭兵のマーク・スペクター。ドラマ版も本来の主人公はマークであり、あえてもう一人の人格として後発的に生まれたスティーヴンの視点から描いたという可能性はある。
スティーヴンのイギリス英語はそれほど自然なものではなく、後から身につけた可能性が高い。一方、傭兵としてのマークのスキルは秀でており、熟練の傭兵としてのマークが本当のアイデンティティなのではないだろうか(意識が飛んでいる間はムーンナイトに変身しているという可能性もある)。
この説が有力である理由はエンドクレジットにもあり、オスカー・アイザックの演じる人物名は「マーク・スペクター/スティーヴン・グラント/ムーンナイト」という順で表記されている。また、スティーヴンはずっと母に電話していたが、母の声が聞こえることはなかったため、スティーヴンの母は存在していないのかもしれない。
もう一つ気になるのは、アーサー・ハローが一度スティーヴンを見逃した理由についてだ。アーサー・ハローは、一度“裁定”を行った結果、罪人と断定されなければ手を出せないということだろうか。アメミットの力を借りなくても、あの場面でスティーヴンを銃殺することはできたはずだ。
“正義”ではなく“宗教”を根源に置くが故に裁ける相手と裁けない相手がいるのだとすれば、コインの表裏で選択を決定する「バットマン」シリーズのトゥーフェイスに近いヴィランなのだろうか。もっともそういうヴィランは天に委ねたはずの結果を都合よく解釈しがちなのだが。
スティーヴンを裁定した時に、アーサー・ハローは「混沌を抱えている」と表現したが、これはスティーヴンは罪人ではないが、マーク・スペクターは罪人であるということではないだろうか。夜になって再びスティーヴンが襲われたところを見るに、ハローがスティーヴンを見逃した理由がマークが登場すれば勝てないと考えたからではないことが分かる。
となると、マークとムーンナイトは夜になると現れるという仮説を立てることができる。ハローはマークあるいはムーンナイトの状態で殺すことを望んでおり夜まで待ったのか、あるいはアヌビスのような怪物を召喚するために夜まで待ったのだろうか……。
なんだかどの説もしっくりこないが、もう一つ気になる点は月の神コンシュだと思われる謎の声が「スカラベは命だ」とスティーヴンに語りかけていたこと。スカラベは変身のためのツールなのだろうか。また、スティーヴンとマーク、そしてムーンナイトの誰にとって“命”なのか。あとは、金魚のガスが入れ替わっていた理由も気になるところ。
余談だが、『ムーンナイト』第1話を観終わった後にDisney+が次の作品をお勧めしてくるが、その文言が「『もうひとりの自分』を見たあなたへ」となっているのが怖い。ホラー味もあるドラマ『ムーンナイト』、ちりばめられた謎にワクワクさせられるスタートだった。第2話の配信を楽しみに待とう。
ドラマ『ムーンナイト』は2022年3月30日(水)よりDisney+で独占配信。
『ムーンナイト』の原作コミックは堺三保による日本語訳全2巻が発売中。
第2話のネタバレ解説はこちらから。
第1話のアーサー・ハローの思想から見る本作のテーマについてはこちらの記事で。
『ムーンナイト』第1話の海外での評価はこちらの記事で。
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6月8日配信開始のドラマ『ミズ・マーベル』はこちらの記事で。
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