SF作家・郝景芳が取り組む教育事業「誰もが教育にアクセスできる環境を」——「折りたたみ北京」をフィクションで終わらせない取り組み、"AIの時代"のその先へVG+ (バゴプラ) | VG+ (バゴプラ)

SF作家・郝景芳が取り組む教育事業「誰もが教育にアクセスできる環境を」——「折りたたみ北京」をフィクションで終わらせない取り組み、“AIの時代”のその先へ

実業家・研究者としての郝景芳

小説「折りたたみ北京」(2012)で知られる郝景芳 (ハオ・ジンファン)は、作家としてだけでなく、ビジネスパーソンとしてもその才覚を発揮している。映像製作スタジオの郝景芳影视工作室 (Hao Jingfang Film & TV Studio) を立ち上げ、SFドラマシリーズの製作を進めているのだ。このドラマシリーズでは、自身の作品だけでなく、中国のSF作家の作品を映像化していく予定だ。詳細は以下の記事に詳しい。

それだけではない。郝景芳が捉えているのは、より大きな社会と、そのあるべき姿についてだ。郝景芳はSF作家であり、ビジネスパーソンであると同時に、中国発展研究基金会 (China Development Research Foundation) の研究員としての顔も持っている。学部生時代に清華大学で物理学を学んだ後、経済学と経営学の博士号を取得し、マクロ経済のアナリストとしても活躍しているのだ。

2017年には、自ら教育事業の“童行学院”を立ち上げた。オンライン・オフラインを通して子ども達に質の高い教育を提供することを目的とし、批判・創造・設計・配慮という4つの思考を育てるコースが用意されている。

郝景芳が語る“AIと教育”

では、郝景芳は、どのような理念を持って実際に教育事業に取り組んでいるのか。2018年10月、郝景芳はドイツの独立系シンクタンクDialogue of Civilizations Research Instituteに以下のように話している。

AIは詩や音楽も作れるようになり、クリエイティブになれるという人もいますが、私たち人間が言う「クリエイティブ」というのは、そういう意味ではありません。人間は0から1を創り出すことができますが、AIはビッグデータから学び、真似事ができるに過ぎません。人間のクリエイティビティというのは、人と人とが交流することで、その中には“あたたかさ”が宿っています。

中国SFの金字塔、劉慈欣の『三体』に続き、アジアから二人目となるSF最高賞ヒューゴー賞を受賞した郝景芳。優れたSF作家でもあるが、AIを過大評価することはしない。人間の感情やモチベーションといった人間社会を構成する基礎を理解することは、「AIにはできないこと」として、子ども達には創造性を養う教育を提供しているという。

ここでは、子ども達に自分たちの感情や考えに基づいたアートに挑戦することや、批判的思考を身につけること、歴史上の出来事についてその因果関係を考えるようなクリエイティブなプロジェクトに取り組ませています。

 

また、未来の人類について考えることや、空想上の機械をつくってみることにも取り組ませているんです。もし、子ども達が何か (自分達で考えた) クリエイティブなことをやりたいと思っていれば、挑戦することができます。どんな未来も恐れることはありません。

AIには真似のできないクリエイティブさを教えること——郝景芳は、「最も大切にしていることは——中国だけでなく全人類にとって普遍的なことだと思いますが——自己認知と他者理解です」と語る。互いについて理解し、双方向のコミュニケーションをより心のこもったものに発展させることが、次世代にとって最も重要な課題になるというのだ。

AIは人類にとって、あくまで補完的な存在というのが郝景芳の考え方だ。だが、“AIの時代”の到来については疑っていない。AIにできることが増えれば増えるほどに、“人間にしかできないこと”の意味は大きくなっていくというのが郝景芳の主張であり、実際に教育事業で取り組んでいる方針の基礎にある考えなのだ。

郝景芳が挑む教育格差

郝景芳の代表作である「折りたたみ北京」を読まれた方なら、郝景芳の視線は“個”にとどまらず、より大きな社会の構造を捉えていることをご存知だろう。「折りたたみ北京」では、ごみ処理施設で働く一人の労働者が、“折りたたまれる北京”の社会階層を目まぐるしく行き来する物語が描かれた。郝景芳自身の専門分野である経済学が個人にとって具体的な意味をなさない世界幼い子どもに教育を受けさせるための主人公の必死の決意——「折りたたみ北京」で描かれた“フィクション”は、郝景芳が向き合っている現実でもある。

郝景芳は、「貧困を減らし、社会的分離を避ける唯一の効果的な手段」について、以下のように話している。

ある貧しい家庭で育った人が適切な教育と職業訓練を受け、自分の人生とキャリアを追求する機会を得ることができれば、人生をより良いものにする可能性を得ることができますよね。良い政策というのは、皆がそうしたキャリアの道のりにアクセスできるよう保障することだと思います。政府は、貧困の中にいる人々にも、より良い教育とキャリアトレーニングを提供するべきです。もしくは、貧しい家庭の子ども達にそうした教育と訓練を行う機関を人々に勧めるべきでしょう。

 

もし、すべての人がより良いキャリアを追求する機会を得られたなら、将来、社会はより平等なものになるはずです。

郝景芳は、中国国内で都市圏に住む中流階級の子ども達はより良い教育を受ける機会に恵まれているが、農村部の貧しい家庭の子ども達はそうした機会へのアクセスを持たないと主張する。そこで、郝景芳が取り組んでいるのは、教員を農村部に派遣する事業だという。派遣された教員は、科学やアートという農村部の通常のカリキュラムでは学ぶことのできない科目を教える。郝景芳の「折りたたみ北京」は、確かに残酷な格差社会を描き出した。だが、郝景芳はその現実を描き出すにとどまらず、問題そのものに取り組んでいるのだ。

2019年2月、郝景芳の教育事業・童行学院は、アプリ開発のためにアメリカのベンチャーキャピタルから数千万元を調達した。2020年2月、新型コロナウイルスの脅威が広がる中、郝景芳はこの童行学院のアプリから、人体はウイルスとどう向き合うべきか、予防と健康に関する知識等を伝える子ども向けの動画を配信している。

郝景芳は、「AIの時代にあっても、子ども達に必要なのは、良い教師であり良い大人」だと話す。作家であり、実業家であり、研究者でもある郝景芳は、何でもこなせるスーパーパーソンのようにも見える。だが確実なことは、郝景芳が人類が直面している課題に実直に向き合っている人物だということだ。

「折りたたみ北京」が収録されている『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』は文庫版が早川書房から発売中。

早川書房
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郝景芳の短編集『郝景芳短篇集』は白水社から発売中。

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郝景芳の「折りたたみ北京」の英訳を手がけたケン・リュウが語った「SFが現実にならない理由」は、以下の記事から。

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