中国SFを世界へ——翻訳者としてのケン・リュウ | VG+ (バゴプラ)

中国SFを世界へ——翻訳者としてのケン・リュウ

via: © Lisa Tang Liu

作家だけじゃない! ケン・リュウが果たす”役割”、注目を集める中国SF

2018年2月に「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」から発売された『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』 (中原尚哉/大谷真弓/鳴庭真人/古沢嘉通 訳) が、大きな注目を集めた。同書の表題作である短編「折りたたみ北京」(ハオ・ジンファン著)は、第49回星雲賞の海外短編部門を受賞。今や中国SFは注目の的だと言えるが、その立役者は他でもないアメリカ人SF作家のケン・リュウである。幼少の頃に中国からアメリカへ渡ったケン・リュウは、SF作家としての活動のみならず、翻訳者としても活発な活動を続けている。『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』もケン・リュウ編の短編集だ。

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翻訳者としてヒューゴー賞を受賞

ケン・リュウはこれまでに、SF最高賞のひとつであるヒューゴー賞を複数回受賞している。「紙の動物園」、「もののあはれ」で短編小説部門を受賞しており、自身の作品で二度の受賞歴がある。
だが、もうひとつの功績を見逃してはいけない。2015年のヒューゴー賞長編小説部門は、リュウ・ジキンの『三体』が選ばれたが、著者のリュウ・ジキンと共に、中国語で書かれた原作を英語訳したケン・リュウが受賞者に名を連ねたのだ。受賞式の壇上には、リュウ・ジキンとケン・リュウの二人が上がった。お互いの存在がなければ起こり得なかった受賞に、二人は抱擁して喜びを分かち合ったのだった。

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翻訳における意外な壁、ケン・リュウが語る言語よりも難しい要素とは

しかし、SF小説を中国語から英語へ翻訳することには、かなりの難しさがつきまとうのではないだろうか。そんな疑問に対して、ケン・リュウはThe National Book Reviewのインタビューで意外な回答を残している。
まず、ドイツ語など、ヨーロッパの言語から英語への翻訳と比べ、中国語から英語への翻訳自体が難しいものなのではないかという質問に対し、ケン・リュウは以下のように答えている。

翻訳において言語が壁になるということはほとんどありません。実際に最も大きな壁となるのは、文化的な要素なのです。

by ケン・リュウ

ドイツ語と英語は言語的にルーツを共有している。また、それだけではなく文化も共有している側面がある。中国語圏と英語圏では文化が大きく異なる為、言語の違い以上の困難さがつきまとうと言うのだ。

文化的な壁

例えば、中国では人の名前を直接呼ぶことが少ないという。相手の役職や敬称で呼びかけることが多く、会話をする人物同士の社会的地位が重要視されるという文化が存在しているからだ。これは日本にも当てはまり、社会的地位の高い人々が「部長」や「先生」というコードで呼ばれていることが、分かりやすい例だろう。ケン・リュウは例えとして、日本では人物名に「○○さん」や「○○様」、「○○ちゃん」とつけることも挙げている。
英語圏ではそうした文化は弱い。しかしながら、翻訳に際してそうした文化を無視することもできない。では、ケン・リュウはどのようにこうした難しさを乗り越えてきたのだろうか。

「蓄積」を補う地道な努力

ケン・リュウによると、こうした困難は、既に日本語から英語への翻訳においてクリアされてきたという。日本語から英語への翻訳に際しては、基本的には原文の形を残していくという方法が取られている。確かに、英語をそのままカタカナで表記することは珍しくない。しかしそれを可能にするのは、これまでの翻訳の蓄積と数十年に渡る文化的交流があってのことだとケン・リュウは説明している。中国語から英語への翻訳に際しては、そうした蓄積が少ない。ケン・リュウは、最終的には複数のストラテジーを使用して翻訳を行うようになったというが、中国の文化的コードを読み解くところから始める作業は想像を絶する困難さを伴うものだろう。ケン・リュウの地道な努力の結果、世界の読者が中国SFに触れることができているのだ。

世界を繋いだ円環、ケン・リュウが中国語翻訳を始めたきっかけ

もちろん、ケン・リュウが中国のSF文学を世界に発信しているだけでなく、ケン・リュウの作品もまた中国で読まれている。日本で発刊された『ケン・リュウ 短篇傑作集1 紙の動物園』(2015)にも収録されている「愛のアルゴリズム」を始め、複数の作品が中国語に翻訳され発売されているのだ。そもそも、ケン・リュウが中国SFの翻訳を始めたきっかけは、中国人SF作家の陳楸帆 (Stanley Chan) が、ケン・リュウの作品を中国語に翻訳してウェブサイト上で公開していたのを発見したことだという。ケン・リュウは、これに返礼するように中国SFの翻訳を始めるのだが、結果として世界中の人々が中国SFを楽しみ、中国の人々もケン・リュウの作品を楽しむ、こうした好循環が生まれている。

そしてその中から、『三体』を著したリュウ・ジキンのような新たな才能との出会いがある。ケン・リュウ自身の作品を少しでも多く楽しみたいというファンも多いかもしれないが、中国と世界をつなげようという彼の使命は、SF界の発展には欠かせないものなのだ。

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Source
©︎ THE NATIONAL BOOK REVIEW

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