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ケン・リュウ「紙の動物園」が描いた“強さ”。「ガラスの動物園」の“もろさ”を超えて――

ケン・リュウの出世作「紙の動物園」

三大SF賞を総なめした作品

文学界の歴史上で唯一、世界の三大SF賞を総なめにした小説をご存知だろうか。中国生まれのアメリカ人作家、ケン・リュウの「紙の動物園」である。

2011年に発表されたこの短編小説は、アメリカSF文学界に現れた新星として、ケン・リュウの名を一躍世界に知らしめた。「紙の動物園」は、ネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞というSF/ファンタジーにおける三大賞の全てで短編小説部門賞を受賞。一つの作品による三冠は史上初の快挙となった。

「紙の動物園」で描かれたもの

このような華やかな結果に反して、ケン・リュウが「紙の動物園」で描いたのは、アメリカの田舎町に暮らす中国系移民の母子の物語だ。中国人の母とアメリカ人の父を持ち、コネチカットで生まれ育った主人公。彼の母は、自分が折った折り紙の動物に命を吹き込むことができた。主人公は成長するにつれ、人種を理由に近所の住民や友人から差別的な言葉を投げかけられるようになる。そして、移民である母が英語をうまく話せないことや、中国の料理が食卓に並ぶことに反発心を抱き始めるのだ。

幼い頃には“紙の動物”と遊んでいた主人公だったが、上記のような経験を経て、いつしか“アメリカ的な幸せ”を追い求めるようになっていく。成人した主人公は、母の死後、母が遺した手紙を手にする。そこに綴られていた、文化大革命をも背景にした母の人生の物語とは――。
「紙の動物園」は短編小説でありながらも、異なる言葉と文化を生きた母と子の絆をめぐる感動の物語を描いた作品なのだ。

「紙の動物園」の題材となった作品

名作が元ネタに――「紙の動物園」というタイトルの由来

そして、この物語を引き立てている要素の一つが、そのタイトルだ。「紙の動物園」という印象的なタイトルは、どのようにして付けられたのだろうか。
「動物園」というと、“Zoo”という単語を思い浮かべがちだが、原題は“The Paper Menagerie”。“Menagerie”とは、17世紀のフランスで登場した「見世物用に集めた動物の群れ」を指す言葉で、近代的な“Zoo”の前身にあたる存在だ。だが、ケン・リュウが原題に“Zoo”ではなく“Menagerie”を使用した理由は、単語の意味とは別のところにある。テネシー・ウィリアムズによる戯曲、『ガラスの動物園』(1944)の原題が『The Glass Menagerie』であり、この名作へのオマージュとして、「紙の動物園」というタイトルを冠したのだ。

ガラスの動物たちが意味していたもの

では、『ガラスの動物園』とはどのような作品なのか。同作は、演劇としても繰り返し上演され大成功を収めているのだが、1950年と1987年に二度ハリウッド映画化されている。まさに不朽の名作といえる。この物語の登場人物であるローラは、ガラス製の動物を集めて“ガラスの動物園”を作り、その世界に引きこもっている。壊れやすい“ガラスの動物園”は、ローラ自身の心のもろさを表しており、その中でもローラのお気に入りであるガラスのユニコーンは、彼女の化身とも言える。“普通の馬”とは違う、“ツノのある馬”という特殊性を、足に障がいを抱える自身の姿と結びつけ、「自分は異端だ」という自己像に縛り付けているのだ。そして、ローラはそのユニコーンが“壊れる”ことによって、自分の弱さを乗り越えていく、というのが『ガラスの動物園』のプロットである。

「紙の動物」は何を表していたのか

老虎が示すもの

では、こうした『ガラスの動物園』のテーマは、この作品を参考にしたというケン・リュウの「紙の動物園」で、どのように扱われているのだろうか。
同作で“ガラスの動物たち”が置き換えられるのは、“紙の動物たち”である。それも母の魔法がかかった、生きた動物たちなのだ。違いはそれだけではない。壊れやすく、異端である“ガラスのユニコーン”に対して、同作では折り紙の老虎(ラオフー)、つまり虎が中心的な役割を果たす。そして、ユニコーンはローラの化身であったが、この折り紙の虎が意味するものとは、外でもない母の存在なのだ。

紙ならではの表現

英語も拙く弱々しく見える母は、息子からは紙のような存在に思えたかもしれない。だが、母は濡れたり破れたりして“傷ついた”紙の動物たちを、様々な工夫を凝らして“強く”していく。傷ついても立ち上がり、激動の歴史を生き延びてきた母の姿と重なる。これは決してガラスでは表わすことができなかった、ケン・リュウ独自の表現だ。中でも強い生命力を持つ老虎は、母親の内なる強さを表している。つまり、『ガラスの動物園』で“もろさ”を示すために利用された動物たちは、「紙の動物園」では母の“強さ”を示すために用いられたのだ。老虎は、ガラスのユニコーンのように乗り越えていく対象ではなく、言葉を交わすことができなくなった母が、主人公に遺してくれたものだった。“魔法”というエッセンスによって最大化されたケン・リュウのメッセージは、世界中のSF/ファンタジーファンを、そしてそれ以外の人々をも虜にしたのであった。

言葉の壁を超えていくケン・リュウ

このように、「紙の動物園」は、言葉の壁を乗り越えていく中国系親子の物語を描いて三冠を達成した。そして、ケン・リュウは中国SF文学の翻訳者としての仕事にも余念がない。2015年にはリュウ・ジキンの『三体』を英翻訳してヒューゴー賞長編小説部門を受賞。そのほかにも数多くの中国SF作品の翻訳を手がけている。2018年の2月には、ケン・リュウが厳選した現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』が、早川書房から発売された。様々な方法で、人々の想像が及ばない物語を伝えてくれている。ケン・リュウの出世作である「紙の動物園」は、言葉の壁を乗り越えていくケン・リュウらしさを表した作品の一つだったのだ。

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via: © Lisa Tang Liu

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