映画『オールド』感想! M・ナイト・シャマラン監督最新作 原案グラフィックノベルのリスペクトが嬉しい謎解きタイムスリラー! | VG+ (バゴプラ)

映画『オールド』感想! M・ナイト・シャマラン監督最新作 原案グラフィックノベルのリスペクトが嬉しい謎解きタイムスリラー!

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スイスのグラフィックノベル原案の映画『オールド』がついに公開!

M・ナイト・シャマラン監督の新作映画『オールド』が2021年8月27日より日本公開された。

原案となったグラフィックノベルは『Sandcastle(仏題:Château de Sable)』(仏語オリジナル版:2010、Atrabile。英訳版:2011、SelfMade Hero)。私の大好きなスイスのマンガ家フレデリック・ペータースの作品だ。

『オールド』の情報が公開されたとき、私はすぐにこのグラフィックノベルを読み、記事を書いた。

この記事を書くときに一番気を使ったのは、ネタバレにならないこと。

原案グラフィックノベルをこれから読む人にも、映画を楽しみにしている人にも、ネタバレだけはしないように細心の注意を払った。

その後、映画公開をいまやいまやと待ちながら、予告編や情報が次々と解禁されていくのをずっと注視してきた。

『オールド』公式サイト

公式サイトにはこんなコピーが踊る。

M・ナイト・シャマラン監督が放つ、謎解きタイムスリラー

そのビーチでは、一生が一日で終わる


めっちゃネタバレしてるや~ん!

とはいえ本作はラストがわかっていても十分面白い。

今回の映画の公開に合わせて再度『Sandcastle』を読み返したが、誰にでも等しく訪れる「死」をテーマにした奥深いストーリー、白と黒のコントラストが恐ろしくも鮮やかなフレデリック・ペータースの筆致は、複数回の再読に耐える強度を持っている。

そしてその原案グラフィックノベルの斜め上をいく展開をM・ナイト・シャマラン監督が必ずや用意してくれているだろうと期待に胸を躍らせつつ、劇場へと向かった。

原案グラフィックノベルに忠実ながらもシャマラン監督流に謎を解き明かす!

映画の上映に先んじて、シャマラン監督の挨拶映像が流れる。

「映画館におかえり」

そう語るシャマラン監督に「ただいま~」と胸の中で返しながら、映画を観始めた。

(なお、シャマラン監督は映画本編中にも重要な役どころでカメオ出演しているので、ぜひこれから映画を観られる方は注視していただきたい。)

上映時間108分。

息つく暇もないくらいの怒涛の展開だった。

意外だったのは、思いのほか原案グラフィックノベルに忠実だったことだ。

もちろん主要な登場人物の人数や名前、詳しい属性などは異なっている。

そしてもちろんラストシーンは全く異なる。

しかし、ストーリーを忠実になぞりながらも、原案グラフィックノベルで伏線のように描かれつつ詳しく説明されないままに放置されたさまざまなシーンの謎が、この映画『オールド』では丁寧に解き明かされている。

原案への最大のリスペクトのもとに、シャマラン監督ならではの解釈で、誰にも避けることのできない「老い」と「生と死」の物語が紡ぎなおされているのだ。

ネタバレ注意
以下の文章は、ラストのネタバレはしていないものの映画や原案グラフィックノベルの内容に多少は触れるものとなっているので、完全にネタバレされたくない方はご注意ください。

練り込まれた個性的な登場人物たちと彼らが抱える病

リゾートホテルにやってきた一組の家族。

ガイとプリスカのキャパ夫妻と11歳の娘マドックス、6歳の息子トレントの家族は、ホテルに着くや豪華なウェルカムドリンクで迎えられる。

原案グラフィックノベルで家族がやってくるのは人気のない砂浜なのだが、映画ではなんともにぎやかでゴージャスなリゾートホテルから始まる。そこでは大勢の来訪客であふれ、思い思いの休暇を楽しんでいる。

キャパ夫妻も同じように休暇を楽しんでいるように思えたが、どうやら訳ありの二人。この旅行が離婚の前の最後の思い出づくりのよう。

将来のリスクを見積もる保険関係の仕事をしているガイと、過去の遺物を収蔵する博物館で働くプリスカという、夫婦の対比も秀逸だ。

翌朝、家族が朝食を摂っていると、ホテルマンが今日の予定を訊いてくる。

そして秘密のプライベートビーチへと家族をいざなう。

キャパ家族に加えて、このプライベートビーチにやってきたのは、三組の家族。

外科医チャールズの家族。老母と若い妻、6歳の娘、そして飼い犬を伴っている。

もう一組は、看護師のジャリンと妻のパトリシア。

チャールズには男女二人の子どもがいたとか、看護師夫妻にはSF作家の老父がいたとか、犬を飼っていたのはキャパ夫婦のほうだったとか、原案グラフィックノベルから細かな変更が加えられているものの、おおむね似たような登場人物構成になっている。

そしてそれらの家族とは別にビーチに来ていたラッパーのミッドサイズ・セダン。

彼に対応する原案グラフィックノベルの登場人物もなぜか鼻血が止まらないという謎の設定を持っていた。ミッドサイズ・セダンも同様なのだが、血友病のような血が固まりにくい病気を抱えていることが明らかになる。

そして、プリスカが腫瘍を抱えていたり、チャールズの妻クリスタルがカルシウムに異様に固執していたり、パトリシアがてんかんの持病があったりと登場人物の多くが何らかの病気を抱えている。

そしてこれら原案にはなかった設定がストーリーに大きな影響を与えていく。

「ホテル経営者の息子」「双眼鏡の監視者」……。グラフィックノベルの謎に答えを与えるストーリー展開。

登場人物たちはなんとも美しいプライベートビーチに案内される。

モノクロの陰影が印象的な原案グラフィックノベルとは対照的に、美しい砂浜、澄んだ海水、浜辺に打ち寄せる波、遮るものなく広がる青空……。そして美しいがゆえに、その不吉さも増す。

それもそのはず。この砂浜では1時間で2年もの時間が流れ、子どもたちは急激に成長し、成長の止まった大人たちは静かに老化していくのだ。

生きている細胞にのみ影響を与える謎の力によって急激な成長と老化を余儀なくされる登場人物たちに、次から次へと衝撃的な出来事が襲い掛かる。

原案グラフィックノベルを読んでいたので、ある程度の心の準備はできていたものの、息つく暇もないくらいの怒涛の展開はスリリングで、映像ならではの面白さに心が躍る。

それにしても、人間の成長や老いといった変化を表現するのに、絵でも同一人物と分かるように描きかえるにはそれなりの技量が必要だと思うが、実写だとひとかたならぬ苦労があったことは想像に難くない。

少年から中年男性にと変化するトレントは、なんと4人もの役者によって演じられている。

そして原案グラフィックノベルでは描かれてはいるものの放置されていた謎の出来事に、シャマラン監督なりの答えを用意してくれているのが嬉しいところだ。

 

ひとつは「ホテル経営者の息子」

そもそも原案グラフィックノベルにはホテルの描写がなかった。

しかし映画の登場人物はリゾートホテルに集った客であり、またホテル経営者の息子ならぬ甥のイドリブという少年が登場する。

 

それから「双眼鏡の監視者」

原案グラフィックノベルでは、映画のトレントにあたる少年が双眼鏡を持った人影を見かけるものの気のせいにされてしまったが、映画では「あの人」が砂浜を監視しているのだ。

 

加えて原案の読者に嬉しい要素が、砂浜で見つかる小説家の書いたノートだろう。

原案グラフィックノベルで重要な役割を果たしていたにもかかわらず映画では登場しないSF小説の老作家が書いたノートであるとしたら……。映画の世界は原案グラフィックノベルよりも後の物語なのか、そうではないのか……。妄想が膨らむ。

原案グラフィックノベルにはない衝撃のラストシーン

なんといっても衝撃的だったのはラストシーンだ。

正直、原案グラフィックノベルでは、この美しい砂浜の謎は一切解明されない。

この不思議な砂浜が、何故、何のために存在しているのか。何もわからないまま登場人物たちは、急速に時間が進み死に至る事実を受け入れるしかない。

それは、誰にとっても等しく降りかかり、逃れることのできない「老い」や「死」というものに対して、諦観にも似た哲学的な思考へと読者を駆り立てる。

しかしシャマラン監督はそうではない驚きのラストを用意してくれた。

どのようなラストかは、ぜひその目で確かめてみてほしい。

映画とグラフィックノベル、どちらのラストが好きかは人によるだろう。

ただ言えるのは、この『オールド』という映画は、原案グラフィックノベルを読んでいなくてももちろん楽しめるが、すでに読んでしまった者に対しても、驚きの展開とイースター・エッグを探すようなドキドキとワクワクを保証してくれているということだ。

日本語訳が出ていないのは残念であるが、映画『オールド』を観られた方、これから観ようという方はぜひ原案グラフィックノベル『Sandcastle』にも手を伸ばしてほしい。

『Sandcastle』(英語版)

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映画『オールド』は2021年8月27日(金)より全国の劇場で公開中。

『オールド』公式サイト

『オールド』の原案グラフィックノベル『Sandcastle』の紹介はこちらの記事で。

映画『オールド』と原案の登場人物を比較したネタバレ解説はこちらから。

ハードボイルド・バンドデシネの傑作『ブラックサッド』8年ぶりの新作についてはこちらから。

フランスの伝説的SFホラー漫画雑誌「メタル・ユルラン」の復活についてはこちらの記事で。

森﨑 雅世

大阪・谷町六丁目にある海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriの店主。海外のマンガに関する情報をTwitter、Instagram、Youtube、noteなどで発信しています。
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