映画『ゴールデンカムイ』 アイヌ当事者の俳優起用の少なさからみる配役問題 | VG+ (バゴプラ)

映画『ゴールデンカムイ』 アイヌ当事者の俳優起用の少なさからみる配役問題

©野田サトル/集英社 ©2024映画「ゴールデンカムイ」製作委員会

アイヌ文化に対する敬意と問題意識

アイヌの隠し埋蔵金を巡り、アシㇼパと杉本、陸軍最強の第七師団、戊辰戦争の亡霊と称される土方歳三たちが三つ巴の戦いを繰り広げる『ゴールデンカムイ』(2014-2022)。その実写映画である映画『ゴールデンカムイ』が2024年1月19日(金)より全国公開された。映画『ゴールデンカムイ』は素晴らしい映像美と細部までこだわられたアイヌの伝統的な小道具やセットなど、日本映画の底力を見せつけるものとなっている。

その一方で、キャスティングと原作者の野田サトルの発言に現在注目が集まっている。本記事では他作品と比較しながら、『ゴールデンカムイ』に残る日本映画業界の問題について解説と考察をしていきたい。なお、本記事は映画『ゴールデンカムイ』のネタバレを含むため、本編視聴後に読んでいただけると幸いである。

ネタバレ注意
以下の内容は、映画『ゴールデンカムイ』の内容に関するネタバレを含みます。

キャスティングと原作者の問題発言

制作陣のこだわりが浮き彫りにする問題意識

映画『ゴールデンカムイ』は映像面において非常に緻密なこだわりを持った作品だと言えるのは確かだ。10日間かけて撮影された日露戦争の二百三高地の旅順攻囲戦などが例として挙げられる。他にも特殊メイクやVFX、北海道に分布していない植物が自生している場所は選ばないというロケ地選びなど、洋画顔負けのクオリティを持った作品だと言っても過言ではない。それ故に目立ってしまうのがキャスティング問題だ。

チセ(家屋)職人の尾崎剛により、実際の建材で建てられたコタン(集落)などは素晴らしい。その内装もちゃんとアイヌの伝統文化に基づくものとなっている。しかし、そこまでしてこだわったのにもかかわらず、出演する主要な登場人物でアイヌにルーツを持つことを明かしているのがアイヌ語・文化監修も務めた秋辺デボのみというのが目立ってしまう。

アシㇼパの大叔父を演じる秋辺デボはアイヌに伝わる叙事詩のユーカラ劇の主役を務めた経験があり、ユーカラ劇などの演出も手掛けている。そのような人物を起用しているため、そのコネクションを活かし、アイヌにルーツを持つことを明かしている俳優をもっと主要人物に起用できたのではないかと思わずにはいられない。

また、同時期に配信されたMCUのドラマシリーズ『エコー』で実際のろう者で、ネイティブアメリカンにルーツを持つアラクア・コックスが主演に抜擢され、ヒットとなった前例が存在している。そのため、アイヌにルーツを持つ主演俳優がいなかったという反論は、ここまでかけたこだわりに反するように思えてしまう。それどころか、セットや小道具のこだわりが大きかった分、文化だけかすめとったように感じられてしまう。

原作者の問題発言

このアイヌの当事者が主要人物を演じていないという違和感を大きくさせたのが、原作者の野田サトルのシネマトゥデイでのインタビューだ。野田サトルはアイヌの伝統工芸品などの小道具やセットづくりを担当した人たちの多くにアイヌにルーツを持つ人が参加していることに感謝しつつ、以下のようなコメントを発表した。

なにより、アイヌルーツの方々というのは本来、役者業ではなく、工芸家として世に出ている方が圧倒的に多いので、適材適所として、この映画においては演技よりも、衣装や民具や村のセットの制作に大きく関わっています。決して映画というのはキャストだけで成り立っているものではありませんので、もっと一歩深い考えで、この映画を判断していただきたいですね。

ここで考えられるアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優を起用しなかった、もしくはできなかった理由は複数考えられる。一つ目が役者業でアイヌにルーツを持つことを明かしている人が少ないのは、アイヌの人々が未だ差別の対象になることが多いからなのではないかというものだ。

政治家の発言やネットでの誹謗中傷など、今も日本にはアイヌに対する差別が根強く残っている。そのため、実際はアイヌにルーツを持っていても、差別を受けることなどを理由に隠している俳優も存在するのではないかということだ。『ゴールデンカムイ』は、そのような差別を打ち破り、自身のルーツに誇りを持てる作品だった。映画『ゴールデンカムイ』でもキャスティング面でそこをカバーできたのではないだろうか。

二つ目がアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優を探すべきではないかという点だ。MCUのドラマシリーズ『エコー』の主人公はネイティブアメリカンのろう者だが、そのような俳優がいないから当事者は配役できない、と諦めるのではなく、アラクア・コックスという逸材を探し出してきた。芸術面でここまでこだわりをみせた作品ならば、『ゴールデンカムイ』の根幹をなすアイヌにルーツをもつ人々を探し出してくるべきだったのではないだろうか。

三つ目が和人で主要キャラクターを固めてしまうことでアイヌにルーツを持つこと明かしている俳優たちの可能性を閉ざしているのではないかという点だ。秋辺デボがユーカラ劇の演出などを務めていることから、アイヌにルーツを持つことを明かして活動している人々がいる。他にもミュージシャンでアイヌにルーツを持つことを明かし、伝統音楽と近代音楽をミックスさせて受け継いでいる人々もいる。そういった人々をキャスティングすることもできたのではないだろうか。

このようにネームバリューだけで和人の俳優からキャスティングしていては、実際にアイヌにルーツを持つことを明かして活動している人々から「アイヌ」というアイデンティティすら奪ってしまうことに繋がりかねない。そのため、二つ目の例と同じ結論になるが、有名な和人の俳優で手を打つのではなく、時間がかかろうとも芸術面と同じようにアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優を探し出すべきだったのではないだろうか。

特に漫画『ゴールデンカムイ』はNHK Eテレの『バリバラ みんなのためのバリアフリー・バラエティー』で特集を組まれるほど、若いアイヌにルーツを持つ人たちの背中を押した作品だ。その原作者がこのような発言をしているのに対し、自身がアイヌにルーツを持つと公言した人たちはどう思うのだろうか。そのような感情が生まれてしまう。

安定した利益と芸術性のこだわり

大規模撮影などの予算を食う大作映画を撮影する上で、ネームバリューのある俳優を起用することが企画を上層部に通すにも、観客を呼び込むにも重要だった可能性は充分に考えられる。

主人公アシㇼパ役には2021年のタレントパワーランキングによるネクストブレイク女性タレントBEST10の3位になった山田杏奈が起用されている。その父親(アチャ)のウイルクには大河出演経験もある井浦新がシークレットキャストとして出演した。

その他にもアシㇼパの母方の祖母(フチ)役は大方斐紗子、オソマ役には『ブラッシュアップライフ』(2023)で話題となった永尾柚乃が起用されている。確かにすごいネームバリューであり、これほどのネームバリューならばスタジオ上層部に企画を通し、観客を呼び込むことに繋がる大きな一歩になったかもしれない。

それでは何故、撮影地や小道具のこだわりを俳優の起用の面に回せなかったのだろうか。山崎賢人と新進気鋭のアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優の組み合わせでも良かったのではないだろうか。そのような疑問が観客から出てもおかしくはない。

次回作に登場する予定のアイヌのキャラクターの俳優も、日本とエルサルバドルのミックスルーツの池内博之がキロランケ役に、日本とフィリピンのミックスルーツの高橋メアリージュンがインカㇻマッ役に起用されていることが明らかになっている。ここでも主要なアイヌのキャラクターにアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優を起用していないことがわかる。

このように芸術面にこだわりを持ちながらも、原作者も映画製作者も主要キャラクターにアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優を秋辺デボしか起用できていないことに筆者としては疑念を覚えてしまう。次回作も匂わせる展開をしている映画『ゴールデンカムイ』。次回作ではこの疑念を解消するアイヌにルーツを持つことを明かしている俳優をもっと起用するのだろうか。

そうでなければ、次回作の映画『ゴールデンカムイ』が主演や主役級の俳優は和人で固められ、アイヌの伝統文化の良いところだけを持っていった映画になってしまう可能性や、アイヌにルーツを持つ当事者の俳優の可能性を奪ってしまうこともあり得る。今後の映画『ゴールデンカムイ』の展開に注目していきたい。

映画『ゴールデンカムイ』は2024年1月19日(金)より全国公開。

『ゴールデンカムイ』公式サイト

Source
シネマトゥデイ

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映画『ゴールデンカムイ』のミドルクレジットとポストクレジットの解説&考察はこちらから。

続編であるWOWOWドラマ『連続ドラマW ゴールデンカムイ ―北海道刺青囚人争奪編―』の記事はこちらから。

比較対象となったドラマ『エコー』第1話のネタバレ解説&考察はこちらから。

『アクアマン/失われた王国』ラストとポストクレジットの解説はこちらの記事で。

『アクアマン/失われた王国』ラストから読み取るメッセージの解説はこちらから。

鯨ヶ岬 勇士

1998生まれのZ世代。好きだった映画鑑賞やドラマ鑑賞が高じ、その国の政治問題や差別問題に興味を持つようになり、それらのニュースを追うようになる。趣味は細々と小説を書くこと。
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