L.D.ルイスの活躍—嵐のなかの港、消えることのない火— |VG+ (バゴプラ)

L.D.ルイスの活躍—嵐のなかの港、消えることのない火—

© 2021 NSS Media

Kaguya Planetにて、L.D.ルイスによるSF短編小説「シグナル」(勝山海百合訳)を配信

バゴプラの主催するオンラインSF誌Kaguya Planetにて、L.D.ルイスによるSF短編小説「シグナル」(勝山海百合訳)を配信している。

L.D.ルイスは、アメリカで活躍する黒人作家であり、2021年にヒューゴー賞ベストセミプロジン賞を受賞した黒人についてのSF専門誌FIYAH Literary Magazineの編集者だ。また、黒人、先住民、有色人種を主役とするSF大会FIYAHCONの大会ディレクターを務めるなど、多彩な活躍をしている。

ライターの紅坂紫に、そんなL.D.ルイスの活躍について紹介してもらった。

作家・FIYAH Literary Magazineの編集者、L.D.ルイス

L.D.ルイスはFIYAH Literary Magazineの創設クリエイター、アートディレクター、プロジェクトマネージャーを務めるSF作家・編集者であり、また、FIYAHCONの創設ディレクター、2021年ネビュラ会議議長、ラムダ文学財団のアワードマネージャーでもある。

著書に『A Ruin of Shadows』(Dancing Star Press, 2018)があり、短編小説や詩は、FIYAHやPod Castle、そしてStrange Horizonsなどに掲載されている。作品の一覧はこちら

「黒人についてのSF」の専門誌FIYAH Literary Magazineとは?

2017年に創刊された、黒人作家による文芸作品、あるいは黒人についての文芸作品を掲載する季刊のスペキュレイティヴ・フィクション誌。居住地域や性自認、性的指向にかかわらず「黒人についての物語」であればどんな作品でも受け入れる。これまで疎外されてきた黒人作家たちを応援する意味を込めて、全投稿作に対してフィードバックを行っている。ただし性的暴行、女性や子ども、障がい者への暴行虐待、動物への虐待、ホモフォビア(同性愛嫌悪)・ファットフォビア(肥満嫌悪)・カラリズム(同じ人種や民族間で肌の色がより明るい人がより暗い人よりも優位に扱われる差別)・エイジズム(主に高齢者への偏見に基づく年齢による差別)が無批判に描かれている作品には、フィードバックを行うことなく掲載拒否するとしている。

FIYAH Literary Magazineの概要
・黒人についてのスペキュレイティヴ・フィクション季刊誌 (1月・4月・7月・10月刊行)

・公式サイトはこちら

・掲載する作品(いずれも公募あり)

短編小説:2,000~7,000words(日本語訳およそ4,000~15,000字)

中編小説(ノヴェレット):15,000words(日本語訳およそ30, 000字)まで

詩:1,000words(日本語訳およそ2,000字)

ノンフィクションや表紙を飾るアートなど。

・今後の刊行予定

2022年7月の特集:『Food and Cuisine(食べものと料理)』(3月1日~4月30日公募オープン)

2022年10月の特集:『Hauntings and Horrors(幽霊と恐怖)』(6月1日~7月31日公募オープン)

またSpotifyでは『FIYAH』誌各号のイメージ・プレイリストが公開されている。

主な寄稿者には、L.D.ルイス、2012年から数回に渡ってヒューゴー賞セミプロジン部門にノミネートされた雑誌『Apex Magazine』編集者で作家のモーリス・ブローダス、同じくヒューゴー賞にノミネートされた週刊ファンタジー・ポットキャスト『PodCastle』共同編集者であった(現在は退任している)カーリダー・モハメドアリ、世界幻想文学大賞受賞者でありネビュラ賞ファイナリストのC.L. ポークなどがいる。

FIYAH Literary Magazineの元となった『FIRE!!』と黒人SF作家コミュニティ「NSS」

1926年、小説家、編集者、評論家であるウォレス・サーマンは『FIRE!!』という実験的定期刊行物を創刊した。その目的は、黒人の作家が「白人・黒人の既成概念に阻害されることなく、自由に、独立して自らを表現する」ことだった。サーマンは1929年に自身の代表作『The Blacker the Berry』を出版したものの『FIRE!!』の第二号が世に出ることはなかった。しかし、その遺産は不滅だ。ラングストン・ヒューズによる1966年のエッセイにも登場し、黒人芸術家たちの心に火を灯しつづけている。

作家トロイ・ウィギンスは、黒人のSFF作家がスペキュレイティヴ・フィクションにまつわるあらゆるアイデアや情報を共有し、議論し、発散し、構築していくことを目的としたヴァーチャル・サロン「Niggerati Space Station(NSS)」を作った。これは、ウォレス・サーマンが開いた黒人芸術家・思想家のためのサロンNiggeratiに影響を受けており、創造性の孵卵器(インキュベーター)として、また、「黒人の世界」の夢を見るための安全な空間として機能している。

SF、ファンタジー版『FIRE!!』のアイデアが出されたのはNSS誕生の約1年前だが、当時はまだどのような雑誌になるのか、わずかなヒントしかなかった。「サーマンのように大胆で臆することのない仕事にしたかった」と2019年ネビュラ賞短編部門受賞者、2021年ネビュラ賞ノヴェラ部門受賞者、2021英国幻想文学大賞受賞者であるP・ジェリ・クラークは語る。彼もまた『FIYAH』のメンバーだ。「しかし火種も燃料を与えないと燃え尽きてしまう。私の不注意に任せていたら、この火花はきっと消えていたでしょう」

FIYAH誌は、『FIRE!!』誌と同様のインスピレーションを得てNSSから産声を上げた。

FIYAH Literary Magazine刊行へ

2016年7月26日、反ファシズムを掲げるSF・FT雑誌『Fireside Fiction』は「A Fireside Fiction Company Special Report」を掲載した。その記事には、主流有料市場の一部で黒人作家が少ないことが明確に数字で表されていたのである。2015年に出版された有料作品2,039編のうち、黒人作家が書いたのはわずか38編だった。この報告書は、議論、討論、そして少なからぬ書き込みに拍車をかけた。NSSでもこの報告書が人々の行動に火を点けた。

その日、L.D.ルイスはこの報告書について議論し「私は今こそNSS FIREプロジェクトが必要だと感じている」と呼びかけた。NSSの他のメンバーもこの呼びかけに賛同。その夜、作家のジャスティナ・アイルランドが再びこの問題に取り組み、最終的に「SFWA会員であり、黒人SF作家のためのウェブサイト」を作ることを呼びかけ、プロジェクト立ち上げのための初期資金を提供した。それから1ヶ月間、ジャスティナ・アイルランドとトロイ・L・ウィギンス、そしてL.D.ルイスの指導のもと、NSSの他のメンバーも、この雑誌がどのように機能するかについてブレインストーミングを行った。そして『FIYAH: A Magazine of Speculative Black Fiction』は誕生した。
SFWA(アメリカSFファンタジー作家協会)は、1965年に設立された、SF、ファンタジー、およびその関連ジャンルの商業作家および業界関係者のための組織。

トロイ・L・ウィギンスは2019年まで『FIYAH』の編集長を、ジャスティナ・アイルランドは2018年まで編集者を務め、それぞれ退任している。(トロイ・L・ウィギンスは現在も運営などに携わっている)

L.D.ルイスは創刊時の2016年から2021年までの5年間『FIYAH』のアートディレクターを務めたが、2022年をもって退任し、1月号からクリスチャン・アイヴィーに引き継がれている。雑誌デザイナー、プロジェクトマネージャー、Webマスターその他の役職としては引き続き『FIYAH』に関わっていく予定。

世界幻想文学大賞受賞、およびヒューゴー賞ベストセミプロジン賞受賞

2018年11月4日、FIYAH編集部のジャスティナ・アイルランドとトロイ・L・ウィギンスが代表として、雑誌創刊1年目にして世界幻想文学大賞ノンプロフェッショナル特別部門を受賞した。

2018年の世界ファンタジー大会(世界幻想文学大賞を決定する大会)のテーマは『Ports in a Storm, Celebrating the 200th Anniversary of Frankenstein(嵐のなかの港、および『フランケンシュタイン』200周年記念)』だった。『Ports in a Storm』を世界ファンタジー大会では「安全な場所」「身体の聖域、精神の避難所」と定義している。FIYAH Magazineは「差別」という嵐のなかで生まれ、この嵐に対峙、抵抗し、黒人のSFとファンタジーの作家が活躍できる場を提供するために立ち上がったことを称された。

※世界幻想文学大賞の選考方法
投票形式のヒューゴー賞やネビュラ賞とは異なり、選考委員による選考会形式で決定される。各部門5~6件の最終候補のうち2件はその年の世界ファンタジー大会の参加登録者によるファン投票で選ばれ、残り3~4作は選考委員が選出する仕組みとなっている。

また2021年12月19日に行われた世界SF大会において、『FIYAH』はヒューゴー賞2部門にノミネート、うちベストセミプロジン賞を受賞した。FIYAHCON2020もベスト関連作品部門にノミネートされていた。

L.D.ルイスによるパレスチナへの連帯

『FIYAH』はパレスチナの人々との連帯の誓いの一環として、2021年12月にパレスチナのクリエイターのみでキュレーション、編集、イラストレーション、構成を行った特別号をリリースした。L.D.ルイスはこの特別号を担当した。

この特別号に掲載された作品はすべて無料で読むことができるものの電子書籍として購入することもでき、その売上は占領下にある、または難民として暮らすパレスチナ人の健康と尊厳のために活動する団体「Medical Aid for Palestine(MAP)」に寄付される。この団体は緊急の医療援助を行うとともに、パレスチナの医療システムの長期的な発展を確保するために現地の技術開発や後進の育成に力を入れている。

デビュー作が2015年パレスチナ・ブック・アワードにノミネートされたデトロイト在住パレスチナ人作家・アーティスト、レイラ・アブデルラザークが表紙イラストを担当。パレスチナ人、およびパレスチナ系作家による短編小説が計6作品、詩が計9作品掲載された。

またFIYAHCONチケット・グッズ売上の一部も同団体に寄付された。

黒人、先住民、有色人種が主役のSF大会、FIYAHCONとは

FIYAHCONは、スペキュレイティヴ・フィクションにおけるBIPOC(Black=黒人、Indigenous=先住民、People of Color=有色人種)に焦点をあて、そのスペキュレイティヴ・フィクションへの貢献を称えるオンラインの大会だ。FIYAH Literary Magazineが主催し、スペキュレイティヴ・フィクションのビジネス、コミュニティ、創作等をめぐるさまざまなコンテンツを提供している。

FIYAHCON概要
・BIPOCに焦点をあてたオンラインのSF大会

・公式サイトはこちら
・第一回:2020年10月に開催

・第二回:2021年9月16日~19日に開催

・2021年には大会への総登録者数が1,000人を超えた。

・大会ディレクター:L.D.ルイス

・シニアプログラミングコーディネーター:ブレント・ランバート

・BonFiyah共同ディレクター:草野いおり、ヴィーダ・クルーズら

『FIYAH』が黒人による、また黒人のためのスペキュレイティヴ・フィクションに特化しているのに対し、FIYAHCONはすべてのBIPOCに焦点をあてることを目指し、BIPOCのために働く白人編集者らを含めた「BIPOC+」を歓迎するとしている。その理由は、黒人の声はBIPOCを代表するものではなく、他のコミュニティにおいて阻害されてきた人々、集団を排除したくないからだという。橋本輝幸、ユキミ・オガワ、『Apex Magazine』にも作品が掲載された草野いおりなどもパネリストとして登壇している。

FIYAHCON開催を支えたBLM運動

FIYAHCON開催の経緯としては資金面、そしてCOVID-19という二つの側面が大きい。『FIYAH』を創刊した当初は経費が足りず、スタッフへの報酬もできないような状況だった。しかしブリオナ・テイラーとジョージ・フロイドが殺害され、BLM運動が活発化したとき、『FIYAH』という黒人スペキュレイティヴ・フィクション誌は注目を浴びることになる。これを機に8,000人のTwitterフォロワーと1,000人以上の新規購読者が生まれ、セミプロジンのカテゴリーから脱却し、作家や詩人たちに初めて1語8セント(日本円約9円)という商業水準の報酬を支払うことができるようになった。『FIYAH』はついに商業雑誌として軌道に乗ったのだ。

そしてCOVID-19によって世界各地からヴァーチャルで参加できる方法が一般的となり、予算が今までより安価になったことが開催を後押ししたのである。これによってほぼ全大陸からパネリストや参加者が集まった。

またFIYAHCONで授賞式が行われるIgnyte賞は、SF、ファンタジー、ホラーの現在と未来の活力、多様性を称え、創作における偉業と、これらのジャンル全体への尽力を表彰することを目的とした賞だ。この賞が誕生した経緯には、2020年ヒューゴー賞授賞式に対する問題意識があった。ヒューゴー賞授賞式の司会を務めたジョージ・R・R・マーティンは数々のヒューゴー賞受賞者や候補者に言及するよりも長い時間を人種差別主義者として知られるジョン・W・キャンベルに言及することに費やした。またジョージ・R・R・マーティンは受賞者や候補者の紹介に当たって、黒人や有色人種の名前のみを繰り返し間違えた。候補者は事前に名前の発音を提出することを求められているため、ジョージ・R・R・マーティンが有色人種のみこの情報を確認しなかったことは確かである。『FIYAH』の発音を誤り、トランス嫌悪発言も繰り返された。これについての詳細は翌年2021年のヒューゴー賞にもノミネートされたエッセイ“George R.R. Martin Can Fuck Off Into the Sun ”に全貌が纏まっている。

この授賞式とは違う、誰も疎外しない授賞式を、賞を設立しなければならないという問題意識が、Ignyte賞の創設に繋がったのである。

FIYAHCONの無期限休止について

FIYAHCONは2021年の第2回閉会式において2022年以降の無期限休止が発表された。スタッフの多くが自身も創作活動を行っている作家であり、大会準備期間中は作家としてのキャリアアップや創作活動に力を入れることができなかったこと、また大会準備期間中に大会内外からスタッフへのハラスメントが繰り返されたことなどから、休止に至った。

L.D.ルイス「シグナル」(勝山海百合訳)をKaguya Planetに掲載中!

バゴプラの主催するオンラインSF誌Kaguya Planetにて、L.D.ルイス「シグナル」(勝山海百合訳)を掲載している。「シグナル」は2019年にFireside  Magazineに掲載された少女兵シグナルの物語。原作はこちらから読むことできる。

また、本記事の筆者、紅坂紫が翻訳・解説を手がけたSF短編小説ジョイス・チング「まめやかな娘」は Kaguya Planet で無料公開中。

本記事へのご意見・ご感想はこちらへお願いします。

紅坂紫

2001年生まれ。小説家、詩人、翻訳家、エッセイスト。New World Writing、The Wondrous Realを始め海外文芸誌に作品の英訳が多数掲載(翻訳はいずれもToshiya Kamei)。2021年には、企画・編集を手がけ、自らも短編を掲載している『万象:アジアSFアンソロジー』、『てのひらのうた:超短編小説アンソロジー』、『繊翳:関西弁団地妻SFアンソロジー』などを刊行した。また、翻訳と解説を手がけたジョイス・チング「まめやかな娘」がKaguya Planetに掲載されている。
¥100 (2024/03/29 17:17:04時点 Amazon調べ-詳細)

関連記事

  1. 「手塚治虫はSFで戦争を語った」米歴史家エイダ・パーマーが『鉄腕アトム』を賞賛

  2. 解説&考察『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』新予告 ハイ・エボリューショナリーとサノスの共通点とは

  3. 「SFが次世代の科学者を育成」——中国科学技術協会幹部が語る

  4. コミック界に変化の兆し「歴史を作った女性達 アイズナー賞でようやく評価」——ワシントンポスト紙が高橋留美子の「殿堂入り」にも言及